第4話「初めての闘牛場」
5歳になりました。
今日は俺の住んでいるレオン王国、ヴァレンシア領のここ、リリアの町の第4級格式闘牛場、「リリア闘牛場」に来ている。
リリアの町の人口は2千人。
このリリア闘牛場には、最大千人の観客が入る。
今は夏の闘牛祭が開催されていて、ここ1週間ほどは、毎日闘牛が行なわれているのだ。
今回は父アベルも騎乗闘牛士として参加するので、母イレーネと妹マリベルも一緒に観戦するためリリア闘牛場に来たのだ。
闘牛場を見渡した所7割は埋まっている。
リリア闘牛場は小さいらしいが、この近辺の唯一の娯楽なので、結構な人が集まっているようだ。
リリア闘牛場の近辺では屋台も出ている。
おっ、騎馬執行吏が出てきた。
いよいよ入場行進が始まる。
最初に闘牛士3名が入場。
とたんに会場が大いに沸く。
その後に闘牛士補佐6名がぞろぞろついてくる。
次に登場は馬に乗った騎乗闘牛士、うちの父アベルが参上。
闘牛士達は「光のドレス」というピカピカした服を着てる。
父も青い服に金の刺繍が入った服を着てる。
スペインでも見たことあるが、違う点は銀のピカピカした軽鎧を着てる所だな。
これで入場行進は終わり、 騎馬執行吏が牛囲いの鍵をもって準備は完了。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第1章 転生、目指せマタドール編
闘牛は3つの場面で構成される舞台芸術。
まず最初は「槍方の場」だ。
トライデントという三又槍をもった父が入場。
乗っている馬は頑丈な皮鎧をグルリとまとっている。
スペインの馬だと怖がるので、目をガムテープで巻いて目隠ししているのだが、異世界の馬は根性があるのかそのままだ。種類は重馬種。1トンぐらいの重さのあるデカイ馬だね。
そしていよいよ闘牛の出番だ。
闘牛の門から重さ500キロの大きな牛が出てくる。
ただしこの牛、魔牛と言われる迷宮産の牛で、角が4本生えていて、けっして人間には懐かない牛だ。
演技開始、まず闘牛士補佐6名が魔牛を包囲。
表ピンク、裏が黄のケープという布を振って魔牛の注意をそらしている間に、父が馬で徐々に接近。
挑発を行ないつつ間合いを計る。
騎乗闘牛士は派手な演技はないものの、息詰まる読み合いが見所だ。
父は片手で手綱を持ち、器用に馬を扶助し、馬体を半回転。
と、魔牛が馬につっかかる。
父はすばやく槍を振り下ろし、魔牛の首周辺に槍がささる。
しばらく揉み合いの後、魔牛が離脱。
そして再び接近。魔牛も父の様子を窺っていたが、いきなり突進。
揉み合いになりつつ2回目の槍突き。
また離脱して3回目。
ふう、スペインの時は楽しめたが身内がやってるとこっちの寿命まで縮まりそうだ。
この「槍方の場」では騎乗闘牛士が、魔牛の首付近に3回突きを入れることで、魔牛の体力を消耗させスピードを弱らせて、闘牛の頭を下げさせ突進力を弱体化させる役割がある。闘牛士のための下準備だ。
これで「槍方の場」は終了。
役割を終えた父は馬と共に場外に出る。
それにしても格好良かった。
母も惚れるわけだねぇ。
場外では先ほどの演技を闘牛士が見つめている。
魔牛は個性があるので、その個性を今の演技で見極めるのだ。
次の場面は「銛打ちの場」
銛打士の出番だ。
銛打士が旗付銛2本を逆手に持って大きく持ち上げ、ジリジリ魔牛に近づく。
間合いを詰めた所で、銛打士が真右に走り出すと、それにつられて魔牛は突進。
ぶつかる直前で2本の銛を同時に魔牛の背に打ち込む。直後に銛打士はバックステップで突進を回避。
後ろに走り出す。
計算どおり、そのすぐ横には闘牛士補佐がケープを振っているので、魔牛はケープにつられ、突進をやめて左に回る。
相変わらず見てるとハラハラする。
銛打士と魔牛の距離は30センチもなかったな。
よくやるわ。
この銛打ちも3回行なわれ、魔牛の背中には計6本の銛が打ち込まれた。
これは、魔牛の動きを機敏にする効果があって、
闘牛士の演技が映える。
そして最後の場面は「ムレータの場」
いよいよ真打、闘牛士の登場だ。
会場から割れんばかりの歓声が送られる。
ここから最大で15分間の演技が始まる。
マタドールとは「牛にとどめを刺す闘牛士」のことで、細身の闘牛剣と半円赤布を持ち、一撃必殺で魔牛を倒す。
マタドールの演技は10分程度で終わるが、それを過ぎると警告が与えられ、
15分過ぎても倒せなければ罰金を払わなければならない。
結構厳しいルールだ。
闘牛士が牛に近づき演技開始。
赤布を左右に振って魔牛の突きを華麗にかわす。
このかわし技をランセと呼ぶ。
様々な闘牛技の演技を観客に披露して、7分が経過。
闘牛士が闘牛剣を持ち上げ、刺殺体勢に入る。
闘牛剣は細身の剣で柄がリング状になっている特殊剣で、上から下に突き刺すのに向いている。
魔牛と闘牛士はしばし睨みあい。
次の瞬間、魔牛が突撃。
闘牛士は上から剣を振り刺す。
刺した剣は魔牛の骨を回避してそのまま心臓を貫く。
闘牛士は魔牛の角をギリギリで回避。
両者すばやく距離をあける。
うん。見事な、一撃刺殺だった。
魔牛は崩れ落ち、観客は大歓声。6割ほどの観客が白いハンカチを振る。
見事な演技の時はこうやってハンカチが振られ、
ほぼ全員が振っていれば、魔牛のドロップアイテムを貰う名誉が貰えるのだ。
これにて中級の闘牛士の演技は終了。
次は下級の闘牛士の演技に移る。
下級では魔牛は250キロ級と半分になり、騎乗闘牛士は出てこない。飽きずに俺は演技に見入る。
3人出てきたが1人は牛の突撃をかわせず吹き飛ばされ、タンカで運ばれていった。
****
「お父様、凄くかっこよかったね!」
夕方、帰ってきた父と皆で食卓を囲む。
夕食をとりながら、今日見た父の勇姿を褒め称えると、父アベルはニタニタしながら照れていた。フフ、チョロイぞパパ。
しかしスペイン旅行の時の観戦の時の興奮が蘇ってきたわ。
いや、以前より興奮してる。
おそらく、この若い体に精神が引きずられているのだろう。
地球では自分で努力することより、
流されることが好きになった俺だが、
せっかく異世界に来たのだし、
少し新しいことにチャレンジしても良いよね。
というわけで、おねだりしよう。
言うだけタダだし。
「ねえお父様。ボクもマタドールになりたいなぁ」
「うーん。別に反対はしないけどさ。あれあんまり儲からないんだ」
父の話によると、下級闘牛士は自分で牛を買って出演しなければならないそうで、中級でも給金は低い。
闘牛士1本で食べていける上級、正闘牛士であるマタドール・デ・トロスは、レオン王国王都に10人しかいないそうだ。
だから、大部分の闘牛士は本業や副業を別に持ってる。
職種としては闘牛ギルドのスタッフだったり、探索者、冒険者が多く、小さな村でやる草闘牛でお金を稼ぐ人もいる。
「いきなり闘牛ギルドに登録しようとしてもテストで落とされるからな。できれば迷宮なんかに入ってレベルを上げときたい所だが、迷宮は成人する15歳以上じゃ無いと入れないんだ。」
「そうですか、迷宮…、15歳からなのですね」
「でも裏技はあるわよ。」
母イレーネが会話にまざる
「見習い探索者なら13歳から迷宮に入れるわ。ただ、最低でも探索者1人の付き添いは必要よ」
「なるほど」
「こう見えて私も元探索者よ。リリアの町の付近には迷宮が2つあるけど、10代のころは飽きるほど入ったわ。ソールが13歳になったら一緒に入ろうか?」
「はい。ぜひっ!」
「じゃあ母親としての条件。15歳までに読み書き計算を出来るようになって、最低でも1つ。お金が稼げるようなスキルを手に入れなさい。そしたら闘牛士を目指して良いわ」
「分かりました。15歳までに出来るよう頑張ります」
父アベルはしきりに感心する。
「しかしソール。5歳のくせにシッカリしてるな。俺が5歳の時なんか遊ぶことしか考えてなかったと思うが…」
やべぇ、難しい言葉は使ってないが、ちょっと素が出たかも知れないな。
「俺も副業で探索者やってるからな、6歳になったら鍛え方や戦い方を徐々に教えてやるよ」
「はい。よろしくお願いします」
夕食後、俺は2階に上がり部屋に入り、ステータスプレートを取り出す。
うん。今日は有意義な時間だった。
俺が進むべき運命の方向性がなんとなく見えた気がした。
運命と言えば、ここ1年ずっと「魔王」のことを考えていた。
魔王がイメージ通りなら悪の化身であり、この世界を滅ぼす力がある。
俺がそんなことをする可能性があるのか?
だが一方でおかしい話ではある。
憶えているわけでは無いが、あの光の間で、俺は自分の運命をすべて知ったはずだ。
その上で、この世界に生まれることを俺は決断した。
ということは、将来魔王として活動することが無い可能性もある。
ここ最近ずっと悩んでいたことだが、今日決断を下す。
俺は俺の魂を信じることにする。
たとえ強力な魔王の力を手に入れることになっても、俺は驕らず、その力を制御することをここに誓おう。
俺は魔王の力を十分に御すことができるはずだ。
多分……
決断を下した俺は具体的作業に入る。
現在俺のスキルポイントは60Pある。
これで魔王スキルを上げようと思う。
ステータスプレートに魔力を流す。
操作方法はスマホに似ており、魔王スキルをタップすると詳細表示に切り替わる。
レベル1 魔王の才
レベル2 (10)
レベル3 (20)
レベル4 (30)
レベル5 (40)
現在の魔王スキル。この括弧内の数字は必要なスキルポイントだろう。
とりあえず俺は30P使用してレベルを3に上げる。
能力詳細は…
【レベル1 魔王の才】
成長補正。経験値40倍。取得スキルポイント10P。
スキル取得速度上昇。
【レベル2 鑑定】
魔獣、人物、アイテムの情報取得。
【レベル3 魔王軍団】
パーティ及び配下への加護。
経験値20倍。取得スキルポイント8P。
うん。かなりチートっぽいスキルだな。
まだヤバイ雰囲気は無いか……
試しに鑑定を使用してみたが、対象を見ながら
念じただけで頭の中に情報が浮かぶ。
ただ自分のステータスだけは、
プレートを使わないと見れないようだが。
魔王スキルはとりあえずこれで置いておく。
迷いを捨て、俺は明日から
この異世界での本格的な1歩を踏み出す。
第4話「初めての闘牛場」
⇒第5話「バアルの風」