プロローグ
男が目の前にいる。
その手は真っ赤に染まっている。
少年は周りを見てみるが、何もない。
改めて男を見る。
光を背にしているためなのか、男の姿が暗くてはっきりと見えずにいる。
何かを語りかけてくる。
「……」
何を言っているのか聞き取れない。
聞き取ろうと耳を澄ましてみる。
「……」
「もっとはっきりと言ってくれ!」
何も聞こえないので聞こえるように言ってほしいと頼むが男はやれやれと言わんばかりに首を振っている。
まるで聞こえない原因は少年の方に問題があると言わんばかりの様子だった。
そんな男の態度に少年は掴みかかろうとする。
その前に男が少年の足元を指で指し示す。
まるでそこに何かがあると言いたかったのかも知れない。
少年は男の示した場所を、足元を見てみる。
「?」
足元を見てみるが黒くて何があるか全く見えない。
目を凝らしてみてもよく見えない。
近づいたら何か分かるかもしれない。
しゃがみ込んでみる。
「?」
黒いと思っていたが、正確には赤黒い色だった。
これが何だと言わんばかりに男に問いかけようと顔をあげる。
「おい!これはなんだ⁉」
怒鳴ったが男は全く気にはしなかった。
それどころかもっとよく見ろと言っているように見える。
「ここはどこなんだ!いったいここに何があるっていうんだ⁉」
「……!……?」
質問をしているはずなのに返答が全く聞こえない。
もしこの男が示しているのが正しければ何かが分かる。
それは理解しているのだが……。
本能が知ることを恐れている。
ヤメロ
男が示す物を知らなければならない。
シッテドウスル?
何ができるか分からない。
目ノ前ノ男ガ言ッテイルカラカ?
違う。知らなければならないからだ。
死ヌカモ知レナイゾ。
少年はそこで何か気が付いたかのように頭を起こす。
「まさか、今のはあんたなのか?」
今の自問自答はまるで誰かと会話をしているかのようだった。
もしそうだったらこの男以外にいるはずがなかった。
だが男は首を横に振る。
男は自分達以外にもここにいるぞと言っているようだ。
「あんた以外に誰がいるんだ!」
少年は怒鳴ってしまう。
そんな少年の様子を気に留める様子もなく、足元を示す。
まるでそこに自分達以外にも存在するぞと言わんばかりに笑う。
少年は男が示すところを注意深く見ようとした。
そして男が言っている物が何なのかを理解した……。
「うわぁぁぁぁ!」
青年は悲鳴を上げて飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
両手をよく見る。
赤く染まっていない。
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
それを確認した後、額から流れる汗を腕で拭い息を整える。
「はぁ、はぁ、またあの夢か」
青年はここ最近同じ悪夢を見ていた。
こんな世界で夢、それも悪夢を見るなんてな。
最悪の目覚めなのに青年は自嘲気味に笑う。
落ち着いたのか青年はベットから起き上がり冷蔵庫に向かい飲み物を取り出して一飲みする。
「ふぅ……」
一杯飲んで天井に仰ぐ。
正真正銘、悪夢の世界に囚われてしまったのに眠る、それも夢を見るなんて出来過ぎた話だ。
こんなにも現実に近づいた世界だとは誰も考えられないだろう。
夢の中で見た悪夢から覚めることが出来るのにこの世界からは覚めることはない。
呪いのようにも感じてしまう。
自嘲気味に考えているとそろそろ出なければ間に合わない時間になっていた。
「やべぇ!」
大急ぎで朝食を食べて家を出て行った。