第五話 告白
「あの・・・エド君、さっきはその・・・ごめんなさい」
「いいんだよ・・・メリルは何も悪くないよ、はあ…」
気落ちするエドガーにメルリーゼは申し訳なさそうに頭を下げる。
夕日が照らす館への道を二つの影が歩いている。
工房での一件の後、二人はエドガーの行きつけの食堂で軽い食事を済ませる。
しかし、その間にエドガーはメルリーゼに何度も剣を持たせてみたり、彼女に剣に関する質問をしていた。
それでも結局、実のある答えが得られず同世代の女の子に先を越されたという事実だけが残り落胆していた。
それっきりがっくりと肩を落とすエドガーをメルリーゼは必死で慰めていた。
黄昏時の街には活気が満ちていく。
幾分の時を経て、エドガーの心境も周囲の陽気な雰囲気に呑まれようやく回復したのか口調に元気が戻る。
「メリル、今日はいろいろ巻き込んでしまって悪かったね。」
「いえ、その・・・とても楽しかったです。」
思い返せば今日は朝からいろいろなことがあった。
異性の半裸を見たり、剣を実際に持ってみたり、鍛冶屋を訪ねてみたり。
一日とは思えない程、多くの経験をした。
「それでなんだけど、もし良かったら明日からもこうして街を見たり、本を読むのを手伝ってもらっても良い?」
エドガーからの予想外の言葉にメリルは少し戸惑う。
こうしていても自分は災いを招く身、一緒にいても彼を不幸にするだけかもしれない。
なんと言って返答しようか迷っているとエドガーは再び口を開いた。
「俺さ、ずっと兄貴たちの後ろばっかりを追っていてさ、あんまり自分の意思で行動したことがなかったんだ。」
すこしだけ頬を赤に染め、照れるようにエドガーは話す。
「剣も読書もみんな、兄貴たちがやっていたのを真似して始めたんだ。
もちろん今も好きでやっているんだけどさ、なんか、こう、すっきりしなくてさ、
俺って一人だとどうなるんだろうとか、兄貴たちが旅だってからずっと考えていたんだけどよく分からなくて」
遠い目で語る口調にはどこか寂しさが滲んでいた。
「でも今日、初めて自分だけの友達ができて、自分だけの力でその娘を案内した時、なんだ、意外に出来るんだって思って、そしたら急に楽しくなってきてさ。
だからメリルが良かったらだけど明日からもこうして俺に付き合ってくれたら嬉しいなって。」
しどろもどろにお願いするその姿に、メリルはますます返答に窮した。
なにせメルリーゼ自身、今日という日を楽しんでいた。
普段は経験できないことばかりだったというのもあったが、なによりエドガーという同世代の異性がいたのが一番大きかった。
宮殿住まいで、そもそも人と会うという機会自体が乏しかったメルリーゼにとってはエドガーとの時間はもう貴重なものになっていた。
こんなに充実した一日を過ごしたのは一体、いつぶりくらいだろうか。
「・・・私でよければ、是非」
だから思わす、そんな言葉を自然と口ずさんでいた。
「本当!?」
嬉しそうな顔を近づけ、彼女の手を握るエドガーにメルリーゼは顔を赤面させる。
「よし、なら明日は中庭に集合ね。遅れたら昼ごはんをおごりってもらうからね。」
その場で無邪気に飛び跳ね、例のごとくエドガーはメルリーゼの手を引く。
重なる手と手は強く、そしてしっかりと繋がれていた。
ちなみにその日の晩、エドガーがボルヘスとサーシャにこってりとしごかれたのは言うまでもない。
次の日から、二人は朝から日が暮れるギリギリまで街や森に繰り出し様々なものを見て回った。
木になっている果実に、野原に咲き乱れる花、エドガーは自分の知っている限りの知識をメルリーゼに教えた。
そのお礼にと今度はメルリーゼがエドガーに言葉を教える。
最初の方は読みだったが、エドガーの吸収の早さに最後には書くのも教えることとなった。
そして暦が五日ほど過ぎて、そんな楽しい日々は終わりを告げた。
いつものように午前中は屋敷の外を散策し、昼食を食べてから、蔵書室で勉強会を開く。
読むことに関してはほぼ完璧になり、授業のペースも早くなっていくが、エドガーは難なくそれに付いていき、今では使う頻度の高い三か国語をマスターしていた。
手が空いた二人は蔵書室にあった見たことのない字で綴られた教本を読みながら、本の内容の解読を行っている。
そしてそれが一段落し、そろそろ夕食という頃合いになってエドガーは大きく伸びをした。
「はあぁぁぁぁぁ疲れたああああああ!」
足かけ四半日、机に向かい合い頭を捻らせ意見をぶつけ合いながら一冊分の解読を終えた。
二人はこの言語の大体の読み書きを習得し、心地の良い疲労感と充実感を覚えていた。
「これで、四か国語か。」
「はい、エド君はすごいです。私なんかエド君くらい覚えるまでに六年かかったのに。」
「いや、たまたまだと思うよ。なんせほとんどの奴は単語の意味とか発音が微妙に違うくらいだし、一回形式を掴んだら後は芋ずる式で理解できるよ。」
「それでもすごいと思います。私と一つしか違わないのに、ここまで出来るなんて。」
五日もの日々の中で、お互いのことを知る機会も多かった。
メルリーゼは皇国では一人前の皇族として扱われ、婚姻も結べる十二歳。そのため十二回目の誕生日には普段は会えない家族に祝福され、それはそれは幸せなひと時だった。
一方のエドガーは一つ上の十三歳。
男子の成人は国や身分によって異なるが剣士を目指す者はみな、物心がつくころには剣を握り、町々にある様々な流派の剣術道場に入門する。
そして才がある者だと十五を数えるくらいで、一人前の剣士として大陸最大の騎士団である『竜紋騎士団』の入隊審査を受けるのが定番だ。
また商人を志す者は十で付き人に、農家は十六で自分の畑を、貴族であれば十五で社交界デビューをするためエドガーは今、ちょうど大人と子供の間くらいになる。
「ところで明日なんだけど、ちょっと畑仕事の手伝いをお願いされたんだけどさ・・・」
明日の予定を話そうとするエドガーにメルリーゼは急に謝罪を入れる。
「エド君、ごめんなさい。明日は私、一緒にいる事が出来ません。」
突然謝り始めたメルリーゼにエドガーは驚きを示す。
「どうしたの、メリル?
別に畑仕事は急ぎじゃないから、明後日からでも・・・」
「違うんです。明後日もダメなんです。」
普段の彼女なら人の話を遮ることなど絶対にしないためエドガーは、眉間に皺をよせて尋ねなおす。
「どういう事?」
その問いかけにメルリーゼはこの五日の間に決意したある一つの思いを口にしようとする。本当なら、このまま何も言わずに去ってしまおうと最初は考えていたが、エドガーとの楽しい日々に次第に心苦しさを感じるようになったメルリーゼはここで真実を話す事にした。
『魔女』とは災いの象徴。地震や嵐のように人から忌み嫌われ忌避される存在。
自分がそんな存在だと告げれば彼はどんな顔をするだろう。
彼女が真実を言えない理由は巻き込みたくないことから、嫌われなくないことになっていた。
しかしそれではいけない。
呆けるエドガーにメルリーゼは自分の知っている事を詳らかに語った。
『魔女』のこと、国のこと、そしてここを明日発つことを。
エドガーは黙ってそれを聞いていた
2016年6月18日 更新