魔王のぷろぽーず
やった、書けた! と安心してメモ帳からコピペしようとしたら
切り取りを押してしまい心のダメージと戦いながら、薄い記憶を
たどりながら書き直しました。
この経験は人生の糧にしようと思いました。
追記.切り取りってまた貼り付けで再生できる機能なんですね。
今日知りました。
わたしってほんと馬鹿……っ
「この我のものとなれ、勇者よ」
石造りの城内。髑髏の燭台に立てられたロウソクの炎と、鎖で吊るされたランプの薄暗い光だけが命を持ったように揺らいでいる。
文字通り血の滲む苦労を越えてやっと相見えたと思ったら、目の前の少女は突然にそんなことを言った。正直に言っていいか? 動揺している。いや、わけわかんねえ。
「なぜ魚のように口を開けておるのだ。我は間抜けなやつは好かんぞ」
ちいさくて尊大な少女は結んだ口をへの字に曲げて、据わった瞳の視線で俺を射抜いた。好かんとか言われましても、当然だろう、と。そもそも俺達二人は宿敵同士ではないのか。設定上は。
「我の言の葉の意味を少しも理解していないようじゃな」
ロリ魔王は玉座からぴょんと立ち上がった。
「さきに断っておくが、我の奴隷になれと言っているわけではないぞ。これはそう、ぷろぽーずというやつじゃな」
俺、深呼吸。
「おまえ何言ってんの?」
「ぷろぽーずじゃ。まさか貴様、ぷろぽーずの意味を知らないのかえ? 仕方がないのう、優しい我が特別にれくちゃーしてやろうぞ。ぷろぽーずというのは、自分と生涯を共にしてほしい相手にそのことを伝える行為じゃ」
開いた口が塞がらないとはこのことなのか。本当に顎が外れたかもしれない。突っ込むタイミングを失って無駄な説明を垂れ流させてしまった。
幸い顎は外れていなかった。
「お前は魔王だ」
「知っておるぞ」
「俺はお前を倒しにここまで来たんだ」
「そのつもりだったじゃろうな」
つもりってなんだ? 他に何があるというのだ。
「だから結婚じゃな」
こいつは魔王などではなく頭のおかしいただの女なのではないか? と、思いかけてやめた。ただの希望的観測に過ぎない。根拠のない希望は絶望に変わりやすい。
こいつが魔王なのは確かだ。なぜならこの城内にはびこる魔物を俺にけしかけてきたからだ。そんなことをただの頭のおかしい女は出来ない。
そうだ、けしかけてきたのだ。言葉を変えるなら、さっきまで俺を殺す気でいたということだ。そんな奴がなぜ掌を返したように俺と結婚したいと言っているのか。
「分からぬか。じゃがそれも仕方がない、寛大な我が説明してやろうぞ」
魔王は胸を張って腕組みをした。
「それはお前がここまでやってきたからじゃ」
一体どういうことだ。
「生物の受精の過程を考えてみるとよい」
少女は真顔で、またしても突拍子もなく思えることを言い放った。受精。にしても恥じらいもなにもないな、こいつ。という思考も今は邪魔だ。シャットアウト。
かいつまんで言うならば、何億もの精子が一つの卵子を目指して膣から子宮へ、子宮から卵管へと渡っていき、競争に勝ったひとつの精子が卵子の壁を破り進入、受精を認めた卵子は他の精子が入り込めないように外殻を硬くする、という流れだったはずだ。
このように少年時代教え込まれたさして興味の湧かない教養本の内容を脳内で復唱した結果、俺はさすがにこの女の言わんとしていることに感づいた。
「ここまでやってきた俺は屈強な遺伝子ってわけか」
「いかにも」
「オーケー、ちょっと考えさせてくれ」
「認めよう」
さあ、理論は理解できた。ただし気持ちの整理がつかない。つくわけもない、さっきまで殺すつもりでいた相手から求婚されるなんて状況はそうそう無い。どうすんの俺。せめてライフカードねえかな。無責任に天に選択を委ねられたらどんなに楽だろう。しかし現実で窮地に陥った時にライフカードなど取り出している暇があるわけもない。そもそも用意しない。今がその状況であり、俺は自分の頭で選択を考えることを強いられた。
彼女は町の人々からすれば怨敵である。この女はこの辺りの土地に魔物を放った。奴らに命を奪われた商人も何人かはいると聞いた。俺は地元の人間ではないし、魔王討伐に来たのだって正直、報酬のためだ。それが賞金稼ぎってもんだ、仕方ないだろ? だから俺はそこまで彼女に恨みはない。だが好きでもない。理由がない。言動を無視して殺すって手も考えたが、なんだかそんな気になれないからやめた。肯定の返事を返したらどうなる? そのまま結婚か? それはない、会って間もないやつと結婚なんて話が有り得てたまるものか。では断れば? 付きまとわれるのは厄介だな。向こうも俺のことを切り捨ててもう縁無しということになれば、今までの日常を保つことができる。だが、当然報酬は出ない。ここまでやって来た意味は?
俺は――。
「すでに三分経ったぞ、答えは定まったか?」
「ああ」
「ほう、では聞かせるがよい」
なぜかもう満足げな表情をしている魔王は、玉座にぴょんと腰を下ろして頬杖をついた。
「とりあえず付き合おうか。デートは人間の娯楽施設で」