閑話 「ベルタ支店長の遭難記録」
アスティリアス王国と魔族国バルバドス。
この2カ国は、バルバドス海峡を挟んでお隣同士の国だが、そこには浅からずの因縁と絆が存在する。
時はさかのぼって約200年前、アスティリアス王国が統一する前、王国にはアスティ王国とリアス王国という2つの国があった。
アスティ王国の王は、反アルコンで魔族国バルバドスと友好関係。
リアス王国の王は、親アルコンで魔族国バルバドスとは敵対関係にあった。
エスパーニャ暦5340年、リアス王国は魔族を危険な侵略者だと考え、バルバドスを殲滅するために密かに戦争準備をしていた。
同じ頃、魔族国バルバドスの東部の都市、ポート・レーシュに、探索者リーダー、獣魔犬族のロリー・ギャラガー・タウンゼント率いる魔族7人パーティー「バルバドスの牙」が、ポート・レーシュ付近にある飼料迷宮を攻略していた。
この飼料迷宮の浅い層には、ドロップ品として栄養満点の丸い固形餌が出て、家畜の餌として良い値で売れるのだ。
しかし深い層に潜ると、何の用途に使うか分からないドロップ品が沢山出てくる。
これらは役に立たない「ガラクタ」として長い間皆に無視されてきたが、これにロリー・ギャラガーが強い興味を覚えた。
この「ガラクタ」は一つ一つはたしかにガラクタだが、これを組み合わせると、何かの道具が作れそうな予感がしていたのである。
そこでギャラガーは、パーティーメンバーに頼み込んで、仕事の傍ら飼料迷宮深層のガラクタを集め、組み合わせを試行錯誤した。
そして1年後、ついに正しい組み立て方が分かった。
組みあがった道具は、中央に座れる座席がついていて、下部にハーネスがついていた。
これを見たギャラガーは、これは何かの魔獣を操る道具に違いないと考えた。
それからギャラガーは、様々な大型魔獣の背中に、この道具を乗せて操れるか実験した。
しかし大魔馬には振り落とされ、大蛇には噛み付かれそうになり、サーベルタイガーには踏みつけられた。
だが大トカゲに乗せたところ、ある程度、こちらの意志の通り動くことが確認できた。
そこでギャラガーは、大きな空飛ぶトカゲ「竜」に、この道具を乗せることにした。
様々なツテを頼り、数ヵ月後、ギャラガーは小竜にこの道具を乗せて見事に操り、空を飛ぶことが出来た。
この道具が竜を操る道具だと確信したギャラガーは、この道具を竜に座って操るための魔道具「竜座」と名づけた。
以前は人間族が開発した服従魔道具で竜を使役していたのだが、あまり言うことを聞かず、移動にしか使えなかった。
だが迷宮産の「竜座」の命令には竜はよく従い、ブレスを好きな場所に撃ち込むことも出来た。
それから半年後、リアス王国がついに宣戦布告、バルバドスに300トン級20門戦艦24隻と上陸部隊を送り込んできた。
バルバドスも戦艦10隻で迎撃するが、戦闘の末、バルバドス艦隊は壊滅。
生き残った4隻は、ほうほうの体で退却した。
この事態を知ったギャラガーは、バルバドスの首都「ラヴィアンローズ」へ向かい、最高意志決定機関「統制カウンシル」に直談判をして許可と資金を貰い、竜から落とす爆弾の製造を、ドワーフやエルフの協力の元に開始した。
一方、制海権を得たリアス王国は、バルバドス北部ダンドラムに兵6千名を上陸させ、魔族軍を蹴散らしダンドラムを制圧、そのまま南下して首都ラヴィアンローズへと向かった。魔族軍と近衛軍である薔薇聖魔師団は、首都北側に布陣。リアス王国と対峙した。
リアス王国兵6千に対し、魔族軍側は3千。ここで負けると魔族軍に後は無い。リアス王国軍は勝利を確信し、首都への突入を開始。
と、突然空から4匹の小竜が現れた。
ギャラガーが開発していた爆弾がギリギリで完成したのだ。
竜達はリアス王国軍の上空に到達すると、爆弾4発とブレス8発を撃ち込んだ。
そのブレスの内1発が、リアス軍の指揮官に命中、大火傷を負って気絶した。
リアス軍にそれ以外に大きな被害は無かったが、初めて経験する空からの攻撃に兵はパニックになり、そこへ魔族軍3千が突入、リアス軍は瓦解して敗走した。
この結果に激怒したリアス王は、戦艦20隻を派遣し、海から首都ラヴィアンローズを破壊しようとした。
そのことを知ったギャラガーは、妙案を思いついた。
ギャラガーはなんと残ったバルバドスの戦艦4隻に、1匹ずつ小竜を乗せたのだ。
そして戦艦でリアス艦隊に接近して、竜で空から爆弾を落として艦隊を攻撃した。
大急ぎで作った爆弾全部を使い、リアスの戦艦20隻の内、15隻が大破、リアス艦隊は壊滅して王国に逃げ帰った。
そこへ機会を窺っていたアスティ王国が宣戦布告。リアス王国になだれ込んだ。
陸軍も海軍もバルバドスとの戦いで壊滅しており、首都リアスはあっという間に占拠され、配下の貴族にも裏切られリアス王国は滅んだ。
その後、統一を成し遂げたアスティ王国は国号を改め、アスティリアス王国と名を変え、バルバドスと新たに友好条約を結んで平和が戻りましたとさ。
めでたし。めでたし。
それから時が過ぎ去り、38歳になったロリー・ギャラガーは研究のために、ある日竜に乗って空を飛んでいた。
すると竜が急に意識を失い墜落、地面に激突してギャラガーは突然死去してしまった。
バルバドスの人々は彼の功績を称え、首都ラヴィアンローズのメインストリートに、彼の大きな銅像を建て、いつまでも彼の功績と活躍の記憶が残るように、子供達に彼の物語を伝えるようになりました。
……歴史書の朗読はこれくらいでいいかしら。
これで大体、アスティリアス王国と魔族国バルバドスの関係は理解できたわよね。
それで自己紹介すると、私はバルバドスで商人をやっている、獣魔羊族のベルタ・バートウィッスル・ブルック。
今はアスティリアスで支店長を任されてる。
私が働いているところは、魔族国バルバドスに本拠を置くバートウィッスル商会という、大きな商会。
首都ラヴィアンローズに商会本店があり、アスティリアス王国、レオン王国、グレナダ王国、サラゴサ王国に支店があるわ。
バートウィッスル商会の当主は私の父、デズモンド・バートウィッスル・マッケイ。
母はパトリシア。弟はカーティスと言い、本店で番頭として働いている。
私ベルタはアスティリアス支店で番頭、そしてレオン王国には父の妾の獣魔狐族アクロイドとその娘エピーが番頭、手代として働いている。
その他従業員はうちの親族で固めている家族経営の商会。
バルバドスでは重婚は法律的にも習慣的にも認められているので、本妻と妾は良好な関係を維持しているわ。
エスパーニャ暦5541年8月9日17時、アスティリアス王国南部、ダービー辺境伯領。
私はいつものように支店での仕事を終わらせ、帰り支度をしていた。
そこへマネージャーが、ゴーレム鳩を持ってやって来た。
「ベルタ様、先ほど支店の庭にゴーレム鳩が来ました」
「そう、ありがとう。誰かしら?」
私はゴーレム鳩の腹の蓋を開け、中の手紙を読む。
差出人は、まだレオン王国で荷物の輸送を行なっているはずの、アッシャー号のコーマック船長だった。
なぜ彼からゴーレム鳩が飛んできたのか、何かまずい事態にでもなったのか?
気になった私は、その手紙を全て読み、驚愕の事件の発生を知った。
アルコン帝国が、レオン王国北部に攻め込んだというのだ!
私は反射的に立ち上がり、事務所へダッシュ、帰り支度をしていた皆を呼び止めた。
「ちょっと皆大変よ。コーマック船長から連絡。アルコンがレオンに攻め込んだんですって!」
「ええ、それ本当ですか?」
「うそー!」
アルコンの侵攻を知った皆は、口々に騒ぎ出す。
私はマネージャーに指示を出した。
「悪いけどマネージャーは、役所や領主館に行って情報を集めてくれない。私は鳩屋でレオン支店に問い合わせる!」
「分かりました」
「他の皆は今日は帰って、明日から情報を集めて貰うわ!」
私は再び、自分の執務室にダッシュで戻り、書面を2通作成、ゴーレム鳩1羽をひっ掴み支店の中庭に出る。
そこで1通の書面と魔力結晶を鳩に詰め込んで、ダイヤルを真南に設定、ゴーレム鳩をぶん投げた。
投げた鳩は正常に風魔法が発生して、南の海に向かって飛び始めた。
よし、4時間もすれば、さっきの鳩はバルバドス首都ラヴァアンローズの本店につくだろう。
私はそのまま支店の近所にある鳩屋に向かう。
鳩屋でダービー領からアルボラン半島経由、レオン王国行きの料金を払い、鳩屋のゴーレム鳩を借り、書面1通とチケットを入れて東にぶん投げた。
ゴーレム鳩は距離3千キロしか届かないので、直接投げてもレオン王国には届かないのだ。
だから鳩屋のゴーレム鳩で一旦アルボラン半島に飛ばして、現地の鳩屋でゴーレム鳩を入れ替えて手紙を王都レオンに飛ばして貰うのだ。
ゴーレム鳩が無事飛んでいくのを確認した私は、船乗りが多く集まる酒場に向かう。
酒場で色々な船乗りに声をかけ、情報収集のためアルコン侵攻の話を聞いて回ったが、船乗りはまだ誰も知らないらしく、逆に私が質問攻めにあってしまった。
2時間後、支店の戻るとマネージャーがいた。
マネージャーによれば、まだダービー領でも情報が届いたばかりで、詳細は不明のようだった。
2日後の11日、バルバドスから船に乗って、父デズモンドがアスティリアス支店にやって来た。
「9日の夜にお前とコーマック船長からゴーレム鳩が来てビックリしたよ。いやはや、まさか戦争が始まるとはな」
「レオン支店のアクロイド達は大丈夫かしら?」
「レオン支店にゴーレム鳩は出したのだろう? 今は情報が少なすぎる。その辺はレオンからの返事を待つしかないな」
アスティリアスのほうが情報が集まりやすいので、とりあえず父は、しばらくここに滞在することになった。
12日。
鳩屋がやってきて、レオン支店から飛んで来た手紙を持ってきてくれた。
アクロイド支店長によれば、現在王都レオンは静穏。
王国からは昨日、公式発表が行なわれ、パルマ島、バレンシア領にアルコンが侵攻したことが伝えられた。
そしてアルコンへの激しい非難。
しかし発表はそれだけであり、詳しい説明は行なわれなかった。
噂では、レオン軍は奇襲でやられ、パルマもバレンシアもアルコンの手に落ちたようだ。
とのこと。
13日は、ダービー領の新聞と役人から聞き取り調査。
今分かっていることは、話しておいた。
14日、ダービー領の領主館でレオン王国にアルコンが侵攻したことを発表。
特に目新しい情報はなかった。
と言うか、それ丸々私が伝えた情報じゃない。
まったく、情報代として金貨の1枚でもくれればいいのに。
そしてダービー領の一般の人々は大騒ぎ。
不安になる人、いきり立つ人、心配する人、色々だ。
ルシタニアのクーデター発生も新聞で伝わったが、アルコン侵攻の衝撃が大きく、たいして話題には登らなかった。
17日、アッシャー号がダービー領に到着、コーマック船長が支店にやって来た。
これで詳しい話が聞ける。
私と父は客室で船長を迎え、当時の状況を詳しく聞く。
「始まりは8月4日、この日に戦争が起こったのを知ったんだ。予定通りにバートウィッスル商会の商品をレオン湾の港に届けてたんだけどな。こいつは大事になるぞ。と思って詳しく手帳に書いたから間違いない。」
コーマック船長は、手帳に記した内容を見ながら話してくれた。
事件が起きたのは4日。
アッシャー号と商船3隻は、バートウィッスル商会が仲介した迷宮ドロップ品の輸送を請け負い、レオン湾の港に商品を降ろしていた。
そこにボロボロのレオン軍のコルベット艦が入港してきたのだ。
「そりゃひどい有様だったぜ。艦長が降りてきて、出迎えた軍のお偉いさんに、エンリケ司令? たぶん指揮官だと思うが、彼を早く救出してくれって頼んでたな。そんで軍人の話を聞き耳を立てて聞いてたら、1日にアルコンがパルマ島とバレンシアに攻めてきたって言うじゃないか」
それを聞いたコーマック船長は、港で1泊して休息するはずだったが、大急ぎで商船を引き連れてレオン湾を18時に出発した。
レオン湾はバレンシアから近い距離にあり、アルコンの動きによっては襲撃を受ける可能性があったからだ。
「そんで1日ぶっ続けで南西に向かって海上を進んでいたら、5日の15時ごろにバレンシア領エルチェから逃げてきた漁船と出くわしたんだ。いきなり竜騎の爆撃が来たらしい。食糧を分けてやって詳しい話を聞いた」
竜騎の爆撃が済んで、彼らは残った漁船に乗って逃げてきたらしい。
そして逃げる途中でリリア方面を見ると、遠目で途方も無く巨大な船を目撃したらしい。
「巨大な船?」
「ああ、そいつらも遠目で見ただけだから、詳しくは分からんが、少なくとも30万トン以上はある巨大な船だったらしい。ひょっとしたらアルコンの秘密兵器かも知れんな。あんなもんに攻められたら、レオンも簡単にやられるだろう」
「そんな……」
私は絶句した。
30万トン以上の船、そんな想像もできない途方も無い巨大船があるなんて。
漁船と別れたコーマック船長は、それからも南西アスティリアス方面に進み続け、9日にゴーレム鳩2羽を本店とここアスティリアス支店に飛ばしたのだそうだ。
そして夕方に私が、夜中に父がその連絡を受け取った。
9月。
アスティリアスでの騒ぎは一旦収まったが、王都レオンでは大きな動きが続いていた。
レオン支店の妾の娘、エピーからの手紙によれば、王都ではずいぶん兵隊が増えて警備も厳重になり、有力な貴族が続々集まっているようだ。
アルコンにどう対応するか、本格的な検討に入るのだろう。
私達は手分けをして情報収集を行なったが、今のところ新たな情報は無い。
例の巨大船も特に情報はなかった。
アルコン軍の動きもないことから、レオン支店の撤退を検討したが 見送りとなった。
しかし脱出路の確保だけはしておく。
10月。
レオン王国で会見が開かれる。
アルコンに対しては非難と徹底抗戦の決議、占領地の奪還を行なう。とのこと。
いよいよレオン王国も戦争を決意したか。
11月。
エピーからの手紙が来た。
知り合いの水兵に聞いたところ、最近は指揮官の人事異動が激しいとのこと。
レオン軍の中の人も混乱しているらしい。
それを聞いた父は呟く。
「そいつは出師準備だな……」
「すいし準備って何?」
「海軍の戦争準備のことさ。陸軍だと軍動員と呼ぶ。軍を平時体制から戦時体制に移行させるんだ。その一環で人事異動も行なっているのだろう。しかし、そうなると軍需動員もその内始まるだろうな」
「軍需動員、ということは物資の供給や集積もあるのね」
「ああ、何せ戦争準備だからな、膨大な物資が必要になる。こっちにも注文が来るだろうな。ということは予算の執行も始まっているだろう。もう戦争が止まることはない」
「いつ始まるの?」
「準備が終わったらだ。全面戦争なら少なくとも2~3年はかかるだろうな」
12月。
父の予想は的中した。
26日からレオン軍の注文数が急激に増加したのだ。
物資・武器輸送が主だ。
日ごとに注文が増えてきて、レオン支店での処理がまったく追いつかなくなっている。
商業ギルドによれば、アスティリアスとバルバドスの商会すべてがそんな状況になっているらしい。
エピーから手紙が来て、凄まじい注文の数に根をあげている様子が書いてあった。
業務連絡は最初の1枚だけで、あとはひたすら愚痴が書いてあった。
30日、バルバドスの本店で家族で集まって新年のお祝い。
今後のことについて話し合った。
5542年1月7日、エピーより救援要請。
タスケテー、シヌーとか書いてあった。
私達は会議を行い、こちらから商品を送ると共に、人手も送ることにした。
送る人数は番頭1人に丁稚3名、倉庫作業員3名だ。
「それで誰を送るかだが……」
「私が行くわ。レオン支店には一度行ったことがあるし、アスティリアス支店はお父さんにお願いするわ」
「それなら助かるが、最近アスティリアス近海で海賊が出没しているらしい。護衛に海洋冒険者を雇おう。充分に気をつけてな」
「海賊ね…… 分かったわお父さん」
レオンへの応援は私が立候補した。
あそこには以前1回行ったことがあるし、ここから抜けても問題が無さそうなのは私だけだ。
17日、船の準備が出来たので、私はダービー領から出発する。
商船隊は甲翼帆を持つ300トン級商業輸送船4隻、指揮船はコーマック船長のアッシャー号。
そのアッシャー号に、私と商会関係者4名、海洋冒険者7名が乗り込んだ。
海洋冒険者はシーエルフのルーカスさんがリーダーで、弓士や魔法師メインの構成だ。
皆レベルが高く、魔法師の数が多いが、その分値段も張る。
ダービー領から海上に出た商船隊は、一旦北上してアスティリアス北部エクセター領の港で商品を詰め込み、南東のレオン王国アルボラン半島の港に商品を届け、私達もそこで上陸してレオン王都に向かう予定だ。
22日、エクセター領の港に何事もなく上陸。
23日、迷宮ドロップ品の商品を船に詰め込み、港から出発、沿岸は船で込み合うので、一旦北に出てから南東に向かう。
異変が起きたのは、エクセター領北400キロの海上を東に向かっている時だ。
「おい、あの竜騎、少し様子がおかしいな」
コーマック船長が、先ほどから遠くを飛んでいる竜騎を睨みつける。
「こちらを見ている気がする。南方種だが所属を示すマークが何もない。おいルーカスさん、戦う準備だ。見張りを厳に、南東に針路変更する」
コーマック船長が望遠鏡を覗きながら指示をだす。
船長は元アスティリアス海軍の水兵だ。
何か普通ではない雰囲気を感じたのかしら?
しばらくすると遠くを飛んでいた竜騎は飛び去る、しかし事態は最悪のほうへ動いた。
「2時の方向から所属不明の竜騎6、爆弾を抱えているようです。こっちに来ます!」
「3時の方向、300トン級船4隻確認。こちらに艦首を向けています」
「なんだと! まさかこんな近海で、いや、しかし竜騎だぞ。海賊…… なのか?」
コーマック船長が逡巡している間にも、竜騎はグングン近づいてくる。
船長は判断を下し、即座に命令を出した。
「針路変更、西だ。対空バリスタ用意! ベルタさん達は中…… いや、相手は竜騎だ。甲板のほうがマシだな、甲板にいてくれ」
対空バリスタは、一昔前に軍艦で使われていた対空兵器だ。
大型の弓が2つついた発射台で、ヘビーアローをガイドレールに沿って装填する。
そして風魔法を使って速度を強化したヘビーアローを撃ち出すのだ。
だけど矢は1度に2本しか放てず、再装填には時間がかかる。
今は主に商船の自衛用の武器として使用される。
「来るぞ!」
船員の叫びが響く中、竜騎が低空で襲い掛かってきた。
4隻の商船は次々にヘビーアローを撃ち出すけど、1発も当たらなかった。
商船の対空バリスタは竜騎1~2騎を追い払う目的で装備されたものだ、元より複数の爆撃騎を迎撃することは想定していない。
竜騎は爆弾を投下、次々に後続の商船3隻に命中し火災が発生、甲翼帆を焼き、速度が低下する。
アッシャー号にも爆弾2発が落ちてきて、1発が船尾楼に命中、1発は船長の巧みな操船によって回避した。
コーマック船長は後ろを見て叫ぶ。
「くそっ、船尾楼がやられたか。魔導通信機やゴーレム鳩が燃えちまう。消火してくれ!」
海洋冒険者や船員が鎮火させるために水船魔法を使う。
後方の遅れた3隻の商船には、次々に海賊船が横付けして切り込みをかけてくる。
竜騎は爆弾を落とした後は、ブレスも使わず飛び去った。
だが安心はできない。
アッシャー号後方にも海賊船が1隻迫ってきたからだ。
ドドン!
海賊船艦首の2門の砲が火を噴いた。
コーマック船長は右に左に舵を切り、何度も撃ち出される砲弾を回避、私達は恐怖を感じながら物陰に隠れた。
15分ほど追撃が行なわれ、ついにアッシャー号に砲弾が命中、艦尾のマストがへし折れ海に落ちた。
「よし、やれっ!」
海洋冒険者のリーダー、ルーカスが叫ぶ。
2人の戦闘魔法師は手に4つ星魔力結晶を持ち、ありったけの魔力を込めて、後方の海賊船に向けて火球2つを放つ。
火球は遠距離を飛び、見事に海賊船甲板に命中、2回爆発が起こった。
気が付くと、商船3隻が襲われている現場から随分離れていた。
離れた海賊船本隊から発行信号が送られ、数瞬後にアッシャー号を追跡していた海賊船は面舵を切った。
「やった。諦めて帰っていくぞ!」
動揺した船員が叫んだが、コーマック船長は強い調子で否定する。
「違う! 側面の砲と臼砲を使うつもりだ。全員、伏せろ!!」
その直後、後方から複数の大きな砲撃音が聞こえた。
私は反射的に身を伏せる。
伏せた瞬間、すさまじい衝撃と震動がアッシャー号を襲った。
私は目をつむっていたので、着弾の瞬間は見ていない。
数分経ってから、ゆっくり目を開けると、そこには甲板の惨状が広がっていた。
倒れたマストや散乱する策具の中で、蠢く人影が複数、その中にコーマック船長がいた。
私は思わず大きな声で呼びかけた。
「コーマック船長、無事でしたか!?」
「ああベルタさん。ちょいと腕を切ったが無事だ。かすり傷だよ」
そう言うと船長は艦尾に歩き、望遠鏡を海に向けた。
「見ろ、追跡していた海賊船が引き揚げていくぞ。長居は無用ってか」
私も後方を見ると、海賊船が本隊の方向へ一目散に向かっているのが見えた。
30分後、略奪を終えたのか海賊船本隊はすばやく北東方向に去った。
残されたのは遠くに見える、燃える商船のシルエット3隻だけだ。
その後、コーマック船長はアッシャー号の損害を調べる。
被害は甚大なものだったわ。
船員は14名が死亡、アッシャー号の乗員は全部で34名だったが、残り20名となった。
アッシャー号は3本のマストすべてが折れ、舵も破壊、カッター艇損壊、魔導通信機、ゴーレム鳩もすべて焼けてしまった。
つまり自力で動くことも、救援を呼ぶこともできなくなったのだ。
私達は遭難してしまったのよ。
1月25日、漂流を開始。
死亡した乗員を水葬し、折れたマストはすべて投棄した。
あとは出来るだけ体を動かさずに体力を温存し、風と波にまかせて流されるのみ。
コーマック船長は皆を元気づけた。
「今アッシャー号は西に流されている。何、あと数日もすればドルレオン島が見えるはずだ。漁船が見つけてくれるかも知れない」
一縷の希望を持って、30日までドルレオン島や船を捜してみたものの、それらしい影も見えなかった。
2月15日、食糧も残り少なくなっていた。
さすがのコーマック船長を弱気になる。
「俺が甘かったのさ。奴ら、こっちが沿岸を離れて、アスティリアスの警備艇が付近に居ない所で襲ってきた。航海計画は海運ギルドに事前に提出した。おそらくだが、ギルド内に間者がいたのだろう。やつらの手際も良かったしな。うかつだった」
「そんなことないですよ。船長は良くやっています。まさか爆撃騎が来るなんて、誰も予想していません」
私はコーマック船長を慰める。
18日、アッシャー号は真西に流されているはずだったが、いつのまにか南西に流れが変わっていた。
そう、私達は魔海暖流に来てしまったのだ。
船長や船員は釣竿を出して次々に魚を釣った。
今日は豪華な夕飯にありつける。
皆笑顔で魚を焼いて食べた。
分かっているけど、あえて皆口に出さないのだ。
明らかにこの船は引き寄せられている。
そう、あの「超海流」の元へ
「それでどうすんだい。船長?」
20日朝、海洋冒険者のリーダー、ルーカスがついに船長に尋ねた。
「そうだな。この先は超海流だ。一度遠目に見たことがあるが、あれを越えるのは至難の技だ。しかし最後まで生きることを諦めたくない」
「分かるけどよ。うてる手は無いだろうが」
「1つだけある。荷物だ」
「荷物?」
「ベルタさん。悪いが商品はすべて海中に捨てる。船を軽くすれば、超海流に入る時に弾き返されるかも知れんからな。それが助かる唯一の対策だ」
というわけで、私は商品の投棄を許可し、皆で商品を海に捨てた。
残るのは僅かばかりの食糧と酒だけだ。
23日。
私達は超海流の目前に来た。
はじめて見る超海流の雄大な光景を目の当たりにして、私は死を覚悟した。
無理だ。
こんな凄まじい海流を逃れることなんか、誰にも出来はしない。
「よし、皆ロープで体を船体にくくり付けろ、突入するぞ!」
船長の声に従い、私はロープで体を固定した。
乗員は全員甲板で同じことをする。
そしてアッシャー号は超海流に突入した。
私達はこれまでに無い激しい揺れを感じる。
「ダメだ。東風が強い、中に引き込まれる!」
ルーカスの絶望的な声が聞こえる。
その刹那、船体に激しい衝撃が加わり、船は川に浮かんだ木の葉のように旋回を始める。
グルグル、グルグル。
船体の回転で気分が悪くなった私は、甲板を見つめる。
1人の船員が、船長の命令を受けて、ロープを切って船の下部デッキに降りていったようだ。
しばらくして船員は戻り、船長に大声で報告する。
「船体はまだ大丈夫です。しかし妙なことが、船底を何かが通り過ぎているようです。底を擦る音が頻繁に聞こえます!!」
「なんだそりゃ!?」
それから船員と船長は何やら話しこんでいるが、私は気にすることもなかった。
周辺は白濁した波で囲まれている。
どうせ船がバラバラになって、私達はここで死ぬのだ。
せめて苦しまないで死なせて下さい。
私は神に祈った。
お父さんお母さん。こんな所で先立つ娘を許してください。
しかし結果は奇妙なものだった。
アッシャー号は回転しながらも超海流を抜けてしまったのだ。
乗員に微妙な空気が流れた。
これは助かった。
と言えるのかしら?
ふいにルーカスが大声で笑った。
「ハハ、ハハハハッ。やるじゃねえか船長。まさか超海流を抜けられるとは思わなかったぞ!」
「クククク、まったくだ。死ぬ前にいい土産話が出来たってもんだ!」
2人の男は大笑いした。
今アッシャー号は東からの強風で、どんどん超海流から離れていく。
しかし、風がやんだらまた超海流に引き寄せられ、今度こそ船はバラバラになるだろう。
だったら、超海流突破という世界的に偉大な成果に、一体何の意味があるのだろう。
誰にも伝えられない成果に。
そう思うと、私もつられて笑ってしまった。
皆も緊張が解けたのか、その時は船上の誰もが爆笑していた。
2月26日、昼。
まだ東からの風は吹いているが、大分弱くなった。
漂流は1ヶ月にも及び、食糧ももう無い。
あそこで死んでたほうが幸せじゃなかったかしら?
私はそう思いながら甲板に出る。
皆は船倉で寝転がり、甲板には誰もいなかった。
私は果てしもなく続く海と空を見た。
すると、雲の隙間から黒い点が見えた。
私がそれを見ていると、その黒い点はだんだん大きくなる。
そして竜の姿をとった。
あれは竜、もしかして野生の竜かしら。
まずい。襲われるかもしれない、船長に報告を。
そう思ったときに気が付いた。
その竜に人が乗っていることを。
その竜騎はアッシャー号の真上に到着すると旋回を始める。
竜騎手はこちらに手を振っていた。
私も夢中で手を振り、皆を呼ぶために叫んだ。
「皆、竜騎よ、竜騎が来てくれたわ!!」
「なんだってぇ!」
「あっ、本当だ。何でこんなとこに?」
「おい、あれ場所は分からんがレオン王国の領軍の装備だろ!?」
皆は竜騎を見て、口々に叫んだ。
良かった。幻覚じゃなかったのね。
私は内心ホッとする。
5分ほど旋回した竜騎は、親指を突き立ててから、北の空に向かって飛び去った。
きっと私達を助けてくれるよね?
そして夕方、海をぼんやり眺めていると、甲板に居た船員が叫んだ。
「船だ! 1時方向に船を発見した。こっちに来るぞ!」
「やった。やった。助かったんだ!!」
「でも何で超海流の西側に船がいるんだよ?」
「細かいことはいいんだよ。とりあえず助けてくれりゃあ!」
船員と冒険者は、船を見ながら興奮して騒ぐ。
だがしかし、船の形がハッキリ認識できると、全員が驚愕した。
……何あの化け物船。
海の魔獣か何かかしら?
船首の部分に大きな目玉がついていて、こっちを凝視してるし、艦橋に肉の顔みたいなのがついてるんだけど。
それに艦橋の隙間からもニョロニョロ目玉が出てきた。
あれはきっと船の形をした海の人食い魔獣なんだ。
できるなら食べないで欲しいわ。
私はあんまりおいしくないのよ!
そう思いながら、私が顔を引きつらせて化け物船を見ていると、艦橋の肉の顔が、大きな口を開けて喋った。
「こちらは魔王国ヴァルドロード、魔王海軍所属の生体駆逐艦、アークデーモンである。諸君らは魔王国の領域に侵入している。よって今から臨検を行なう。救助を要請するなら、後ほど救出する。魔王様のご慈悲に感謝するように!」
そういうと化け物船の後部からカッター艇が下ろされ、こちらに向かってきた。
カッター艇には、人間の水兵が乗っていた。
それを見たルーカスが驚いた声で尋ねる。
「おい、どうするよ船長?」
「あー、そうだな…… カッターに乗ってるのは普通の人間みたいだから、とりあえず受け入れようか。どのみち救助を要請するしか助かる道はないし」
魔王国?
それはひょっとして、魔王様の国?
でもなんでこんな所に?
ていうか魔王様は復活している!?
私はしばし混乱した。
それから上がってきた水兵と、1時間に渡り話し合った。
信じられないことに、彼らは魔王船からやって来たのだ。
そして魔王様がすでに復活、レムノス島と名づけた島で国造りの真っ最中という。
その話に、アッシャー号の乗員全員が口をあんぐりさせて驚いた。
それから救助を要請、私達は化け物船…… ええと、アークデーモンとかいう船に乗り込んだ。
ボロボロになったアッシャー号に別れを告げ、私達は北上する。
アークデーモンの乗員は、お風呂や食事も提供してくれた。
船の化け物に魂でも抜かれるかと密かに心配していたが、そんなことも無く、私達は無事魔王船に着いたのだった。
28日午後。
私達アッシャー号の乗員は、アークデーモンから魔王船を眺める。
そのあまりの大きさに、皆は驚き、はしゃいだ。
これで合点がいった。
以前コーマック船長が聞いた巨大船とは、この船だったのだ。
アルコンの侵略と同時期に現れた魔王船と魔王様。
魔族の私は、その事実に胸を熱くした。
これで私の故郷バルバドスもきっと守られる。
希望と緊張を持って、私とコーマック船長は、魔王様に会うために魔王城に向かった。




