第32話「黄昏のリリア! 避難準備を開始せよ」
エスパーニャ暦5541年 8月2日 16時
リリアの町
それは唐突に始まった。
リリアの四方の入り口が、領兵により突然封鎖されたのだ。
町角には憲兵が立つ。
町行く人々は何事かと眉をひそめる。
そんな中央通りを、騎兵が大声を上げながら進んでいく。
「こちらは領陸軍です。非常事態により、これより戒厳令を布告します。外出中の皆さんは、1時間以内にただちに自宅内に戻ってください!」
それと同時に、徒歩の領兵や憲兵も店を回り、リリアの商店は次々に閉まっていった。
リリアの住民は不安になりながらも、自宅へと帰宅していく。
1時間後、ほとんどの住民は家に戻り、外の通りには領兵と憲兵が立っているばかりになった。
リリアの町は速やかに戒厳令下に入ったのだ。
17時。避難民第1陣が避難を開始した。
ケンタウロ・マキアのメンバーの家族達だ。
朝10時頃にパッツィ、ソフィア、マリベル、マルガリータが町に帰還。
家族にアルコンの攻撃と脱出作戦を説明する。
全員の家族が衝撃を受け、ついで大騒ぎになった。
それから各家族は、目一杯の荷物を貸し倉庫屋に突っ込み、持てる貴重品と荷物をかき集めて、17時に町の南門に集結。
領兵の許可を取って雑貨迷宮に出発した。
牧場を経営しているグラナドス家は別行動で、14時にパッツィと弟2人、装甲狩猟犬2匹、領騎兵4人で家畜の移動を行なう。
移動させる家畜は、若いものを優先に、牛6頭、イベリコ豚30頭、ヤギ12匹、馬のポニー3頭となった。
ポニーの荷車に家畜の餌を積み込み、パッツィ達は家畜を誘導しつつ雑貨迷宮に進む。
それとは別に、領軍の馬車が、牧場のチーズやハムを全て積載して移動する。
残りの家畜は、アルコンの食料になるのを避けるため放され、魔牛は危険なので殺処分となった。
雑貨迷宮10層には、迷宮鍵で家畜ごと移動し、魔王船には長いスロープのような通路を進む。
幸い魔王船まで階段がないので、家畜の移動は比較的スムーズに進む。
が、それでも家畜の移動には17時までかかった。
パッツィ達の仕事はそれで終わりではない。
魔王船に残った弟2人は、移送リングで、牧場の倉庫から次々と荷物を取り出す。
パッツィと馬車、領騎兵はもう一度牧場に戻り、今度は餌と家財道具を輸送する。
そうこうしている間に、ソフィアやマリベル達の家族が、次々に魔王船に到着した。
エスパーニャ暦5541年 8月2日 12時
封印洞窟 魔王船 魔導リフト内
俺達は魔導リフトに搭乗。
そのまま第7デッキから第1デッキに一気に移動した。
はぁ。
階段登るのに比べたら随分楽だわ。
久々にエレベーターに乗ることができた。
まさかこんなファンタジーの世界で、エレベーターに乗ることができるなんて夢にも思わなかった。
竜騎母艦にはあると聞いてるが、普通町にはないしね。
第1デッキにすぐに到着。
リフトを降りて通路を進み、魔王城ホールのエントナンスに出た。
そこにはリッチのヴァルターがすでに警備についていた。
「魔王様ご入城!」
ヴァルターはそう言うと、杖で床を叩く。
するとスケルトンファイター10名が、ジャキンっと剣を立てて通路にズラッと並んだ。
ブレインやキャプテン・キッドはさも当然のように通路を進む。
でも俺は若干引き気味だ。
やはり元パンピー、こういう仰々しいのは苦手なのだ。
しかし改めてこいつらの姿を見ると、ビジュアルが怖いよなぁ。
スケルトンファイターは鎧を着てるが黒で統一。
ヴァルターはきらびやかな仮面をドクロの上から被ってるが、目は青白く光って、黒ローブ姿だ。
どう贔屓目に見ても死神にしか見えない。
杖じゃなく大きな鎌を持てば、さぞ似合うことだろう。
彼らを横目に見ながら、俺達は魔王城のリフトに乗って、再び上を目指す。
ブレインによれば、魔王城は10階建てで、5階に様々な司令を発令する「司令の間」があるそうだ。
地球の船で言うブリッジに相当するものだな。
5階に到着。
さっそく司令の間に入る。
艦首側に部屋があり、某宇宙戦艦にように前方がガラス張りだ。
いや、多分ガラスより頑丈な何かだと思うが、俺には材質が分からない。
そうか鑑定すればいいのか。
まあ、今はいい。
キャプテン・キッドと上級船員は、操舵輪の点検や、複雑な計器のチェックをしている。
俺は窓からの景色を楽しんだ後、後方の玉座に向かう。
玉座は、印象的な螺鈿細工で飾られている。
これが魔王の玉座か。
俺は座ってみた。
ひんやりとした石の感触が気持ちいい。
でもこれ長時間座ると尻が痛くなりそう。
座布団が必要だな。
俺が玉座の座りごここちを確認していると、キャプテン・キッドが操舵輪から離れ、魔導伝声管に向かう。
魔導伝声管に、キャプテン・キッドが渋い声で叫んだ。
「魔王船各部状況知らせ!」
「こちら艦首区画、アンカー巻き上げ機に損傷あり、修復に20時間が必要」
「こちら艦尾区画、魔導ポンプジェット一部に損壊あり、修復に42時間必要」
「こちら船底区画、船底調査中。完了まで残り18時間」
「こちら魔王城1階、修復継続中。1階修復完了まであと5時間」
「こちらウェルドッグ。内部桟橋に損傷あり、修復に14時間必要」
「各部、修復を続行せよ!」
魔導伝声管から続々と報告が上がる。
あちゃー、やっぱ600年だもんな。
そりゃ色々傷むところは出てくるわなぁ。
隣にいた上級船員が、キッドに報告した。
「キャプテン・キッド様。現在のヒューガの状況。魔力浸透率18パーセント。コア表面温度89度。ヒューガの体積は600年前に比べ20パーセント縮小しています」
「うむ。ブレイン殿。ヒューガに魔王城と推進機能を優先するよう伝えてくれないか?」
「分かりました。ヒューガに伝えます」
ブレインとキャプテン・キッドは、その後も話し合いを続ける。
俺はぶっちゃけ、何もすることが無い。
会話が終わったブレインは俺に話しかける。
「魔王様、すぐ後ろに魔王室がございます。そこで食事を摂ってお休みください。お疲れのようです」
「ああ、そうだな…… 17時ぐらいになったら起こしてくれるか? 多分その頃にはマリベルも着いてるはずだから」
「心得ました。あとは私にお任せ下さい」
俺は玉座を後に、魔王室に入った。
扉を閉めると何も聞こえない。
たいした防音性能だ。
部屋の中を調べてみたが、家具は全部ボロボロになっていた。
しかたないので、床に座って、移送リングから弁当を出して食べる。
食事が終わり、俺は移送リングから倉庫の荷物をすべて引っ張りだした。
昨日のうちに、限界まで倉庫に荷物を詰め込んだのだ。
最後に布団と毛布を出し、床に敷いて俺は横になる。
疲れていたのか、あっという間に眠ることが出来た。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第4章 リリア侵攻脱出編
「魔王様」
俺はハッとして目が覚める。
思いっきり熟睡してたわ。
目の前にはブレインがいた。
「マリベル様以下、全員着いた模様です。魔王城ホールにいます。ヴァルターが許可を求めています。現在の時刻17時50分です」
「ん。俺が直接行こう。ブレインも一応来てくれ」
スッキリとした頭で、俺は魔王城1階に向かった。
ホールにはマリベルがいた。
何やらヴァルターと話している。
「ドフフフ、あなたが魔王様の妹君ですな。さすが聡明な雰囲気をまとっていらっしゃる」
「あ、ど、どうみょ、ありがとうごりゃいます」
ヴァルターは優しげに話しているが、マリベルは完全にビビッている。
そりゃ死神みたいなビジュアルだからな。
マリベル舌を噛みまくってるし。
「おーい。マリベル。みんな」
「あっ、お兄ちゃん。良かったー」
マリベルはあからさまに安心した表情を浮かべる。
「おいヴァルター。ここにいるのが俺の親族だ。皆の顔を覚えて、自由に通過させてやってくれ」
「ハッ、承知致しました」
ヴァルターは俺に頭を下げる。
それを見てイレーネは「あらぁソール。もうすっかり魔王ね」と俺を茶化し、マルガリータは「……素敵」と俺をうっとりと見て、ソフィアは「おおー魔王だー」と感心していた。
「あれ、パッツィは?」
「パッツィさんは牧場よ。まだ荷物全部運んでないみたい」
「そっかぁ、大変だなパッツィも」
ところで、親族達を魔王城のどこに住まわそうか、考えるのを忘れていた。
どうしようか?
ええい、困った時のブレイン頼みだ。
「それなら1階の奥はどうでしょう。1階の修復はすでに終わっています。トイレも使用できますし、仮住まいには良いでしょう」
さすがブレイン。
俺はさっそく親族を1階奥に案内した。
エスパーニャ暦5541年 8月2日 19時
リリアの町 総合ギルド
このリリアの総合ギルドには、冒険者6チーム、探索者12チームが登録している。
いずれもリリアに拠点、住居のあるパーティーだ。
田舎らしく、登録チームは極めて少なく、総合ギルドの建物はそれほど大きくはない。
その大きくない建物に、18時より続々と冒険者、探索者が集結しつつあった。
ギルド側は、ありったけの椅子を用意。
やって来た者たちは、すし詰め状態で席に着いていく。
最終的に、カウンター以外は、すべて冒険者、探索者で埋め尽くされた。
「紅姫と疾風従者」も最前列に詰めていた。
このギュウギュウ詰めの室内に、1人の闘牛士の男と2人の美少女が座っていた。
エヴァートン・パリス・リーリョ率いる「迷宮の闘牛技」という名のパーティーだ。
「いきなりの自宅待機、夕方の戒厳令、それに緊急招集。一体何が起こってるんだろうな?」
青毛の男、エヴァートンは、不安げな顔で隣の金髪美少女に話しかける。
「わたくしにも分かりませんわ。魔獣の暴走か何かでしょうか?」
戦闘魔法師の美少女、金髪で黄目の人間族、セレスティーナ・スルバラン・カナレハスが答える。
彼女の姓スルバランの通り、セレスティーナは、闘牛ギルドのギルドマスター、ゴンサレス・スルバランの娘だ。
彼女は最近、戦闘魔法師の間で流行っている装備品、扇子ロッドの扇子部分をパタパタと顔に向けて振って、涼をとっていた。
日は沈んだとしても今は夏、おまけにこれだけ人が集まっているので室内は蒸し暑くなる。
この扇子ロッドは、戦闘魔法師用の杖に風の生活杖を組み合わせたものだ。
普通は触媒用の杖として使うが、反対側に扇子がついており、これで風を起こして涼を取ったり、口を隠したりできる。
探索者や冒険者が使うには微妙な装備品だが、現在、レオン王国では女性の戦闘魔法師の間で大流行している。
この扇子ロッドは、武器としてより、可愛いファッションアイテムとして皆に認められている。
王都で作っている正規品は、最低でも金貨20枚するが、風の生活杖が組み込まれていないコピー品なら、金貨1枚から手に入る。
もちろん、セレスティーナが持っている扇子ロッドは正規品であり、4つ星魔力結晶も組み込める、金貨40枚もする最高級品だ。
「それは違うわね。だったら、とうに連絡が来ててもおかしくないわ」
もう1人の赤毛の神聖魔法師。緑目の人間族美少女、チキータ・コンチネンツァ・キュラールも話に入る。
彼女は横目で、セレスティーナとエヴァートンの体がくっついているのを確認、自分もエヴァートンに体をくっつけた。
セレスティーナとエヴァートンはいい仲で、キスまでいってるらしい。
チキータは内心焦っていた。
「とにかくエヴァートン。やばそうな案件なら逃げんのよ。死んだら意味ないんだから」
「あらあら、エヴァートンのことが心配なのね。チキータ」
「なっ、私はパーティーの利益を考えてるのよ。エヴァートンの心配なんかじゃないから、勘違いしないでよね!」
しかし、チキータは典型的なツンデレ美少女であり、エヴァートンの前ではいつもこんな態度をとってしまう。
それが分かっているのか、セレスティーナは世話を焼きたいと思っているが、彼女をライバル視しているチキータは、なにかと姉御風を吹かそうとするセレスティーナが気に食わなかった。
これまでの彼らの経緯だが、エヴァートンは、雑貨迷宮でソールヴァルドから迷宮の手ほどきを受け、とりあえず武具迷宮に向かった。
雑貨迷宮では、ソールヴァルドの探索の邪魔になると考えてだ。
すると道すがら、魔獣に襲われている馬車を発見、助太刀に入る。
その馬車に乗っていたのがセレスティーナだった。
セレスティーナは、領都の魔法学院で学び、卒業間近で里帰りしていたのだ。
セレスティーナに気に入られたエヴァートンは、ゴンサレス・スルバランの許可を得て、護衛として領都に行く。
少しだけ魔法学園に在籍、そこで出会ったのが下級貴族のチキータだ。
チキータは政略結婚の道具として、嫌な貴族と結婚させられそうになるが、何故だかなりゆきで、エヴァートンが貴族と決闘、勝利を収めチキータを救う。
その後、領都のトーナメント式腕試しに参加。リリアに3人で戻る。
その護衛の報酬で魔牛も買えた。
ここまでで20日間の出来事。
馬車の襲撃への助太刀、魔法学院、貴族と決闘、トーナメント式腕試し。
ソールヴァルドが知ったなら「どこのテンプレファンタジー小説だよ」と突込みが入ることだろう。
19時。
ギルドマスターのホセとサブマスターのロッシが2階から降りてくる。
「おいおい。ホセさんよ。いきなりの自宅待機命令だ。損害は補填してくれるのか?」
「それよりこの戒厳令は何なんだ、ドラゴンでも束で攻めてくるのか?」
「割のいい仕事が飛んだんだ。今回の非常召集は報酬はずんでくれよな」
冒険者や探索者は口々に不満や疑念を喋る。
といってもここは田舎町。
ほぼ全員が知り合いか顔見知りだ。
殺伐とした雰囲気にはならない。
「皆よく来てくれた。さっそく説明に入りたいと思う。そうだな、時間も無いので手っ取り早く。フローリカ、昨日の出来事を話してやれ」
「私かい。まあいいさ」
そう言うとフローリカは立ち上がり、ホセのすぐ横に立ち、カウンターにもたれる。
「私はパコの旦那の仕事を引き受けた。うちの冒険者は全員やったことあるわな。リリアから領都までの荷物の護衛さ。で昨日の15時には領都あたりに来た。あと少しで着くところで突然、どかん! だ。領都を見てみると空を竜騎の集団が舞っていて、領都が燃えてた。海には大量の軍艦だ。アルコン帝国が攻めてきたんだよ」
「「「な、なんだって~!!」」」
その話を聞き、冒険者、探索者の面々が驚愕した。
「そんで大急ぎでリリアに戻ってきたわけだ。頭の上を数度アルコン竜騎が飛んできた。生きた心地がしなかったぜ。途中で泊まったプリアナは大騒ぎさ。領兵がろう城か、内陸に脱出かで揉めてた。あいつら10人しかいないんだぞ。アルコンと戦争なんかできるかよ」
「その後は俺が話そう」
ホセがフローリカの後を継ぐ。
「領都は陥落した。アルコンの支配下だ。それから15時ごろにエルチェ、ネルピオが空爆を食らった。30分前の領陸軍の情報では、ネルピオ大海岸にすでにアルコン陸兵の一部が上がっている。ロルカが厳戒態勢。明朝をもって領軍の竜騎で総攻撃をかけるそうだが、領陸軍の見立てではもって1日だ」
「おい、本当かよ!」
「完全に詰んでんじゃねえか……」
「陸路での脱出は無理か……」
皆が口々に騒ぎだした。
ホセは、皆をぐるりと見回し、しばらく黙る。
喧騒が少し落ち着いてから、再び話を続ける。
「つまり、早い話が、私らはバレンシアに閉じ込められたというわけだ。だが安心して欲しい、脱出手段はある。船だ!」
その言葉にフローリカは食いついた。
「それだよ! アルコンの包囲網を突破するんだ。ただの船じゃないんだろうな?」
「うむ。魔王船だ!!」
「「「な、なんだって~!!」」」
冒険者や探索者は2回目の驚愕の声をあげる。
フローリカは口をあんぐり開ける。
「ま、ままま、魔王船! あの伝説にある、魔王が乗ってる巨大な魔王船かよ、鉄でできてるあれか?」
「うん。その魔王船だ。すでに私は2回見た。デカイ船だぞ、文字通り大船に乗った気でいるといい。雑貨迷宮に秘密の通路がある」
「雑貨迷宮!! あんなとこにあんのか。ちょちょちょ、ちょい待ち! 」
「なんだ?」
「そいつは魔王船だけなのか? 伝説では魔王様がのってるんじゃ……」
「魔王はすでに復活している!」
「「「な、なんだって~!!」」」
冒険者や探索者は丁重に3回目の驚きを上げる。
こんな田舎には似合わない大それた話だ。
「ちなみに魔王様は、リリアに住んでいるぞ!」
その言葉にフローリカは目を丸くする。
「何だってぇ! なんでこんな田舎に住んでる。一体誰なんだ!?」
ホセはその問いに答えず、再び皆を見回す。
「この総合ギルドに登録しているパーティーは、冒険者6パーティー。探索者12パーティーだ。ここにいない探索者パーティーが1つある」
その言葉に、エヴァートンは、いないパーティーにすぐ気づいた。
思わず叫ぶ。
「ケンタウロ・マキア! ソールヴァルドさんのパーティーです!」
「そうだ。そのケンタウロ・マキアのリーダー、ソールヴァルド君が魔王様だ!」
「「「な、なんだって~!!」」」
4回目の驚き。
今度こそ皆声を張り上げた。
「ソールヴァルドってあれか。6本角の、あいつがねぇ」
「なんだと、俺が鍛冶魔法を教えたんだぞ!」
「闘牛士の、あの可愛い子ね。私、密かに狙ってたんだけど……」
「たしか牧場の女と付き合ってなかったか?」
「違うだろ、森エルフだろ。海岸でデートしてた」
「あのちっこい金髪の女の子じゃなかったか?」
「バカお前、あれはイレーネさんとこの義理の妹だろうが」
さすがにソールヴァルドはリリアに18年以上住み、容姿も美形なので、全員がそれなりに知っていた。
フローリカは、ドンっと音を出して、いきなり机を殴った。
「かぁ~。まさかあいつが。昔グラナドス牧場襲撃の時に、獣魔とエルフの女に両手引っ張られて、裂かれそうになってたあいつがねぇ。しくじったわ。私も唾のひとつやふたつ付けとくんだったよ!!」
その言葉に、闘牛武具専門店マタドーラの従業員で構成される、探索者パーティー「ガルデル会」のリーダー、ガルデル・ベラスコが横槍を入れる。
「ハッ、ソールヴァルド君の上に、お前なんかが乗って暴れまわったら、いくら魔王様でも息子がもげちまうよ!」
ドッ、ワハハハハ!!
その言葉に、冒険者と探索者の男全員と、中年の女が大爆笑した。
「うるせえジジイ! ジジイのナマコみたいなフニャフニャ息子と一緒にすんな。その息子じゃ表門にも裏門にもロクに刺さりゃしないよ。ジジイは自慰でもやっときな!」
ドッ、ゲラゲラゲラ!!
フローリカの返しに、場に下品な笑いが満ちる。
セレスティーナは、扇子で口を隠し「まあ。お下品ですわね」と眉をひそめる。
ホセがたしなめる。
「おいフローリカ。お前、嫁入り前の娘なんだから、少しは口を慎め」
「あ~、はいはい。分かったよ」
フローリカは手をヒラヒラ振って、自分の席に戻る。
「さて、ここからは真面目な話だ。現在、ここでも説明してるが、今頃領兵や憲兵も各家庭を回って、事情を説明しているはずだ」
ホセは、コップの水を飲んだ。
「アルコンは領都を攻略。おそらく数日中に南下して、プリアナ、リリア攻略を行なうだろう。協議の末、我々は脱出を決断した。リリア住民及び周辺の村は全員、魔王船に乗ってリリアを脱出する。リリア脱出作戦は、明朝8月3日、朝9時から開始される。お前達には脱出作戦の手伝いをやって貰う」
冒険者、探索者は一言も聞き漏らすまいと、静かに耳を傾ける。
ホセは話を続ける。
「しかし、お前らの家族もリリアに住んでる。家族が心配だと仕事も身に入らんだろう。そこでお前らには特権をくれてやる。朝9時に出発する脱出1組目はお前らの家族にする。その旨、ここでの話が終わったら家族に知らせておけ、そのかわりお前らには最後まで粘ってもらうぞ!」
その言葉に皆は一斉にざわめいた。
熱心にメモをとっている姿もちらほら見受ける。
「では明日の割り当てだ。冒険者パーティー「暁の斥候」リリア北の街道を監視。アルコンがきたら知らせろ。領軍からゴーレム鳩を受け取るのを忘れるな。領陸軍は、アルコンが北から来る可能性が高いと踏んでる。気をつけろ」
「ちっ、分かった」
「次、冒険者パーティー「白銀の射手」お前らはリリア南街道で監視。後は一緒だが、油断はするな」
「はい。了解です」
「次は「紅姫と疾風従者」フローリカ、お前達は雑貨迷宮入り口前で警備。臨時のギルドを立てるから、ロッシの手伝いもだ」
「わかったよ」
「残りの「鋼鉄サークル」「戦歌の誓い」「炎熱の戦斧」は、脱出路警備。リリアから雑貨迷宮への道の安全確保だ。魔獣がいたら討伐しろ」
「おう!」
「うむ!」
「任せておけ」
これで冒険者パーティーの仕事の割り振りは終了した。
続けてホセは、探索者の割り振りを行なう。
「探索者パーティー4組「迷宮同盟」「魔族倶楽部」「リリア迷宮 主婦の会」「リリア迷宮探索 町内会」は、脱出民の警備。お前らはベテランだからな。任せたぞ。休みはローテーションで適当に組め」
「了解した」
「おお、分かったぜ」
「うん。大丈夫」
「やれやれだ。了解」
「次、探索者パーティー4組「闘牛武具専門店マタドーラ ガルデル会」「闘牛ギルド 迷宮互助会」「白薔薇乙女」「獣魔探索倶楽部」君らは迷宮内に入っての警備、案内だ。迷宮はすでに討伐済みだ。迷宮鍵は時間がかかるから使わん。避難民は階段で下に降ろす。10層が秘密の通路だ。」
「うむ、了解だ」
「承知した」
「はーい。いいですわ」
「よっしゃ、任せろ!」
「次は魔王船待機組。探索者パーティー3組。「リリア信仰教会 探索会」「迷宮のランセ」「ドラゴン・シーカー」魔王船内での警備、避難民誘導だ。教会の皆は後で負傷者救護もやる可能性がある。新人とルーキーパーティー2組の世話も頼む」
「ふむ。拙僧に任せておけ。」
「了解です」
「わ、分かりました!」
「最後、探索者パーティー「リリア漁業組合 迷宮会」漁業組合の遠洋漁船4隻が脱出する。魔王船に先行して脱出するので、漁船に乗り込んでの警護だ。後で魔王船内部に格納する。」
「えっ、そうなんですか。分かりました!」
「これで割り振りは終了だ。これから各家庭に戻り脱出準備せよ。明日の集合場所は、冒険者・探索者が7時にここ。家族は9時に南門だ、遅れるなよ」
これで、すべての采配は終わった。
あとは準備と実行だけだ。
ホセは皆を見回し、息を吐き、言葉を繋ぐ。
「みんな、必ず脱出を成功させるぞ。幸運を!」
「「「幸運を!!」」」
全員が立ち上がり、ホセに応える。
冒険者・探索者達は明日を思いながら、次々に総合ギルドから出て行った。
22時、魔王船では、ようやくケンタウロ・マキアのメンバー家族の引越しが終了。
明日からはリリア住民が来るため、食事終了後、ソールヴァルトと家族の面々は早めに就寝した。
その間もスケルトン船員達の修復作業は夜通し続く。
23時、真夜中にマリオ司令と副官、領兵数人は、役所にて、町長、漁業ギルド長と打ち合わせを行なっていた。
「それで、出せそうな漁船はどのくらいの規模に?」
「300トン級の遠洋漁船が4隻です。これ以上の規模の漁船はリリアにはありません」
「ならば、人員以外に可能な限り食料、酒、ポーションを詰め込んでください。後で魔王船で回収します」
「荷物は今順調に積載しています。予定通り明日13時には出航できるでしょう」
マリオ司令と漁業組合長は、打ち合わせを終える。
リリア町長、ビトール・サバギはそれを見て、独り言のように呟いた。
「しかし魔王船ですか……。今だに信じられませんな。そんなものがリリアのすぐ近くにあるとは……」
漁業ギルド長は同意を示す。
「まったくです。本当に船の中に船が入るのですか?」
「ええ、私も実際見るまで信じられませんでした。魔王様によるとウェルドック、と言うそうですが、たしかにあの大きさなら、300トン漁船は10隻以上入るでしょうな」
マリオ司令の言葉に2人は息を呑む。
と、副官が部屋に入って来た。
「司令、東門で騒ぎです。住民30名ほどが外に出せと騒いでいます」
「そうか、やはり平穏には済まんか。行ってみよう」
マリオ司令と領兵たちは、さっそく東門に移動した。
そこには、叫んでいる男10人程と大荷物をもった女子供がいた。
東門を閉鎖している憲兵と押し問答をしている。
「おい、そこをどきやがれ! このままじゃアルコンに殺されちまう!」
「だから明日から避難するんだろうが。今日はおとなしく家に戻れ!」
「そう言ってお前らだけで逃げるつもりなんだろ! 魔王船なんか、こんな田舎にあるわけねぇ。騙されるもんか!」
男達は完全に頭に血がのぼっていた。
レオン王国人の気質は、先の事より今の事情を優先する所がある。
つまりパニックを起こしやすい。
日本人とは気質が違う。
もっとも中部はレオン王国でも比較的ましな部類だが。
マリオ司令は歩を進め、男達の前に立つ。
「君達、私は領陸軍司令のマリオだ。君達の安全は保障する。魔王船に避難するのも嘘ではない。信じてくれ」
「司令官だと。お偉い様かよ。とにかく、そこをどきやがれ! でないと……」
そう言うと男は懐からナイフを取り出した。
マリオ司令は、目を細める。
「貴様……」
男はナイフを振りかぶる、と、その瞬間。
マリオ司令は、目にもとまらぬ速さでレイピアを引き抜き、その男が気づいた時には、右肩を打ち抜いていた。
「ぎゃあっ!」
男はナイフを落として、地面に転がる。
圧倒的な技量の差を見せ付けられ、他の男達も唖然とした。
「君達の気持ちは分かる。しかし物事には順序というものがある。今は家に戻って避難の時を待つのだ」
「これで分かったろう。さっさと家に戻れ!」
すっかり毒気を抜かれた男達と家族は、憲兵に連れられ家に戻る。
マリオ司令は、傍らにいた領兵に指示を出した。
「カルメーラ。あの男を治療してやれ」
「はい」
マリオ司令はレイピアを収め、きびすを返す。
内心、マリオ司令は殺さずに済んだ事に安堵した。
これがレオン王国最南部なら、町は大パニックで、3人は殺さないと騒ぎは治まらなかっただろう。
レオン北部やルシタニアならパニック自体が起こらなかったはずだ。
それぐらい地方により人の気質は違う。
現在、領騎兵は夜を徹して、周辺の村や集落に避難を呼びかけている。
リリアの町で2千人。周辺の村で約4千人の人口がある。
今からこれだと、先が思いやられるな。
マリオ司令は、そう考えながら基地への帰路についた。
エスパーニャ暦5541年 8月3日 6時
領都バレンシア
ルシタニアからアルコン軍の第1陣の補給船と輸送船がやってきた。
輸送船には200名の陸兵、補給船は補給物資が満載だ。
ドラクロワ提督率いる封鎖艦隊が支援しているおかげで、アルコン側の補給線は確実に機能している。
部隊の再編成を終えたアルコン帝国軍は、領都東方向のエリン、ラス、アルマンサの町を占領するため、100名の部隊を派遣。
それと同時に、南方向のプリアナ、リリアを制圧するために200名の部隊を出動させた。
内訳は指揮10名、戦闘兵110名、輜重兵80名。
戦闘兵の兵種は、騎兵30名、魔導騎兵30名、弓兵10名、歩兵40名である。
司令官の下令の下、南下を開始した。
いよいよアルコン軍が、リリアを目指し侵攻を開始したのだ。
第32話 「黄昏のリリア! 避難準備を開始せよ」
⇒第33話 「リリア脱出作戦! 迫り来る帝国(前編)」
自慰=パジェロですが、スペイン語なんですが、ユーロのでは無く、中南米系のスペイン語でそう言うのだそうです。
現地駐在の日本人が、中南米で走ってる車のパジェロを見て「パジェロだ!」とか言って恥をかくのは、もはやテンプレとか。
中南米の人は、パジェロミニとかパジェロ4WDとか聞いたら、頭の中で何を想像するのか。
パジェロ・ロング・エクシード 4WDとかなったら、自慰、長い、エクシード〈限度・権限・予想などを〉超える。4輪駆動。ですぜ。
頭の中が凄いイメージで満たされそうですね。




