第48話「魔王様、貿易計画を立てる」
エスパーニャ暦5542年 1月7日 10時00分
魔王城6階 休息の間「ビストロ・デ・ルシファー」
「えー、新年おめでとうございます。それでは第2回魔王評議会を開催します」
パチパチパチパチ!
さて、新年1発目の仕事は、魔王評議会だ。
今回は局長と副局長が全員出席している。
特別枠でギルドマスターのホセさんも来てる。
各局長に現状を報告してもらい、後で俺が提案を行なう予定だ。
「ではまず、開拓の状況からお願いします。アベル局長」
「はい。現在開拓村は順調に動いており、開拓村西の迷宮4箇所と、北にある迷宮9箇所に探索者、兵士を送っており、順調にドロップアイテムは供給されています。しかし、迷宮9箇所の北に迷宮2箇所。西に迷宮2箇所。山の麓に迷宮4箇所を新たに発見していますが、人手が足りないので未調査です」
「首都の計画はどうですか、たしか計画を見直したとか?」
「はい。首都の建築予定の各局の建物と、集合住宅を2階建てに変更。首都予定人口を増やし4千五百人に変更しました。効率的に行政を行なうのに必要な措置です。……短期的には遅れるけど、中長期的に考えるとどうしてもなぁ」
やっぱりか。
いや、言いたいことは分かる。
早く建てるにはオール平屋がいいけど、10年先を考えると2~3階建てへの改築の手間が増えるからなぁ。
戦後のことを考えるとしょうがないな。
しかしこれ、この計画だと首都の工事は相当遅れるぞ。
最低でも2~3ヶ月、下手すりゃ夏までかかるな。
首都完成を待たずに貿易に出るしかないか。
「では次、ホセさん。例の冒険者、探索者の増員の件ですが、どうでしょう?」
「現在若者を中心に、18パーティーが訓練中です。冒険者見習い4、探索者見習い14です。あと1ヶ月程度で投入できるでしょう。ベテランがしばらく補佐します。これでギリギリすべての迷宮に人を送れると思いますが、これ以上人員がいません。あとは兵士頼りですね」
やはり探索経験のある移民が必要か。
首都の西にある森にも迷宮は隠れているだろうし、これ以上はパンクする。
レムノスの状況はどうだろう?
俺の質問にイレーネが答える。
「一応、武具迷宮で獲得した武器を最低限送っています。全7箇所の迷宮の内、5箇所に人を送っているようです。充分なドロップ品が手に入るまで、あと2ヶ月程度はかかる見込みです」
なるほど。
結局、充分なドロップ品供給体制を築くには4月ぐらいまでかかるか。
なら、魔王船の出発は4月にするべきだな。
後は貿易の話だ。
「では魔王近衛局よりの方針です。これから魔王船での貿易品生産体制を整えたいと思います。そして移動生産貿易を行ないます」
ここで貿易局局長のセシリータさんが手を上げる。
「すいません魔王様。移動生産貿易とは何でしょう?」
「はい。魔王船は塩や木材などの材料を生産可能です。召喚を使用すれば、どのような材料も呼び出せます。魔王船は戦艦であり、同時に工房や工場と町がある都市と言えます。おまけに港もあります。ということは……」
「なるほど。つまり移動しながら作るということですか」
「そうです。通常の貿易なら、工場で生産、出荷し港へ運び、船に乗せ替え、海上を移動、港に降ろす。という工程が必要ですが、魔王船でそれらの工程をすっ飛ばします。海上を移動しながら商品を製造し、工場で生産、港に降ろす。の工程だけを行ないます」
「それでコストを圧縮して、商品の価格を下げるか、利益率を上げるわけですか。それで売る商品はどのようなものをお考えですか?」
「現在確定しているものは、ヒューガ産の塩。ヒューガ産の木を使用した各種家具。利益率の高い果物。魔道具の扇風機です。現在ヒューガにいる家畜を開拓村の牧場に移して、新たに高く売れそうな家畜を召喚します」
「そうなると販路が問題ですね」
「その通り。最初に訪れる国は魔族国バルバドス、アスティリアス王国とするつもりです。そこでアポ無し飛込み営業をやるしかないですね。その為にも、さらに魅力的な商品を開発したいと思います」
「よく分かりました。様々な想定はしておきますけど、前例は無いでしょうから、実際にやってみる他無いですね」
まあ、この移動生産貿易は苦肉の策だけどね。
まだレムノス島の設備の人材が揃わない以上、もっとも設備の充実した魔王船でやるしか無い。
だったら移動と生産を同時にして、コストカットを目指さないとね。
これは地球でもやれそうな気はするけどね。
ただ、こっちの世界は魔法というフリーエネルギーがあるけど、地球だと米の中古の原子力空母を改造するしかないか。
それで移動工場船を作って、太平洋を横断しながら商品を製造して港に降ろす。
これはなかなか日本向きじゃね。
日本国籍の船なら、法律上は日本の領土となる。
人件費の安い国の労働者を乗せて働かせば、日本に外国人を入れずして外国人を働かせることが出来る。
中国なんか進出しても、やばくなったら脱出できないけど、船ならトンズラできるしな。
まあ工場船だと外聞が悪いか、なんか借金返済の為にマグロ漁船乗せられる感じだな。
なので建前上は「理想的な生産海上都市」「ハイクオリティー・ファクトリー・シティ・シップ」とか言ってればいいだろう。
あとは日本のスーパーや外食産業も船に入れれば、結構な儲けになるだろう。
船で行なう産業は、組み立て工場メインになるだろうな。
それでスマホとかパソコン組み立てれば、けっこう競争力は出るのか?
ああ、しかしスピードは出なくても、燃費が非常にいいエンジンか、新エネルギーでもないとコスト割れするか。
やっぱ原子力船は危険だもんな。
なかなか難しいもんだ。
ああ、そうか。
通常動力の船の甲板の上に巨大な帆を作って、風を受けて燃費を良くすればいいのか。
まさに新大航海時代だな。
まあ妄想はこれくらいで止めておこう。
俺はせいぜい良い魔道具を開発することに注力するしかないね。
ヴァルドロード港の建築も行なわないといけないし、この分なら1月も忙しくなるだろうな。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第5章 レムノス島開発編
会議が終了した俺は、午後からさっそくレムノス島に渡る。
首都のすぐ東は海岸になっていて、そこに人がうじゃうじゃいる光景が見える。
ここがヴァルドロード港の予定地だ。
この砂浜を片っ端から埠頭や桟橋で埋め尽くす。
そのための基礎工事が本日から始まる。
俺が総責任者で、シーエルフ、シードワーフを動員して港を作る。
スプリガン60名は首都の住宅を建築中だ。
現在の首都完成率はざっと18%。
すぐ横の100トン級造船所では、シードワーフが資材や道具を次々に運び込んでいる。
1週間後から造船所は本格稼動する見込みだ。
魔王船からは、10トン級マギアランチ2艇が荷物と人を運んで次々にやってくる。。
このマギアランチは、第7デッキの宝物庫にあった5つ星魔力結晶を、5個ずつ搭載して動かしている。
魔力を節約するために低速運行を実施している。
というわけで、俺も参加しての港の工事は始まった。
といっても俺は整地と石ブロックをひたすら作るだけで、後のことは皆に任せている。
1月9日まで工事に参加して、俺は魔王船に戻る。
さて、俺は工事を休んでいる間、この世界で売れる魔道具の開発を行なわなければならない。
王都レオンに行ったことのあるエンリケ局長や、マリオ局長からのヒアリング調査によって、魔道具のおおよその状況が分かった。
まず扇風機だが、売ってはいないそうだ。
その他冷風機など、エア・コンディショナー系はまったく無いと言っていい。
せいぜいあるのは、風の生活杖を組み込んだ扇子ぐらいなものだ。
レオン南部は結構暑いらしいのにな。
冷蔵庫はある。
木製で、上の棚に魔法で氷を作って、下の部屋を冷やすタイプだ。
第6デッキの300トン級リリア漁船に現物があったので見てみたが、持ち上げるとかなり重い。
おそらく重い原因は、冷蔵庫の魔法陣にある。
魔法陣と魔法陣の間に厚さ1センチの鉄板を使っているのだ。
つまり俺が作った縮小魔法陣は、一般に使われてはいないという事だろう。
冷蔵庫は俺の技術によって、軽量、小型化が可能だ。
洗濯機に関しては、これもまったく無い。
昔ながらの桶に洗濯板での洗濯が、都会でも主流らしい。
ただこちらの洗濯では、生活魔法杖で熱湯が出せ、浄化の魔法もあるので、その分洗濯は楽だ。
この辺の状況はリリアでも都会でも変わらないようだ。
違うところと言えは、都会では洗濯屋が皆の服の洗濯をしているぐらいか。
現状を考えると、生活魔道具関連で、つけ入る隙がいくつもあるように思える。
もう少し考察を進めよう。
すでに大分おぼろげな記憶になったが、地球の記憶を思い出す。
ただし、現代の記憶はあまり役に立たない。
子供の頃に家にあったものを中心に考える。
1970年中盤から後半だ。
あの頃の俺の家、友達の家には何があったか。
高確率であったのは「瞬間湯沸かし器」だな。
台所にある白くて丸こい箱型で、火がつくのが見える窓がついていた。
あの火を見るのが好きだった気がする。
洗濯機は2層式だったはずだが、もう一つ前のタイプをどっかで見たことがある。
1層式で、横にたしかゴムローラーが付いてたな。
もうその時には使用していなくて、ゴミみたいな物だったが、子供の俺はゴムローラーに手を突っ込んだり、回して遊んだりした。
なんだ結構覚えてんじゃん。
親や友達の名前や顔は見事に思い出せんが、事象はそこそこ思い出せるぞ。
そういや、あの時って、冬に小学生の女子はスカートになぜか白いタイツ履いてたよな。
ほぼ全員がその格好だった、何故だろう?
なんか昔はやたら喫茶店行った記憶があるね。
ファーストフードがあまりなかったんだな。
で、メニューに熱々のオレンジジュース「ホットオレンジ」があったよな。
なぜか常にガラスのカップに入っていて、果物のオレンジをさしていた。
飲んで美味いと思ってたよ。
ストローの包装紙でこよりを作って、ストローで水を足らして、グニグニ動くのを見るまでが、俺の喫茶店での楽しみだった。
あの頃ゲームウォッチが流行っていてな、ピコピコやって、200週連続クリアで気分が悪くなって庭で吐いた。
いい思い出だな。
あと思い出すのはリング・プル。
昔は缶ジュースのめくる所が取れたんだよね。
そのせいで缶のゴミ箱の下は、リング・プルで埋め尽くされていた。
友達が乗ってた自転車は、宇宙船についてるんじゃないかと思うような変速レバーが付いてて、これは6段変速車だと自慢された気がする。
ボタン押すと、ニョキッとランプが出てくるんだよな。
親が隠してあった○ビデオを、親がいない時に、よくこっそり見てたが、何故か友達の家にある○ビデオも内容は同じだった。
ビデオテープが20本ぐらいで、和モノ3割、洋モノ7割ぐらいだったよな。
やっぱ出所が同じなんだろうか。
ハッ。
いかんいかん。
つい脱線した。
で、結局、開発する生活魔道具はこんな感じにしてみた。
・家庭用魔導扇風機
・工業扇(大型魔導扇風機)
・魔導冷風機(窓式)
・軽量魔導冷蔵庫
・小型魔導冷蔵庫
・手回し式洗濯機
・魔導洗濯機
・魔導瞬間湯沸かし器
とりあえずは、縮小魔法陣を試作するところから始めてみよう。
まずは実績のある扇風機からだな。
10日、造船所が計画通り稼動を開始。
とりあえず1週間にカッター艇4隻のペースで製造。
計16隻作ってから、1トン級漁船を作る予定だ。
そして今俺は「謁見の間」で、シーエルフの村長と話をしている。
シーエルフ達がレムノス島への移住願いを出してきたのだ。
「それでいいんですか、リリアに戻らなくとも」
「はい。我々シーエルフは土地にはこだわりません。こだわるのは漁場のほうでして、我々の調べでは、ここレムノス島周辺は良い漁場が沢山あり、ロブスターも沢山とれる。バレンシアより良い環境です。ぜひとも私どもをレムノス島に移住させてください」
「分かりました。レムノス島の人口が増えるのはこちらも歓迎です。それで村の建設の方ですが……」
「余裕が無いのは分かっております。村は我々で自力で作りたいと思います。ただ、漁船やカッター艇を融通してくれれば助かるのですが」
「ええ、優先的にそちらに回しましょう」
というわけで、俺はシーエルフへ移住の許可を出した。
移住するのは、シーエルフの漁村2つ分、400名だ。
名前はシルビア村 アシュレイ村と決定した。
場所は開拓村の東の海岸部分だ。
ここなら魔獣も出ないだろう。
初年度の年貢は免除するが、新鮮な魚介類を首都に供給させる約束をした。
シーエルフは自力で村を作ると言っていたが、こちらからスプリガン5名と材料を送り、桟橋と街道の整備を行なうこととした。
食糧の確保のために、できるだけ早く水揚げできるようにしなきゃね。
1月10日。
100トン級造船所が計画通り稼動を開始。
14日にヴァルドロード港が完成した。
大きな港で大型船も停泊可能だ。
倉庫や居住区もあり、港として充分な機能を持つ。
代わりに首都東の綺麗な海岸はすべて埋めてしまったがね。
まあしかたない。
さっそく魔王船からリリアの300トン級漁船4隻を出して、港に停泊させる。
リリア漁民のうち200名が港の居住区と首都に住まう。
状況によるが、この人たちもレムノス島に本拠を移すかも知れない。
15日。
100トン級造船所が最初の船を完成、海に送り出す。
最初の船は漁に使うカッター艇4隻で、以降しばらく同じものを生産する。
首都は住宅から優先して建築している。
現在の完成度は25%ほど。
16日よりヴァルドロード港の北に、2千トン級ドック2つの建築を開始する。
首都建築現場からスプリガン40名を引き抜いて、俺と一緒に建築することになった。
その分首都の完成は遅れるが、この2千トン級ドックでは軍艦を建造する予定なので、こちらの建築を優先したのだ。
冬の季節に関わらず、汗だくになりながら、俺達はひたすら穴を掘って周りを固めて、ドックを作っていく。
早朝から暗くなるまで、毎日土にまみれながら、俺は穴掘り魔王に徹した。
こういうあまり頭を使わない単純作業をやってると、俺の頭がヒマなせいか、知らないうちに頭が妄想に取り付かれる。
最近は、なぜか前世の最後に勤めていた会社の社長と、脳内会話をよく繰り広げる。
「橘君。君、最近働きすぎじゃないかね」
「いやー。まったくそうですね。自分としても、俺がこんな社畜精神溢れる男だとは思いませんでした。というのは冗談で、一から何かを作り上げるって凄く楽しいんですよ。いやはやこんなに面白いもんだとは考えもしませんでした」
「そうか、充実しているなら良いのだがね」
「フッ、あまり心配しないでください社長。ちゃんと○○○保険には入っておりますので」
「なんだと! あの死んでも、奥歯にモノが挟まったような受け答えしかせず、なかなか金を払わない生命保険では無く、掛け捨て率は高いが、葬式に支払いが間に合う○○○保険に入ったのか。橘、まさかお前、過労死するつもりか!?」
「死んだら骨は拾ってください。ああ、死にぞこなったら、傷病手当の書類を役所に出すので、会社に出れなくとも籍はこちらに置かせてくださいね」
時折さっきのような脳内妄想を繰り広げながら、俺はひたすら毎日作業を行い、21日には1つめの2千トン級ドックを完成させた。
1日休んでから、23日から再びもう1つの2千トン級ドックの建築を開始する。
疲れが蓄積してきたのか、最初よりペースが遅くなる。
「やる気を出したまえ、橘君!」
「いえ、それは間違っています社長。やる気とは『出す』ものではなく『引き寄せる』ものなのですよ。私も1度死んで、光の記憶を貰って、色々考えて初めて分かったことですがね」
「ほう。それはどういうことかね?」
「考えてみて下さい社長。物質的には人間の肉体も脳も、皆ほとんど差異は無いのですよ。能力的には皆ほとんど同じなのに、何故か貧富の差や、能力の差などが出てしまう。これは何故なのか」
「それには、何か見えざる理由があるというのだね?」
「はい。科学的には今の段階で解明できませんが、そこに理解不能な事象があるということは、その裏で見えざるルールが動いているからなのです。非科学的なようですが、それは光の記憶によれば想念のルールらしいのです」
「ふむ、想念のルールか……」
「何か理解不能な現象が目の前に横たわっていて、いくら調べても、これといった答えが見つからない時は、その裏に見えない事象や法則があると仮定するのが、科学的な思考ってもんです。想念のルールでは、強い想念は、弱い想念の元へ移動します」
「水は高き所から低いところへ流れるという。それと同じことか」
「はい。ですから『やる気を出す』ということは、強い想念を自分から出すということで、そのパワーは他の所へ行ってしまいます。つまり『やる気を出す』とは、自分の中からやる気を出して、自分で使わず、他の誰かに献上する。という意味に想念的にはなりましょう」
「なるほど、続けたまえ」
「はい。たとえば仮に社長と社員2人の会社があるとしましょう。社長が発破をかけて、社員2人がやる気を出せば、そのやる気のエネルギーは社長に注がれて、社長の能力や幸運が上昇して、社員2人は能力と運が下がります。やる気を出した方は損するわけです。ですので、やる気というのは、『出す』ものでは無く『引き寄せる』ほうが自分は損をしないわけです」
「ふーむ。やる気を引き寄せるか。そういや最近『引き寄せの法則』みたいなことが書かれた本とかあったよな」
「ですね。しかしあの本は関心しませんね。あの本に書かれている通りに、自分に幸運が来るように想念を発すると、想念を発した人ではなく、その本の作者に想念のエネルギーが流れて行き、作者だけに幸運が引き寄せられます」
「なるほど、作者はあまり想念を発せずに、他人に想念を出させて、その力を自分に取り込むわけか」
「そうです。意識高い系の啓発本なんかまさにそうですね。『金持ちになる方法』を読めば、自分が金持ちになった所をイメージせよ。と書いてますが、それはようするに読者は想念を発して、作者の俺に貢げ。と言ってるようなもんです。読者は貧乏になって、本の作者には金運が集まるということですね」
「面白い話だな。なら、夢を諦めるな。とか、やる気を出して努力すれば夢は叶う。とかいう奴も似たようなもんだな?」
「そうですが、別に完璧にやる気を出すな、とは言いませんし、アイドルみたいに応援したい人がいるなら、素直に想念を送るのも有りでしょう。俺が言いたいのは、やる気を出すのはほどほどにして、想念放出を控え、周りから想念を多く集めて、自分が使用したほうが得になる。と言いたいだけです」
「それに気付いたということは、君にも経験があるのだな?」
「ええ、俺もプロのフィギュア師になりたくて、随分業界に想念を貢いでしまいましたね。それで諦めて想念放出をやめた途端、運がやってきて、社長のところのような良い会社に入社出来てしまいました。夢を諦めたら、夢が叶ってしまった。という現象は想念のルールから来るものだと思います。まあ俺はフィギュア師にはなれませんでしたけど……」
「しかしこいつは、とんだ茶番だな」
「ですね。絵描きをやってた友人は『絵が上手くなる秘訣は、絵を沢山描くことだ』というプロのアドバイスを間に受けて、やる気全開で頑張って、最後は燃え尽きました。彼から放出された想念は、プロの創作活動のエネルギーとなったことでしょう。別に努力するなとは言いませんが、出来るならもっとリラックスして、自分から想念をあまり放出せず、周りにある想念を引き寄せて努力したほうが、友人は上手くいったかも知れませんが」
「ということは、現代地球の文化のほとんどは、この想念のルールとマスコミを利用して、作り上げられているということか」
「これまではそうでした。これは光の記憶の受け売りですが、これからはそのシステムも崩壊していくでしょう。地球の文明はすでに収束フェイズに入っています。2040年に機械特異点が来て、コンピューターが人間の能力を超え、人間はデータベース化していくとのことです」
「しかし橘君。今の君は皮肉な立場に立たされたものだな」
「……そうですね。今や俺は皆から想念を集める側に回りました。以前は想念を献上する立場だったのに、皮肉なもんです」
「橘君。君はこれからどうするのかね?」
「俺にはこれから貢がれた想念により、強運やお金が次々集まってくるでしょう。これを自分の力だとは思わずに、皆に還元しようと思います。これが思いを叶えられずに死んだ橘健二へのせめてもの慰めになるでしょう。この世界に生まれた魔王ソールヴァルドは、今度こそ自分と皆の思いを叶えたいと思います。全員を幸せにはできないでしょうが、それでも、そこを目指して歩きたい」
「分かった橘君。ならばそちらの世界で頑張りたまえ、私は応援するよ」
「……ありがとうございます」
ハアッ
俺は大きく息をついた。
1月29日。
2千トンドック2つの建設が終了した。
仕事が済んだ俺は、泥だらけの作業着のまま、地面に寝転がる。
空を見上げると、そこには澄み切った大きな青空が俺を包んでいた。
俺はしばし、広大な空を見つめる。
第48話 「魔王様、貿易計画を立てる」
⇒第49話 「魔王様、缶詰を開発する」




