第41話「魔王様、魔王軍を作る」
エスパーニャ暦5541年 8月19日 13時10分
レムノス島東10キロ海上
魔王船
さてと、レムノス島もひと段落したので、次の段階へ進もう。
まずは本営をしっかり機能させなければならない。
ということで、魔王城の本格整備を行なうことに決めた。
まずは、魔王城の魔導リフトを1基から2基に増やす。
それから1階の設備の追加だ。
1階には新たに従者用居住区を追加。
客が使用できる高級レストラン・ベリアルとゲストルームを設置。
宗教施設として礼拝堂も追加した。
治療院関係。
とりあえず60床の治療院スペースを召喚設置。
従者が使用できる大食堂も向かいに設置した。
これで魔王城1階には、従者が約300人ほど住むことができる。
とはいえ、設備だけで人がいないのでガラガラだが。
次、魔王城2階。
ここは外部の後宮住宅の上を覆う稼動天井の仕掛けでほとんどが埋まっている。
魔導リフト両サイドに大型倉庫だけ配置した。
魔王城3階。
ここは「謁見の間」にする。
俺が客と直接会って話す場所だ。
待合室、警備室、キッチンと倉庫を設置。
従者居住区に20名が住めるようにした。
謁見の間には俺が座る豪華な玉座を設置。
赤い絨毯だけを引いた。
個人的な客と話す謁見室も召喚した。
魔王城4階。
ここは将来戦闘情報センター、いわゆるCICに相当する機能を持たせる予定だが、今のところ構想段階なのでスルーしておく。
魔王城5階。
司令の間だ。
このままで充分使えるが、召喚で不足分の固定椅子と固定テーブルを追加した。
魔王城6階。
ここは「休息の間」とする。
大型レストラン、ビストロ・デ・ルシファーを召喚。
ここは最大100名まで入ることが出来る。
普段はお茶を飲める休憩室として、魔王城勤務者の食堂として使用する。
個室もあるので宴会や会議なども行なうことが出来る。
魔王城7階は「執務の間」俺の仕事場だ。
俺の書類仕事をする部屋と、応接室、実験・工作室を設置した。
他に従者用住居も設置して、従者20名が住むことができる。
魔王城8階は「魔王の間」俺の住む所。
だだっ広い部屋と大きな食堂、宝物庫を召喚した。
ここにも従者20名が住める部屋を設置。
魔王城9~10階は今は使用する予定は無し。
見張りがいるので、見張り員用の休憩室ぐらいは必要か。
というわけで、1日かけて魔王城のほぼ全階を使用できるようにした。
まだ人はいないが、順次召喚していくつもりだ。
夜は婚約者達との相談タイム。
いよいよ明日、俺達の行動方針を魔王船全乗員に説明する。
拡声魔導伝声管を用いての俺の演説でだ。
この演説の出来いかんで、俺に協力してくれる人達の数も決まる。
俺は夜遅くまで、演説原稿を作って推敲を繰り返した。
エスパーニャ暦5541年 8月20日 9時00分
魔王城5階 司令の間
この日、魔王様より重大発表があるとの告知により、魔王船第5デッキの居住区画のヴァイタルパート内、商店街に町の住民が集結していた。
司令の間には、魔王ソールヴァルドの婚約者達や、マリオ司令ら軍人が詰めていた。
魔王ソールヴァルドは、玉座に座り目をつぶっている。
今回の演説は、魔王船乗員の去就を決定するために行なわれる。
すなわち魔王と共にアルコンと戦い、リリア奪還を目指すか、レオン王国に帰還するかだ。
住民がレオン王国への帰還を決めたとしても、ソールヴァルドは止めるつもりはなかった。
だが、今後のことを考えるなら、出来るだけ住民を引き止める必要がある。
その為には、今回の演説が重要になるのだ。
自分の気持ちがどうあれ、今は自分が魔王の立場に立たされている。
ならば自分は、人々が考えるであろう魔王の姿を演じる必要がある。
故郷に帰るため、生き残るため、魔王を演じきることをソールヴァルドは決意していた。
ソールヴァルドは、目を開き、演説原稿を持って立ち上がり、マリベルを見て頷く。
マリベルは、拡声魔導伝声管に向けて声を出した。
「これより魔王様から今後の方針に関して重大発表があります。総員傾注!!」
魔王はゆっくり拡声魔導伝声管に向かい、マリベルと場所を交代する。
ソールヴァルドが口を開いた。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第5章 レムノス島開発編
「魔王船の諸君。私が魔王ソールヴァルドである。まず現状の説明を行なう。現在我々のいる場所は、超海流を越えた海域だ。
この海域にはバニア島と大きな島がある。この名無しの大きな島は、昨日レムノス島と名前を決定した。先に住んでいたレムノス民との交渉により、レムノス島北側を平和的に我々の領土とすることに成功した。このレムノス島には、手付かずの自然と約千ほどの迷宮が存在しており、開発すれば莫大な富を我々は得ることが出来るであろう。
バレンシア領リリアから脱出して今日で15日。このような恵まれた島を発見したことは、全能の神の恩寵に寄るものだろう。
すなわちこれは、我々のこれまでの行いが正しかったことの証拠であり、我々が神に選ばれたことを意味する。
私は魔王の名において、全乗員に誓おう!
我々は必ずバレンシア領とパルマ島を奪還して、故郷に帰ると!
だがその為には力がなくてはならない。
そこで私は、レムノス島に国を作ることを決意した。
レムノス島を開発し、貿易を行い、その稼いだ富を使って魔王軍を作り上げるのだ。
無論レオン王国がアルコンを追い払えるならいい。
だが万一レオン王国が敗れるなら、我々は故郷を永遠に失うことになる。
それだけは許さぬ。
神が許しても私が許さん。
だから私には魔王軍が、君達の協力が必要なのだ!
諸君らと共にここで強国、強軍を作り上げ、アルコン共をレパント海の底に沈めてやるのだ!
私は今ここで、魔王の名において魔王国の建国を宣言する!
その名は魔王国ヴァルドロード!
このレムノス島に、永遠なる強さを持つエルドラドが生まれるのだ!!
将来諸君らは、2つの故郷を持つことになるだろう。
すなわち、バレンシア領と、ここ魔王国ヴァルドロードだ。
私のこれから行なう行動は、私利私欲の為ではなく、すべて皆のためである。
だが誇り高きバレンシア領の諸君。
あなた方が、なにもせず、唯施しを期待するような貧乏乞食ではないことは、周知の通りだ。
バレンシア領奪還のため、自らも行動を起こすことを私は知っている。
ならば集え諸君!
私と共に、将来の輝かしい希望と栄光をこの手に掴むのだ!!
だが、バレンシア領の諸君の中にも、レオン王国に家族を置いている者、どうしてもレオン王国に帰りたい者もいるだろう。
私は止めはしない。
人はそれぞれに自分の人生、運命を生きる権利があるのだから。
だが諸君、私と共に付いてくるのなら、君達が想像もしなかった裕福な暮らしと誇り高き名誉が手に入るだろう!
諸君らは、私と共に汗を流し努力してこそ、初めてそれを手に入れることが出来ることを知れ」
魔王ソールヴァルドは一息つき。
原稿をめくって演説を続ける。
「思い出すがいい、15日前のことを!
平和に暮らしていた我々に、突如としてアルコンは牙を剥いてきたのだ!
爆撃を受け町は燃える廃墟となって、諸君らは命からがら魔王船に逃げ延びてきた!
だが、我々は暗澹たる屈辱を受け、泣き寝入りをするほど腰抜けではない。
誇り高き我々をその程度のことで屈服させることなど出来はしないのだ。
奴らに復讐の鉄槌を下してやる!!
返せ!!
美しい自然とエメラルドの海に囲まれたバレンシアを返せ!
我々を育んでくれた母なるリリアと豊かな村々を返せ!
平穏なる生活と幸福だったあの頃の楽しい時間を返せ!
返さなければ戦争だ!!!」
「返さなければ戦争だ!!!」その言葉を聞いた瞬間、魔王船第5デッキは「揺れた」
ドォオオオオオッ!!
人々の雄たけびが、慟哭が、絶叫が魔王船に響き渡る。
興奮に包まれた群集が、秘められた思いを吐露する。
「そうだ!! 返さなければ戦争だ!」
「やってやる。やってやるぞ俺は!!」
「「万歳、ソールヴァルド! 万歳、ソールヴァルド!」」
「「「アルコンに死を! アルコンに死を !アルコンに死を!」」」
人々は顔を上気させながら、涙しながら、笑いながら口々に大声で叫ぶ。
最初は普通に魔王の演説を聞いていた彼らだったが、気付いた時には、その不思議な声に真剣に聞き入っていた。
魔王の声を聞けば聞くほど、人々の心は高揚感と幸福感に満たされた。
そして魔王の演説は、皆の心の琴線を完全に掴んだのだ。
魔王の声により、脳内麻薬が激しく分泌し、それが鼻水として溢れてくるのではないかという勢いで、群集はラリッた。
老若男女の住民、魔族も人間族も、領兵も憲兵もアンデッドも等しく魔王の声に酔いしれたのだ。
それは、血の薄まったアンジェリークの声など比較にもならない。
拡声魔導伝声管によって、何倍にも拡張された魔王の声は、実に「危険ドラッグ」並みの影響を皆に与えたのだ。
「ああん。魔王様ぁ。あなたは最高だわ!!」
集団ヒステリー気味の歳若い町娘達が、よだれを垂らしながら絶叫する。
「「「魔王様! 魔王様! 魔王様! 魔王様!」」」
喜悦の表情を浮かべるゴツイ男達が、陶酔した目で腕を振り上げる。
子供達は、かつて感じたことの無い幸福感に小躍りした。
少女達は、スカートをめくって笑いながら跳ね飛ぶ。
老人達は涙を流しながら、魔王の声が聞こえてくる伝声管に向けて、お祈りを始めた。
もはや第5デッキは、収拾がつかないほどのカオスな世界となった。
6千人全員がLSDの中毒者だと説明しても、納得できるほどである。
再び魔王の演説が始まった。
「ああ、私には見える!
敗走するアルコンが「ダメだ、また魔王軍のクソ野郎が攻めてきた」と負け犬の遠吠えを上げるのが!
魔王軍の黒の軍勢が、その憤怒と激情をもって、アルコンの蛆虫どもを蹂躙するのだ。
我々は正義の怒りと怒涛の進撃をもって、アルコン共を獄炎の車輪で轢殺していく。
その進撃の後に残るのものは、アルコンの絶望と無残なる敗北のみであろう。
そして彼らは後悔するのだ。
我々を怒らしてしまったことを!
、我々を敵としてしまったことを!
諸君!
これは決して夢物語ではない。
私について来れば、近い将来必ず見ることが出来る光景なのだ!
結集せよバレンシアの民よ。
報復せよバレンシアの民よ。
右の頬をぶたれたのなら、右も左も殴り返せ!!!」
魔王船に情感のたっぷり篭ったソールヴァルドの声が響き渡る。
「ああああぁ、もうらめぇ、魔王様ぁぁっ!!」
ソールヴァルドの声をたっぷりキメてラリッた若い娘達は、次々に絶頂に達して床に沈んでいく。
若い男達は涙を流しながら、襲ってくるドライオーガズムに身も心も任せた。
全員がラリッていたので、誰も自分が異常な状態だとは気がつかなかった。
「「「魔王様! 魔王様! 魔王様! 魔王様!」」」
「「万歳、ヴァルドロード! 万歳、バレンシア!」」
「「アルコン粉砕! アルコン粉砕! アルコン粉砕!」」
「「復讐だ! 復讐だ! 魔王様に栄光あれー!!」」
しばらく間が空いてから、騒ぐ群衆にソールヴァルドの声が再び響く。
演説の最終部分が始まった。
「私は魔王ソールヴァルドだ。
私は謁見の間にて待つ。期間は半年だ。
その間に私に帰順するか、魔王船を降りるかを決めて貰いたい。
無論、降りる者は、きちんとレオン王国までは送り届けるので安心したまえ。
私に忠誠を誓いたい者は、いつでも魔王城受付に声をかけてくれ、予約を入れれば私が直接謁見を行い、祝福を与えよう。
そして、私に永遠の忠誠を誓う者ならば、永遠に続く魔王の加護を私からも与えよう。
私は諸君らを待っている。
以上だ」
これで魔王ソールヴァルドの演説は終了した。
ソールヴァルドは大きく息を吐き、伝声管から離れる。
魔王は不安げに原稿をめくりながら、こんなことを考えていた。
うーん。
一応前世のアニメとか映画とかを参考にして原稿作ったけど、俺の下手な演説でどのくらい集まるかな。
こんなスピーチ、親戚の結婚式と会社の朝礼でしかやったことないからなぁ。
せめて住民の半分ぐらいは残って貰わないと困ったことになる。
まあ、やってしまったものは、しょうがないよね。
あとは結果を待つだけか。
ソールヴァルドは、あまりに下手な演説で、婚約者達がドン引きしてるのではないかとビビリながらパッツィに声をかけた。
「どうだった俺の演説? 一応頑張ってみたんだけど……」
「…………」
しばらく静止していたパッツィは、ハッとしてソールヴァルドに声を返す。
「う、うん。いい演説だったと…… 思うわよ」
「そうか。まあそこそこの印象があれば良かった。皆俺についてきてくれるといいんだけどなぁ」
ソールヴァルドはそう言って、頭を掻きながら玉座に戻る。
魔王は婚約者達の様子に気がつかなかった。
全員の目が潤んで、体が小刻みに震えていたことに。
婚約者達は普段からソールヴァルドの声を聞き慣れていた。
なので、かろうじてギリギリ意識を保っていられたのだ。
しかし体の力は抜けきり、眼前の景色がだんだん白くなっていった。
もう少し演説が長ければ、全員がその場で卒倒していただろう。
パッツィは第3の目が開かれた。
自らがソールの正妻の立場に立てたことを全能の神に心から感謝した。
もしソールが戦いで死ぬことになれば、私も共についていこうと、今の演説を聞いて心に再び誓う。
パッツィはもはや、ソールのいない世界に価値を感じられなくなったのだ。
ソフィアのチャクラが開かれた。
ソールの婚約者として、ゆくゆくは結婚できることに胸の底から喜びを感じる。
彼を失うことなど想像することも出来なくなった。
もしソールを失うことになるのなら、自らの命を盾として、ソールを守り潔く散華しようと決心した。
マリベルは悟りを開いた。
そう、この体は髪の1本から指先の爪に至るまで、すべてお兄ちゃんの所有物なのだ。
私はお兄ちゃんと出会い、愛されて可愛がられる目的の為だけに生まれてきたのだ。
マリベルは演説を聞いてそう確信した。
ただ惜しむべきは、子宮だけがお兄ちゃんで満たされていないことだけ。
マリベルはお腹をさする。
マルガリータは心眼を開いた。
どうして私はソールお兄様にもっと早く出会わなかったのか。
ドロシーなんかにうつつを抜かしている場合ではなかったのに。
だが後悔してもしかたがない。
これからソールお兄様と永遠の愛を育んでいくのだ。
隣のマリベルに負けないように。
マルガリータはうずく子宮を感じながら、己の魂に約束する。
今日ソールヴァルドが行なった演説は、歴史的な出来事として、遠い未来まで語り継がれることになる。
魔王船の乗員全員に多大な影響を与えた演説であったが、当のソールヴァルドは、まるでそのことを自覚していなかった。
エスパーニャ暦5541年 8月20日 17時00分
魔王城3階 謁見の間
演説が終了してから休憩していたら、1階から魔王城入り口を警備しているヴァルターが司令の間にやってきた。
なんでも忠誠を誓う住民が沢山来ているそうだ。予約記録のため紙とペンを貸して欲しいと言ってきた。
俺は魔王室から紙とペンをヴァルターに渡し、婚約者達を1階に送って、ヴァルターを手伝わせることにした。
夕方になりパッツィが上がってきた。
パッツィによれば、ほとんどの住民が俺の忠誠を誓うつもりなのだそうだ。
おお、何それ凄い。
旧領軍、海軍のほとんどと総合ギルド、全冒険者、全探索者も俺に忠誠を誓うのだそう。
一番重要な部分を押さえられて良かったよ。
うんうん。
というわけで、俺は今、整備したばかりの魔王城3階の「謁見の間」の玉座に座っている。
まずは軍や冒険者達に忠誠の誓いをしてもらうためだ。
まあ儀式的なものなので、形式は単純なものにしておいた。
目の前にはマリオ司令ら旧領軍、旧海軍の将兵が並んでいる。
「全員を代表して、私マリオ・ベルモンテ・カンポが忠誠の儀を行ないます」
「分かりました。それでは諸君、君達は私に忠誠を誓うか?」
「「「我々は魔王様に限りない忠誠を誓います。我々の忠誠と活躍をご照覧あれ!」」」
「敬礼! なおれ!」
全員が最敬礼を行い、なおった。
これで儀式は終了だ。
俺は全員の顔を1人1人確認した。
おそらく俺のスキル「魔王軍団」は自動的に適応されるだろうが、念の為、全員の顔を確認する。
それから次は総合ギルドのメンバー、冒険者、探索者と滞りなく儀式は終了した。
なんかエヴァートンとか「俺ソールヴァルドさんと知り合いで本当によかった」とか泣いてたよ。
どうしたんだろう?
やっぱ彼も色々ストレスとか溜めてんのかね?
さすがに今日6千人と一気に儀式を行なうのは無理なので、日を分散して1ヶ月に渡り忠誠の儀を行なうこととした。
予定はブレインに組ませることにする。
さて、これでとりあえずレムノス島開発の目処はついた。
明日は組織作りだ。
これがないと始まらん。
翌21日は、暇な時に考えていた人事案に基づき、関係各所に通達と説明を行なった。
俺に幹部として指名された人達は、出来たばかりの魔王城6階の「休息の間」に集合した。
ここで会議を行なうのだ。
昼食後14時に全員が休息の間のレストラン「ビストロ・デ・ルシファー」に集合。
パッツィ達婚約者は、設備を利用して、お茶やお菓子を出した。
はぁ。
思えば遠くへ来たもんだ。
俺は前世では、係長の役職がついた、名ばかり平社員だった。
せいぜい10人のバイトを率いた経験ぐらいしかない。
こんなんで本当にやっていけるのかね?
とはいえ、途中で放り出すわけにもいかない。
前世の勤めていた会社の社長になったつもりで、頑張るしかないか。
全員が着席したのを確認して、俺は会議の開始を宣言する。
「さて皆さん。会議を開始します。ここでまず組織を作り、レムノス島に国を作り、貿易により資金を稼いで魔王軍を編成。最終的にはパルマ島、バレンシアの開放を目指します。最初なので不完全な組織になりますが、人員を揃え、1年後にはきちんと組織を運営できるようにするのが当面の目標です」
というわけで、俺は具体的な組織構成を皆に説明した。
まず省庁をどうするかだが、省庁を名乗るほど規模が大きいわけではないので、それらの組織は「局」と呼称することにした。
そして全ての局の方針を決定するのが「魔王近衛局」だ。
魔王近衛局の局長は当然俺。
その下に、パッツィ達婚約者の正妻・側室委員会を置く。
さらにその下に、各局長が参加する「魔王評議会」を配置して、評議会にて全体の施策を実行する。
魔王近衛局の各部署は「課」と呼称することにした。
秘書課課長はブレインだ。
ついでにブレインには「予算課」「人事課」も担当してもらう。
あくまで暫定的な処置であり、後で人を入れることになるだろう。
本船課の課長はキャプテン・キッドを任命。
魔王船のスケルトン船員を束ねてもらう。
警備課にはリッチのディータ、ヴァルターを暫定的に当てるが、課長にはしない。
庶務課は、しばらくは俺が兼任することにした。
魔王の直接戦力として「魔王軍海兵隊」を設置。
召喚組のみで組織するつもりだ。
とりあえずシーリッチのゼルギウス、エッケハルトを放り込むが、暫くは俺が指揮官だ。
偵察課、魔王軍直援艦隊は空席。
組織としてはかなり不完全な状態だが、今はこのまま突っ走り、走りながら考えるつもりだ。
次に各局の状況を確認する。
まずは軍事関連だ。
新しく陸軍局の局長に任命されたマリオ局長が説明を行なう。
「陸軍局の局長として任命されたマリオです。副局長はサンチョとしました。皆さんヨロシク。陸軍局の現状ですが、事務員は最低限いるので組織として機能することが可能です。しかし兵は少なく、第1歩兵隊13名、憲兵隊6名しかいません。住民から兵の募集を行なうつもりです」
次は海軍局。
領海軍とレオン海軍が合併した組織だ。
現時点ではもっとも人数が多い恵まれた部署といえる。
「海軍局局長のエンリケです。副局長はガスパール。我が局も事務員は最低限いるので組織を回せます。兵力ですが、第1水兵隊40名、第2水兵隊36名、警備隊20名、ドラゴンドライバー12名です。戦力はカッター艇8隻、偵察竜騎10騎となります。資金の都合がつきしだい順次拡張予定です」
うん。
とりあえず陸軍・海軍は最低限の戦力だが動く。
重要な位置を占めるので、喜ばしいことといえる。
次は魔王空軍だ
「えー、このたび空軍局局長に任命されたシャルルです。他に人員はおりません。すいませんが魔王様、ここは何をする部署なのでしょう?」
「うん。単純に言うと防空と教育だね。レムノス島は特殊な立地だ。敵の船は来れないが竜騎なら攻撃範囲に入る、ゆえに本土防衛は防空がメインだ。その為にはドライバーを育成する必要がある。充分な数のドライバーと竜騎を確保するとともに、優秀な竜騎を魔王船に送ってもらいたい」
「なるほど。分かりやすい説明ありがとうございます。では私も微力ながら、頑張りたいと思います」
実際、海外での戦闘では近衛軍、海軍、陸軍主体になるので、空軍はいらないのだが、レムノス島がガラ空きの所を空から叩かれても面白くないからな。
レムノス島占領は今のところ不可能だと思うが、最低限の防衛体制は築いておきたい。
さて、これで軍事関連局は終わり、次は内政関連局だ。
親族経営の会社のように、ここは身内で固めることにした。
「えー、では次に開拓局です。ここはレムノス島開発をメインとした局です。父さん、母さん。よろしくお願いします」
「まあやることなくて退屈してたからな。任せておけ」
「フフ、親としては息子が大変な時に手助けするのは当然のことよ」
というわけで、開拓局局長はアベルが、副局長はイレーネにやって貰うことにした。
親孝行どころか、仕事を押し付ける結果となってしまった。
将来は必ずいい目をみせないとな。
「次は財務局。全体の財布の管理だな。局長はパッツィ、副局長はマルガリータだ」
「はい。紹介に預かりましたパッツィです。マルガリータ共々よろしくお願いします」
うちのパーティーでは経営に強いのはパッツィだけだ。
補佐に頭のいいマルガリータをつけた。
財務局は国の心臓部分だからな。
当然、ここにはもっとも俺が信頼を置く正妻を配置する。
経験不足は彼女の母親、セシリータさんがサポートすることになる。
「次は貿易局。資金稼ぎの要となる部署だ。局長はセシリータさん。副局長はソフィアだ」
「ご紹介に預かりましたセシリータです」
「ソフィアです。頑張ります!」
ここは経験豊富なセシリータさんに任せた。
財務局との連携が必要な部署なので、親子でトップをやって貰う。
ソフィアも頭はいいので、補佐で役に立つだろう。
「最後は福祉局だ。局長はマリベル。副局長はペネロペさんにやって貰うことになった」
「うっ…… マリベルです」
「ペネロペです。よろしくお願いします」
福祉局の局長はマリベルにやらせることにした。
ソフィアのお母さんは体調も回復したので、副局長としてマリベルを支える。
マリベルはまあ、頼りない所があるからな。
それにしても、マリベルのテンションが低すぎる。
これでも一番重要度が低い局に割り振ったんだけどなぁ。
だが他に人はいないので、マリベルを局長から外すことはできない。
お兄ちゃんは可愛い妹をあえて千尋の谷に突き落とすのだ。
というわけで、一応局の割り振りは完了した。
軍事関連局は事務員がそこそこいるが、内政関連局は局長と副局長しか決まっていない。
というわけで、魔王船の乗員から職員を採用するため、大々的に採用面接会を行なうことになった。
そしてマリオ局長に、組織の基本的な運用方法をレクチャーしてもらう。
軍事組織の運用法だが、他の局でも応用は効くだろう。
何も知らずに運営するよりはマシだ。
まだ不足している局としては、警察局、法務局がある。
だがこの船には残念ながら法律関係の人材がいない。
なので暫くは、マリオ局長の憲兵隊にレオン王国の法律で対処してもらうしかない。
こうして数時間に渡る会議は終了した。
数日中に全局長が参加する「第1回魔王評議会」も開く予定だ。
会議が終わり皆が席を立つ中、俺はマリベルに声をかけた。
「おいマリベル。随分テンションが低いけど、局長になるのが嫌なのか?」
「うーん。だってしたことないし……」
「そりゃ皆同じだよ。まあ、本当はペネロペさんにやって欲しかったけど、あの人病み上がりだからな。無茶して倒れたらソフィアに申し訳が立たん。すまんが頑張ってくれ」
「そういうことなら仕方ないけど……」
「いいかマリベル、お前は難しく考えすぎだ。マリオさんも言ってたけど、大事なのは計画立案課、予算課、人事課だ。ここに最良の人材を突っ込むんだ。他の課はこいつらに丸投げで作ってもらえ。俺がおおざっぱにアウトラインは作るから、お前はそれに沿って計画を進めるんだ。分からないことがあれば周りの奴に聞けばいい。それで結果を俺に報告するのがお前の仕事だ。なっ、簡単だろ?」
「簡単、なのかなぁ?」
「ああ、別に巨大国家の官僚になれと言ってるわけじゃない。規模は知れてる。ちょっと大きな商会レベルだ。小さいうちに慣れていけば、充分仕事はこなせると思うよ。後は細かいことは気にしすぎないことだ、それは下っ端がすることでな。そこまで気を使うと神経が持たん。あえて不完全でいい」
こうやってマリベルにフォローを入れておいた。
現代地球なら通用せんかも知れんが、ここは国際競争もそれほど無い牧歌的社会だ。
おまけに直接金にかかわらん福祉局だ。
マリベルにはいい経験になると思う。
第41話 「魔王様、魔王軍を作る」
⇒第42話 「魔王様、野菜を育てる」




