第58話「魔王様、ドルレオン島に立ち寄る」
エスパーニャ暦5543年 6月25日 11時00分
アスティリアス王国ダービー領
領都エプソムダービー
魔王船はレオン王国を出発し、24日にアスティリアス王国に戻ってきた。前回と同じように、俺はさっそく買い物に向かう。前回もお世話になったアスティリアス王国軍の武器輸出課のテレンスさんに頼んで、偵察騎のカタリナ種を金貨7800枚で12騎購入。縛り無しだが爆撃騎マッキ・サエッタ種30騎より高い。基本的に小竜はどこの国も輸出していないが、民間での需要もあるのだろう、このカタリナ種だけは例外的に輸出しているようだ。きっと儲かるんだろうな。
セシリータさんとパッツィ達は、前回と同じく食糧、家畜飼料、家畜等と、魔力結晶、金銀銅鉄、車両、軍馬、資材を購入。竜爆弾や鉄甲炸裂弾などの竜騎装備品はグレナダ王国で購入済みで、今回の貿易での必要な買い物はすべて購入できた。
俺は兵器の開発に利用できそうな装備をベルタさんに頼んで取り寄せて貰った。取り寄せたのは「空気ボンベ」だ。
この世界の空気ボンベは、かなり大きい鋼鉄製で車に積んで運ぶ。風魔法で空気を充填し、ある程度圧縮してから弁を閉めて、トンネルや井戸工事の際に作業員に空気を送るのだそうだ。地球で言う「低圧空気ボンベ」に相当するか。
俺はこいつを研究用に1基購入して魔王船に搬入した。こいつは後で新兵器開発のための研究材料になる。
さて、これで俺の買い物は終わり、婚約者と護衛を引き連れて、俺達は領都エプソムダービーで一番大きな魔道具や魔法武器を扱う店に行く。
さすがに色々なものが揃う都市だけあって、店は3階立ての立派なものだった。ここで俺たちは探索用の魔法武器、防具等を購入する。今は忙しいので、あまり迷宮を探索する時間が取れないが、いつまでも初心者装備ではなく、そろそろ装備を立派なものに更新しようと思う。
「へえ、こんなに魔法武器の種類ってあるのね」
「おおー。よさげなレイピアがあるね」
店の武器・防具コーナーでさっそくパッツィとソフィア達が物色を始める。
色々と話し合った結果、まずは全員の装備として「健脚ブーツ」を購入。こいつは魔道具で足の疲労を軽減してくれる。それから個々の装備の購入に移った。
パッツィはブーストアロー、堅守のベスト、メッサーを購入。
ブーストアローは魔法弓で、弓先端の引き金を引きながら矢を打つと、風魔法で射程と速度が伸びる。堅守のベストは頑丈なベスト。そのまんまだな。メッサーは持ち手がクロスガードの形になっている長剣だ。
ソフィアはトルネードレイピア、戦守のベスト、疾速のマント、シルフハットを購入。トルネードレイピアは、コマンドワードにより剣の周囲に風魔法で旋風を起こし、貫通力を向上させ、攻撃範囲を少し広げることができる魔法武器、戦守のベストは軽くて丈夫なベスト、疾速のマントは移動速度向上、シルフハットは自動修復と衝撃吸収能力が高い帽子だ。
ソフィアは父親の形見を装備しているが、やっぱそういうのは家で大事に保管しておくものだと思う。燃えたり破けたりしたら大変だしね。
マリベルは雷光棒、聖徒のローブ、光輝の鎧を購入。雷光棒はコマンドワードにより棒両端から電撃を放つ、聖徒のローブは自動修復と魔法ダメージ軽減、光輝の鎧は自動修復と物理ダメージ軽減。これで防御はバッチリだな。
マルガリータは、貫通のショートレイピア、バトラ・ティアードドレス、マギア・バングルを購入。貫通のショートレイピアは魔法武器で、貫通力が高く自動修復機能がある。バトラ・ティアードドレスは、魔法耐性の強い布で作られている。スカート部分が段々になっていて、マルガリータ的には「すごくカワイイ」らしい。マギア・バングルは魔法媒体の腕輪で、用は杖の代わりだね。マルガリータはショートレイピアが主武器だから、杖は持つ余裕が無いのだ。
最後は俺、俺はオリハルコン・ランザーと闘牛士仕様のアダマンタイトの鎧・兜、マギア・エスクードを購入。
オリハルコン・ランザーは、先端がオリハルコンの投擲槍、オリハルコンは魔法を消滅させるので、飛んできた魔法を槍で破壊できる。ただオリハルコンはこういう性質ゆえに鍛冶魔法が通らないので、鍛冶師が炉を使って作る必要があり値段が高く希少だ。
鎧と兜は、剛性のあるアダマンタイトを使用。マギア・エスクードは魔法盾で、自動修復と魔法耐性がある。主武器は購入していないが、後でグスタフが作ってくれることになっている。きっと凄い武器を作ってくれるだろう。
値段は全部で金貨1380枚。
装備的には最高級というわけでは無く、中の上ぐらいの装備だが5人分一気買いなのでそれなりにした。散財したなぁ。皆も新しい装備に満足顔だ。
6月27日、魔王船はダービー領を出発。30日14時ごろにドルレオン島に到着予定。ここで去年予約したハリアー種を購入するのだ。
到着1時間前に先触れの偵察騎を出す。しかしドルレオン島上空に達した偵察機は、異変を知らせてきた。CICよりキンクマ種が伝令。
「魔王様にご報告! ドルレオン島の港に多数の破壊された船、漁村にも砲撃を受けたと思われる損傷あり」
「なんだって!」
いきなりの緊急事態に、俺は玉座から立ち上がる。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第6章 アスティリアス貿易編
ドルレオン島襲撃される。
その驚きの情報を知った俺は、ただちに追加の偵察騎と戦闘騎を差し向けることにした。
「ブレイン、ヒューガに周辺海域の警戒をさせてくれ」
「了解」
「パッツィ、CICに連絡。偵察騎と戦闘騎にドルレオン島周辺の哨戒をさせるんだ」
「分かったわ」
「キャプテン・キッド。魔王船をドルレオン島南5キロに位置に付けろ。停船はせず、微速前進で待機」
「御意」
俺が矢継ぎ早に命令を下していると、CICよりマリオ局長がやってきた。
「魔王様。偵察騎による情報ですが、ドルレオン島の船はあらかた破壊されているようです。港の損傷もひどい。しかし漁村や竜騎繁殖場の被害は小さい模様。襲撃者や戦闘は目撃されておりません。襲撃より少し時間が経っているようですな」
「うーん。まさかドルレオン島が襲撃されるとは…… 住民は無事でしょうか?」
「どこかに隠れているかも知れません。竜騎での偵察では限界があるでしょう」
「やはり上陸して様子を見るしかないですか。よしブレイン、左舷マギアランチ出港準備だ。ハリアー種も心配だし、俺もいくぞ!」
そう言うと、隣に立っていたゴシックメイドナイト、サ・ルースが静止した。
「お待ち下さい魔王様。それは危険です」
「だったらお前達も来ればいい。上陸班を編成する。サ・ルース、ラ・ミーナ、バトラメイド10名を引き連れ、俺を護衛しろ」
「「ハハッ」」
「パッツィ、ソフィア、マリベルも来てくれ、完全武装でな。マルガリータはここでオペレートを。キャプテン・キッド、マリオ局長、ブレイン、後を頼んだ」
そう指示を残し、俺はロッドマンを差して皆と一緒に左舷艦尾のマギアランチへ移動。スケルトン船員はすでに準備を完了しており、タラップから全員が搭乗した。
一応ロッドマンからブレインに通信し、周囲に敵がいない事を確認してから出発を指示。クレーンが起動、マギアランチが微速前進中の魔王船から海上に降ろされ、ドルレオン島の港に向けて出発した。約20分の航海、港の破壊された船をかわして港にたどり着く。
「魔王様と皆達はランチで待機してください。我々が先行して偵察を行ないます」
そう言うと、サ・ルースとバトラメイド5名が上陸、漁村に向かって走る。
しばらくしてロッドマンを経由して、サ・ルースからの報告。
「住民を発見したそうです。安全を確認しました」
「よし、じゃあみんな行こう」
ランチより降り、バトラメイドを先頭に俺たちは漁村へ歩き出す。ドルレオン島は南部に獣魔鷹族600名が居住しており、大部分は東村、西村に住んでいる。内陸には竜騎養殖場があり、繁殖中の竜騎が100騎以上いるはずだ。東村にしばらく進むと、先行したサ・ルース達と住民を発見した。
「おお、魔王様。よくいらっしゃいました。こんな状況になり申し訳ない」
住民の中心近くに居た老年の獣魔鷹族の男が頭を下げる。彼は獣魔鷹族の頭領バッカス・マードック・オードで1年前に会っている。左にいるのは西村村長ブレンダン、右にいるのは東村村長デールだろう。獣魔鷹族の外見は人間族とほとんど変わらないが、頭の両端の髪が逆立っており、髪は全員こげ茶で目は黒目である。視力が大変優れ、人間離れした視力を持つといった特徴を持つ。
「お久しぶりですバッカス頭領、一体何があったんです、住民の皆さんは大丈夫ですか?」
「聞いてください魔王様、我々は6日前に海賊に襲われたのです」
「海賊…… ですか」
「はい。最初は客のフリをして、3隻の船がやってきました。しかし突然暴れ出して私を人質に取ったのです。それから魔導通信機とゴーレム鳩をすべて燃やし、砲撃で私達の船はみな壊されてしまいました。その時に自衛団15名が重軽傷を負いました」
「それは大変でしたね…… 奴らは何を?」
「ここで育てている竜騎をすべて渡せ、と言っていました。1週間後にまた来ると」
「うーん。頭領、こちらには神聖魔法師とポーションがあります。怪我人の治療を行ないましょう。とりあえずマリベル、行って治療してくれるか」
「分かったわお兄ちゃん」
「さすがは魔王様、ありがとうございます」
「いえいえ、少し失礼します。パッツィ、来てくれ」
俺はパッツィを呼び寄せ、少し離れて小声で会話する。
「おかしいと思わないかパッツィ、海賊ならすぐに略奪するだろう。なぜ1週間の猶予を持たせる?」
「確かにね。……考えられる可能性は2つ。竜騎を輸送可能な船を用意するのに1週間かかるか、それとも略奪とは別の目的があるのか。私は後者の方が可能性が高いと思うわ」
「そうだな。ゴーレム鳩と魔導通信機を破壊したとはいえ、1週間も時間があれば、何らかの方法で外部と通信が出来るだろう。あるいはそれが狙いか」
「ソールは前に海賊がアルコンと繋がりがあると言ってたわよね。外部と連絡が出来れば、アスティリアスやバルバドスの警備艇がここに来るわ」
「アルコンがアスティリアスを攻める前準備に、警備艇やパトロール艦隊を叩いて数を減らす。そのための撒き餌がドルレオン襲撃というわけか。ということは相手の裏をかいて利用すれば、海賊を潰してドルレオンの竜騎を手中に収めることが出来るかも」
「その話が一番ありそうだけど、違うかも知れない。気をつけてよ。相手はこっちの思った通りに動くとは限らないんだから」
「うむ、その時は高度に柔軟性を持たせ、臨機応変に対応しようと思う」
「はぁ…… つまりは行き当たりばったりっていうことね」
「うん。そうとも言うね」
その時、腰に差していたロッドマンからブレイン経由で通信が入った。
「ブレインより連絡。現在外海派遣艦隊、魔王船北東400キロの位置。エンリケ局長より連絡。ドルレオン島東沖に国籍不明艦隊発見、西進中。約60時間程度でドルレオン島近海に到着すると推測される。注意されたし」
「そいつだ、予告どおりきやがったな!」
「魔王様!」
急に呼ばれたので振り返ると、遠くから獣魔鷹族の女性が走ってくる。あれはハリアー種の飼育員のシャーリーさんだ。彼女の父親がハリアー種を開発し、親子2代で育てていると聞いている。
「やあシャーリーさん。無事でよかった!」
「魔王様、お久しぶりです。こんなことになりましたが、ハリアーは皆無事です。あの子達だけでも買って貰えませんか」
「もちろん買うつもりです。安心して下さい」
「良かった。あの子達なかなか売れなくて、あと1年もすれば殺処分せざる終えない所でした。それでは、ハリアーの輸送準備をしておきます」
そう言うとシャーリーさんは養殖場に向かって走り出した。自分のことよりもハリアー種を優先する。いやぁ、竜騎飼育員の鑑だね。ああいう娘を魔王国で雇うべきだわ。俺はロッドマンに指示を出す。
「ロッドマン、ブレインに伝えろ。魔王船停船、竜騎の受け入れ準備だ。右舷のマギアランチでドライバーをありったけこっちに寄越せ。ウェルドック開放、輸送用、曳航用、人員輸送用マギアランチも全部出して、港に送れ。ハリアー種購入用の金も持って来い。外海派遣艦隊は現在位置で待機。以上だ」
「了解しました。ブレインに送信します」
「よし、ああ、サ・ルース、パッツィ、こっちに来てくれ」
俺たちは顔を寄せ合い、しばしの間密談。終了後、ハリアー種購入契約のため頭領の家に行く。
契約書を確認、魔王船から持ってきた金を渡す。すでに養殖場には魔王船のドライバーが到着、ハリアー種の空中輸送が行なわれる。子竜は船で運ぶ。
それから頭領の家人が、緑茶を出してくれ、俺とパッツィ、頭領、村長2人と話し合いを行なった。俺は頭領にいたわりの言葉をかける。
「しかし災難でしたね。まさか海賊が攻めてくるとは」
「はい。魔王様に来ていただいて助かりました。明日には貨物を積んだ300トン級貨物船が来るので、それで外に助けを求めようと思っていたのです」
「しかし、いくら船が来ても…… たしかこの島の住民は600名でしたね。とても全員は乗れませんね。それに海賊が来るのは明日だとか」
「ええ、本当に来るかどうかは分かりませんが困ったものです。どうすればいいか……」
「竜騎ですぐ連絡をすれば良かったんですが、この島にドライバーはいないのですか?」
「ええ、ここには飼育員だけで、調教師や傭兵ドライバーはバルバドスにおります。ここは平和な島ですからなぁ、こんなことが起きるとは考えていませんでした」
「アスティリアスでも海賊の話はよく聞きますが、沢山の人が殺されるようです。竜騎を奪われたら、この島の住民も皆殺しにされるかも知れません」
「そ、そんな……」
「それに今から外に救援を頼んでも、ドルレオン島に来るのに2日かかるでしょう。海賊のほうが早いですね。どうすればいいか……」
俺は相談に乗るフリをしながら、さりげに頭領達を煽った。まずは相手の冷静さを奪う必要がある。
そこへタイミングよく、名女優サ・ルースが現れた。
バァン!
「魔王様、大変です! 偵察騎が海賊船を発見しました。あと24時間でドルレオン島に着きます。早くこの島から離れましょう!」
いい演技だ。
実際には後58時間の猶予があるんだが、こう言えば頭領も焦るだろう。
「あぁ、海賊船が本当に来たのか!」
「どうしましょう、頭領!」
焦る頭領と村長たちに、俺は深刻な顔で提案を行なう。
「皆さん、少しよろしいでしょうか。24時間以内にこの島から全員脱出可能な唯一の方法があります。我が魔王船への移住を行なうのです」
「よ、よろしいのですか、魔王様!?」
「ええ、私も魔王と名乗っている以上、魔族を保護するのは当然のこと。しかし600人を一気に魔王船に入れるとなると、相応の生活費や食料費がかかってしまいます。あなた方へ請求するお金は大きくなってしまうでしょう。しかし解決する方法はあります。あなた方の育てている竜騎を譲ってもらいたい」
「竜騎をですか」
「ええ、我が魔王国では竜騎とドライバーが不足しているのです。そちらが竜騎とドライバーを供給してくれれば、魔王船やレムノス島に無料で住んでもらえますし、後でドルレオン島の復興の支援も約束しましょう。良い取引だと思うのですが……」
「うちで今育てている竜騎は大部分がバルバドスの小型竜です。バルバドスのダンドラム領から幼竜を仕入れ、育ててからダンドラム領に販売して利益を得ています。よってうちの竜は、こちらの所有資産なので売ることはできますが、魔公爵オーガスタス様の許可は頂きませんと……」
「なるほど。オーガスタス卿は私の友人ですから、私から話しておけば大丈夫だと思いますよ。ここに来る前にも会いましたし」
「さすがは魔王様。では問題はありません。魔王船への移住をお願いします」
頭領は俺に頭を下げた。よしっ! これで小型竜をタダで手に入れることが出来た。俺は深刻な顔を崩さずコブシを握る。これで竜騎と移住民を両方得ることができる。勿論、オーガスタス卿への交渉、それからドルレオン復興をしなくてはならないが、アルコンが攻めてくれば有耶無耶にできるかも知れない。
さっそく大移動作戦が行なわれる。竜騎は小型竜133匹、うちの手すきのドライバー全員を船で運んで、5往復で魔王船に運ぶ。同時に荷物をまとめたドルレオン住民をマギアランチに乗せて、魔王船にピストン輸送する。住民の輸送は深夜までかかり、竜騎の移動は朝までかかる見通しだ。俺達は先に魔王船に帰還した。
司令の間に戻った俺は、外海派遣艦隊のエンリケ局長に連絡をとった。
「エンリケ局長、国籍不明艦隊の詳細を伝えてください」
「相手は竜騎母艦1隻を機軸とした艦隊です。フリゲート4、コルベット4、竜騎母艦1、ドラゴンクルーザー少なくとも4~6程度の艦隊と思われます。艦載竜騎は20~30騎の間ぐらいと推測します」
「分かりました。すみませんがエンリケ局長と偵察騎4騎は魔王船に移動してください。外海派遣艦隊はそのままレムノスに帰還させます」
「私を魔王船に呼び出すということは、魔王様、海賊に仕掛けるつもりですか?」
「たしかに戦争に入る前に実戦経験を積むことは重要ですが、まだ状況を見極めなくてはなりません。ドルレオン出発後、魔王船はただちに南下し、ドルレオン出稼ぎ組の傭兵ドライバーを回収、部隊編成を行います。その結果次第ですね」
「分かりました。派遣艦隊は副官に任せ、私は魔王船に移動します」
さて、次はなんだっけ。
そうだ鳩だな鳩。
「ブレイン、ドルレオン島にスパイ鳩はいるか?」
「ハッ、4羽おります」
数は少ないがちゃんといるか。沢山スパイ鳩をばらまいてて良かったよ。
「よし、海賊船が来たらマストに乗り移り待機させろ、向こうからテレパシーで位置情報を送って貰う」
「了解しました。スパイ鳩に伝えます」
用事が済んだ俺は魔王室に篭り、ロケット外交官に手紙をしたためる。
内容はドルレオン島の海賊事件の概要 オーガスタス卿への竜騎譲渡の交渉、統制カウンシルへの根回し、傭兵ドライバーの魔王船への輸送要請。書き終えた俺は、抜けがないか確認したのち、手紙の頭に情報区分をQと書き込む。Qは特別至急通信のことで、最優先の重要項目があることを意味する。ゴーレム鳩に手紙を詰め、ダイヤルを南にセットしバルバドス方面にぶん投げた。ゴーレム鳩は風魔法を起動し南に向けて飛んでいく。
頼んだぞロケット外交官。
今はお前だけが頼りだ。
エスパーニャ暦5543年 7月1日 8時30分
ドルレオン島 南5キロ
魔王船
ドルレオン島の住民600名の魔王船への移動は深夜に完了。朝5時より竜騎の回収を再開。今さっき竜騎の移動がすべて完了した。
回収したのは以下の竜騎だ。子竜はカウントしていない。
バルバドス
戦闘騎 セイバー種 22騎
爆撃騎 シーキング種 20騎
急降下攻撃騎 ヴァリアント種 29騎
アスティリアス
戦闘騎 ハンター種 18騎
ドルレオン
ハリアー種 繁殖用12騎 成竜18騎
このうちこちらが手に入れられるのは、バルバドスとドルレオンの竜騎のみ。アスティリアスと魔王国は正式な国交がないので、ハンター種は獣魔鷹族がアスティリアスに売ることになるだろう。惜しいがしょうがない。
昨日の夕方にエンリケ局長は魔王船に到着、偵察機に2人乗りで来た。外海派遣艦隊は今頃超海流付近に到達している頃だろう。
司令の間でオペレートしているパッツィとソフィアが報告を送る。
「竜騎管制、ドルレオンの全竜騎格納完了」
「船内管制、獣魔鷹族600名、全員居住区への移動を完了」
「よし、キャプテン・キッド。バルバドスに向けて出航だ」
「御意。両舷強速前進、針路180度」
魔王船は南に進路を取り、すぐに加速して第1戦闘速度でバルバドスに向け南下した。バルバドスへ向かう目的だが、北部ダンドラム領在住のドルレオン島の出稼ぎ組の回収のためだ。出稼ぎ組は全部で52名。全員傭兵ドライバーだが、戦争が無い時はダンドラム領で訓練しながら探索者をやっているという。
現在民間にドライバーとして雇われているのが10名。残りの42名をこっちで雇うつもりだ。そう頭領との話で決まっているが、あとはロケット外交官の交渉しだいになるだろう。
「魔王様。ロケット外交官よりゴーレム鳩にて連絡です」
14時ごろ、待望の返事が届いた。俺はさっそく手紙の封を切って読み出す。
よーし。結果としては交渉は成功だ。魔公爵オーガスタスは、傭兵ドライバーの移動と竜騎の譲渡を許可してくれた。統制カウンシルも同様。しかし勿論交換条件はある。第1に5インチ連装旋回砲の技術開示、第2に5インチ・スクリュー・パレットのダンドラム領への輸出。ここらへんの情報は魔王国に派遣した外交官から聞いたのだろう。
5インチ連装旋回砲は、特に高度な技術を使っているわけではないので、開示は可能。スクリュー・パレットは威力を落とした輸出仕様を販売すればよい。うん。充分許容範囲内だ。なかなかやるじゃないかロケット外交官。問題があるとしたら、俺が魔公爵オーガスタスに肩入れすることになり、バルバドスの政治均衡がやや崩れる所だが、そこは俺がフォローを入れておけばよいだろう。
翌朝、魔王船がバルバドスに到達すると、北部ダンドラム領より42騎の竜騎が、ロケット外交官の先導で飛んできた。全員2人乗りで、傭兵ドライバーを移送してきたのだ。事前連絡どおり、竜騎達は次々に魔王船右舷竜騎発着ポートに降り立つ。俺は右舷に出向き頭領と共に皆を出迎える。
「ロケット外交官、助かったよ。こんなに早く話がまとまるとは思わなかった」
「ハッハッハッ、魔王様。まさにこのような事態に対応するために、私は普段よりコネクションを築いておいたのですよ。当然のことです。また何かあればいつでも頼ってください」
42名の傭兵ドライバーを降ろした竜騎とロケット外交官は、すぐに魔王船を飛び立ち、ダンドラム領に帰っていった。司令の間に戻った俺は指令を発する。
「よし、キャプテン・キッド。回頭180度だ。最大戦速でドルレオンへ向かえ」
「御意。取り舵20度。最大戦速でドルレオン島に向かいます」
魔王船は大きく回頭して、加速しつつ北上を開始する。
俺は魔王室にエンリケ、シャルル、マリオ各局長を呼んで、軍議を行なう。
「シャルル局長、傭兵ドライバーの練度はいかほどでしょうか。戦えますか?」
「はい。リストを見る限り全員2等竜騎手相当、竜騎母艦での訓練も行なっているようなので、魔王船で1日訓練すれば戦闘可能でしょう。こちらの戦力と合わせれば、5~6個飛行隊を編成できると思います」
「なるほど。対する国籍不明艦隊は、多くても3個飛行隊程度。互角以上に殴り合いできますね」
「魔王様、やはり海賊を攻撃するつもりですか?」
「ええ、エンリケ局長。やろうと思います。やはり戦争を始める前に実戦経験を積むことは重要でしょう。それにベルゼビュートの統合戦術システムβ版の性能の評価も必要です。エンリケ局長、シャルル局長と共に竜騎部隊を編成、攻撃プランを作ってもらえますか?」
「分かりました。やりましょう。対空戦、竜騎戦メインで作戦を立てます。対艦戦は除外でよろしいですね?」
「ええ、人的被害は最小に収めたい。竜騎による全力攻撃を1度だけ、苦戦するようなら後退します。魔王船の直掩機は薄くなってもかまいませんので、攻撃隊に戦闘騎を多めに手当てしてください」
これで攻撃は決定、エンリケ局長達は作戦立案に動き出す。
俺は魔王城謁見の間で、42名の傭兵ドライバーに忠誠の儀を行なう。
傭兵とはいえ、魔王船に乗るので俺への忠誠は必要だ。幸いにも傭兵ドライバーは、ドルレオン島住民を助けた俺に感謝をしているそうだ。
「さて諸君、忠誠の儀も終わったところで、さっそく君たちに働いてもらおうと思う。君たちの故郷を攻撃した連中に、復讐する機会を与えよう」
俺がそう言うと、傭兵ドライバー達は顔を見合わせた。
第58話 「魔王様、ドルレオン島に立ち寄る」
⇒第59話 「魔王様、戦闘を決意する」




