第39話「新天地への試練! 超海流を突破せよ」
エスパーニャ暦5541年 8月16日 8時40分
パルマ島北西3500キロ海上
超海流
リリアを出発して11日が経過。
現在魔王船は超海流から東5キロの位置を西進していた。
魔王船は13~14日に魔海暖流で漁をして、15日に超海流に向け出発、1日かけてここまでやって来た。
「超海流まで、あと5千メートル!」
青々とした晴天の空の下に、見張りの声が響く。
右舷甲板の竜騎発着ポートでは、2騎の偵察騎が発進準備を終えていた。
1番騎にはシャルル一等竜騎手が搭乗している。
シャルルは戦闘騎乗りではあるが、スクランブルや偵察の任務もこなしたことがある。
今回は未知への挑戦であり、その経験豊富さは大いに役に立つと思われたので、偵察員に抜擢されたのだ。
「こちらマリナー2―1。離陸する」
魔導通信機に報告したシャルルは、隷下の竜騎、カタリナ種に指示を出し、真上に飛び上がり発艦する。
続けて僚騎も発艦した。
飛び上がった竜騎2騎は、まっすぐ超海流上空に向かった。
「こちらマリナー2―1。超海流上空300メートルにて待機。横断中に魔王船外部に異常がある場合、ただちに報告する」
「魔王船ドラゴン・コントロール了解」
魔王船甲板上には、あの有名な超海流を一目見ようと、リリア町民や村民で溢れかえっていた。
見物の許可は第1デッキ上に限られ、住民が海に近づかないように、領兵やシーリッチ、スケルトンファイター等が両舷を警備している。
住民達は前方を注視していた。
「あっ、見えてきたぞエヴァ」
「凄い、あれが超海流なのねー」
「ねえジュマ、あれ物凄いんだけど、魔王船で越えられるのかしら?」
「大丈夫じゃない? 魔王船だし……」
「しかし、生きてる間に超海流を見れるとは思わなかった」
「まったくだな。だが本当に突破できんのかね?」
住民達は超海流を見てワイワイ騒ぐ。
魔王船の船首方向を見ると、遠くの長大で、常識外れの速度で流れる超海流が、ゆっくりこちらに近づいてくるのが分かる。
上空には竜騎が2騎旋回していた。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第4章 リリア侵攻脱出編
「超海流まで、あと4千メートル!」
魔導伝声管から見張りの声が聞こえる。
俺と婚約者達は、司令の間の右横の見張り台から超海流の様子を見ていた。
ここは甲板から20メートルの高さにあり、遠くもよく分かる。
超海流は、一言でいうとあれだな。
水平に滑る滝みたいに見えるな。
海のど真ん中に、白濁した数キロの激流が、水平線の端から水平線の端まで続いている。
とんでもないスケールだわ。
甲板は住民で溢れかえっているが、気持ちはよく分かる。
これは見れるチャンスがあるなら見るべきだわ。
鳴門のうず潮なんか目じゃないな。
「うーわー。来たわよついに、超海流だ!」
「凄い。イカれてる!」
「こわーい。止まってくれないかな」
「……激流。上飛びたい」
パッツィ達は騒いだり、はしゃいだりしながら超海流を見物してる。
「超海流まで、あと3千メートル!」
おっといかん。
俺はマリベルを呼ぶ。
「行くぞマリベル」
「うん」
俺とマリベルは、司令の間に戻った。
帰ってきた俺達を見たエンリケ司令は、興奮して話しかけてくる。
「ついに来ました、魔王様。いよいよですな」
「ですね。おいキャプテン・キッド、任せたぞ。無理はするなよ」
「御意。必ず突破してご覧に入れましょう!」
キャプテン・キッドはそう言うと、操舵輪を握る。
心なしなんだか楽しそうに見える。
「機関増速、両舷強速前進」
「両舷強速前進!」
「超海流まで、あと2千メートル!」
「さらに機関増速、第二戦闘速度」
「第二戦闘速度に増速!」
「超海流まで、あと1千メートル!」
ここで俺はマリベルに目配せをする。
待っていたマリベルが頷いて、アナウンスを開始する。
「これより超海流に突入します。衝撃や揺れが発生する可能性がありますので、皆さん注意してください!」
「最大戦速に達せ、針路変更取り舵10度」
「機関最大戦速!」
キャプテン・キッドが舵を切ると、魔王船はゆっくりと艦首を南に向ける。
流れに逆らわないように。南方向、斜めに超海流に突っ込むつもりだ。
俺は司令の間の窓から前方を見る。
海一面が白波で真っ白だ。
ザザザザッと大きな滝のような音が、ここからでも聞こえる。
すげー。
すさまじい光景だ。
マジでこんなとこ越えられるのかよ。
誰だよ超海流を突破しようとか言い出した馬鹿は?
「舵中央。突入します!」
巨大な水しぶきを作り出しながら、魔王船の艦首が超海流に突っ込む。
これまでに無いほど、魔王船に横揺れが発生する。
キャプテン・キッドが小刻みに舵を切りつつ、指示を出す。
「右舷ポンプジェット、第一戦闘速度へ」
「右舷ポンプジェット減速、第一戦闘速度!」
おおおおー。
魔王船全体が超海流に入ったようだ。
南に流されているが、魔王船自体は姿勢を維持しながら前進してる。
キャプテン・キッドやるー。
「右舷ポンプジェット、強速前進」
「右舷ポンプジェット減速、強速!」
あいかわらず横揺れは激しいが、魔王船は白波の中を順調に進んでいる。
超海流に入って、1キロ前進したところで、ブレインが話しかけてきた。
「魔王様。右舷に衝撃あり、何らかの物体が5つ衝突した模様!」
「何!?」
「物体の詳細は不明。今再び衝撃発生。物体8つが右舷に衝突した模様」
「分かった、ブレイン、ついて来い!」
俺とブレインは、再び右舷の見張り台に出た。
俺は見張り台から少し身を乗り出して、下の海面を見る。
隣のパッツィが声を出す。
「どうしたのソール?」
「船体に何かが当たっているようだ。それを探している!」
「ええ、本当に?」
「再び衝撃、物体6つが右舷に衝突。今です。今のところ船体に異常なし」
「あっ、なんか黒いのが見えた」
ソフィアが指差す方向を見ると、白波の中に何かが動いているのが見えた。
引っかかれ。
俺はその何かに向けて、鑑定を念ずる。
鑑定、鑑定、鑑定、鑑定……
よし、引っかかった。
海底岩石 海底にあった岩石
な、何。
海底岩石?
なるほど、つまりは、
「どうやらアレは、海底にあった岩石のようだ。この超海流は、海の底までこの速度で流れていて、海底の岩石を押し流したのだろう」
「へぇー、そうなんだ。何で分かるの?」
「魔王の力だ」
パッツィの質問に俺は答えた。
まぁウソは言っていない。
それにしても岩石か、これじゃ木造船じゃ突破できないはずだわ。
ただの海流だったら、南に押し流されて終わりだが、この岩にぶつかったら木造船に穴が開く。
そして転覆して沈没だ。
今まで気づかれなかったのは、探検家達が、その正体に気がつく前に沈んだからだろう。
幸い魔王船は鉄船で頑丈なので、影響はないようだが。
俺は司令の間に取って返して、現状をキャプテン・キッドやエンリケ司令に伝える。
「了解しました魔王様。今のところ問題はありません」
「なるほど、そういうことでしたか。これでは木造船では突破できんはずです!」
そうこうしている内に、魔王船は超海流突破まで千メートルを切っていた。
魔王船は南に流されつつ、着実に前に進む。
「超海流突破まで、あと400メートル!」
「右舷ポンプジェット、第一戦闘速度へ上げ」
「右舷ポンプジェット、第一戦闘速度!」
「超海流突破まで、あと200メートル!」
「最大戦速へ! 針路変更面舵10度」
「最大戦速へ移行!」
「超海流突破まで、あと100メートル!」
両舷のポンプジェットが最大戦速に達した魔王船は、艦尾が南に流れつつ前進。
超海流西端を魔王船艦首がついに突破。
艦首を北西に回頭させながらそのままスルリと船体が超海流を突破していく。
最後に船尾も白波を抜け出し、魔王船はあっさりと超海流を抜けることに成功した。
「超海流突破しました!」
「やった、やった! 世界初だ! さすがは魔王船!」
超海流突破の快挙に、エンリケ司令は飛び上がって喜ぶ。
ブレインは冷静に状況を報告した。
「魔王様。突破までに魔王船右舷に海底岩石42発が命中。船体に影響無しですが、念の為上級船員が調査中」
「分かった。まあともかく、突破出来て良かったよ。魔王船はどれくらい流された?」
「南に5キロ程度です。バニア島まで西方向約20キロ、名無し島まで約170キロの距離です」
「よし、キャプテン・キッド。とりあえず名無し島に向かってくれ。ゆっくりでかまわん」
「了解しました。原速8ノットで進みます。両舷前進原速。針路260度」
「両舷原速前進!」
ふう。
一時はどうなるかと思ったが、無事突破成功だな。
後は偵察騎の情報を待って、停泊位置を決めよう。
エスパーニャ暦5541年 8月16日 9時10分
パルマ島北西3500キロ海上
魔王船上空
「やった。やったぞ! 魔王船が超海流を突破成功だ!」
魔王城に設置している魔導通信機から、マリオ司令の興奮した声が聞こえる。
高度300メートルを旋回していたシャルルも報告を行なう。
「マリナー2―1。お見事でした。魔王船外部に特に異常無しです」
「そうか。こっちは住民達も大騒ぎだぞ。少量だが酒も出して祝うらしい」
「そいつはいい。ではさっさと仕事を終わらせて帰りますか」
「そうだな。では、偵察第2段階へ移行してくれ」
「了解。マリナー小隊はこれより西進し、バニア島、名無し島の偵察を行ないます」
マリナー小隊の2騎は、魔王船上空をフライパスし西進する。
魔王船甲板上からは、興奮した住民が竜騎に手を振る。
シャルルは上機嫌でそれを見てから、駆速でバニア島に向かう。
竜騎は、まだ30分しか飛行しておらず、竜体の魔力はまだまだある。
西進を開始して8分後、バニア島上空に到達。
マリナー小隊は並速に減速し、島の南側から北側に向けて、地表の様子を窺う。
バニア島は日本で言うなら、淡路島程度の大きさの島だ。
探検家のバニア氏の著書はシャルルも読んだことがあり、大雑把な地形は知っていた。
シャルルは高度を200まで落とし、地上の様子を窺う。
バニア島南は、砂浜と平原、丘と森、小さな川を15以上発見。
バニア島北には、高い山と鬱蒼と生い茂った森があった。
バニア氏の著書の記述どおりだ。
記録では、あの南の丘にバニア氏は降り立ったらしい。
平原には15匹ほどのゴブリンを発見。
こちらを見上げていた。
森にはワーム系の魔獣や、オーク、大蛇などを見つける。
どうやらこの島には、そこそこの数の迷宮が有りそうだった。
川の水も豊富で、南なら農業や漁業も充分できそうだ。
無人島なのは間違いない。
シャルル達は20分ほど観察してから、次の目的地、名無し島に向かう。
駆速である時速280キロで西に38分巡航して、名無し島上空に到達した。
マリナー小隊は並速に減速し、島の北側から南に下りながら、地表の様子を調べる。
この名無し島は、探検家のバニア氏も遠目で確認しただけで、完全に未知の島だった。
僚騎のドライバーが、弾んだ声でシャルルに通信する。
「マリナー2―2。シャルル殿、いよいよ前人未踏の空域ですね。エスパーニャ大陸では俺達が初飛行じゃないですか。俺達歴史書に名前が載るかも」
「マリナー2―1。多分載るだろうな、俺達も本を出版してみるか。しかし結構大きな島だぞ。よし、君は島の西側を偵察してくれ、俺は東側を偵察する。しかし未知の島だ。高度は300より下に下げるな、異常があれば直ちに報告せよ」
「了解。それでは行ってきます!」
そう言うとマリナー2―2は翼を翻し、さらに西に飛んでいった。
シャルルは並速で南下を開始。
地表をじっくりと観察した。
名無し島はかなり大きな島で、日本で言うと九州ほどの大きさがあった。
島中央部付近には大きな山に広大な深い森があり、海岸には林や平地が多い。
人の手が入っていないので、迷宮はかなり多そうだ。
5分の観察で10個以上の迷宮を見つけた。
森に隠れている見えない迷宮も合わせると、相当な数の迷宮がありそうだ。
こいつは宝の山だな。
シャルルは島全体の迷宮の数を推測して興奮した。
少なくともこの島には迷宮が千程度はあるだろう。
それだけあれば、貴重な黄金迷宮や、魔力結晶迷宮も複数あるに違いない。
探索すれば、大儲けは間違いない。
いや、それ所ではない。
これなら国すら作ることも可能だろう。
シャルルは1時間かけて名無し島の中心部に到着。
それまでに大型の河川4本。
沢山の小川を見つけた。
真水は豊富だ。
平地なら農地も沢山作れるだろう
港を作るのが容易な海岸地形も3つほど発見した。
平地では時折ゴブリン、オーク、魔牛等も見かけた。
しかし魔獣の大半は森や山に隠れているのだろう。
さらに20分ほど南に下ると、今までで一番大きな河川を発見。
そこから、島は北と南に別れているように見える。
シャルルは対岸に目をやり、そこに予想していなかった物を見た。
海岸線に集落のようなものを発見したのだ。
結構な規模に見える。
ここは無人島ではなかったのか!?
シャルルは衝撃を覚える。
とりあえず、木の家の数を数えてみる。
家は54戸あった。
1つの家に4人が住むとして、人口はざっと200人前後か。
木の家の周辺には魔獣よけの木の柵があり、周辺に畑らしきものもある。
海岸には小型ボートが4隻ほどあった。
シャルルの竜騎はそのまま村上空にさしかかる。
よく観察するため、シャルルはそこで旋回を開始。
すると、村で何かを運んでいた人が、こちらを指差した。
シャルル騎を見つけたようだ。
家の中からも何名か飛び出してくる。
弓や剣を持ち出した者もいて、こちらを注視している。
こちらを見ていた子供は、大人に家の中に入れられる。
観察していたシャルルは、村を観察して首を傾げる。
どうにも妙なのだ。
まず住民。
人間族のようだが、全員の髪が紫なのだ。
エスパーニャ大陸には紫の髪の人間族はいない。
次に家や木の柵。
皆いびつに形が歪んでいる。
勿論シャルルは、カナリアスの例もあるので、こういった絶海の孤島には、原始的な生活を営む原住民がいる場合が有るのは知っている。
しかし、野蛮人の家だとしても、それ相応に洗練されたスタイルというものはある。
しかしこの集落の家はまるで、素人の大工が作ったようなボロい家だったのだ。
文化レベルもおかしい。
剣や弓も持っているし、ガウンのような凝った服も着ているが、こんな小さな村で作れるとは思えない。
迷宮から取ってくるにしても、この集落の付近にそれらしい迷宮は無い。
それに他には大規模な村らしきものも無い。
疑問に思いつつも、村の観察を充分に行なったシャルルは、一旦観察を区切り、さらに南に下る。
そこは草原が続くだけだった。
そのまま海に出て、海岸線の岩礁に視線を合わせ、シャルルは驚きの発見をした。
「こ…… こいつは……!」
魔王船で、飛行中のシャルルから報告を受けたマリオ司令は、驚きつつも情報をまとめ、速やかに司令の間に移動。
マリベルやソフィアと話している魔王ソールヴァルドを呼び止め、報告を行なう。
「魔王様。名無し島に住民を発見しました。あの島は無人島では無かったようです」
「えっ、本当ですか!?」
第39話 「新天地への試練! 超海流を突破せよ」
⇒第40話 「魔王様、領土を獲得する」




