第四話 二刀
「はあ、疲れた。」
庭を抜け、館の外壁も超えた二人は人のまばらな街道を並んで歩く。
「あの、いいのでしょうか?」
色々な意味で自分たちの行動に疑問を感じていたメルリーゼは、恐る恐る尋ねる。
「あぁ、大丈夫だよ。サーシャさんはあんまり街には出てこないから。」
「いえ、そうではなく・・・その、私たちが護衛もつけずに市井に出るのは・・・」
すると少年は不思議そうな顔で、メルリーゼを見つめた。
「え?なんで?」
「だって・・・」
危うく自分の立場を口走りそうになり、メルリーゼは口どもった。
今ここで彼に話してしまえば、少なからず巻き込んでしまうことになる。
険しい顔で沈黙するメルリーゼに、少年は唐突に口火を切った。
「そうだった、すっかり忘れてた。」
そう言って少年はまたメルリーゼの手を引っ張り石畳の道を、忙しなく走るのだった。
「遅くなってごめん、俺の名前はエドガー。
バルザック・エドガー、みんなからはエドって呼ばれている。
一応、あの領主の息子だから困ったことがあったらこの街の中でならなんとか出来るとおもうよ。」
軽く会釈をして、自己紹介をするエドガーに隣から禿げ頭の中年男が茶々を入れる。
「ハハハ、五人の中で一番のチビだったエド坊が大口をたたいている。この前
までピーピー泣いてたってというのに。」
「ちょ、余計なこと言うなよユーゴーのおっさん。一体何年前の話をしてるんだよ。」
「そんな前だったかねえ、年を取るにつれてどうも日の流れが早くなったようでいかんな。」
ユーゴーと呼ばれた男は右手に握られている、大木のような巨大な金槌を肩にあて顎を捻る。
その後ろからは何かがゴウゴウと音を立て、部屋の中には立ちこめる
熱気と鉄の焦げたような臭いでむんむんとしていた。
街唯一の鍛冶屋の工房の一角にあるテーブルで、二人は向かい合わせで話していた。
「あの五人とは?」
「エド坊の所は三人兄弟でな、こいつはその末っ子なんだよ。あとの二人は、その三人の遊び相手兼傍付みたいなものかな。」
懐かしそうに語りながらお茶を出して奥の作業部屋に戻るユーゴーに軽く眉をひそめたエドガーが付け加える。
「一応、食客だったらしいよ。全然そんな感じはしなかったけど。」
「今はいないのですか?」
「うん、まあね。て言っても、死んだわけじゃないよ。ただ今、ちょっと旅に出てる。」
「旅?」
好奇心に押されついつい込みいった質問をしてしまうメルリーゼにエドガーは
特に嫌そうでもなく答えた。
ホメロスでは次の王を決める時、王位を継ぐ王家の者が普段は出られない結界の外へ出て、何かしらの功績を得て帰ってこなければいけないという仕来りがある。
それはかつての王がその地形故に内向的になりがちなホメロスの内政に、外の風を取り入れたいという思惑からできたもので長年守られてきた風習だ。
王位を継ぐ男子は十五歳になると街から、一人の付き人をつけることを許され山を下り下界へと出ていく。
そこで剣の道を究めたり、学術を修めたり、政治や戦略を学ぶなどの実績を積んで国に帰ってくるというものだ。
だからエドガーも後二年でホメロスを出なくてはいけない。
しかし実際に功績と言ってもその定義は曖昧で、今では無期限の海外留学のようなものになっている・・・らしい。
とそこまで聞いてメルリーゼは目の前の少年が王族だと初めて気づく。
しかも王位を継ぎうる王族だ。そう考えると背筋に緊張が走りかけたが、特にエドガーの王族らしくない、いままでの振舞を思い出して、緊張はすぐに解れてしまった。
どうも彼からは高貴な者にありがちな、威厳や高飛車さが感じられない。
悪くいえば器ではないだが、よく言えばそれだけ親しみやすいという感じだ。
「まあ、そんな感じかなうちの家は。」
「なるほど・・・」
一通りホメロスの内情を知って好奇心を満たしたメルリーゼは満足げに頷いた。
「よし、次は君の事を教えてよ。」
自然な流れで自己紹介をすることになったメルリーゼは内心で困惑する。
「は、はい。それでは。私は・・・メルリーゼです。市井の者なので名前だけですが、家族からはメリルと呼ばれていまし・・・います。ここには留学という形で参りました。」
本当のことは言えないため、微妙に嘘を話に交えることにチクリと心苦しさを感じながらメルリーゼは話した。
「へー、留学か。そんな制度がうちにあったんだ。じゃあさこの前、森で寝てたのも留学に関係あるの?」
邪気のない目で痛い所を突くエドガーにメルリーゼはタジタジになる。
「そ、そうですね。ちょっとここの自然を肌で感じようと・・」
苦しい言い訳を邪気のない目で信じるエドガーに良心が耐えられなく無理やり話をそらす。
「あ、あの、ところでここは?」
「ああ、ここはあのユーゴー爺さんの工房だよ。
本当はこんなススくさい場所じゃなくて酒場とか食堂に入りたかったんだけど、今は夜のために仕込みとかで忙しいから仕方なくね。
まあ、でもお茶は出るから店が開くまで少し待ってようとね。」
ニカッと笑うエドガーに作業場か大声が響いてくる。
「うちの工房は、休憩所じゃねえぞ!」
その声に二人は苦笑いを浮かべた。
「本当のこというと俺結構この場所好きなんだ。大きな鉄の塊から一本の剣とか鎧が出来たり、ボロボロになって使えなくなった武器達がピカピカになって帰っていくのを見てると、なんだかワクワクするんだよね。
俺もいつかそうやって武器を作ってもらったり、打ち直してもらいたいなぁとか考えたり。」
照れ隠しなのか小声で話すエドガーの言葉の中にメリルはふと疑問を感じ口を開く。
「あのでも、今エド君の腰にあるのは?」
エドガーは初めて会った時から腰に二振りの剣を携えていた。
右に一本、左に一本。どちらも同じ大きさ、同じ姿見で鏡写しのようになっている二本の剣はごく普通の剣よりもやや小ぶりになっている。
そして何よりも今日の朝に、当のエドガーがそのうちの一本で素振りをしているのをメルリーゼは目撃していた。
その時の抜き身の刀身は、太陽の光で白銀の輝きを照らしておりとても摸造刀には見えなかった。
「これは俺が剣を習いたいって言った時、親父が屋敷の蔵から持ってきたものなんだ。
一応、刃はついているけど、ただ馬鹿みたいに重くてさ、こうして腰に下げてる分は何ともないんだけど二刀で握った日には持ち上げられないくらい重いんだよ。
最近やっと一本でまともに振れるようになったけど。」
誇らしげに語るエドガーは、テーブルの上に剣を置く。
鞘に目立った装飾は施されておらず、かなり使い古されているが、それでもちゃんと手入れされているのが見て取れた。
「なら、どうしてそんな重いものを?」
湧き出る好奇心に勝てず飛び出た質問にエドガーは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「ボルヘスのじじいが『この剣を振れないようでは、剣士を名乗る資格はない』とか言い出してさ、仕方なくこうして持ち歩いては朝みたいに振っているんだけどね。」
物まね交じりの答えに、メルリーゼはクスリと笑い、
「あの・・・これ持ってみても?」
剣について熱く語っていたエドガーに恐る恐る尋ねるが、
「ん?別にいいけど、本当に重いよ。」
「はい、重そうだったらすぐに下ろすので。」
了承と注意をあっさり貰ったため、メルリーゼは立ち上がり初めて触れる剣の鞘と柄をギュッと握りしめ肩に力を入れて「えいっ」と持ち上げる。
すると・・・
勢い余って鞘を握っていた左手が滑り右手だけになってしまう。
エドガーは青い顔になって素早く立ちあがるが、そんなエドガーの心配を他所に
メルリーゼは片手で軽々と剣を持ち上げていた。
普段から握り慣れているエドガーですら片手で握るには、かなりの労力を要するというのにメルリーゼは事もなげに立っていた。
「嘘だろ・・・メリル、大丈夫?重くないの?」
「・・・はい、重いというより、むしろ重さをほとんど感じないというか」
「そんな馬鹿な・・・」
メリルの言葉にエドガーはもう一本の剣を鞘から引き抜くが
「ぐっ・・・」
剣はいつものように岩のように重く、すぐに地面に吸い寄せられた。
「メリル、ちょっと交換して。」
諦められないエドガーの要望にメリルはすぐに応じる。
「はい、どうぞ。」
渡された剣と自分の剣を取り換えるも
「ぐお・・・」
メリルがさっきまで握っていた剣もやはりエドガーが握ると重力には抗えず、一方でメリルはやはり軽々と剣を握っていた。
2015年6月18日 更新