悪役令嬢改めまして
「どうしてこうなったのかしら」
長いすにだらしなく座り、ぽつりとそう呟いてみる。
もっとも、こうなった理由はよく分かっているつもりだ。ただし、こう言う結果を求めていたというわけでもなかった。
「それを言いますか。お嬢様」
呆れたという態度を隠しもしない従者に、ほんの少しだけ眉を顰めてみせるが、こんな物言いを許している時点であまり意味はない。
「でも、ここまでは流石に予想外ではなくて?」
溜息と共にそう言えば、従者も流石にそれは思っていたらしく、すっと視線を外した。
私こと、夕顔瀬 絢音がこうなったのは、実に、実に単純かつ明朗なことではあった。
一年ほど前、私は、ちょっとした風邪を引いた。それをなにやら拗らせてしまったようで、思わぬ高熱で、三日ほど寝込んでしまったのが、全ての始まりだった。
「あったま痛いわー」
やっと熱が下がり、大変クリアな思考で思ったのは、そんなこと。
私はどうやら、ゲームの世界に大変酷似したところにいるらしい。タイトルは知らないが、いとこに付き合わされてプレイしたことがある。
いとこがどうしても入れないバッドエンドに辿り着きたいときなど、何故か重宝された。いとこの友人にも色々と話が回っているらしく、そこで付いたあだ名が。
『ハッピーエンドクラッシャー』
いとこ曰く、私にやらせれば、後一歩でハッピーエンドの育成ゲームすらも、バッドエンドに突っ込めるだろうとのことだ。
流石にそれはないだろうが、近しいことにはなりそうであったので、強く突っ込まないでおいた。
だいたいにおいて、所謂乙女ゲームと言われるものの主人公の偽善的な言動というのは、果たして本人のためであるのか。傷をただ舐め合うだけが癒やしであるはずもない。時に強く突き放すというのが本当の優しさなのではないかと思うわけです。
まあ、そんな自己主張はどうでも良いわけですが。
ゲームのタイトルなんて、借りてやったものはよく覚えていないし、基本的にはいとこが進めているのを何気なく見ていた程度のもの。早々ストーリー展開など覚えているはずもないんですが、流石にキャラクターはなんとなく覚えていたりするものです。
当て馬、悪役、ライバル。まあ、どんなものを当てはめても良いんですが、主人公の邪魔をするキャラクターというのが、何かしら、そう言うゲームにはいたりするわけですが、この夕顔瀬 絢音も、類に漏れないそう言った主人公の色恋に、ひと味添える人物でして。
まあ、それだけでしたら、その程度かで済ませた所なんですが。
この、夕顔瀬 絢音。やることなすこと姑息で、しかもしみったれてて、なんというか、もうこれ、ド三流で良いんじゃないかしらと、ひっそりと私も思うくらいに、令嬢という立場では考えられない子供っぽい、かつ、足が付くことばかりをやらかすという人物でした。
とりあえず、悪役だろうと、当て馬だろうと全くもって構わないんですが、このド三流を踏襲するのはいかがなものかと。
今時、下駄箱の靴にピンを仕込むとか。ねえ。
流石のいとこも、この令嬢の嫌がらせの子供っぽさには、苦笑を禁じ得なかったようで、ある意味憎めない悪役の地位を築いてはいましたが、まあ、そんな足の付くことをやっていれば、最終的に待っているのは、糾弾という名の吊し上げです。
やってることがやっていることなので、家が潰れたりすることはないんですが、まあ、当人の面目的なところは丸つぶれですから、その後の将来の見通しが暗いのは致し方なさそうな感じでした。
正に明暗。
そんな令嬢に、どうやら転生したらしいと言うのに気が付いて出たのが、先ほどの言葉。
まあ、確かに、物語のキーパーソンたる、婚約者こと、攻略者も居るには居るんですが。
私、別に記憶が戻ったからと言ってこの性格になったと言うわけではないので、婚約者との間は結構ドライなものです。
お互いに、まあ、相手は利用できるところまでは手を組もうという性格でしたから、最初の言葉が、お互いに。
「足を引っ張るなよ」
「脱落しないでくださいね」
だったので、推して知るべし。
別に、関係的に悪くはないんですけど、良いかと問われれば、首を傾げる程度には、機械的なお付き合いです。
「目が覚めていらっしゃったんですね。お嬢様」
そう言って入ってきたのは、なかなかに整った顔立ちの男の子。
私より些か下に見える面立ちですが、同い年です。婚約者が居るから、男を付けるのはどうかというのはあったようなんですが、ボディーガードとしての腕は、この歳にしては一級品。学校内での守りも出来るという利点から、彼を従者として連れて歩くことになりました。
この性格が災いして、ちょっとばかり、不興を買いすぎたようでして。
「ええ。寝覚めは最悪ですけれどね」
前世でここに酷似したゲームをやっていた、というのを思い出したところで何かを変えるわけではないし、主人公らしき女性はいるけれど、何故か婚約者殿はあまりお気に召していないようで、彼女の相手はほとんどしていない。
そこここに粉を掛けて回っているようだというのは、風の便り程度の噂で又聞きするものの、これと言って被害があったわけではなかった。
あの瞬間までは。
「夕顔瀬様、ひどい」
たまたま同じクラスに配置されたイケメン集団と私+主人公らしき女生徒。
がんばってフラグを立てて回っていたようだけれど、成果が芳しくない。
芳しくないのは何故だろうと考えた主人公は、私が全くもって何一つとして嫌がらせを実行していない所為ではないかと、思い至ってしまったらしい。
そして、それはまた、大変的を射ていたようだった。
確かに、なにに付け、明確な敵というのは必要である。
敵の存在がはっきりしていれば、悲劇のヒロインやり放題だ。
かくて、元より友人も少なく、交流もなく、そして、間の悪いことに、ちょっとその辺に覚えがよろしくなかったという、素晴らしい偶然が重なって、見事、悪役令嬢という位置を確立したわけであるが。
ちょっと待って欲しい。
あの、あの稚拙で、幼稚で、鼻で笑っちゃうような嫌がらせの数々を私のせいにされ、あまつさえ、その所為で面目まで潰されるとは、全くもって甚だ遺憾だ。
「分かりました。阿佐比様。私、全身全霊全力を傾けて、貴女の宣戦布告を受け取りましょう。貴女が勝った暁には、私の婚約者から一同のし付けて差し上げますわ。
負けたときには、お荷物と化した、そこら一同全て引き取っていただきますので、お覚悟遊ばせ」
高笑いと共に去って行く私を従者が大変痛々しい者を見る目で見詰めていたことに気が付きましたけど、まあ、こうなったら行くとこまで行くしかないと思うんです。
「お嬢様。そんなに退屈だったんですかっ」
人の目がなくなったところで、ずっと思っていたらしいことを怒鳴ってきた従者に、私は笑みを一つ返し。
「当たり前じゃない」
と、優雅に言い放ってみた。
そんなわけで、それからの学園生活は、正に針のむしろと言わんばかりでしたが、大変充実をした日々でした。
私がやったと、稚拙な嫌がらせを偽装する阿佐比様。
ここまで来たら、彼女だって引き下がれないのは必定。嘘に嘘を重ねて、必死で私を悪役に仕立て上げていましたが、見るべき所はそこではないのですよ。阿佐比様。
「で、資料は集まって?」
家に帰り、父に少しばかり頭脳戦をやるのだと言ったところ、渋い顔で、一つお部屋を下さいました。
どうやら、やるなら目の届くところでやれと言うことらしいです。
まあ、今までの所行の数々を知っている父にしてみれば、目の届かないところで大惨事になるよりは、同じ大惨事でも、内容分かっている方がマシ、かつ、あわよくば、なんか使えないかなと言うことなのは分かっているので、大人しく従います。
その方が、父の力もそれとなく借りることが出来ますしね。
今や彼女の取り巻きとなっている、私の婚約者殿と以下、攻略者の方々。そこそこの名門の方々だったり、何かに秀でている方だったりします。
そう言う方というのは、えてして何かしらのスキャンダルなどを抱えていたりするわけで。
「叩けば埃の出る体にしても、ひどいわ。杜撰すぎるわ。家の人たちが優秀なのを差し引いても、ひどいわ」
私があからさまに嘆いていると、横から顔を覗かせた従者が、内容を見て、気まずげに視線を逸らしました。
「ちょっと怪我をさせたとか、軽い事故を起こしたとか、この程度の隠蔽くらいはしておけば良いものを」
流石に、人の人生に関わるほどのひどい話はないものの、この程度の軽いいざこざは、互いに円満に終わらせておけば、こんな報告になど上がっても来ない。
「だいたい、これなんて、上手くすれば美談で済むものを」
ピンと指の先で弾いたのは、一枚の書類。
目の不自由な方に謝ってぶつかってしまった折り、軽い怪我をさせてしまったと言うもの。
まあ、相手は私の婚約者殿だったわけですが。
その後の対応が、急いでいると連絡先とそぐわない大金だけ押しつけて、その場を去ってしまったそうなのだ。
忌々しげに目の不自由な方を見て舌打ちまでしたらしい婚約者殿は確かに非がありまくりだ。
まして、そんな大金を渡せば、まるで金目的で当たり屋でもやったようではないか。
何より相手は目が不自由なのだ。辛うじて渡された物がお金だと分かったようだが、はっきりと目が見えているわけではないため、呆然としている間に、お金はひったくられ、またしても怪我をしたらしい。
近くで見ていた人が、流石に気の毒に思ったらしく、無事だった連絡先を渡して上げたらしいのだが、その後の対応も散々だったらしい。
ちょっと突けば、こんなごたごたが山積しているのだから目が当てられない。
「ねえ、この方々、本当にお家を継がれるの?」
思わずぼそりと言ってしまった私は間違っていないと思う。
多分、底抜けに。
いや、それ以上は言わないで置こう。
「まあ、ある意味お嬢様の思惑には沿っていると思うので、良いのではないかと」
そう。家にまで響くことはなく、けれども、個人には大打撃。と言う類いのスキャンダルで、一番、情けないのを選出中なのである。
「ふふ。選り取り見取りね」
中半ヤケ気味にそう言うと、あたりでも乾いた笑いが湧き上がる。ほんのちょっと上手く立ち回れば良いだけのものを、なんで尊大に振る舞えるのかが、本当に分からない。
誰にでも優しくしろとか言うつもりは無いけれど、人の目のあるところでは、演技をしてみせるくらいのネコは被っておくべきだろう。せめて。
「まあ、あの程度の偽装が分からない方々ですしね」
クラスの半分は、彼女のやっていることが自作自演だと知っている。知っていて、その上で、私が気に入らないから乗っかっているのだ。
ある意味彼らの方が賢い。
選択が賢いかどうかは別として。
「まあ、早々に終わらせましょうか」
確かゲームは一年。そろそろクライマックスに近い。あと三ヶ月を残したところで引導を渡して上げるのは、ある意味優しさだ。
上手くすれば、挽回できるかも知れない。もっとも、挽回できなければ、ただの針のむしろであるし、逃げ出せば、負け犬のレッテルが貼られる。
いずれにしても、決定事項は一つ。
「なんとしても、これ全員彼女に引き取って貰うしかないように、上手く、罠を張り巡らせるというのが今回最大の山ですね」
うきうきとそう言う私を全員がこぞって白い目で見てますけど、手伝っている時点で同罪ですからね。
まあ、そんなわけで、上手いこと彼女をはめ、もとい、彼らのお家の彼女に対する株だけを急暴騰させ、うちの子は彼女に任せれば大丈夫という、謎の天啓を得た方々が、息子を彼女に托し、全員、家から蹴っ飛ばした。
資金的援助はそれなりにするけど、家の敷居は二度とまたぐなと言う、実質、勘当状態。
彼女の思惑とは違うだろうけれども、これもほら、逆ハーレムというやつでしょう。阿佐比様。
多分念願でしたよね。
と、心の中で呟いて、呆然とする彼女に対しての幕を引いた。
それから、しばらくして、ちょっと色々とやるために、家のものにも黙って繋げたコネクションのせいで、悪役令嬢どころじゃなくなりつつある。
「どうしよう。むしろ完全なる悪役」
手腕が素晴らしいと、幾つかの繋ぎをとったところが、傘下とまでは行かないものの、家の手に加わったらしい。
いずれ家を継ぐのは一人娘の私であれば、先に覚えを良くして、夕顔瀬の家での地位を盤石にしようと言うことらしい。
「お嬢様。全く困っているように見えないんですが」
従者が渋面を作って私に言う。
「そんなことなくてよ。私とっても困っているわ。家のことを考えれば、完全に裏に回るのもまずいし」
そこまで聞いて、少しほっとした顔をした従者を見ながら、更に言葉を続ける。
「何処までを最低ラインとするのかの線引きが難しくて」
「そんなこったろうって思ってましたよっ」
相変らずの態度の従者に、私はくすりと笑みを返してから、またぞろ溜息をつく。
先週、また熱を出して倒れた折りに、夢を見たのだ。
そう、あのいとこの夢を。
いとこは、満面の笑みを浮かべて、私に言ったのだ。
「あれ、なんか知らないけど続編が出てねっ。夕顔瀬様続投なのっ」
続編って、何。
と言うか、あの、幼稚で稚拙でどうしようもない悪戯の数々を続編でもやらかすのか。
ちょっと、ゲームの夕顔瀬 絢音様。もうちょっと。せめてもうちょっとで良いので、胸を張れない悪役になってて欲しいものですよ。
あんなの再び相手にするとか、本当に考えるだけで気が重い。
何より、続投なのは夕顔瀬だけ、主人公以下総ざらえで変わっているらしい。
どんだけ愛されていたんだダメっ子お嬢様。
お陰で私の気苦労は、どうやらまだまだ終わらないらしい。
これ以上やったら、そのうち、世界に名だたる大悪党になれそうな気がする。
まあ、それはそれで楽しそうなので悪くはないんですけれどね。
そんなわけで、悪役令嬢改めまして、悪の幹部でも目指した方が良いんでしょうかね。