第61話「魔王様、航空機を製造する」
エスパーニャ暦5543年 7月7日 11時20分
レムノス島東5キロ
魔王船はレムノス島に到着、3ヶ月ぶりに投錨した。
先に帰った外海派遣艦隊は、7月2日に帰ってきて、すでに解隊してヴァルドロード港に停泊している。
俺とスプリガンによる戦闘中に起きた事故の検証だが、おおよその原因は掴んだ。まずシーダーツのほうだが、弾頭の寄生魔獣の話に寄れば、発射直後に野生の旅行鳩の群れに突入してしまったそうだ。当時は激しい戦闘中に発生する音響で、たまたまその上空に侵入してしまった旅行鳩が驚き、右往左往していたようだ。そこへシーダーツが突っ込んで突破。シーダーツは両サイドのマギアエンジンを噴射して推力を得るが、突破した直後にエンジンの片側に異音が発生し停止、シーダーツ本体がスピンを起こしコントロール不能の状態に陥って墜落した模様だ。
つまり原因は「バードストライク」。片側のマギアエンジンの空気取入口に旅行鳩が吸い込まれ、エンジンが破損したのがシーダーツ墜落の原因だ。一応俺も対策を考えたが、有効な方法を思いつかなかった。
そりゃ魔法陣で、魔力障壁を空気取入口に展開して、鳥の侵入を阻めばいいが、それだと魔力消費が大きくなって射程が短くなってしまう。なので、発射時にハンマーヘッドとカオスヘッドが鳥の群れに注意する。という対策でまとまった。結局これは根本的な原因解決には至らなかったが、地球でも、バードストライクに対する有効な方法って無かったと思う。
高射砲の爆発に関しても検証できたと思う。魔王船甲板に散らばった破片を回収し調査した結果として判明したことは、高射砲を発射した時に、砲弾が正常に発射されず、砲身の根元あたりで爆発を起こし、高射砲の前半分が爆発したと推測される。
原因はチェンバーの破損によるガスの流出だ。この最近流通し始めた長砲身6インチ砲は、元々は対艦用で、水平発射や曲射することを前提に作られている。なので高射砲のように最大仰角で、真上に撃つことなど想定していなかったのだ。そもそもこの世界にはまだ高射砲の概念も無いしね。
だから高い仰角で連続で撃ち続けた結果として、発射する度に発生する爆発で、チェンバーに大きな負担がかかり、限界を越えて亀裂が発生してしまったというわけ。その亀裂により爆発ガスが外に逃げ、砲弾は砲身の先端近くまで打ち出されたが、勢いがなくなりまた戻ってきた。
その時にはすでにガスにより、砲弾の尾部のスイッチは押されていたので、スクリューパレットは砲身内部の根元で高速回転を開始、同時にレムノスの魔力感知魔法陣が起動。砲塔や魔王船の強い魔力を感知して即座に爆発、スケルトン達を吹っ飛ばしたわけだ。
なかなか上手くいかないものだ。だが今回の戦闘で原因が判明して良かったとも言える。
俺はスプリガンに命じて、魔王船と巡洋艦に搭載されている6インチ砲のチェンバーの補強を指示、改良した6インチ砲を召喚宝典も再登録し直した。少し時間がかかるが、全6インチ砲のチェンバー強化が終われば大丈夫だと思う。
そうそう、それと俺のレベルアップのことだが、久々に上昇した。アルコン偽装艦隊との戦闘で竜騎や船を沢山沈めたからな。
レベル41だったが一気に34アップして、レベルは75となった。
ヴァイタルは623から1106とついに千オーバー。一般人のヴァイタルが100前後、ベテランの探索者が200前後と考えると、俺はもはや人の理から外れた存在と言えそうだ。さすがは魔王。スキルポイントは340ポイント手に入ったので、まずは物理戦闘力と闘牛士のスキルレベルを均等に上げ、風雷魔法と魔法陣作成のレベルを最大にした。
後いつのまにか「指揮」と「王族」のスキルを得ていたので、指揮レベルを3に、王族レベルを2に上げておいた。最近は演習や実戦で指揮を取ることも多く、王様の仕事もそれなりにこなしていたので、スキルを獲得したのだろう。
名前 ソールヴァルド・ローズブローク・カリオン
種族 ヴァイキング
職業 魔王
レベル75
ヴァイタル 1106/1106
スキルポイント 0P
特殊種族スキル 【魔王レベル4】
特殊種族魔法 【ルーン魔法レベル3】
スキル(13/20)
【特殊剣術レベル4】【盾術レベル3】【身体強化レベル4】
【投擲槍レベル3】【短剣術レベル3】
【闘牛士レベル3】【一撃刺殺レベル3】
【鍛冶魔法レベル5】【土木魔法レベル5】
【風雷魔法レベル5】
【魔法陣作成レベル5】
【指揮レベル3】【王族レベル2】
レムノス島に戻ってきた俺と婚約者達は、魔王軍イチカ司令部の魔王公邸で休息することとした。なんか魔王船ばっかばかりだと、休憩したり寝ていても、ずっと仕
事をしているような感覚に陥るしね。たまには地上でゆっくりしたい。ということで3日ほど休暇を取った。
居間でマリベル、マルガリータとキャッキャッ、ウフフとしていると、サ・ルースが連絡にやって来た。
ペペ・アドローバーからの知らせで「航空機の試作機テストの準備が完了した」との連絡だった。その連絡を受けて俺はニヤリとした。どうやら思ったより短い時間で試作機が完成したようだ。
話は魔王船がレムノス島より出発する前、今年の3月末頃にさかのぼる。
俺は来るべきアルコンとの決戦に備えて、竜騎だけでは無く、航空機の開発を考えていた。幸い、ミサイル用のマギアエンジンはあるので、それを複数束ねれば必要な推力は得られるだろう。とはいえ魔力も食うだろうし、それほどの数は揃えられない。ピンポイントや限定的な運用となるだろう。
さて、問題は誰に開発させるかだが、ここで俺はとある人物を思い出した。俺が子供の時に鍛冶魔法の手ほどきを受けた、闘牛武具専門店マタドーラのオーナー、ガルデルさんの元で働きながら、飛行機械の研究をしているドワーフのぺぺ・アドローバーだ。俺はさっそく彼を謁見の間に呼び出した。
「あのー、何か御用でしょうか魔王様?」
「ぺぺさん。お久しぶりです。いきなり単刀直入に聞いちゃいますけど、飛行機械を作る気はありますか?」
「ええっ!?」
「資金や人材の支援は行ないます。場所はサーシャ軍事基地の滑走路と倉庫などの施設を貸します。後マギアエンジンも望むだけ供給します。どうです? 自らが研究してきた飛行機械を具現化するチャンスですよ?」
「マジですか!?」
「マジマジですとも」
それから驚くペペさんと、航空機研究について1時間ほど話し込んだ。ペペさんの研究レベルはかなり高く、大きな箱に穴を沢山開け、箱の真中に飛行機のミニチュアを設置、風で流した煙を流し込むことで、なんちゃって風洞実験装置を作っていた。そりゃ地球のに比べれば玩具みたいなもんだろうが、この世界で、自力でここまでの研究用器具を作れるとは大したもんだ。
それから、驚くべきことにペペさんは翼の形状により、浮遊力が発生することまで突き止めていた。つまり地球でいう「揚力」のことだな。ペペさんの研究は本物だわ。しかし、航空機に関するすべての研究が上手くいっている訳でもない。問題は推進力で、有効なエンジンの作り方までは研究の手が回らなかったらしい。まあ個人研究だからねぇ。俺も見たが、リリアでは砂浜でもっぱらグライダーを作って飛ばすくらいしか出来なかった訳だ。
この話を聞き、俺は決断した。ペペさんには航空機開発計画のリーダーになってもらう。そりゃドワーフのペペさんよりスプリガンのほうが能力は高いが、グスタフらは忙しいし、航空機に関しては門外漢だ。ペペさんが主導すれば開発期間は圧縮できるだろう。それに何より航空機開発には情熱が必要だ。前世の記憶も無いのに自力でここまでの研究を成し遂げたペペさんこそ、この世界のライト兄弟になることが相応しいと思う。
「それで航空機の開発に力を貸していただけますか?」
「は、はい。喜んで研究致します!」
というわけで、ペペさんの航空機開発は始った。補佐としてスプリガン10名をつけた。俺からはミサイル研究の成果と言って、フラップや引き込み脚の情報、機体形状に関してアドバイスを行なう。機体形状は具体的に鉄で作ったサンプルとして、ミニチュア飛行機を渡しておいた。種類は4種類で、C130風、セイバー風、F15イーグル風、ファントム風の機体にした、これを参考にペペさんが試作機を作ることになったのだ。
俺はさっそく、航空機の試作機テストのため、サーシャ軍事基地に向かった。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第6章 アスティリアス貿易編
エスパーニャ暦5543年 7月12日 10時00分
サーシャ軍事基地
久しぶりのサーシャ軍事基地。ここの南部ブロックにぺぺさんの航空機研究施設がある。
南部ブロックには、固定翼機用の2千メートル級滑走路と管制塔、いくつかの格納庫があって、航空機の製造、研究にはおあつらえ向きに出来ている。ペペさんはここの倉庫の1つに研究設備と事務所を置いて、航空機の開発に励んでいる。 これらの南部ブロック設備に、俺はアリサ空港という名前をつけた。
俺はブレインと共に空港の様子を見回る。研究設備と試作航空機の格納で、倉庫を6つほど使用してるが、倉庫は沢山開いているし、管制塔には誰もいない。まだまだ中身はスッカラカンな印象だ。俺が試作航空機を眺めていると、向こうからぺぺさんが喜色満面の笑顔で歩いてきた。
「これは魔王様。お呼びたてしてすみません」
「ヒマでしたし別に構いませんよ。ところで、試作機が出来たと聞いたのですが?」
「ええ、現在試作機はX1号機からX4号機まで製作中でして、その内X1号機が飛行可能です。すでに低空を5分間飛行することに成功しています」
「凄いですね!」
「私もまさかこんなに簡単に成功するとは思いませんでした。これも魔王様が提供してくれたマギアエンジンと機体模型のおかげです」
さっそく俺は格納庫に鎮座しているX1号機を見てみた。ほほう、こいつの機体形状はC130風だな。太い胴体に大きな翼、翼下にマギアエンジン4機を束ねたエンジンが2基ついている。とはいえ、機体の大きさは小さく、単座の戦闘機並に見える。俺たちはさっそく試作機の試験飛行を行なった。
X1号機は轟音を響かせ加速、危なげなく離陸した。危険なので勿論無人だ。操縦はシーダーツ、スパルヴィエロの試験で定評のある寄生魔獣テストパイロット君にやって貰っている。テストパイロット君は、ミサイルの時と同じように機首に入って操縦しているようだ、目玉がいくつか外に露出している。おお、キチンと脚が機体内に格納された。フラップも問題なく動いているようだ。ペペさんやるなぁ。
「凄いですよペペさん。ちゃんと飛んでますよ!」
「ええ、前回も問題なく飛行できたので、大丈夫だと思います」
X1号機は高度100に上げて直進。すぐに海上に出て、4千メートル進んだところでターンする。機体は傾いて左旋回するが、機体の挙動は安定しているようだ。
ぺぺさんの話によれば、マギアエンジンは離陸時に大量の魔力を使うようだが、一度上空に上がってしまえば翼の揚力の助けで使用魔力は減少するという話だ。俺の予想より航続距離は伸びそうだな。
俺たちは順調に飛行しているX1号機を観察。これなら改良すれば使えるか。と考えていた時、悲劇は発生した。ブレインが急に口を開く。
「魔王様、テストパイロット君より連絡、機体の姿勢が安定せず、コントロールを失いつつあり」
「へっ?」
X1号機を見ると、右旋回をしていた機体がゆっくりと回転し始め、直後にバランスが崩れスピンに入ってしまった。
「あぁ、ペペさん。きりもみに入ってしまったみたいだ! あっ、テストパイロット君が脱出した」
「そんな! 今まで上手くいってたのに……」
クルクルクル…… バッシャーン、ボボォーン!
X1号機は高度100から海上に叩きつけられ、機体がバラバラになって海中に没する。うん。失敗だな。
ショックを受けたぺぺさんを励まして、魚の形で泳いで戻ってきたテストパイロット君をねぎらい、俺はアリサ空港を後にした。まあこういう試作機は墜落はつき物だし、原因を突き止めれば次はきっと上手くいくさ。
20日、俺は新たな対空ミサイルを完成させていた。まあ新型ミサイルといってもシーダーツの縮小版みたいなものだ。名称は、小型対空生体ミサイル、アルバトロスと名づけた。射程は1000メートルほどと短いが、サーシャ軍事基地や首都などの拠点防御用に開発したものだ。こいつの売りは、小型なので車両で運ぶことが出来る点だ。しかし車に関しては少々疑問に思うことがあった。
アスティリアス王国やグレナダ王国で車両を購入したのだが、どうにも違和感があるのだ。車の大きさは軽4トラックと同じくらいだ。工事車両には土や荷物を運ぶ運搬車、魔導モーターを利用した小型クレーンを使うクレーン車や、車輪のついたブレードを押したり牽引して整地するショベルカーもどきがある。
不思議なのは軍事車両で、木製ボディに薄い鉄板を貼った、装甲人員輸送車、装甲荷物輸送車、装甲牽引車しかないのだ。車の上に大砲や投射機を載せれば、自走砲や自走対空砲を作ることが出来るのに、何故しないのだろう? たしかにこの世界の車はスピードが遅いが、拠点防御なら使用できると思うのだが、そこの所をマリオ局長に聞いてみた。
「車の上に大砲を乗せるのですか。ああ、それはレオン軍でも昔試したことがあるのですが、上手くいかなかったので研究はされていません。小さな大砲なら牽引すればいいですからね」
「しかし乗せたほうが便利でしょう? 速度は遅いですが、移動できれば自由に拠点を防御できます」
「そう思って試したのですが、5インチ砲や投射機なんかを車の上に乗せて撃つと、反動で狙いが外れたり、ひっくり返ったりするのです」
「あっ……」
俺は違和感の正体に気がついた。そうだよ。地球の工事車両にあって、こっちの工事車両に無いものがあった。地面に踏ん張ることが出来る油圧ジャッキだ。こっちの車両にはそれがない。そりゃ大砲撃ったらひっくり返るわ。それでクレーン車も小型のものしか無い訳だ。
俺はさっそく油圧ジャッキを作ろうと考えたのだが、作り方が分からないということが判明してしまった。肝心な所で俺の前世知識は役に立たないな。たしかパスカルの原理がうんたらかんたらだったが、詳細が思い出せない。原理が分からんとスプリガンに頼んで作らせることもできない。
考えて考えて、結局俺はねじ式ジャッキでお茶を濁すことにした。ぶっといネジを魔導モーターで下向きに回して、ネジジャッキで車を持ち上げるのだ。さっそくスプリガンに車両用ねじ式ジャッキの開発を依頼する。
エスパーニャ暦5543年 7月29日 13時00分
サーシャ軍事基地 アリサ空港
さあ2回目だ。今度こそ試験飛行が上手くいくといいな。格納庫からX2号機が引き出されてきた。こいつはセイバー戦闘機もどきの機体で、マギアエンジンは胴体内に収納されている。ただ、地球のセイバー戦闘機に比べればサイズは半分ほどになっている。今回は俺とブレイン、空軍局長のシャルルさんとで試験飛行を見守るつもりだ。竜騎ドライバーの血が騒ぐのか、シャルルさんも飛行機には興味深々だった。
「それでペペさん。前回の失敗の原因は判明したのでしょうか?」
「はい魔王様。原因はマギアエンジンを翼の下に取り付けたことにあります。魔法はつねに完璧に同じ出力で放出されることはありません。なのでマギアエンジン4つを束ねて、平均的に空気を放出するようにしたんですが、やはり微妙な出力差によって、旋回中にバランスを崩しやすかったのです」
「あぁ~、なるほど。分かりますよそれ。俺も魔法で風刃使うと、毎回微妙に大きさが違うんですよね。魔導扇風機だって風力にゆらぎがあって、常に一定ではないですね」
「ええ、なのでマギアエンジンは、胴体の横か内部に格納してしまえば、飛行は安定すると思います」
というわけで、さっそく試験飛行を開始。X2号機は無事離陸して海の上でそこそこ安定した機動を見せた。
「ペペさん。今回は上手く行きましたが、なんかあれですね。横滑りしすぎるというか、危なっかしい飛行ですよね」
「あれぇ~おっかしいな。失速はしてないですけど、機体形状がまずかったかな、主翼の角度が悪いかも知れませんね。あははっ」
「ところで随分遅いというか、おいブレイン。今速度はどれくらい出てる?」
「ハッ、テストパイロット君によれば、時速140キロほどです。これ以上スピードは出ないそうです」
その速度を聞いて、シャルル局長は感想を述べる。
「140キロ。まだ改良の余地があるとしても、時速140キロでは空中に止まってるようなもんです。竜騎にとっては空飛ぶ射的みたいなものですね」
「あはは、ちょいとエンジンの出力が低すぎたのだと思います。それに揚力も足りないかも」
まあ速度はともかく。今回は墜落してないので一応合格点だ。10分の飛行の後、X2号機は滑走路に着陸した。
ドンッ、ギュルルルルル、バキッ!
「あっ、脚が折れた」
ゴロンゴロンゴロン! ガランゴロンガラン!!
「ちょ~! こっちに転がってくる!」
「危ない、逃げろー!!」
ガランゴロン! ドゴォォッ!
X2号機は地上でバラバラになり、2回目の試験飛行も失敗に終わった。
翌日、スプリガンがネジ式ジャッキを装着した新型対空車両を見せてくれた。なんともゴツイ見た目だ。車の四隅に魔導モーター4機と長い筒のようなネジ式ジャッキを付けているので、見た目○ンダーバード2号機のコンテナから出てくる特殊車両みたいになってしまった。まあこれはこれでカッコイイから別に良いか。車体の上にはガイドレールと短距離ミサイルのアルバトロス1発が乗っている。ミサイルの代わりに対空臼砲や投射機、クレーンも乗せることもできるので、問題は無いだろう。俺はスプリガンにこの車両の量産を命じた。
生産している艦船のほうは、7月の頭に生体巡洋艦ベースライン2、艦名レザーフェイスが完成。8月の頭に、爆雷を搭載し対潜作戦可能な駆逐艦ベースライン2が、2隻完成している。艦名は10番艦ファンハウス、11番艦ガバリンとした。しばし訓練が必要だろうが、これで海中魔獣にも対応できるだろう。
エスパーニャ暦5543年 8月9日 8時20分
レムノス島北端沖 北東5キロ
レムノス大河の東に位置するアシュレイ村から、今日も朝早く、イバン、ボルハ、ドミンゴの3人のシーエルフ達が乗った1トン級漁船が出発した。彼らは北上して、レムノス島最北端へ移動、そこから北東5キロの良好な漁場に向かった。彼らが乗る1トン級漁船は最近改修がなされ、魔導モーターを利用した網の巻き上げ機を装備している。ここで取れた魚は、村の缶詰工場に運ばれて、缶詰となって外貨を稼ぐのだ。
「よし、網を巻き上げろ」
3人のシーエルフは、網で上がった魚を船上でより分ける。
「いや~、それにしてもレムノス島は毎日沢山魚が取れるよな」
「まったくだ。ここは漁民も少ないし、ほとんど手付かずだからな」
「噂だと魔王様の缶詰もかなり売れてるらしいぞ。俺たちも沢山稼げるかも知れないな」
などと雑談しながら、シーエルフ達は短時間で仕事を終わらせ、昼前にはアシュレイ村へ帰るつもりだった。しかしそんな彼らの元に、巨大な影が密かに迫っていた。ドミンゴが漁具の片づけをしていると、10数メートル先の海中から近づいてくる巨大な白い影を発見した。
「な、なあ、あれなんだろ?」
「んん? なんだありゃ! 白いな。それにとんでもなくデカイぞ!」
3人はその10メートル近い大きさの白い影を注視した。その白い影は、真っ直ぐに1トン級漁船に近づいてくる。その大きさは漁船より遥かに大きく、細長い胴体を持っていた。そして漁船の至近に近づくと、それは突如巨大な触手を船に繰り出してきた。漁船が触手により強烈な打撃を受ける。
「おおっ!」
「うおっ!」
漁船を叩かれた衝撃で3人はひっくり返る。白い影は触手を引っ込ませて、一旦漁船から離れてUターンして突っ込んできた。
「あ、あいつはひょっとして、海中魔獣とか言う奴じゃないか?」
「開拓局から注意があった件か、この辺の海に出るかもしれないっていう」
「そいつはまずいぞ!」
その時、巨大な白い影は漁船の船底に体当たりをかけてきた。漁船が激しく震動し、木の葉のように弾き飛ばされる。3人は何とか船にしがみ付いて海上に投げ出されるのを防いだ。通り過ぎた白い影は、また引き返して漁船のほうへ近寄ってきた。この船のリーダー役であるイバンは決断を下す。
「よし、船を放棄して泳いで逃げるぞ! 開拓局の話じゃ、海中魔獣は大きな物に執着する傾向があるらしい。船を囮にして陸に逃げるんだ」
「また来る。緊急用のゴム袋を用意しよう!」
開拓局では、海中魔獣や遭難対策として、最低限の食糧、毛布とゴーレム鳩が入ったゴム袋を人数分支給していた。その袋をシーエルフ達は慌てて担ぐ。そこへ白い海中魔獣が襲いかかった。長い触手が船にまとわりつく。
「今だ!」
イバンの大声で、3人は海に飛び込み懸命に陸に向かって泳ぐ。その時イバンは後方を見て、魔獣の姿を確認した。そいつは有り得ないほどの大きさのイカのような魔獣だった。幸運にもその巨大イカは船を襲うので夢中で、逃げる3人に興味を持つことはなかった。
海の飛び込んだシーエルフ達から陸までは5キロ程の距離があったが、そこは泳ぎの達者なシーエルフ達だ、幸い季節は夏で海水温も高く3人は無事に砂浜に上陸できた。だがここからサーシャ軍事基地や首都ヴァルドロードまでは南に200キロの距離がある。魔獣が出てくるので徒歩で歩くのは危険が伴う。そこでイバンは袋から赤く塗装されたゴーレム鳩を取り出して、南に向けてぶん投げた。
赤いゴーレム鳩は緊急連絡用で、中の紙には3名の名前と漁船名で書いてある。本来遭難した場合は位置や状況も書くのだが時間的余裕がなかった為、そのまま投げた。これでは遭難位置が分からないが、少なくとも方角は知らせることは出来る。
約1時間の飛行の後、赤いゴーレム鳩はサーシャ軍事基地に到着。職員は即座にイチカ司令部に知らせると同時に、捜索用の偵察騎4騎が北に向けて出動した。捜索開始から40分後に無事シーエルフ3人は見つかり救出。偵察騎3騎に2人乗りで基地に戻ってきた。
それから事情聴取を行い、情報が司令部に渡された。イチカ司令部地下に陣取る、鏡餅のような形をした指揮統制サーヴァー、寄生魔獣アザゼルは、レムノス民から入手した海中魔獣の情報と照合し、シーエルフを襲った海中魔獣は「ジャイアント・カトルフィッシュ」と呼ばれる巨大イカだと断定。エンリケ局長は魔王軍初となる対潜作戦の実施を決定した。
イチカ司令部より特別至急通信、いわゆるQ通信を受け取った、対潜訓練艦隊司令アリッツ・カムス・コマスは、命令を受け直ちに現場海域へ向かった。彼が率いる対潜艦隊は、8月の頭に完成したばかりの生体駆逐艦10番艦ファンハウス、11番艦ガバリンで構成される。司令アリッツは、エンリケ局長がレオン海軍にいた時のパトロール艦隊旗艦の航海長だったベテランの船乗りだ。
対潜訓練艦隊はまだ習熟航海を行なっている最中で、対潜訓練は1度しか行なわれていなかったが、寄生魔獣がコントロールする高度な戦闘艦の性能を実感している司令アリッツは、恐れることなく現場海域に急行した。
「司令、まもなく現場海域です」
「うむ。全艦、対潜戦闘用意!」
「対潜戦闘用ー意!」
生体駆逐艦ベースライン2は、艦尾に新たに増設された海中魔力探知機を海中に下ろし、人員が爆雷の投射準備を行なった。また海中魔獣が海上に現れることも想定して、5インチ旋回砲と20連装投射機も水平発射の態勢に入る。対潜訓練艦隊は低速6ノットで進行、海中を捜索した。4時間ほど捜索を続けて、昼を回ったころ、探知機監視員が強い魔力を感知したことを伝えた。
「海中に反応あり、10時方向、距離2千、深度おそらく100に海中魔獣と思わしき魔力反応あり」
「よし、コース変更、海中魔獣の真上へ移動、速度そのまま」
対潜訓練艦隊は相手に逃げられないよう、低速で海中魔獣に忍び寄った。
「海中魔獣直下です。爆雷投射重量調整完了」
「よし、爆雷投射!」
2隻の駆逐艦は、魔導爆雷を3発ずつ計6発を次々にガイドレールの沿って投射した。それから対潜訓練艦隊は10ノットに増速、投射位置から離れ様子を見る。
「深度100付近で爆発反応! 2発が命中した模様!」
海中魔力探知機のディスプレイを見つめていた監視員が興奮した声で告げる。海中魔力探知機はそれほど測距精度は高くなく、相手のおおざっぱな位置しか分からないものの、今回は運良く一度目の攻撃で命中弾を出すことに成功したようだ。爆発の影響で数分間海中の魔力は探知できない。対潜訓練艦隊は減速転舵して、再び投射位置付近に戻る。すると、再び魔力探知機が反応を示す
「魔力探知機に感、海中魔獣、2時の方角、距離1200、深度100に発見。北西方向に約4ノットで移動中!」
「よし、両舷前進強速。目標を追跡、爆雷投射用意!」
アリッツ司令は再び爆雷攻撃を行い、海中魔獣を仕留めるつもりだったが、監視員が異常を告げる。
「海中魔獣に動きあり! あっ、これは。反応が小さくなっていきます、潜行している模様。現在の深度200…… 300…… 300を越えました!」
「爆雷投射中止! どのみち300以上は届かない」
「海中魔獣深度500以上、探知不能…… 見失いました」
海中魔力探知機は水平方向への魔力探知に優れ、5千メートルの範囲を感知可能だが、垂直方向には深度500までしか感知できない。艦隊は攻撃を諦めざるえなかった。とはいえ、今回船で攻撃してダメージを与えたはずなので、これからあの逃げた海中魔獣が船を襲うことは無いはずだ。レムノスの対潜資料が間違っていなければ。
海中魔獣の出自は不明だが、地上の魔獣と違い、海中魔獣は動物ぽい動きを見せる。地上の魔獣は人間を発見すると無条件で襲いかかってくる場合が多いが、海中魔獣はまず相手の様子を見て、軽くちょっかいをかけて反撃されれば逃走する。1度痛い目を見れば、学習して次回からは同じ相手は襲わないらしい。今回は船での攻撃が成功したので、あのジャイアント・カトルフィッシュは、恐らく2度と船を襲うことはないだろう。
しかし、深度500以上に可潜可能な大型の海中魔獣に、駆逐艦乗員全員が戦慄を覚えないわけにはいかなかった。この魔王海軍、いや、エスパーニャ大陸の海軍での初の対潜戦闘は詳しく司令部に報告しなくてはいけないだろう。アリッツ司令はそれから2日間付近の海域を捜索、海中魔獣の姿が見えなかったため、サーシャ軍事基地に帰投した。
エスパーニャ暦5543年 8月14日 10時30分
サーシャ軍事基地 アリサ空港
さあ3度目の正直だ。
今回こそ試験飛行を成功させたいもんだな。
滑走路にはスラリとした美しい機体が発進準備を整えている。姿形は寸詰まりのF15戦闘機という感じだ。ただ大きさは本物の半分くらいか。今日は俺とブレインとぺぺさんで試験飛行を見ることになった。
「おおっ、こいつは速い! しかもカッコイイ!」
「そうでしょう。そうでしょう。今回のは自信作ですよ」
試作航空機X3号機は、爆音を轟かせながら試作機としては最速で上空を駆け巡った。すげぇー速え。やっぱこれだよ。日本の主力戦闘機だよ。
「ブレイン、今あれはどのくらいスピード出てるんだ?」
「ハッ、テストパイロット君によれば、時速580キロ前後出ています」
「今回はマギアエンジンを6つを束ねたものを2基使用していますので、これまでより段違いの速さです。使用魔力はかなり増加しておりますが、どんな竜騎もこの速度には対応できないと思います」
ぺぺさんは自信のある表情を見せた。
と、ブレインが俺に告げる。
「魔王様、テストパイロット君より連絡。機体の一部に原因不明の震動が発生、広がりつつあり」
「へ?」
「震動、機体全体に波及…… あっ……」
ゴゴゴゴ…… メキョメキョメキョ、バリッ、ボボォォーン!!
「あちゃ~、バラバラになった。空中分解したようですねぇ。ちゃんとテストパイロット君も脱出できたみたいだ」
「そんな…… バカな……」
バチャバチャバチャ……
こうして3回目の試験飛行は試作機が分解して、破片が海にばら撒かれ失敗に終わった。
俺は気を使って「よくある失敗」という感じでの気楽な態度で、ぺぺさんを励ます。
頑張れペペさん。諦めるのはまだ早いぞ!
21日。
魔王国の国旗のデザインが決定した。
魔族国バルバドスにおいての国旗は「黒天白薔薇旗」なので、同じ魔族主体の国として国旗は黒色を踏襲。真中に日本の国旗のように赤い丸を配置して、太陽をイメージしてみた。うん。国旗のデザインはやはり単純なほうが良い。子供でも描けるからな。アメリカ合衆国の国旗なんか、複雑すぎて大人にも描けないしね。魔王国ヴァルドロードの国旗名称は「黒天極光旗」と呼ぶことに決めた。
首都で国旗の発表をすると共に、再び資金の配布を行なう。前回と同じく幹部・兵士・冒険者・探索者等に魔王金貨400枚。一般に金貨200枚。それに今回は外貨としてアスティリアス金貨を1人につき10枚配布した。まだ余剰資金もあるので、このまま魔王国は月給制に移行する予定だ。またしても首都はお祭り騒ぎになった。
23日。
完成した対空車両、量産第1陣9両が、サーシャ軍事基地、イチカ司令部、首都に配置される。短距離ミサイルのアルバトロスと、対空投射機、対空臼砲の3両1組で配置され魔王国の空を守るのだ。これからも対空車両の量産は続けていく。それとともに、地上設置型の高射砲や避難シェルター、防災、防空サイレンなども整備していく予定だ。
エスパーニャ暦5543年 8月28日 9時20分
サーシャ軍事基地 アリサ空港
さあ、もう8月も終わりだ。今度こそ試験飛行を成功させて貰いたいもんだ。俺の眼前には4番目の試作機、X4号機が鎮座している。今回は俺とペペさん。ブレインとエンリケ局長で試験飛行を見守る。
X4号機の外見はファントム戦闘機に類似、しかしサイズは3分の2程度。外見は格好いいが、これだと武装は外付けになるだろう。別にレーダーがあるわけでもないので良いけど。
さっそくファントム戦闘機もどきのX4号機は、テストパイロット君に操縦され離陸して上空に駆け上る。おおっ、今回は機動もしっかりしている。右旋回、左旋回、急上昇、急降下。X3号機ほどではないが速度もそこそこ出ている。
「ぺぺさん。今回は上手くいきましたね。安定した飛行です」
「はい。ようやく当たりを引いたようです。この機体の挙動はとても安定しています。良かった」
「ブレイン、X4号機の最高速度はどのくらいだ?」
「ハッ、時速480キロまで出せるようです」
「ほほぅ。その速度は竜騎の急降下と同程度ですな。これなら戦える。しかし鉄の乗り物が空を飛ぶとは思いませんでしたなぁ」
今回のX4号機の飛行を見て、エンリケ局長もしきりに感心した。そのままX4号機は10分間の飛行を終えて無事に滑走路に着陸した。その後10回ほどの試験飛行を行なったが、すべての飛行で事故は発生せず、このままX4号機は魔王軍の正式装備として採用。名前は、昔流行ったアーケードゲームから「ライデン」という名前をつけた。ペペさんも安堵顔だ。
このライデンだが、沢山量産できるわけでは無いので、戦闘、爆撃、輸送、連絡となんでもできるマルチロール機にするつもりだ。その際人を運べたほうが良いので、単座のパイロット席をつけることにした。そしてどうせ人を乗せるのだから、武器の射撃もパイロット席からできるようにする。機首の寄生魔獣は機体の飛行とコントロールで精一杯で、武器まで操作する余裕が無いので丁度良かったといえる。
ライデンの武装だが、内部武装は機首の寄生魔獣の魔法攻撃のみとなる。あとは小型化した10連装対空投射機、及び小型対空ミサイルのアルバトロスをさらに小さくした対空ミサイルを装備することにした。最初にこの世界初の魔導航空機の乗るのは勿論ぺぺさんだ。開発に対する褒美にペペさんには名誉が必要だ。俺は2番目で構わない。いつか初めて竜座を使用したロリー・ギャラガーみたいに、俺の国でもぺぺさんの銅像でも建てるか。
さて、ライデンの開発も一段落したので、次の航空機の開発を行なうことになる。本来はこっちが本命なのだが、ライデン開発で基礎的な技術の集積を行ないたかったのだ。次に作る本命の航空機は大型輸送機だ。情報収集や荷物輸送に威力を発揮するだろう。
俺はアリサ空港の一角の倉庫に立ち寄る。そこには大きな鉄の部屋が置いてあった。こいつは巨大な空気ボンベの形をしており、内部には座席を配置している。そう、今俺たちは与圧室の研究を行っているのだ。この与圧室が完成すれば、高度4千メートル以上を大型輸送機が飛ぶようになるだろう。俺は今から期待に胸を膨らませた。
第61話 「魔王様、航空機を製造する」
⇒第62話 「魔王様、模擬演習を行なう」
やっと更新開始。1日1話で2話更新の予定です。




