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熊と!

熊と!朝の光の中で 

作者: sakurazaki

 オレの先を歩いている先生の肩が、小刻みに震えている。

 学校の廊下を歩いている先生と生徒。


 シチュエーション的にはおかしくない。

 ただ、先を歩いている先生が笑っていることは明白だ。

声を押し殺してるけれど我慢できないのかな。

 まあ、だいたいこんな反応だ。予想はしていた。

 

 3ー2と書かれた札の教室の扉を開けた。教室の中はがやがやとうるさい。

 中学三年生の教室なんてみんなどこも一緒だ。

 先生が来た事がわかると急に静かになるものだ。


 しかし、ざわめきは収まらない。みんなおしゃべりが止まらないし、第一前を見ていない。

 だいたいが、後ろの席をみてしゃべっているか横を向いている。

 その中を当たり前のようにずんずん進んでいく先生。

 小柄なその後姿には、なんのためらいも感じられない。

オレは、首をかしげながら後につづく。

 怒らないのかな?


「え~、転校生を紹介する」

 そう言うと、先生は黒板にオレの名前を書き出した。


『笹塚』

 と書いたところで誰も興味を示さない。


 ふふん、おもしろいなとオレは思った。

 こんな反応は考えた事なかったな、予想外だ。

 親父の仕事柄、何度も転校することが多かった。

 この学校で三度目か?


 先生がさらに、オレの名前をチョークで書いていく。

『熊五郎』

 何事もなかったかと思われた。


 が、一番後ろの窓際の席の頭に真っ赤なリボンをつけ、毛先が金色の女子が「あ」と小さな声を上げた。

 それがさざなみのように広がっていく。

 前を向いていないクラス中の生徒が違った声を出し始め、こっちを振り向く。

 後ろを向いていた生徒が前を向く。


「なんだよ~、冗談はよせよ~~」

「せんせ~、転校生に失礼でしょ。名前間違えちゃさぁ~」

「ださぁ~」

 やっぱり想像通りになってしまった。


 ここで仕方なく、オレは考えておいた自己紹介を始める。

「笹塚熊五郎です。この名前はひいじいちゃんの名前と同じです」

「母が小さい頃に北海道の山ん中でひいじいちゃんに命を助けてもらったとかで、つけられました」

「自分でも嫌いでしたが、一度きいたら忘れないので最近はまあ、いいかと思うようにしています」

「あ、千葉の竹島というところから来ました。まわりは山ばかりで、小さい頃から外遊びばっかで勉強は苦手です。よろしくお願いします」

 オレはぺこりと頭を下げた。


 クラスのみんなは口をあけて黙ってオレの話を聞いていた。

「す、すごいな笹塚。みんながま、前を向いているぞ!それにこんなに静かになってる」

 なんだか、先生が感動している。


 オレはそんなにすごい演説をした訳じゃないんだけどな。

「と、とにかく、そこに座りなさい」

 おろおろと指示されるままに、窓から二番目の後ろの席に着く。みんなオレを見ていた。


「へぇ~、ほんとに熊五郎って言うんだ。おっもしろ~」

 肩につくくらいの髪、毛先は金色で前髪を頭のてっぺんで結んである。

 リボンの形の髪留めはまるで関西の漫才師みたいだ。にっと笑うと八重歯がみえた、吸血鬼みたい。


「おまえ~。そんなかっこわるい名前、やじゃねっ?」

 学ランの前を全開にしてどくろのティーシャツをきた前に座っている男子が、話しかけてきた。

 全身がだらしなくよれよれして、茶色い髪の毛までよれよれと肩まで長い。


 まったく、こいつはオレの話を聞いてなかったのかね。

 嫌でも親につけられちゃったんだからしょうがない。

 オレは細身だし背も高い、熊とは似ても似つかない。

 しかし母はすこぶるこの名前、気に入っているのだ。文句なんか言ったらぶっ飛ばされる。


 気がついたら担任はいなくなっていて、授業が始まった。


 始まったというより、数学の先生が入ってきてずっと黒板に向かっているだけと言った方が正しいかもしれない。

 時折、蚊の泣くような声でごにょごにょ言ってるが聞こえやしないし聞いてほしいとも思ってないようだ。


 ほとんど後姿の先生。

 みんな、朝の時と同じでそっぽをむいておしゃべりをしている。

 良くみれば女子はスカートの長さが半端じゃなく長いやつ、超ミニスカートのやつ、どっちかだ。 

 男子は学ランのボタンは留めてないし、ズボンが半ケツ状態で腰パンというやつか、パンツが見えている。


 ふぅ~ん。これがニュースでよく聞く学級崩壊ってやつかね?


 オレがいた山んなかの学校じゃ考えられない光景だった。

 誰も授業を聞いてないし、先生も授業する気はないらしい。


 は~、おもしろいもんだ。

 オレは授業が嫌いだったし勉強も嫌いだけど、こうなると意外に授業してもいいぞ、という気分になってくるから不思議だ。


 ふと、隣の関西漫才系の女子に話しかけてみた。

 つめにマニキュアを塗っている最中だ。

「お前ら、授業やんなくて不安になんないの?」


 ふふん、と鼻を鳴らして

「みんな塾行ってるから、テストできればいいんじゃん。あと、あたしの名前は美奈香だよ、熊ちゃん!」


 なるほど、それにしても先生はなんとも思わないもんかね。


 前の学校がこんなだったら、先生が怒り出すぞ。いや、泣き出すかもしれない。


 美奈香のスカートはドレスのようにひろがって床についている。

「スカートそんなに長くて動きにくくないのか?」

「えっ!かっこよくねっ?」

 んん、かっこよくない?と言ったらしい。

 最後に「ねっ」とクエスチョンマークで疑問文らしい。



 昼になると、さっきのどくろティーシャツが話しかけてきた。

「よぅ~くま~。飯くおうぜ、メシ!」


 まあ、悪いやつじゃないようだ。外見はどうでも中身は所詮同じ中学生さ。

 オレは快く、高松翔というどくろティーシャツの後ろについて行った。


 そいつは何人かの男子を連れて、スタスタと歩いていく。

 どこに行くんだろう?と思っていると、彼らは校庭を横切り校門から出て行く。


 おいおい、転校初日から授業ふけたら、母ちゃんにおこられるぜ。

 とにかく、オレの母ちゃんときたら、プロレスラーみたいに強い。

 なにか文句でも言おうもんならビンタがとんでくるし、手でも出そうとしたってすいっと身をかわされてパンチを出した手を


ちゃっと掴んでねじ上げられる。

 とにかく、太刀打ちできない。


 オレがもどるよと声をかけようと駆け寄った丁度その時、彼らは門のすぐ向かいのラーメン屋『来々軒』に入っていった。


「おい、くま!ここのラーメン超うめーぞ!」

 熊、じゃなくて熊五郎だ。名前じゃなく苗字で呼べ!


 まあ、ふける気はなさそうなのでオレもラーメンを食べる事にした。

 学割とかいって、400円で食べたラーメンは意外にもめちゃめちゃうまかった。


「だろ~、この辺じゃ一等うめぇんだ!熊の歓迎会って事で!」

 みんなラーメンの汁まで飲み干して、笑う。


 人間、同じ釜の飯を食う仲というがオレは、こいつらと友だちになれた気がしていた。


 翔と同じように派手なティーシャツのメガネをかけたやつは陽介といって、親はPTAの会長をやっているそうだ。

 こいつは翔と違ってよれよれでもなく、髪はストパーでもかけたのかさらさらロングだ。


「おまえら、授業は一応出るんだなぁ?不思議だ」

 とオレがつぶやくと翔は笑った。


「一応、単位落とせないっしょ!先公もやる気ないシィ~」

「そうそう、いい私立行かないと親うるさいしさ。ガッコだけじゃん、遊べるのさぁ~」


 なるほど、塾で猛勉強して学校でおしゃべりして高校は良い私立に行く。そういう事ね。


 どこかが違うような気がするのははどうしてかな。

 今までオレも先生に怒られながら、さぼったりおしゃべりしたりしてきたんだが。

 少し違う、どこかが違う。う~ん。



 オレはその日一日で、この学校に慣れた。

 慣れた、というより理解した。

 通常の学校とは意識が違うんだという事を。


 何事もなく一週間が過ぎた。


 毎日、あいも変わらず生徒は前を見ないでだべっているし、先生は入ってきたのも出て行ったのもわからないくらい存在が薄い。

 聞こえないような声にならない声で、何かをつぶやいて教室から出てゆくんだ。


 まわりのやつらの話から、オレなりにこの学校がこうなった訳を知った。


 オレたちの学年と入れ違いに卒業して行った学年が、荒れていたらしい。

 三年前の卒業生だな。

 そうとうなもんだったみたい。体育館のガラスは割られるし、けんかは常時。

 ボヤ騒ぎあり、先生が殴られた事もあったとか。


 そんなこんなしているうちに、先生の中に生徒をスルーしようって動きが出始めた。

 見ないふりしてやり過ごすって訳だ。

 それが浸透すると同時に、生徒は何にもしなくなった。

 たぶん、こんな感じだ。


 生徒会長は、先生が当たり障りのない者にやらせる。

 指名されたものは、有名私立を受験するやつで生徒会は内申に良い点数をもらえる。


 新城陽介、最近仲が良いさらさらロングのメガネ。

 前年度、生徒会長をやっていた。


 今年度は決まってないから、彼はまだ生徒会長だ。

 やっているといっても何にもしてない。名前だけだそう。


 まあ、本人が言うんだから何もしてないに違いない。

 また、次の生徒会長も先生が決めるんだろうと陽介は笑った。


 生徒は毎日、友だちとだべり遊ぶために学校に来ているって訳ね。

 まあ、オレも似たようなもんだとは思うんだけど、何かが違うっていうかずれているって言うか。


 朝のホームルームは机につっぷして寝ているやつが多い。

 朝日がまぶしい気持ちのいい教室でよくグゥ~スカ眠れるもんだね。

 感心する。


 なにしろ、田舎育ちは朝が早い。

 前の学校も山の中だったし、その前の学校も田んぼの中だったからね。

 まず、朝からたむろって遊びながら登校。

 みんな学校に着く頃には全開バリバリだった。

 都会育ちとはえらい違いだ。



 その朝、あわてたように校内放送が響いた。


『手の空いている教師は、北校舎屋上につづく階段に至急集まってください!!』


 がやがやと眠っていたやつが目を覚まして、話し始める。

 廊下を何人もの先生が走っていく。

 何事だろう?オレのクラス担任の古典の須田先生は、まだ来ていない。


「お~い!!うちらの須田がたてこもったってさ!」

「須田がストしてるんだって!」


 何人かの生徒が大きな声でさわいでいる。


 あのオレの自己紹介に感動しちゃってたあいつが、たてこもり?

 なにかの間違いじゃないのか?

 おとなしくて、何も言えなそうにみえたけど。


 今度は、廊下をばらばらと生徒が駆けて行く。

 オレたちのクラスのやつも走り出した。

 オレも野次馬根性で走った。

 走るのは得意だから、他のやつよりぬきんでてやる。


 待ってろ、須田先生よ!


 南校舎から連絡通路を走って北校舎を駆け上がる。

 最上階の階段を上ると、鉄のドアが立ちふさがっていた。

 その前に、たくさんの先生が窓から中をのぞいて何か叫んでいる。校長もいる。


「須田先生!何がしたいんですか?はやく、ここを開けなさい!」


 ドアの向こうは小さな小部屋になっているようで、くぐもった声が聞こえていたが聞き取れない。


「くまちゃ~ん、ここ物置になっててさぁ~この先って屋上だよぉ~やばくねっ?」

 オレの後ろに美奈香の突き出た前髪がゆれた。


「須田先生!もっと大きな声で話してください。聞こえませんよ!」

 体育教師らしき、いかり肩のジャージの先生が太い声を出した。


『ぼくは、学校に来ていても何にもしていません!!』

 ドアの向こう側から意外にも大きな声が聞こえてきた。

 なんだ、でかい声出せるんじゃないの。


「はぁ~」

 こちら側は頭にクエスチョンマークでいっぱいって顔が並ぶ。


『ぼくは、古典の先生なのに古典の良さを伝えられない!』


 ほぅ~~、オレは須田の悩みがわかった気がした。


 しかし、先生たちは理解に苦しんでるようだ。

「とにかく、ここを開けて出てきなさい。それから話を聞こうじゃないか」

 校長がいらいらしてるようだ。


 まあ、こんな学校の校長じゃ何にも理解できる訳ないよな。


「まったく、ようやく何事もない平和な毎日が帰ってきたって言うのに」

 校長がぶつくさ文句を言っている。

 今の毎日が平和だって言ってるんだからちんぷんかんぷんだろうな、校長のくせに。


 平和なんて誰も望んでなんかいないのにね。


 オレは、授業があるからサボりたいんであって、あるんだかないんだかわからない授業じゃサボりたいって気が起きないじゃん。

 それと一緒なんじゃねぇの?


 ようするに、須田はやる気が無くてもやらせるという授業をしたいんじゃないかな?


 その何人かがおもしろいと思ってくれれば嬉しいって事じゃなんじゃないの?

 まあ、教師だからな。人に物を教えたくて教師になった訳でしょ?


「騒ぎが大きくならないうちに、はやく出てきたまえ!!」

 校長がマジギレ寸前って感じでどなる。


『ぼくは、生徒を人として授業がしたいんです!生徒をナスやかぼちゃには思えません!』


 ほほう~、校長はオレたち生徒をナスやかぼちゃだと思って授業をするように言ってるってわけだ。

 なるほど、だからどの先生も自分の言いたい事だけ言ってさっさと帰っていくのね。


 でも、中には須田みたいに思っているやつも多少なりいるのか。


 だけどなぁ~、今の須田じゃあ生徒はいつまでたってもナスやかぼちゃのままだろうな。


 う~ん、オレはまともな学校をはらはらしながら、ふけるスリルを味わいたいぜ。

 ちょっとオレは考えてみた。


 そして、傍にあった椅子を振り上げた。


「き、きみ。何をするつもりだい!ひぃ~、や、やめてぇ~」


 校長が頭を手でおおって、飛びのいた。

 昔怖い思いをしてたらしいから、当たり前かもね。


「須田先生も、今の授業もオレが変えますよ!」


 そう言ってオレは、椅子を鉄のドアの窓ガラスめがけて振り下ろした。


 ガッチャーン バリバリッ


 屋上の光が、飛び散ったガラスにきらきら輝いた。

 太陽のかけらのように須田のまわりで反射した。


「須田先生よぉ、笹塚です。オレ、変えてみますから!ここ出てきてくださいよ!」


 キラキラ光る太陽のかけらの中で、腰を抜かした須田先生がか細い声で答えた。

 屋上から涼しい風が吹いてきた。


『あぁぁ?笹塚 熊五郎?ほんとかい?』


「とりあえず、先生は授業を面白くする事を考えてください。オレは次期、生徒会長に立候補しますんでよろしく!」


 しばらく間があって、鉄の扉が開いた。

 須田先生はよわよわしく、けれど嬉しそうに立っていた。

 小さな身体をやわらかい太陽の光が包みこんでいた。




「く~ま~ちゃ~ん。ほんとに生徒会長やるのぉ~?」

 今日は昇り竜のティーシャツを着た高松翔が、オレの席にきて言った。


「生徒会長何にも仕事ないけどさぁ。ほんとは二年生がやるんじゃん?」

 新城陽介もくねくねとだるそうにオレの前の席に座ると、さらさらの髪をかき上げながらメガネをはずした。


 この学校はすべての行事が廃止になっているので、仕事は現時点で何もないのは事実だ。


「一年ってかなり長いって事、おまえら忘れてない?」


 二人は目を見合わせて、うなずく。

「おぉ~」

「たしかに」

 意外に素直な二人だ。


 すると、窓際から髪全体を明るい栗色に染めた美奈香が、弾んだ声で

「熊ちゃんが生徒会長やるなら、美奈香も副会長やろっかなぁ!おっもしろそうだもんねぇ」


 翔と陽介がまた目を合わせて

「たしかに」

「おもしろそうかも」


 そうそう、お前ら何にもしないって事のつまんなさを、感じろ感じろ!

 彼らの瞳が今までになくいたずらっぽく輝きだしていた。


 オレらは、まず職員室に出かけていった。


 とりあえずは、現生徒会長からの申し出提案という事で、生徒会の立候補を募る事の許可を貰った訳だ。


 あっけなく許可は降りて、立候補募集期間一週間が決められた。


 思ったとおりに誰一人、立候補者はいなかった。


 生徒会長、俺笹塚熊五郎。


 副会長、吸血鬼みたいな八重歯を出して笑ってる美奈香、いくつものピンクの髪留めがおでこに並んでいる。


 書記、金のロゴ入りティーシャツの高松翔。きょうもよれよれしている。


 会計、名前だけのメガネの前生徒会長新城陽介。

 さらさらのロングヘアーを肩に着くくらいに切ってきた。


 誰一人オレたちの事に興味ない訳で、これでスタートする事になった。


 

 まず、オレたちは先生に対する要求書を作成した。


1、大きな声で授業を行う事。

2、眠くならないように相違工夫する事。

  笑い、ゲーム興味を持てれば何をやってもOK。

3、生徒一人一人の名前を覚える事。

4、頭の悪い生徒には、とことん付き合うこと。

5、生徒の興味に関心を持つ事。

6、相談には親身になって答える事。


 なんとか、校長も要求書は受け取った。

 その後、職員室に張り出してもらったので、経過は上々って感じかね。


 担任の須田先生だが、あれからめっきり明るくなった。


 授業も変わった。

 古典の授業で『平家物語』に入ったときなんか、なんと渋い薄紫色の着物に羽織、手には扇子といういでたちだった。


『祇園精舎の鐘のおと~~~(パンパン)、諸行無常の響きあり~~(ぺんぺん)』

 ってな具合で扇子をぺんぺんたたいては調子をとっていて、噺家みたいなもんだから皆に受けた。


 誰も寝ているやつなんかいなかった。

 笑って聞いてみると古典もおもしろいもんだったし、頭にも記憶にも残るものだ。


 たまに居眠りなんぞしてるやつがいると、

『しゅんみ~~ん~あかつきをぅ~~おぼえずぅぅう』

とか歌いだす始末。

 ミュージカルかっ!

 こいつ、なかなかやるじゃん。


 オレは、須田が本当の教師になりたかったんだって事をしみじみと知った。

 いいやつじゃん。



 昼休みにもなってない音楽の教室。

 音楽の授業だ。

 そこでは、みんな音楽をかけて好き勝手に歌を歌っていた。


 音楽の先生は、これまた小さくてコロッと太った女の先生。

 ピアノを弾いて何か言ってはいるけれど、だ~れも聞いちゃいない。


 生徒の中に埋もれて、誰が先生だかわかりゃしない。


 ロックだったり、ラップだったり様々な音楽を好き勝手に聞いたり歌ったり。

 ピアノの音はかきけされて寂しげに、ちょっとした音の隙間にポロンと聞こえる。


 がやがやがや、音の洪水。音符の嵐。


 う~~ん。オレは音楽は好きだ。

 趣味じゃない音楽でも、聞いてみると案外いける。


 オレが特別な学校で育ったのではないし、田舎の普通のありきたりの学校にいたんだ。

 授業はかったるいし、いちいち学校行事も意味なんてないと思っていた。


 けど、全部がなくなってしまうと学校はとんでもなくつまんないところに感じる。

 ただ、たむろってだべってそれで一日がおしまい。学校でなくてもどこでもいい。


 でも、自分からは決してやらないようなことをやらされて、意外にも興味を持つって事もあったんだ。


 前の学校の音楽の先生はロックミュージックを流した。

 そして、すぐその後にビバルディの四季なんか流すんだ。

 オレたちは流れで、素直にクラシックとやらも聞かされていた。

 嫌じゃなかった。

 みんなふぅ~んとうなった。

 クラシックを口ずさむやつまでいたから、気に入っていたんだろう。

 音楽は共通なんだって、オレはその時思った。



「く~~まちゃ~ん、歌おうよぉ~、カラオケカラオケ!!」

 美奈香がCDをデッキに入れる。


 途端にみんな歌いだす。今町に流れている歌。

 ノリノリで美奈香は踊りだす始末。

 みんな楽しそうだ。たくさんの音がひとつになっていく。まとまっていく。


 そうか!そうだ。



 二日後にオレらは、生徒を集めた。


 体育館にがやがやと声が跳ね返ってはこだまする。

 何事もやる気の出てきた須田が通らぬ声を張り上げている。


 まあ、まだまだこんなもんだ。

 なにせ、ずっとこんな感じだったんでしょ?しかたがないね。


 ちゃんと椅子に座っている生徒は何人もいない。

 体育館に集まった事もないんでしょ、まあ、これからだね。


「オレが、ささづか、くまごろうだ!もんくあるかぁ!!」


 まず、オレは舞台からマイクに向かって怒鳴った。


シーン くすっくすくすくすっ


 みんな黙った。

 そして「えっうそでしょ?」という顔でこちらを向いた。


 オレの名前ってほんとインパクトありすぎ!


 もう一度、ゆっくりとマイクに向かった。


「オレが生徒会長の、笹塚熊五郎です!」


 オレの後ろに座っていた美奈香が黄色い声を出した。

「きゃ~~、くまちゃ~ん。かっこいぃ~~!」

 目をまるくしてオレたちがいる舞台を見つめる生徒たち。


「(コホン)うぅん。学校はさぁ~つまんないもんだと思ってたんだ。だから、友達とだべったりふけたりするのが好きだった」

「その度、怒られたけどな。だけど、怒られるからこっそり抜け出す。見つからないようにさ」

「オレは、須田先生の授業を見て意外にも古典ってストーリーがあって面白いもんだって思うようになった」


「なんにもやらずに過ごすには、一年は長すぎるぜ!」

「なんでもやりたい事、オレに言ってこい。こいつらに言ってもいい」

「なんでもやってみなくちゃ、わからないもんだぜ!」

「一年間を自分の記憶の中に残るようなものにしようぜ!」


 シーンと横向いてるやつも後ろ向いてるやつも、顔だけはオレの方を向いて聞いている。


「もうちょっと、言葉遣いをなんとかさせなさぁ、う、うぐっ」

 校長がまわりの教師に言おうとしたところを、須田が口を押さえつけた。


 やるじゃん、須田先生よ。須田はオレに向かって親指をたてた。

 

「ブゥラボゥ~!!」

 後ろに座っていた高松翔が頭の上で手をたたいた。

 今日は黒地に銀のスパンコールのどくろが笑ってる。


 隣で腕組みをして感心したように、さらさらと髪をゆらしてうなづいているのは、前生徒会長。

 オレは「お前も何か言う?」というふうにあごをしゃくって見せたが、陽介はいいよと手を振る。

 前生徒会長の陽介は、みんなの前に出るのもこれが初めてだ。


 オレはつづけた。

「まずだ。最初の行事はだな。春の音楽コンクールを行う!」

「この学校は文化祭もないんだからな。各クラス歌でも楽器でも何でもいい。練習して一つになれや!」


 がやがやがや、ざわめいた。

 驚いて回りと何かしゃべり始めた。オレは、駄目押しの一言。


「いいか!最優秀クラスには優勝商品としてクラス全員分の『来々軒』の大盛ラーメンだ!」


「きゃぁ~さいこう~~!」 

 と言って美奈香が手をたたく。


 みんな前を向いてこちらを見ている。


 生徒の中からパチパチと音が聞こえはじめた。


 と、わぁ~という歓声と拍手が湧き起こった。体育館が歓声に包まれる。

 須田も嬉しそうに声を上げている。



 オレはこの学校でめちゃめちゃ忙しい一年間を過ごす事になりそうだと思った。


 だけどきっと、めちゃめちゃ楽しい一年になるだろう。


 まだまだ、オレの戦いはつづくに違いない。


 だけど、今のオレをオレは嫌いじゃない。


 自分がこんな熱いやつだったなんて気がつかなかった。


 学級崩壊、いいさそれも。


 こんなことでもなくちゃ、自分のこんな熱いとこ見ることもなかっただろうからな。


 今、体育館でオレを見つめるたくさんの生徒の顔に、窓から差し込んできた朝の光がきらきらと輝いている。

 たくさんの可能性を持った、これから生きていく若い瞳が輝いてオレを見ている。


 さあ、これからラーメンに向けて熾烈な戦いが待っている。


 オレもこの戦いに参戦して、大盛りラーメンを勝ちとる為にクラスのやつらをまとめていかなくちゃな!


 朝の体育館は眩しいくらいの光に照らされて、行く道を祝福しているように思えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  この作品を読みながら、自分が中学生だった頃はどうだったかなと、頭の中で突き合わせていました。自然とそうしたくなる魅力を持つ作品だったと思います。  過去に荒れたせいで事なかれ主義になっ…
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