第2話
ナイトメアの宣言通りに俺たちはこの世界に放たれた。
全員が同じ場所だったかは分からない。
いきなりこのような事態に陥ったら誰だって混乱するだろう。
実際青年も混乱していた。
右も左も分からなければ自分の位置も分からない。
どこへ向かって進めばいいのかも分からない。
その上でのあのナイトメアの言葉だ。
『この世界では死がない。』
その言葉の持つ意味をあの時、じっくり考えていれば良かったのだろうと後になって思う。
それは唐突に起こった。
「うわぁぁぁぁああああ!」
どこかで叫び声が起きた。
自然に顔がその方向に向かう。
その光景が目に入った瞬間に自分の頭から血が引くのを感じ取れる。
赤の他人だが、見た事のない存在に襲われている。
四肢を引き裂き、喉元に噛みついていたところが見えた。
思わず固まってしまう。
その後の叫び声で我に返った。
逃げないと!
そう思うのだが上手く足が動かない。
そんな時に発砲音が鳴る!
「みんな逃げろ!」
どうやら警察官も巻き込まれていたのだろう。
その人の悲鳴に近い言葉にすべての人が反応した。
皆が思い思いの方向へ逃げ出す。
自分も急いで走り出した。
森の中へ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
この選択に後悔した。
なぜこんな森に逃げ込んだのだろう。
確かに森の中ならまだ視認はしにくいだろう。
だが相手はこの森の中で育った存在だ。
地の利は向こうあるといってもおかしくないだろう。
そしてこちらは元々森のような所を走り慣れているわけではない。
縄文時代や弥生時代なら狩りのために森を走りまわっていただろうが、俺は今の道が整備された時代の人間だ。
わざわざ森に入る必要のない生活だ。
だから思っている以上に走りにくく、速度が出ない。
「・・・!」
周りでは同じ方向に逃げて来た人たちが襲われているのが見える。
それでもと思い、走り続ける。
「うわぁぁぁああああ!」
不意に足を滑らして高台から転がり落ちて茂みに突っ込んでしまう。
そこで少し意識が遠のいていく中、同じように逃げて来た人が見えた。
どうも相手からは青年が落ちた所が見えないらしく気が付いていないようだ。
「はっ、ははは。」
目の前の光景では男が笑っていた。
醜く歪んだ顔で確かに笑っていたのだ。
「せっかく一緒に走っていた連中を囮に使ってまで逃げたのによ」
囮?
どういうことだ?
「俺だけでも生き延びてやろうと思ってここまで逃げて来たのにここで終わるとはな」
さっきの言葉は理解できなかった。
だがこの言葉で分かった。
見捨てたのだ。
それもわざと。
囮に使われた人達がどうなったかは語る必要もないと言っているようにも聞こえた。
何故、そんなことができる?
罪悪感を感じないのか?
そう問い詰めたかった。
こちらの疑問を感じ取ったかは分からない。
だがその疑問について男が答えた。
「アイツの言う通りなら問題ないだろうと思ったのだが。」
つまりそういうことなのだ。
死がない(・・・・)。
言い返せば不死身だということなのだろう。
だがそれはおかしいのだ。
当然襲われた光景が焼き付くだろう。
痛みもあるだろう。
仮に本当にそれでもかまわないと言うのだろうか?
許してくれるだろうと言うのだろうか?
少なくともそんな体験を俺はしたくはないし、許さないだろう。
そんなことを考えていると目の前で男が襲われ、無残にも食われていく。
その光景を最後まで見ているしかなかった。
男が立ち上がることもなければ足掻く様子もない。
それは間違いなく、死だった。
そこで青年の意識を失った。