勇者(♀)と魔王(♀)が恋に落ちたようです
勇者は聖剣を手に、魔王城の玉座の間に立っていた。
そこに待ち受けるのは最後の敵、魔王。
対峙したまま、二人は動かない。
勇者は剣を構えることなく、魔王は玉座から立ち上がることもなく、ただ二人、見つめ合っている。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
始めに動いたのは、魔王。
「勇者よ、よくここまで来たな」
勇者は内心困惑していた。
自分の目の前に、自分の理想の女性が座っていたからだ。
褐色の肌、はちきれるような張りのある豊満な胸。背が高くスタイルのよい、けれど大きな胸は決してアンバランスではなくモデルのような体型。
本来であれば醜く感じるであろう右頬に刻まれた紋様も褐色の肌にマッチしてけして醜くなく、むしろその魅力を増大させていた。
――――どくん。
心臓が高鳴る。耳の奥で、心音が聞こえるほどに大きな鼓動が刻まれていた。
勇者はこんな感情を今まで感じたことはなかった。
だが、旅の途中で出会った少女達。その多くが語った感情と似ていた。
そして勇者もそれを自覚していた。
ゆえに困惑する。
これは、恋だと。
魔王は自分の目を疑った。
目の前の勇者として現れた少女が、かつての恋人であった少女とまったく同じ容姿をしていたからだ。
自分の首くらいまでしかない身長、小柄な体躯。スレンダーな身体。幾多の戦場を駆けているはずにもかかわらずその美しさを決して損なわない透き通るような肌。そこに添えられるように存在する桃色の唇。ほんのりと上気した頬。
そのどれもが、かつての恋人とまったく同じ様相だった。
かつて恋人は、人間に殺された。
そのことで魔王は怒り、魔族と人間の長きに渡る戦が始まった。
けれど魔王は勇者を見て思う。
――――愛おしい、と。
こんな思いを持ったのは何百年ぶりだろうか。
けれど相手は人間で、自分は魔王である。
震える心を抑えつつ、自分の役目を全うしようと魔王は立ち上がる。
それが愛おしかった相手と同じ姿をしていようとも。
「勇者よ、よくここまで来たな」
戦いは三日三晩続いた。
勇者の持っていた聖剣はすでにぼろぼろで、刃はほとんど残っていない。
魔王の使った大鎌はとうに壊れて打ち捨てられている。
王城は影も形も残らず、立っていた場所は更地となっていた。
お互いに限界は近い。
ここが正念場だ。
勇者の身体の回りに聖なる光が満ちる。
魔王はそれを迎え撃つべく拳に魔力を込めた。
そして、ぶつかる。
何も残っていなかった大地に、大きな窪みができた。
その中央には、意識を失った勇者を抱えた魔王が立っていた。
勇者が目覚めると、そこはベッドの上だった。
頭には冷たいタオルが乗せられている。
どうやら看病をされていたらしいと、勇者は気付く。
「目が覚めたか」
「・・・・・・魔王っ!」
「やめておけ。身体はまだボロボロだぞ」
勇者には何故自分が看病されているのか分からなかった。
曲がりなりにも、敵同士、殺し合いをしていた間柄だったのだ。
だが、自分の理想の女性から看病されているという事実に顔が火照る。
戦っているときは忘れられた。
けれど、それが終わってしまえば意識してしまう。
「何故私を助けた」
魔王の顔が見れずに、そっぽを向いて勇者は問う。
「お前が私の昔の恋人に似ていたからだ」
「私は人間だぞ」
「殺してしまうのは、忍びなかった」
意外な答えに、勇者は動揺を隠しきれずに布団をかぶった。
魔王は不安だった。
勇者に拒絶されたらどうしようと。
生かしたことは、おせっかいだったかもしれない。
けれど、看病をしている間に勇者はあの戦いで力をすべて失ってしまったことが分かった。
そう思うと、自分に頼ってばかりだった昔の恋人がこの勇者とかぶって、より愛おしく見えた。
勇者の目が開いたとき、その黒い瞳に吸い込まれそうになった。
心がキュンキュンと締め付けられる。
少しだけ会話を交わして、魔王は不安になった。「何故助けたか?」などと問われ、おせっかいだったか。などと自問自答する。
あまりに戸惑って、『昔の恋人と似ていた』などと本当のことを話してしまった。
それっきり勇者は布団に潜ってしまう。
何を考えているのだろう。何を思っているのだろう。
そればかり気になる。
「なあ魔王・・・・・・」
布団をかぶったままの勇者が話しかけてきた。
「生かされてしまった私はどうすればいいのだ? 負けてしまった私は人の国へは帰れない。けれどせっかく生かしてもらった命を捨てることは私にはできないし、その覚悟もない。頼む・・・・・・教えてくれ」
その言葉は勇者が魔王に問いかけるものではなかった。だが、勇者も分かって言っている。
命乞いではなく、生かされてしまったことへの問いかけ。
「好きにしろ」
魔王はぶっきらぼうに言う。
ただ愛おしいから死なせたくなかった。そう思って生かしたのだ。そこにほかの理由なんてない。
「私は・・・・・・」
勇者が布団から顔を出す。その顔は真っ赤になっていた。
「私は、お前・・・・・・魔王のことが好きになってしまったみたいだ」
突然のカミングアウトに魔王は驚く。
「お前の姿を見たとき、私は一瞬放心してしまった。お前の姿は私の理想の女性の姿だったんだ。戦っている最中は忘れられたが、いまは、直視すらできない」
魔王は答えない。
「もう私は勇者ではない。負けて、力も失った身だ。ならば、一緒にいさせてはくれないか?」
気を紛らわすように手をぐーぱーしながら勇者は言う。
「言っただろ・・・・・・好きにしろと」
魔王のまた、勇者の顔を直視できずにいた。
俯きながら、答える。
その顔もまた、褐色の肌でも分かるほどに真っ赤だった。
魔王城は全壊し、勝利したとはいえ魔王軍は勇者の手により実質の壊滅状態であり、長年続いた魔族と人族の戦は引き分けという形に終わった。
正しく言えば、戦いの後消息を絶ってしまった二人。そのため双方の痛み分けとなり停戦になったというのがいいだろうか。
そして問題の二人は現在、魔族領の未開の地にひっそりと暮らしていた。
木造の小屋。
森の中に一軒だけ立っているそれは周りの風景と比較すると妙に浮いて見えた。
そんな小屋の片隅、正確に言えばベッドの上で勇者は足をぱたぱたとさせて布団を叩いていた。
勇者の格好はパンティをはいてワイシャツを羽織っただけのラフなもの。
「なあマテリア、あたしはお腹がすいたぞ」
勇者はベッドから起き上がると、手でお腹を押さえる仕草をする。年齢相応に子供っぽいものだ。
そんな勇者の呼びかけに、魔王はちょっとだけ苦笑いを浮かべながらこたえた。
「もう、今ご飯作ってるんだからもうちょっと待ってなさいよ。サキはいつもそうなんだから」
なんというか、馴染みすぎである。
口調も素であり、親しい相手に呼びかけるものだ。
この様子だけを見れば二人が一月前は殺し合いをしていたとは誰も思わないだろう。
魔王が料理の入ったお皿をテーブルの上においた。
中には、とろっとろのグラタンが湯気を上げている。
「ほら、できたわよ」
「やったぁ!」
「暖かいうちに食べなさいよ」
魔王は言う。けれど勇者はベッドの上から一向に降りる気配がない。
「どうしたの? さめちゃうわよ」
勇者は何も答えない。
少しの間もじもじとして、それから意を決したように、目をつぶる。
魔王のほうに顔を向けて、口を開いた。
あーん。
「食べさせて」というアピール。
「もう、しょうがないわね」
魔王は小さな銀色のスプーンでグラタンをすくうと何回かふぅふぅとして、まだ湯気が立ち上るそれを勇者の口へと、まるで雛にえさをやる親鳥のように献身的に運んだ。
あむ・・・・・・。
勇者の小さな口がスプーンを咥えた。
目を瞑ったままの勇者の顔がほころんだ。
つられて魔王の目じりも下がってしまう。
デレデレである。
「はい。これでおしまい」
最後の一口を飲み込む勇者。
「・・・・・・もっと」
上目遣いの、おねだりだ。
活動報告で書き綴った妄想を短編にしてみました。
中身がほぼ活動報告のときのものだということに書いてから気付きました。
ちなみに勇者は14歳のおこちゃま設定です。