第一話 ある一つの出会い
紺碧の大空、燦々ときらめく太陽、美しい街並み。
ここは日に最も近い町、天都ホメロス。
空気は凛と澄み、建物は民家に至るまで色彩を凝らした造りになっている。
他の町とは異質な雰囲気を醸し出すその街道を一人の少年が周囲の目も気にせず走っていた。
「おう、エド坊、そんなに急いでまた悪さでもしたのか?」
馴染みの鍛冶屋から声をかけられ少年は足を止めずに答えた。
「ちげーよ、ユーゴーの爺さん。仕事だ、仕事。」
そう言いながら少年の顔に緊張の色は見えない。むしろ楽しんでいるかのようにさえ見える。
(結界が突破されただって!何が入ってきたか知らねーが今度こそ俺の剣の腕前をみんなに見せてやるぜ!)
少年はさらに足を速め、町の外へ続く下り坂を駆け下りていった。
街を出てしばらく行くと、辺りには一面の草原が広がる。どの草も誰かが刈り取っているわけでもないのに、草丈は綺麗に揃っている。
絵に心得がある者なら間違いなくデッサンを行うであろう美しい台地だ。
ここはそんな瑞々しい草木か生きるホメロス台地。天都の周辺をぐるりと囲むように位置する広大な草地で、人が一部の地域で細々と農業を行っている以外では、ほとんど手つかずの原始の自然が息づく。
このさらに先に大森林、外の人が深淵の森と呼ぶ森林が横たわっている。
その森の入口付近を先ほどの少年がウロウロと所帯なさげにぶらついていた。
「結界が突破されたのはいいけど、どこで突破されたかまでは聞いてなかった・・・。」
興奮のあまり肝心なことを聞く前に屋敷を飛び出した少年は一人途方に暮れていた。
思えば今日の早朝、日課の訓練を終えて廊下を歩いていた時に守衛の話を盗み聞きしていたのが事の始まりだった。
守衛はひどく慌てた様子で、昨晩のうちに大森林前の結界が突破され、何者かがこっち側に入ってきたと、この国の軍団長に伝令していた。
なんでも魔獣でも触れれば、その肉を断つような強力な結界を、破壊するでも飛び越えるわけでもなくすり抜けるという特殊な方法で突破したそれは永らく生きながらえ魔力を操るようになった聖獣か、それとも何か得体のしれない物であると守衛は言っていた。
そこまで聞いて少年はいてもたってもいられなくなり走り出していた。
いつまでも自分の事を子ども扱いし、剣の腕もまだまだという大人たちに一矢報いろうという思いが強すぎるがあまりの所業だった。
一時頭を抱えるも、考えても答えは出ないと気づき少年は森の手前で腰を下ろし、静に瞼を閉じた。
そして心を一旦、空にして全神経を耳に集中させた。
「・・・・・・」
森の中にいるのなら何かしらの音が立つはずだ。
そう考え耳を澄まして幾分、驚異的な感覚神経を持つ少年の耳は一カ所に生き物が集結するような音を聞き取った。
(そこか!)
刹那に立ち上がり、森へ向けて一気に駆け出す。
所々に木漏れ日の降り注ぐ木々の間を、すり抜けるように駆け抜ける。
(確かこっちだったような・・・)
微かに聞こえた雑踏の方角を思い出しながら、時折向きを変え、再度耳を利かせながら、少しずつ目標へ近づいていく。
幾本もの木を通り越し走っているうちに徐々にハッキリと感じるようになる生き物の気配に期待と緊張に胸を膨らませながら、右手を腰の剣に引き寄せる。
(そろそろか)
いよいよ目で見える範囲にまでそれの気配を察した時、少年は歩幅を狭める。
ドクドクと高鳴る鼓動を押し殺すに息を殺しながら、今度は一歩一歩慎重に歩み寄った。
一瞬、脳裏にあの日の事が過ぎる。
幼すぎる自分、傷つき血を流す兄弟、それと今もこの胸に残る恐怖。
それだけでドッと湧き出る冷たい汗を背中に感じながら、武者震いなのかただの震えなのかよくわからない寒気が体を覆う。
「おいおい、まだ俺はビビッてるのかよ。」
独り言のようにわざとそう呟き、汗を拭う。
今の自分はあの日とは違う、もう一人で生きていける、そう自分を鼓舞して一度ゆっくりと肺の中の息を吐き出した。
それで体内にこびりついた恐怖も一緒に吐き出すかのように。
そして少しだけマシになったと勝手に決めつけ、再び目を見開く。
そうすると、視界が微妙にスッキリしたような気がした。
そんな道化のような真似をする自分を嘲笑う心の中の誰かに目をそらし、少年は足を踏み出した。
一歩、また一歩歩く度に気配は強くなっていく。
そして、遂に気配まであと十歩となった時、草村の中に沈み込むそれが目に入った。
それは動くには不自由そうな、スカート丈の長い衣服に木の枝のように華奢で細い体、そして夕日に照らされる小麦のように金色に輝く長い髪。
そこには、小動物に囲まれる一人の美しい少女がいた。
その美貌に一時呆気にとられるも、少年はすぐに我に返り群がる動物を追い払う。
このあたりの生き物は体の中に少なからず魔力を秘めているため、人に噛みついたりすると何を起こすか分からない。
とりあえず一掃して、横たわる少女が眠っているだけなのを確認してから、はてと首を傾げる。
このあたりに人の住めるような場所はないし、こんな場所で寝る意味も分からない、そもそもこんな少女は見たことがない。
少年はうーんと眉を寄せどうしたものかと思案する。
その姿に先ほどの緊張や恐怖は全く見られない。純粋な一人の少年がそこにいた。
完全に毒気を抜かれいつもの調子で頭を悩ませる少年の横で、眠りにつく少女に雲の切れ間から覗いた日の光がそっと降り注いでいた。
2015年6月18日 更新