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超弩級超重ゴーレム戦艦 ヒューガ  作者: 藤 まもる
第4章 リリア侵攻脱出編
46/75

第36話「緊急事態! 生活環境を向上せよ」

 リリアを出発した魔王船、ヒューガは、先行する漁船とのランデブーの為に、パルマ島北海域を目指し、第2戦闘速度で海原を進む。

 途中で回収したレオン領海軍の偵察騎10騎を使用し、4騎を2段に分けて2線2段で魔王船前方400キロまでの範囲を索敵していた。

 幸いの事に、今のところアルコンの影は無い。


 魔王船の北東1000キロ先には、第182作戦部隊、ドラクロワ艦隊がいたが、ドラクロワは魔王船の追撃を行なわず、様子見の構えだ。

 一方、魔王船の南西1050キロ先にいた、第183作戦部隊、リュック艦隊は魔王船の追撃を決定。

 魔王船がパルマ島北を通過すると読み、先回りするべく北西へと驀進する。


 第184作戦部隊、アンジェリーク艦隊は、ロルカへの補給物資荷揚げを終了。艦隊へ退却を命じ、西進しつつあったが、魔王船との距離は1300キロ以上離れていた。


 今シーズン2つ目のバアルの風は、アルマダ海を北進し、パルマ島南西部を暴風圏に入れる。

 西に反れるとの予測どおり、バアルの風はパルマ島西を通過する構えを見せる。


 現在のところ、先行するリリア漁船とその後を追う魔王船をアルコン海軍は捕捉していないが、まだ予断は許さない状況である。





エスパーニャ暦5541年 8月6日 9時00分

パルマ島東沖470キロ海上

魔王船 魔王城内 司令の間


 封印洞窟の出航から、ちょうど24時間が経過した。

 ブレインに聞いてみたが、魔王船はこれまでに約600キロ程度進んだそうだ。

 司令の間から、周辺の景色を見てみると、外は一面の海で、陸地はまったく見えなくなっていた。

 空は抜けるような青空だ。 


 俺は船旅なんかしたことないが、こういうのんびりした旅行も悪くない。

 もっとも、この船は逃避行の旅の途中なので、余りゆっくりとはしてられないのだが。


 俺が密かに心配していた船酔いも、現在までまったく無い。

 この魔王船はビックリするほど揺れない船だった。

 まるで地上にいるかのようだ。

 船に乗るなら、やはりデカイのに限るね。



 朝7時ごろ、皆で朝食を摂ったのだが、マリベルやパッツィ達は完全に気が抜けていた。

 そりゃ昨日は、直接見なかったが、アルコン兵との凄い戦闘になったからな。


 あと10分陸橋を壊すのが早ければ、冒険者や探索者の被害は小さかっただろうに、なかなか上手くいかないものだ。

 幸いにも死者が出なかったことで良しとするしかない。

 キャプテン・キッドがダンディな声で俺に話しかける。


「魔王様。現在の所異常ありません。予定ですが、本日夜21時付近に漁船とランデブーする予定です」


「うん。分かった。俺はこれから塩庫や避難民の視察を行なう。14時ぐらいには戻ってくるから、それまでここを頼む」


「分かりました。お任せください」


「じゃあブレイン、ディータ。付いて来い」


 俺はブレインと護衛のディータとともに魔導リフトに搭乗。

 1階から魔王城を出て、ホール横の魔導リフトからさらに下へ。

 魔王船第7デッキに降り立つ。



 第7デッキのちょうど中心部の部屋に、視察の目的地「塩庫」があった。

 さっそく中に入ってみる。


 中には毎度お馴染みの赤肉に目玉が沢山付いたヒューガがいた。

 ヒューガは、口を伸ばし、鉄の箱の中に「んべっ」と大量の塩を吐いていた。


 うわぁ……

 これ間違ってもマリベルに見せられんなぁ。

 こんなの見たらヒューガが作った塩食べられなくなるわ。



 ここが「塩庫」という施設で、ヒューガが作った塩を溜めておく所だ。

 ブレインの解説によれば、ヒューガは船底にも口が出せるようで、そこから大量の海水を吸収。

 それからヒューガ体内の海水を真水と塩に分離するらしい。


 あまり想像したくは無いが、ヒューガの肉体は魔王船の床や壁の中に、ビッシリ詰まっている。

 そして魔王船にはいわゆる「鉄の配管」は存在せず、ヒューガの「肉配管」が存在している。


 分離した真水は、その肉配管を通って各デッキや魔王城に送られる。

 これにより、蛇口を捻れば水が出てくるし、魔王池の給水もしているらしい。


 肉配管には一定間隔で「擬態心臓」があり、この動きにより、肉配管の上水道は一定の圧力を保っている。

 だから魔王船の隅々に真水が送れるわけだ。

 そしてトイレ、雑水などの汚水は、肉配管の下水道に送られ、途中でヒューガに食べられて、自身の栄養になるわけなのだ。



 魔王船各所には、ゴミ捨て穴が沢山あるのだが、これもゴミ搬送用の肉配管に繋がっている。

 捨てられたゴミは、人間の腸にある絨毛のような器官で、この塩庫の隣にある「育成室」に送られ、そこで選別してヒューガに食べられる。


 このように栄養を補給して、ヒューガの巨体は維持されるのだ。

 最終的には、栄養の絞りカスの絞りカスだけが、海中に投棄される。


 んまぁ、考えれば不気味なんだが、同時に恐ろしくエコロジーなシステムなのだ。

 ブレインは解説を続ける。


「そして、鉄の箱に吐き出された塩は、乾燥魔道具に送られ、高温で殺菌、乾燥されます」


「なるほど、後は瓶詰めや樽詰めで出荷か……。魔王船では、塩と真水は無限に供給されると考えていいな」


 ともかく、塩関連の仕事は、一般人にやらせる作業では無い。

 うちの作業用スケルトンにでもやらせよう。

 世の中には、知らないほうが良いものが色々とあるのだ。


 塩庫の視察を終えた俺達は、次に避難民がいる第4デッキに向かった。





    超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ

   ⇒第4章 リリア侵攻脱出編





「はぁ~。これはまた凄いスケールだな……」


 避難場所を見た俺は、あまりの壮大な景色に絶句した。

 なんていうの。

 ほら、よく災害とかで体育館とかに避難するじゃん。

 あれを数百倍の規模にしたような風景が続いてるんだよ。


 避難民は、それぞれブロックごとに100人ぐらいで大きく分けられて、家族ごとに小ブロックを形成してる。

 皆、大体ブロック外側に荷物を置いて、内側で毛布を敷いて、寝てたり座ったりしている。


 テントを持っている人は、テントを立てて、中に荷物や人が入っている。

 ロープと木を組み合わせて、自作の間仕切りを作っている人もいた。



 おっ、久しぶりに見た顔発見。

 あれはエヴァートンだわ。

 テントを立ててる。

 例の赤毛と金髪の美少女と一緒にお茶飲んでるな。


 他にも何人か、探索者、冒険者で見たことある人がいる。

 あら。

 こっちに盛んに手を振ってる人がいる。

 あの真っ赤なストレートヘアは、フローリカさんだな。


 いや、俺、貴方とそんなに親しくないし。

 そんなに手を振られても……

 とりあえず笑顔で目礼しておいた。



 さて、気を取り直して、次はトイレを見てみる。

 俺は左舷舷側に歩いてトイレに近寄る。


 このトイレは見たことあるな。

 災害用の簡易組み立てトイレだ。

 リリアには台風の被害が多いので、この手のトイレを複数役所が持っているのだ。


 これらのトイレは、露出戦列甲板に繋がっている、外に開放された出口の付近に集中して配置されている。

 臭いを気にしてのことだろう。

 簡易トイレと言っても、言ってみれば、タダのツボにするわけだ。

 で、生活魔法杖の「浄化」で汚物を消去する。


 これで上手くいくわけだが、不衛生なのは間違い無い。

 手を洗う場所も無いしね。



 ふむ。

 一応最低限の避難生活は出来てるようだが、このままだと皆のストレスも溜まるだろうな。

 プライバシーもほとんど無いし。


 今のところ憲兵も巡回してるし、治安も保たれている。

 が、不満が溜まればケンカや暴動も起きるかも知れない。

 なにせ、住民の方が領兵や憲兵より数が多いからな。

 早めに手をうっておくか。


 魔力は節約したいが、暴動が起きれば元も子もない。

 やはり、住居ユニットを召喚しておくべきだ。


 さっきから俺を避難民達がチラチラと見ている。

 俺が魔王だということが結構知られているようだ。

 まっ、今更だがね。


 しかし寄ってくる避難民はいない。

 俺の周囲はリッチのディータと、スケルトンファイターやリビング・アーマーで固めている。

 こいつら無駄に迫力あるからな。

 怖いから近寄ってこないのだろう。


 と思ったら2人走ってきた。

 ソフィアとパッツィだ。


「おーい、ソール。何してんの?」


「何か仕事? だったら手伝うわよ」


 ありゃ、パッツィの後ろに獣魔猫族の女が走ってきた。

 パッツィにしがみ付いて、何やら「紹介するにゃ!」とか騒いでいる。


 パッツィは猫娘の顎を押さえて、華麗に足払い。

 猫娘は背中から床に落ちて「ふぎゃ!」とか言って、バタバタしてる。

 それを無視してパッツィはこっちにやって来た。


「パッツィ、何やってんだお前、あの娘大丈夫かよ?」


「ああ、気にしないで、アレは知り合い、いや顔見知り、いえ、ただの通りすがりだから」


 良くは分からんが、まあいいか。

 俺は2人に尋ねる。


「ちょうどよかった。リリア町長のビトールさんはいないか?」


 リリア町長のビトール・サバギ。

 リリアの町の責任者だ。

 小さな町なので、誰でも顔は知っている。


「町長さん? さっき見たけど、あっ、あそこにいる。呼んでくるね」


 と言ってソフィアは駆け出し、町長を連れてきてくれた。

 俺は挨拶をする。


「おはようございます。魔王のソールヴァルドです。どうぞヨロシク」


「これはご丁重にどうも。町長のビトールです。今回のご協力、心より感謝します」


 町長はやや緊張気味だ。

 そりゃ怖そうな外見の奴らに囲まれてるからな。

 俺はできるだけ丁重に話す。


「それで町長さんに提案があるのですが、第4デッキでの避難生活も大変ですから、新たに船内に住居を作ろうと思うのですが」


「なんと住居を、しかし時間がかかるのではありませんか? 数も多いですし」


「それは大丈夫です。召喚で呼び出しますので、すぐに住居は設置できます。私についてきて貰えますか」



 というわけで、俺は皆と魔導リフトに向かう。

 色々と考えた結果、住居ユニットは1つ下の第5デッキに集中的に配置することにした。

 第5デッキは天井高5メートルなので、住居ユニットを2層縦に設置できる。


 魔王船内は大きく右舷のブロック、中心部のヴァイタルパート、左舷のブロックに分かれる。

 右舷、左舷のブロックは、100メートル×70メートル、高さ5メートルのブロックが、艦首から艦尾に5つ並ぶ。

 魔王船中心部のヴァイタルパートは、100メートル×40メートルのブロックが、同じように5つ並んでいる。


 ヴァイタルパートは集中防御区画という意味で、特別に装甲が厚い部分を言う。

 魔王船では、船の中心部及び魔王城がヴァイタルパートになっている。

 第5デッキに到着した俺達は、右舷艦首のブロックに移動した。


「出でよ! 召喚宝典!」


 俺の右手が輝いて、黄金のタッチディスプレイが現れる。

 それを見て、パッツィとソフィアは驚いた。


「何それ凄い。召喚魔法!?」


「おおー。さすが魔王、凄い魔法が使えるのね」


 フフフ、そうなんですよ皆さん。

 凄いでしょう。

 魔王になれば、こんな大きくて持ちにくいタッチディスプレイが、いつでも呼び出せるんですよ。

 おまけにユーザービリティは最悪なんですけどね。


 俺は目を凝らして小さい文字を見ながら、住居関連のページを開く。

 居住区ブロック。集合住宅。クオリティは、通常 で指定。

 この指定で召喚できる住居リストが表示された。

 



■グランドメゾン・グレムリン

緑の小餓鬼の意匠を用いた素敵な集合住宅。

エコロジーでハートフルな魔王船での生活をサポート。

船内でのストレス無しの生活を楽しめます。


■ガーデンズ・メデューサ・レジデンス

エントナンスで大きな蛇女、メデューサの像がお出迎え。

古風な石造りスタイルと緑の多い住宅。

魔王船の長い歴史を感じられます。


■プレミアスイート・ケルベロス

門に地獄の番犬ケルベロスをあしらった集合住宅。

外壁はレンガ造りでファンタジックな生活を満喫できます。


■シティテラス・ガーゴイル

エントナンスで邪悪なガーゴイル像がお出迎え。

外壁暗黒タイル張りで、ロハスな木の内装。

木の温もりに包まれて、魔王船での生活をエンジョイ。


■フレアージュ・インフェルノ

地獄の炎を模した植物の園が入り口。

外観は真っ赤なフレア・スタイルのレンガ造り。

内装は清楚な漆喰でナチュラル・ライフの暮らしを。




 今回はこれをメインで召喚してみる。


 全ユニット共通で、待合室、集会室、管理室、ミニ公園がついている。

 1室あたりの占有面積は36~40㎡。

 2LDKで、2~4人で居住可能だ。


 簡易キッチン、内風呂、水洗トイレ、ダイニングキッチン6畳、洋室6畳2つ、ミニバルコニーで構成されている。

 4人家族までは充分な広さだろう。

 少なくとも今の避難所より格段にマシだ。


 それにしても、グランドメゾンとかシティテラスとか。

 まるで地球のマンションみたいな名前だな。

 なんでこうなるのかブレインに聞いてみた。


「それは、魔王様の知識や記憶が、召喚宝典に反映されているからだと思います」


 つまり、俺が召喚した下僕が、俺と記憶を共有しているように、召喚宝典もまた、俺の記憶や経験を元に、召喚物をアレンジしているようなのだ。

 だから、前魔王とは違う、これまでこの世界に存在しなかった魔族も召喚できるらしい。



 まあともかく、物件を召喚してみよう。

 最初に1つだけ召喚して様子を見て、良ければ大量に召喚する。

 とりあえず「グランドメゾン・グレムリン」を選択。

 召喚開始。


 目の前のブロックが、突如光り輝き、召喚がスタートした。

 約10分で召喚は完了。

 目の前にマンション風の建物が現れる。


 門をくぐってエントナンスに入ると、緑の餓鬼をあしらった壁があり、固定された椅子と机があった。

 それに、待合室、集会室、管理室の扉。

 奥の小道に小さな公園がある。


 俺達は小道を通り奥に入る。

 そこには、沢山の部屋がある集合住宅があった。

 うん。

 これはなんというか、鉄の空間の中に出来た、2階建ての地球のマンションみたいだな。

 これを見て、ソフィアやパッツィ、町長は絶句していた。


 次は部屋の内部を拝見。

 ここも内装はマンションに類似している。

 トイレは洋式だし、キッチンもあるが、細かいデザインはこっちの世界寄りになっている。

 欠点としては、家具がない点が問題か。


「凄いわねぇー。私の家より随分立派だわ」


「あたしもこんな所に住みたいなぁ~」


「あぁ。パッツィ達は婚約者だからな。ここよりもっと立派な家をプレゼントするよ」


「本当? やったぁ!」


 パッツィとソフィアが俺の約束に喜ぶ。

 そりゃあ魔王だからな。

 それぐらいの甲斐性は見せとかないと。

 俺は町長に向き直る。


「町長。この住居ユニットで1階に150世帯が暮らせます。2階建てなので300世帯。まあ家族の人数によりますが、この集合住宅で600~700人ぐらいが住めるでしょう。いかがですか?」


「じゅ、充分過ぎます。これならば船内でも快適に暮らせるでしょう。しかし凄いものですな。さすがは魔王様」


 町長の確認も済んだので、右舷、左舷ブロックすべてに住居ユニットを召喚する。

 ここ第5デッキに、町の機能をそっくり再現するつもりだ。


 

 召喚リストには、5種類の住居ユニットがあるが、これを2つずつ召喚して、計10個の住居ユニットを召喚。

 これで第5ブロックの住居には、最大7千人の住民が住めることになる。

 召喚をこれだけで終わらない。


 町を機能させるには、商店や役所がなければならない。

 というわけで、ヴァイタルパート内部の5つのブロックに、それらを設置することにする。

 町長が、一旦第4デッキに戻って持ってきた避難者リストを元に、店舗付き住宅を召喚していく。


 艦首側、艦尾側に商店街ユニットを2つずつ。

 ちょうどヴァイタルパート中心部のブロックに、役所やギルド、避難所などを設置した。

 これでヴァイタルパート内部にも、最大で千人ほどが商売をしながら住むことが出来る。


 こうして第5デッキに、住民が最大8千人住める町が完成した。

 避難民は6千人ちょいだから、これで住宅問題はクリアだ。

 まあ引越しが大変だろうが。


「これで町は完成しました。避難民に住宅を振り分ける時は、リリアならリリア住民同士、村の人は同じ村の人同士で、できるだけ元のコミュニティを壊さないように配慮して下さい。あとはマリオ司令やギルドと相談していただければと思います。引越しが大変ですが、お願いしてよろしいでしょうか?」


「勿論です。ここまでして貰ったのです、後は私達にお任せ下さい。魔王様、本当にありがとうございます」


 何だかんだで、町づくりは14時までかかった。

 後は町長に任せて俺は魔王城に戻る。

 司令の間に着くと、部屋から出てきたマリオ指令が話しかけてきた。


「魔王様。魔王船から左10度、40キロ先に、100名ほどの漂流者を確認しました。レオン海軍の者達と思われます」





エスパーニャ暦5541年 8月6日 14時20分

パルマ島東沖450キロ海上


「やった。バレンシア領軍の竜騎だ。助かったぞ!!」


 海流を漂流していたレオン海軍の兵士達は歓声に包まれた。

 彼らは、レオン海軍、哨戒パトロール艦隊の面々だ。


 彼らは8月1日朝にパルマ島南東でアルコン艦隊と交戦。

 壊滅的打撃を受けて、海上を5日に渡り漂流していたのだ。

 兵達は絶望感に覆われていたが、先ほど、バレンシア領軍の竜騎が上空を通過。

 ドライバーが手を振っていたので、こちらを救助してくれると思われた。


「良かったですな、エンリケ司令」


「ああ、まったくだ。しかし救助船が来るには、まだ時間がかかるぞ」


 副官ガスパール・ブレイの言葉に、パトロール艦隊司令官、エンリケ・アギーレが応えた。

 2人はこれまでの苦労を思い出す。

 まったく、悲惨な漂流だった。


 エンリケ司令は、フリゲート3隻、コルベット2隻でアルコン艦隊と交戦。

 途中でアルコン爆撃騎の攻撃を受け、艦隊は壊滅した。

 無事にレオン湾に逃げられたのは、コルベット1隻のみだ。


 乗員は海に飛び込んだり、カッター艇を下ろして燃える船から脱出する。

 脱出できたのは110名。

 アルコン艦隊は、漂流者を無視して、まっすぐ領都に向かっていった。

 そこからが大変だった。


 降ろせた20人乗りカッター艇は4隻。

 最低限の食料も持ち出せた。

 50人は浮き輪や木片、カッター艇にしがみついた。

 兵達はどんどん沖に流される。


 この漂流の5日間で、重傷者がカッター艇の上で死に、体力の尽きたものが海の底に沈む。

 脱出110名のうち、24名が死亡。

 残りは86名となった。


 エンリケ司令は、兵達の士気を維持するため、懸命に皆を鼓舞したが、それも限界に近づいていた。

 そんな時に、上空にバレンシア領軍の竜騎が現れたのだ。

 皆は喜びに沸き立った。


 しかし、エンリケ司令は冷静だ。

 南に飛び去る竜騎を見ながら、救助艦が来るのは1日以上かかるだろうと見ていた。

 が、その予想は裏切られる。


「エンリケ司令。船です!」


 竜騎が飛び去って、ものの40分程度で、船の姿が見え始めたのだ。

 その船が徐々に近づくと、しだいに漂流者の顔が驚きに染まり始める。

 副官のガスパールがエンリケ司令に尋ねる。


「おかしいですな。漂流が長すぎて、私の目測がおかしくなった気がするのですが……」


「いいや、大丈夫だ。あれは…… あの船が単純に、常識外れの大きさなだけだ……」



 そう言うエンリケ司令も口を開けたまま、接近してくる巨大船に見入っていた。

 その船は、優に30万トンを越えるだろうか。

 巨大船の中央には、大きな城がそびえ立っていた。

 その後ろには、森や山がある。


 エスパーニャ大陸広しといえど、こんなふざけた構造の船を作る国など存在するはずも無い。

 もちろんレオン王国でもだ。

 おまけに、船体はすべて金属でできている。

 この船を製造するのに、どれほどの時間がかかったのか?


 いつのまにか遭難した兵達は黙り込み、その山のような巨艦を見上げていた。

 巨大船は、漂流兵の1キロ先で停止。

 すると艦尾の海との境界線の船体装甲が2つに割れ、扉を開くように、大きく開口した。

 巨大船の中まで海水が入っている。

 ならどうしてあの船は沈まないのか?


 しばらくすると、その開口部から8隻のカッター艇が出てきた。

 近づいてくるカッター艇の乗員を見てみると、バレンシア領軍の兵士のようだった。

 分けが分からない。

 エンリケ司令は混乱した。


 あの巨大船は一体なんなのか?

 どうして、バレンシア領軍の兵士がその船に乗っているのか?

 なぜこの海域にいるのか?


 混乱している間にも、カッター艇は接近。

 幹部らしき男が、敬礼をして大声で声を掛けて来る。


「こちらはバレンシア領軍。領陸軍司令、マリオ・ベルモンテ・カンポです。救助に来ました。そちらの所属をお伺いしたい!」


 数瞬後、ハッとしたエンリケ司令は返礼し、言葉を返す。


「救助感謝します。所属はパルマ島、レオン海軍哨戒パトロール艦隊。私は艦隊司令のエンリケ・アギーレ・カパロスです。あのデカイ船は何なんです?!」


「魔王船です!」


「魔王船ですと!?」


 エンリケ司令は、思わず副官と目を合わす。


「事情は後でお話します。今は救助を優先しましょう。海上の漂流者はこちらのカッター艇に乗ってください!」


「おお、そうですな。おい、皆、そちらのカッター艇に乗り込め。ここから脱出だ!!」


 息を吹き返した漂流者は、我先に泳いでカッター艇に乗り込んだ。

 パトロール艦隊の生き残り86名は、漂流の末、魔王船の救助されることになった。





「ヒューガより連絡。漂流者を順調に収容中。残り20分ほどで全員収容できます」


「うん。ウェルドックに問題はないな?」


「ハッ。特に障害は発生しておりません」


 ブレインの報告に俺は頷く。

 1時間前に漂流者発見の報を受けた俺は救助を決定した。


 あまりパルマ島付近で停船したくはなかったが、だからといって見捨てるのも忍びない。

 俺は救助の指揮をマリオ司令に一任。

 カッター艇8隻は、リリアの領海軍がリリア避難時に、魔王船に持ち込んでいたものだ。

 1時間半で全員の救助を完了した。


「全員収容を確認。ウェルドック閉鎖完了。発進します。両舷前進原速」


「両舷前進原速!」


 16時、キャプテン・キッドの指示で魔王船は再び前進を開始する。


 18時、太陽は完全に地平線に沈み、海上は闇に包まれ始めた。

 俺が司令の間で海の様子を眺めていると、魔王城ホールよりヴァルターから連絡が来る。

 

 どうやら、先ほど救助したパトロール艦隊のエンリケ司令が、俺に感謝の意を伝えたいそうだ。

 俺は面会を許可する。

 玉座に座って待っていると、魔導リフトに乗って、マリオ司令とエンリケ司令がやって来た。

 エンリケ司令は俺の前まで来ると、跪いて感謝を述べた。


「お初にお目にかかります魔王様。私はパルマ島パトロール艦隊司令、エンリケ・アギーレ・カパロスです。マリオ司令から大体の事情は聞きました。まず、救助していただいたこと、心より感謝します」


「いえ、たまたま通りがかったですから。そちらこそ大変だったでしょう」


「はい。沢山の部下が亡くなりました。亡くなった彼らのためにも、私はアルコンを倒さなければならないと考えております」


「なるほど。しかし安全な海域まではお連れしますが、レオン王国に戻るには時間がかかると思います。それまでは協力願いたい」


「無論です。それで、僭越ではありますが、魔王様に恩返しがしたいと思います。我々より選抜した私を含めた見張り員を4名、魔王城に派遣したいのですが」


 いきなりの申し出に、俺は困惑した。

 俺に表情を見て取り、エンリケ司令は言葉を続ける。


「もちろん、今日会ったばかりの私を信用しずらいでしょう。魔王城に入る時は武器を持ちませんし、攻撃魔法も使えない人員のみで見張りを行ないます。必要ならステータスボードも使用して確認してください。我々は1日に爆撃を受けたばかりです。アルコン騎の見分けができますし、海軍所属なので海でのアドバイスも可能だと考えます」


「少しお待ちを。ブレイン」


 俺はブレインを呼んで、玉座の後ろで小声で話す。


「ブレイン。エンリケ司令の提案をどう思う?」


「あの条件なら受けても問題ないでしょう。彼らの監視や盗聴はヒューガが行ないます。ヒューガを含め、我々は現代海戦の知識がありません。エンリケ司令の様々な知識は役立ちます。念の為、監視員をつけることをお勧めしますが」


 何が狙いかは分からんが、それなら問題ないか。

 将来的にはレオン王国とのパイプ役になるかも知れないしな。

 さて監視員は誰にするか……


 そうだ。

 アルコンの攻撃を命じたゼルギウスが余っていたな。

 俺は椅子に座って待機していたシーリッチのゼルギウスを呼び出す。


「ゼルギウス。エンリケ司令とその部下に魔王城での外の見張りを頼むことにした。お前は、魔王城の案内と彼らの警護、及び監視の任務を与える」


「御意。おまかせください」


 相談が終わった俺は再び玉座に座り、エンリケ司令に了承の返事をする。

 

「良いでしょう。明日の朝より見張りの仕事をお願いしたい。警護と案内にシーリッチのゼルギウスをつけます。よろしいですか?」


「もちろんです。我々もこの船が沈むと困りますので、精一杯頑張りたいと思います」


「それで、ついでといっては何ですが、我々に現代海戦の知識とアルコンの戦術などを講義していただけますかね?」


「今からですか? 分かりました。喜んで」


 というわけで、俺、ブレイン、キャプテンキッド、マリオ司令は、作戦室でエンリケ司令の講義や解説を聞くことになった。

 この講義は、今後定期的に開かれることになる。



 20時まで講義を聞き、俺達は解散。

 エンリケ司令は終始ハイテンションだった。

 本当に海が好きな男だという印象だ。

 救助されてそれほど時間が経っていないのにタフだわ。


 俺は魔王城1階に降り、家族と食事。

 マリベルを連れて司令の間に戻った。



 21時。

 魔導通信機を置いている会議室から、マリオ司令が戻ってきた。


「魔王様。漁船と連絡がつきました。この付近を航行しています。魔導ランプを点灯するよう指示しました」


 よし。

 リリア漁船は無事に進んでいるようだ。

 俺はマリベルと見張り台に出た。


 外に出ると冷たい海風が強く吹く。

 夜空には満点の星。

 この世界の夜空は地球とは違い、キレイな銀河が3つ、つねに夜空に現れる。


 2つは天の川銀河のような川状。

 1つは距離が遠く、渦巻き状だ。

 もっとも、俺は地球でも天の川銀河は写真でしか見たこと無いが。


 ともかくも、この世界では、天上には恐ろしいほど美しい夜空が現れるのだ。

 何も無い海上だと、余計に星が輝いて見える。

 しかし、この世界には大きな月が無いので、海はビックリするほど真っ暗だが。



「マリベル、頼む」


「うん。光闇魔法――――闇目ダークビジョン


 マリベルは魔法を発動。

 真っ暗な海面に漁船を探す。

 しばらくして、マリベルは小さな光を見つけたようだ。


「お兄ちゃん。あそこに小さな光があるわ」


 俺もマリベルが指差す方へ目を凝らし、小さな光を確認した。

 魔導伝声管で、キャプテン・キッドに位置を知らせる。


「キャプテン・キッド。1時の方角に光を見つけた。多分漁船だろう」


「了解しました。1時の方角に針路変更します」


 20分ほど進むと、海上の光がハッキリ見えるようになった。

 うっすらと船の影が4つ見える。

 司令の間より魔導伝声管の声がかかる。


「魔王様。確認しました。これより漁船を追い越し、ウェルドックで回収します」


 キャプテン・キッドの命令により、魔王船6階の短照灯を漁船に向け照射。

 漁船の姿をしっかり視認することができた。


 魔王船は漁船を追い越し、後部の装甲扉を開く。

 マリオ司令の連絡で、漁船はウェルドック入り口に向かった。

 俺とマリベルは、見学するため20分ほど歩いてウェルドックに着く。

 まさか、こんなに歩かないと艦尾に来れないとは思わなかった。

 本当、魔王船てデカイよな。

 移動するのが億劫になってくるわ。


 リリアの遠洋漁船は帆走で、自走は不可能だ。

 風を受けてウェルドッグ入り口に来たが、そこからは風を受けにくいので、スピードが緩む。

 そこへ桟橋から上級スケルトン船員が多数現れた。

 スケルトン船員達は次々に海に飛び込む。


 それから漁船に向かって泳いでいき、船尾に2体がしがみつくと、後方に水船魔法レベル4の散水砲を使用。

 その反動で漁船を進ませる。

 遠洋漁船4隻は、次々にウェルドックに格納されていく。


 なるほど。

 スケルトン自体がエンジンになって船を進ませるわけか。

 しかし手間がかかるので、ウェルドックへ格納でする船は、自走可能なのが望ましいな。


 漁船からは、漁民とその家族が元気そうな姿で出てきた。

 ホセさんや町長、マリオ司令が出迎える。

 無事回収が済んだのを見届けた俺達は、魔王城に戻った。


 22時半。

 漁船を回収した魔王船は、予定通り最大戦速の16ノットでパルマ島北に出て、西に針路をとった。

 マリベルが眠そうにしていたので、後のことはキャプテン・キッドに任せて、俺達は魔王城1階に降りて眠ることにした。





エスパーニャ暦5541年 8月7日 6時30分

パルマ島北西500キロ海上


 魔王船は夜間もひたすら西に航行。

 最高速度で突き進んだため、5時にはパルマ島北を抜け、パルマ島北西に離脱しつつあった。

 すぐ南には多数の小島でできたカナリア諸島がある。


 このカナリア諸島には、カナリアスという人間族が、原始的な自給自足の生活をしている。

 島の面積も狭く、海流も複雑なので、小型の帆船しか侵入できない。


 ということなので今回の侵攻では、アルコン海軍もカナリア諸島を無視している。

 戦略的にはパルマ島のほうがよほど重要な拠点なのだ。

 おかげでカナリアスは、今日も平和な日々を送っている。



 魔王ソールヴァルドは、朝食前に司令の間を訪れ、キャプテン・キッドから報告を受ける。

 どうやら遠洋漁船の方でも、シャルルと言う竜騎手が救出されたらしい。

 そのあと、エンリケ司令が見張り員と共にやってきて、見張りを開始。 

 無事にパルマ島を抜けられそうなので、魔王の緊張も緩みつつあった。

 

 空には太陽が昇りつつあり、相変わらず海しかない景色が続く。

 魔王はあくびをしつつ、朝食を摂るため、魔導リフトに向かおうとした。

 その直後、魔導伝声管からエンリケ司令の大声が響いた。


「南9時方向、距離1万メートル。高度2千メートル。アルコン偵察騎発見! こちらに接近中!」


 その偵察騎は、赤獅子レッドライオン、リュック提督が放った偵察騎だった。

 追跡してきたアルコンの第183作戦部隊に、魔王船が捕捉されたのだ。




 見えざる世界でリュック提督を守っている「ご都合主義の女神」は、鋭い目線で遠くの巨大船を睨む。


 見つけた!


 「ご都合主義の女神」は、いやらしい笑みを浮かべながら、その巨大船に手を伸ばし、人々の運命を操ろうとした。



 だが……


 「ご都合主義の女神」の顔は驚愕の色に染まる。


 自らの力が、奔流のような何らかの力によって阻まれる。


 どれほど力を込めても、巨大船に腕が届かない。


 そんな馬鹿な……


 「ご都合主義の女神」は、偉大なる覇王の加護。


 この覇王の加護を撥ね返すことなど誰にも出来はしない。



 そこで「ご都合主義の女神」は、あることを思い出した。


 そう。


 この覇王の加護と唯一互角の力を。




 それは魔王の加護。


 魔王の加護ならば、覇王の加護を押し返すことができる。


 魔王が、魔王が復活している!?



 その事実に衝撃を受けた「ご都合主義の女神」は、見えざる世界で大声で叫ぶ。


 だが、その声が聞こえる者は誰もいなかった。




    第36話 「緊急事態! 生活環境を向上せよ」

   ⇒第37話 「竜騎襲撃! パルマ島沖追撃戦」



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