第34話「リリア脱出作戦! 迫り来る帝国(後編)」
エスパーニャ暦5541年 8月4日 7時20分
リリアの町
基地を襲撃したアルコン帝国竜騎部隊は、続けてリリアの町に襲い掛かった。
4枚翼のシードラゴン、アルセナル種3騎が、ダイブ・ブレーキを開きつつ、リリアの町に迫る。
「来たぞ、逃げろ!」
憲兵や領兵の叫びに、避難民達は逃げようと右往左往した。
リリア全住民はすでに避難を完了。
今のところ町にいるのは、外の村や集落から避難してきた約千名の避難民達だ。
基地が襲撃を受けた時点で、憲兵らの指示で逃げる準備をしていた。
急降下攻撃騎から3発の鉄甲炸裂弾が投下される。
1発目は、無人の居酒屋メルルーサに直撃。
一撃でメルルーサは木っ端微塵に砕け散った。
2発目は教会建物に命中。
リリアの子供達の学び舎、日曜学校の建物が砕け散る。
3発目は、リリア闘牛場観客席に命中。
観客席の4分の1を破壊した。
続けて爆撃騎コードロン種が低空でリリア上空に侵入。
竜爆弾3発を投下、ブレス6発を発射した。
竜爆弾3発は、闘牛場付近に落下、教会、宿屋、闘牛場に大火災が発生した。
ブレスは、高級宿、治療院、商店を燃やし、マリーレスト、レストランテ・リリアにも火が燃え移る。
ソフィアの実家のアパートメントにもブレスが命中、火災が起こった。
攻撃を終了した竜騎達は退却していく。
憲兵や避難民で水船魔法を使えるものは、小規模の火災を消化する。が、大規模火災は燃えるに任せた。
リリアの東北ブロックは、早晩燃え尽きるだろう。
現状では、リリアの中央広場と中央通の面積が大きいので、近接するブロックへの延焼は防げそうだ。
今回は運良く避難民に死者は出ず、重軽傷者4名で済んだのが、せめてもの救いだろう。
地上の様子を見たマリオ司令は「随分とやられたな」と呟き、地下壕に戻って、魔導通信機で総合ギルドのホセを呼び出す。
「マリオ司令だ。ホセさん。大丈夫か?」
「ホセです。まあ、なんとか……」
ホセからくぐもった声で返事が返る。
「攻撃は終わったが、こいつは挨拶代わりだ。また来るぞ。避難作戦を変更する。2時間おきに避難民300名を出発させる」
「多少混乱する可能性がありますが」
「だとしても、やるしか無いだろう。時間はあまりなさそうだ。前線のロッシさんにその旨、連絡してくれ。9時からスタートだ」
作戦変更を指示したマリオ司令は、続けて海軍基地職員に総員撤退の命令を出す。
海軍基地職員6名、警備兵8名は、残存する機材や書類を持って、馬車で迷宮に向け脱出した。
続けて、300名で構成される1組目の避難民がリリアを後にした。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第4章 リリア侵攻脱出編
避難作戦は、燃えるリリアを横目に粛々と進む。
11時、2組目の避難民。
13時、3組目。
15時、4組目が出発。
1200名の避難が完了。
残りは2400名、8組だ。
この時点で、避難民全員がリリアの町に集結していた。
「北方向。距離、約8千メートル。高度五百メートル。アルコン騎来ます!! 急降下攻撃騎6、爆撃騎9!」
15時半ごろ、北から再び竜騎が飛来してきた。
攻撃騎6と爆撃騎3が基地を襲撃。
陸軍基地は懸命に反撃するものの、海軍基地のすべての施設は壊滅、陸軍基地も指揮所を残してほぼ壊滅した。
最後に残った対空臼砲1門が、射撃をし続ける。
「頑張れ! 竜騎は夜に攻撃できん。ここを凌げば、次の日の朝まで爆撃は受けないぞ!」
マリオ司令は味方を鼓舞する。
残りの爆撃騎6は、再びリリアを空襲。
北西・南西ブロックで大火災が発生した。
アイスコレッタ家の大きな家も火に包まれる。
グラナドス牧場もブレス攻撃を受け、家や牛舎に火災が発生、周囲をうろついていた、開放された家畜は驚いて逃げ回る。
このままでは、リリア壊滅も時間の問題と思われた。
アルコン竜騎の20分におよぶ空襲は終わり、死者30名、重軽傷者18名が出る。
避難は1時間遅延したものの、バラバラになった避難民をかき集め、再び避難が実行された。
18時、日が沈む頃に5組目が出発。
21時に6組目が出発した。
同時刻、リリア北15キロの見晴らしに良い高台、夜の林に伏せて、リリアの冒険者パーティー「曙の斥候隊」のリーダー、アロンソ・バレーラが前方を注視していた。
アロンソは斥候とともに、野営地から5キロ北に前進。そこで、アルコンらしき軍勢の姿を確認したのだ。
接近して確認すると、装備品からアルコン陸軍であることが確認できた。
アロンソは速やかに後方に退却、野営地から「アルコン軍発見」の報を載せたゴーレム鳩をリリアに放つ。
一方こちらはアルコン攻略軍。
天幕内にて、司令官と幕僚達は、明日のリリア攻略に向けて、作戦を検討していた。
「ふーむ、リリアの基地と町は壊滅状態であるも、領軍の士気、今だ衰えず。か……」
リリア空襲部隊からの通信をまとめた書類を見ながら、攻略軍指揮官、バジル司令は呟く。
空襲を一度すれば領軍の士気は崩壊、リリアの町もプリアナと同じように無血占領できる。と考えていたバジル司令は、予想外の激しい抵抗に困惑していた。
すでにバレンシア領の有力な町は、壊滅ないし占領下に入っている。
レオン王国軍の動きも鈍く、リリアの領軍、住民が救われる可能性は微塵もない。
にもかかわらず、リリア領軍は徹底抗戦の構えを崩さない。
困惑する理由は、もう1つある。
「リリア住民が、南の雑貨迷宮に向かって歩いているだと…… 一体何のつもりか?」
バジル司令の言葉に、副官セドリックが見解を述べる。
「領軍にも根性のある指揮官がいた。士気が衰えない理由はそれでしょうな。しかし空襲で自暴自棄になって、雑貨迷宮へのろう城を決意したのでしょう」
バジル司令は、セドリックを一瞬見る。
すでにアルコン帝国のバレンシアでの勝利は確実であり、残りは消化試合。
そんな楽勝気分が、セドリックの態度にはありありと見える。
こいつの考えることは、いつも楽観的なほうへ偏っている。
とバジル司令は常日頃から思っていた。
しかし、今の状況では、そう解釈するのが普通で、反論できる情報は無かった。
それにしても、何かがおかしい……
バジル司令のカンは、その解釈が間違っていることを告げていた。
しかし、どの部分に違和感を感じるかは、バジル司令にも分からない。
結局現地に行って状況を確認しなければ、この違和感の正体が分からないのだろう。
バジル司令は決断する。
「よし、領都に竜騎での支援を要請。明朝7時にリリア空襲を行なわせよ。その直後、我々も突入。リリアを制圧する」
「「「ハッ!」」」
それは当たりもしないのに対空砲を撃ちまくった、マリオ司令の努力が実った瞬間だった。
抵抗を続けて、士気旺盛であるのを見せつけ、消化試合での損害を嫌うアルコン軍の進撃速度を遅らせるのだ。
もしアルコン攻略軍が、ここで野営をせずにリリアに突入したのなら、領軍は壊滅、脱出作戦は中断せざるえなかっただろう。
最終的にマリオ司令は賭けに勝った。
後は残された時間で、脱出作戦を完遂するのみだ。
避難作戦は夜を徹して行なわれる。
23時に7組目が出発。
日が回り、8月5日深夜1時に8組目。
3時に9組目、5時に10組目。
これまでに1800名が避難を完了。
残りは600名。
あと2組。
仮眠から目覚めて、太陽が昇る景色を確認したマリオ司令は、魔導通信機を手に取る。
「ホセさん。起きているか?」
「こちらホセです。当然起きています。あと4時間で脱出ですからね」
「それなんだが、脱出の予定を繰り上げる。残りはあと2組だ。6時と7時の2回に分けて避難民を脱出させる。まだ動き出してはいなようだが、北15キロにアルコン軍が展開してるのだ。」
「もう来ているのですか。分かりました。かなり混乱するでしょうが、脱出させましょう」
「それからホセさん。6時の出発の時に、あなた方ギルド職員、冒険者、探索者も全員避難してください。最後の組の護衛は我々が行ないます。」
「しかしそれでは……」
「我々は軍人です。最後まで住民の安全の責任を持ちます。今までのご協力、感謝しております。何、奴らが来る前に我々も脱出しますよ」
「……分かりました。迷っている時間はなさそうですね。撤退準備を始めます」
「よろしくお願いします。空襲には気をつけて」
マリオ司令とホセの短い打ち合わせは終わった。
ホセはさっそく前線のロッシに連絡、撤退準備を進める。
6時ちょうど。
11組目の避難民300名が出発。
その出発に合わせ、ホセとギルド職員、避難民護衛の探索者4組も燃えるリリアを後にする。
連絡を受けた街道警備の冒険者3パーティーも撤退を開始した。
今回の避難は、300名の避難に1時間しか使用できない為、避難民を階段で降ろすとともに、ギルドが所有する雑貨迷宮の迷宮鍵3つも併用して、効率よく地下に避難民を移動させることにした。
エスパーニャ暦5541年 8月5日 6時
封印洞窟 魔王船 司令の間
「キャプテン・キッド様。現在のヒューガの状況。魔力浸透率94パーセント。コア表面温度126度です」
「魔王城、推進機構、全修復完了。船員は他の区域の修復に回します。」
「結構、魔導ポンプジェット起動。予備運転開始」
「魔導ポンプジェット起動。予備運転開始!」
上級船員が操作を行なうと、微妙な震動とかすかな起動音が魔王城にも聞こえてくる。
「この音……」
「……うん。もうすぐ動き出す……」
第4デッキにいたマリベルとマルガリータは、魔王城よりハッキリとその音を聞いた。
避難民達も出発が近いことを確信し、気を入れなおす。
第1甲板に出ているものは、ほとんど誰もいないので皆気づいていないが、魔王城はその姿を大きく変えつつあった。
城の様々な隙間から、異形の肉塊、目玉をもった肉玉が次々に生えてくる。
ソールヴァルドのいるブリッジ外壁の直下からは、ヒューガの巨大な肉の顔がせり出して来た。
「素晴らしい。これが魔王城の本当の姿!」
魔王城周辺の警備を行なっていた、シーリッチのエッケハルトは、隙間が肉と目玉で詰まった、異形の魔王城を見上げて嘆願の声を上げる。
予備運転の異常が無いことを確認したキャプテン・キッドは、魔王に報告を行なう。
「魔王様、予備運転異常なしです。予定通り9時には出航できるでしょう」
その様子を、少しそわそわしながら見ていたソールヴァルドは、静かに頷いた。
エスパーニャ暦5541年 8月5日 6時
リリアの町 北5キロ街道
「おい。ついに動き出したぞ」
夜中にリリアの北15キロでアルコン軍を発見した、冒険者パーティー「曙の斥候隊」は、夜が明けてからリリアに向かい、アルコン陸軍が見えるギリギリ、リリアから北5キロまで後退していた。
先ほど部隊が慌しく動き出したので、注視していたリーダー、アロンソは、アルコン陸軍がリリアに向け動き出したことを確認。
ただちに用意していたゴーレム鳩をリリアに放つと、「曙の斥候隊」の面々は、大急ぎでリリアに退却した。
同じ頃、ロッシが打ち上げた村祭り用の花火を見て、南の監視をしていた冒険者パーティー「白銀の射手」も、雑貨迷宮へ向け撤退を開始。
ゴーレム鳩の連絡を受けたマリオは、残っている領兵を全員集合させた。
「諸君。いよいよアルコン陸軍がリリアにやって来る。8時には到着するだろう。これより我が軍は、魔王船への撤退を開始する。我が方も4名の犠牲者が出たが、脱出作戦はこれで終了だ。皆、よくやってくれた」
そう言うと、マリオ司令は敬礼を行なう。
領兵は全員が敬礼を返した。
「では最後の避難民を守りながら、撤退を開始する。空襲に気をつけよ!」
マリオ司令と領兵達は、地下壕に隠してあった馬に乗り、リリア南門に集結。
退却してきた「曙の斥候隊」と合流し、避難民を守りながら7時に南門を出発した。
リリアには、もう誰も残ってはいない。
最後の避難民は、若い男を中心に構成される。
女、子供、けが人、老人は優先して避難済みだ。
避難民は、黙々と前進、雑貨迷宮が見えた所で、後方で異変が発生した。
「司令、リリア上空に竜騎多数! こちらにも数騎向かってきます!」
「全員、走れ!!」
マリオ司令の号令で、避難民全員が雑貨迷宮に向けて走る。
アルコン陸軍とタイミングを合わせるため、若干時間を遅らせて、アルコンの空襲が始まった。
最後に残った陸軍指揮所を粉砕して、リリアを爆撃、一部の竜騎が雑貨迷宮に飛来したのだ。
懸命に走る避難民に爆弾が炸裂し、ブレスが襲い掛かる。
無事に迷宮にたどり着いた避難民が、次々に迷宮に踊りこむ。
「落ち着いて避難してください。こっちです!」
すでに迷宮内の探索者は、魔王船に戻り配置についていた。
代わりに、魔王船待機組のカルメーラ達領兵が、避難民を出迎える。
8時。
アルコン帝国の攻略軍がリリアに突入。
が、リリアは完全にもぬけの殻だった。
それを見たバジル司令は、違和感の正体に気がついた。
最初の想定では、リリアの一部住民と領兵が迷宮に立て篭もっていると考えていたが、リリアには誰一人残っていない。領兵もだ。
しかし、エルチェ方面に難民が流れてきた様子も無く、プリアナのように内陸に避難したわけでもない。
つまり……
「しまった、そういうことか。やられたわ!」
バジル司令は叫び、ただちに命令を出す。
「騎兵及び魔導騎兵は俺に続け、雑貨迷宮に向かう! セドリック、貴様は歩兵を連れて迷宮へ走って来い!」
「と、突然どうしたんですか!?」
副官のセドリックは、指揮官の豹変に泡を食った。
「馬鹿者! まだ分からんのか! いいか、あの雑貨迷宮は10層しか無いのだ。リリアの人口は約2千人。いくらなんでも全員が迷宮に入れるはずが無い! ということは、あの迷宮のどこかに抜け道が有るということだ。とにかく行くぞ! 我に続け!」
「「オオッ!!」」
馬に乗ったバジル司令と騎兵30名、魔導騎兵30名は、駆足で雑貨迷宮に走った。
その後を、副官セドリック率いる歩兵40名、弓兵10名がついていく。
3回目の空爆で、道中に死者42名、負傷者23名を出しながらも、なんとか住民の避難は完了。
最後に領兵数名とマリオ司令が迷宮に入る。
後ろを振り返ると、遠くで砂埃が舞うのが見えた。
「もう来たか。上手くごまかせん物だな。逃げるぞ!」
マリオ指令たちは、全速力で迷宮を駆け下り、魔王船への通路を走る。
一方アルコン帝国は、雑貨迷宮入り口に到着。警戒しつつ中に入る。
「バジル司令。この迷宮は死んでおります!」
普段の迷宮より、照明が薄暗いことに気付いた兵士が報告する。
「そうか。俺のカンを信じろ。迷宮最下層に向かう。もし抜け道がなかったら、その時調べればよい。騎兵1名はここに残れ、他は俺に続け!」
バジル司令はそう叫ぶと、最下層に向け走りだした。
マリオ司令達は15分で通路を踏破。
最後の通路から、魔王船に滑り込んだ。
この最後の通路は、内側から見ると地下通路のようだが、外から見れば、岸壁から伸びて魔王船第4デッキに繋がる、石造りの陸橋にみえる。
「私達で最後だ。やってくれ!」
マリオ司令は叫んだ。
第4デッキの両舷は、外に出ることが可能であり、外には大砲を据え付けられるスペースが空いていた。
いわば、外に露出した戦列砲甲板と言ってよく、ここに冒険者、探索者、領兵の、弓士、戦闘魔法師、神聖魔法師が大勢陣取っていた。
マリオ司令の避難完了の連絡を受け、戦闘魔法師が一斉に杖を構えた。
探索者パーティー「迷宮のランセ」のセレスティーナは、扇子ロッドを構えて、石造りの陸橋を狙いすます。
セレスティーナの常人より豊富な魔力が杖に集まる。
「冷熱魔法――――爆発!」
セレスティーナの杖より、大きな火の玉が発射された。
その発射を皮切りに、戦闘魔法師が、次々に魔法を放っていく。
「岩砂魔法――――岩石弾!」
「風雷魔法――――広範囲雷撃!」
「岩砂魔法――――石散弾!」
「冷熱魔法――――炎槍!」
「冷熱魔法――――氷矢」
陸橋は10発近い魔法を受け、その攻撃に耐えられず、大きな音を出して崩落した。
マリベルはそれを見て、伝声管に飛びつく。
「お兄ちゃん! 避難完了。陸橋を破壊した!」
「分かった!」
マリベルからの報告を、司令の間で受けたソールヴァルドは、キャプテン・キッドに命令を下す。
「やれっ!」
「ハッ、艦首魔導モーター起動。アンカー巻上げ開始! 出航用意!」
左舷の露出型戦列砲甲板では、弓士や戦闘魔法師は、まだ構えを解いていない。
なぜなら、陸橋が崩落して、しばらくしてから大勢の話し声や足音が通路から聞こえてきたからだ。
アルコン兵に違いない。
皆は息を飲み込み、静かにその時を待つ。
数瞬して、通路に響く足音がピタリとやむ。
そして6名のアルコン兵が飛び出してきた。
「今だ、撃て!」
冒険者のフローリカが剣を振り、指揮を執る。
「冷熱魔法――――炎槍!」
「風雷魔法――――雷撃槍!」
「冷熱魔法――――氷矢!」
魔法と矢が次々に放たれ、それを受けたアルコン兵が倒れていく。
しかし倒せたのは4名で、2名は陸橋の瓦礫を盾に隠れた。
通路奥で、バシル司令は外の様子を覗き見、目を丸くした。
「なんだ、あの大きな城は。地下にあのような城があるとは……」
外の様子を見てみると、通路の入り口を出て、なだらかな下り坂が10メートルほど続き、なにかの石の瓦礫が転がった平坦な洞窟の床が、30メートルは続いていた。
そこから先は5メートルほどの水を満たした溝があり、その先に鉄で出来た巨大な構造物と城がった。
アルコン兵を待ち構えている冒険者や探索者は、その構造物の20メートルほどの鉄の壁の、真中のテラスに陣取っていた。
「それにしてもやっかいだな。おい、お前らの中で、風雷魔法レベル3の飛翔が使える者は何人いる。」
「ハッ、我々が使えます」
バジル司令の問いに、魔導兵7名と騎兵3名が前に出る。
「10名か。よかろう。魔導兵前列に、騎兵後列。魔導兵は岩壁、氷壁を展開、騎兵と共に突破口を開け、お前らは、あの鉄の構造物に接近、飛翔でテラスに乗り移れ」
「了解しました」
「それでは用意、かかれっ!」
バジル司令の命令により、魔導兵は通路出口前面に岩壁、氷壁を作り出した。
その一時的に出来た遮蔽壁に向かって、次々と魔導兵や騎兵が飛び出す。
「まずいぞ! 攻撃開始!」
フローリカは再び号令を出す。
探索者や冒険者は再び、魔法や矢を連射する。
移動中を狙われ、アルコン兵は倒れるが、少しずつ前進して、魔王船から25メートルの距離まで詰めた。
「よし、反撃開始!」
バジル司令の号令一下、アルコン兵は一斉に魔法を打ち出す。
基本的にアルコン兵は、騎兵が低レベルの、魔導兵が高レベルの魔法が使用可能だ。
打ち下ろしになるので、場所的には冒険者達が有利だが、平均的な魔法能力ではアルコン兵が有利になる。
岸壁で、激しい魔法と矢の応酬が開始された。
パッツィとタマラの矢が、魔導兵を貫く。
アルコン騎兵が石散弾を発射し、冒険者の弓士2名を撃ち倒す。
セレスティーナの爆発が、魔導兵3名をまとめて吹き飛ばす。
探索者が放つ矢を、魔導兵が風盾で防ぐ。
岸壁は瞬く間に、双方の怒号、魔法、矢が飛び交う戦場となった。
「―――――精霊赤魔法!」
ソフィアは火玉を発射した。
火玉は誘導され、見事に魔導兵に命中。
魔導兵は火達磨になり、転がり回る。
「やった!」
一瞬油断したソフィアに、アルコン騎兵が放った雷撃矢が飛んできた。
「危ない!」
そこへカルメーラが飛び出し、ソフィアの盾になった。
雷撃矢はカルメーラの背中に命中した。
「ぐぅっ!」
「カルメーラ!」
倒れたカルメーラをソフィアは後方に引きずっていく。
「大丈夫、カルメーラ?」
「うん…… 大丈夫」
「待ってて、神聖魔法師を連れて来るから」
「待ってソフィア、……私 私あなたに…… 謝らなければならないことが、あるの……」
「えっ……」
「……子供の頃、あなたに精霊魔法を教えたけど、ソフィアは上手く使えなかったよね…… ちゃんと調べれば解決する方法はあったのよ。だけど私は気がつかなかった。……ソフィアのお母さんが病気で大変な時も、私はソフィアを助けなかった…… ごめんね。私なんかソフィアに友達面できないよね」
「ええっ!? 別にそんなこと気にしてないよ。私に才能無いのが悪いんだし。こんな時に話すことじゃ無いじゃない」
「こんな時だからよ。私、本当は凄く臆病なの…… だから、だからソフィアに謝れなくて……」
そう言うとカルメーラは少し涙ぐむ。
ソフィアの心は動いた。
ソールに出会うまで、自分は孤独なのだと感じていた。
でも本当は違った。
自分のことをこんなにも考えてくれる友人がいたのだ。
たとえそれが1人だけだったとしても、ソフィアは嬉しかった。
「もう、臆病な人が私の盾になったりしないって。……でも、ありがとう」
そう言うと、ソフィアは優しい笑顔をカルメーラに向けた。
セレスティーナは4発目の爆発を放つ、そこへ魔導兵が石散弾を打ち込んで来た。
「セレス! 危ない!」
エヴァートンは前に出て、盾で石散弾を防ぐ。
反動で2人は後ろにひっくり帰った。
「大丈夫かい、セレスティーナ」
「ええ、エヴァートン。ありがとう」
エヴァートンとセレスティーナはしばし見つめ合う。
その様子を見て、チキータの胸は締め付けられるように苦しくなった。
人に愛を向けられた経験が少ないチキータは、エヴァートンとどう親しくすればいいかが分からない。
愛すること、愛されること。
それがとても怖い。
自分ではなくなってしまう気がして……
だから、そうなりそうになったら、エヴァートンに反発して心の平安を取ってしまう。
でも心の奥底では、エヴァートンを愛したい、愛されたい。そう求めている。
何故だかチキータは、とても心が悲しくなった。
チキータは顔を伏せる。
そんなチキータをセレスティーナが悲しげな瞳で見ていた。
後方で指揮をとっていたバジル司令の元に、副官のセドリックが駆けつけた。
「遅くなりました」
「よし、弓士1名を歩兵2名に守らせて、魔導兵と騎兵の援護をせよ」
後方から次々と歩兵と弓兵がやって来て、戦線に投入される。
位置的優位にもかかわらず、アルコンの数的優位に冒険者達は押される。
そんな中、岩壁を盾に、10名の魔導兵と騎兵が15メートルまで魔王船に接近できた。
飛翔を使って、砲列甲板に乗り移るべく、突撃を敢行する。
と、いきなり真上から馬鹿デカイ矢が飛んできた。
その大きな矢は、20メートル上の第1甲板から撃ち下ろされたもので、鎧や盾をやすやすと貫通。
瞬く間に、6名の魔導兵が撃ち倒された。
焦る騎兵の前に、赤い目をもつ黒ローブの骸骨とスケルトン・ヘビーアーチャーが現れる。
「ヌフフフフ…… 我はシーリッチのゼルギウス。待たせたなアルコンの諸君。我がたっぷりと歓迎してやろう。魔王様の歓待に、むせび泣いて喜ぶがいいぞ」
ゼルギウスはそう言うと手を振った。
スケルトン・ヘビーアーチャーが、一斉に攻撃を開始。
「死霊魔法――――骨槍!」
ゼルギウス自身も魔法を使用、矢と魔法で、突入しようとした騎兵3人も壊滅した。
さらに第1甲板には、スケルトン上級船員10名が出現。
水船魔法、散水砲をアルコンに向け発射、アルコン兵をビショビショに濡らしたり、吹っ飛ばしたりした。
あまり攻撃力は無いが、足を滑らせたり、魔法を使う集中力を奪ったり、地味な嫌がらせが可能だ。
ルーキー「ドラゴン・シーカー」の戦闘魔法師、エヴァは、低レベル魔法を必死に撃っていたが、魔導兵の雷撃槍をまともに食らい、後方に吹き飛ばされた。近くで弓を撃っていた黒エルフのリンダが走り寄る。
エヴァは、身動きもできないほどのダメージを受けたようだ。
「エヴァ、大丈夫か!」
「わ、わたし…… このまま、死んじゃうのかな……」
「馬鹿、簡単にあきらめるな! エヴァが死んだら、シモンに誰が発破かけんのさ。待ってな、今、神聖魔法師探してくるから!」
目に涙を溜めながら、リンダは走り出した。
「ぐおっ!」
弓を撃っていた、獣魔馬頭族の斥候ブラウリオの胸に矢が突き刺さった。
ブラウリオは崩れ落ちる。
「ブラウリオ!」
フローリカが駆け寄る。
「おいてめぇ大丈夫か。今助けてやるからな!」
「あ、姉御……」
フローリカは矢を引き抜き、高位ポーションをかけ、飲ませて応急処置をした。
神聖魔法師を探そうと周りを見回すと、倒れた冒険者や探索者が沢山いることに気付いた。
皆重症で、神聖魔法師が懸命に治療しているのが見えた。
フローリカは、それを見て怒りを覚えた。
「ざけんな…… ふざけんなよっ! もう9時回っただろうが! このポンコツ、いい加減に動きやがれ!!」
フローリカは、剣を床に思い切り叩きつけた。
激しい戦闘は今も続いており、誰もフローリカを気にかける者はいない。
フローリカは魔王城を睨み、吼える。
「動けぇぇぇー!!!!」
戦場の喧騒の中をフローリカの絶叫が轟いた。
第34話 「リリア脱出作戦! 迫り来る帝国(後編)」
⇒第35話 「魔王船発進! アディオス・リリア」




