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超弩級超重ゴーレム戦艦 ヒューガ  作者: 藤 まもる
第3章 ヒューガ誕生編
36/75

 閑話 「グラナドス・ウルフ」

 ここはグラナドス牧場の南東5キロの森の入り口付近。

 私は林の中に身を潜め、

 音がしないように矢をつがえ、東の方向を見た。


 森の前には原っぱがあり、そこへ今、一角兎が現れたのだ。

 私は弓を引き絞り、一角兎に狙いをつけ、矢を放つ。


 一直線に放たれた矢は、見事に一角兎の胴体に命中した。

 その直後、やや南から放たれたもう1本の矢が、

 私が仕留めた一角兎の胴体に、再び刺さる。


「う~! にゃ~!」


 2本目の矢が放たれた林から、叫び声が上がる。

 林からガサガサと音がして、獣魔猫族の少女が現れた。


「パッツィにやられたにゃ。あちきのほうが先に見つけたのにぃ」


「はは~ん。ざーんねんタマラ。賭けは私の勝ちね。」


 私は獣魔狼族のパッツィ・グラナドス・カランカ。

 グラナドス牧場を経営するグラナドス家の長女。

 牧場の仕事もするけど、職業は猟師だ。


 今日は猟師仲間の獣魔猫族、タマラ・チャピ・ロレンツォと一緒に狩りに出てる。

 今日は珍しく、焼くとトロトロとしておいしい肉を持つ「トロトロ鳥」を私とタマラで1匹づつ狩ることができた。


 そのトロトロ鳥を賭けて、どちらが先に一角兎を狩れるか競争していたのだ。結果、私が勝ったというわけ。


「しかたないにゃ、これあげるにゃ」


「はい。ありがとう」


 トロトロ鳥を受け取り、私達は原っぱで休憩をとることにした。

 お湯を沸かして赤茶を作り、しばしぼんやりとする。

 空は雲一つない晴天。

 森からの涼しい風が、私達の髪をたなびかせる。



「今日はいい天気にゃ。こんないい天気なのに、あちきし達は狩りにゃ。女子力が廃るにゃ」


「いいじゃない。狩りがやりやすい天気で」


「良く無いにゃ。あちきは年頃の娘にゃ。たまには心躍るデートがしたいにゃ」


「あらタマラ、発情期に入ったのかしら?」


「違うにゃ、私は猫じゃないのにゃ」


「猫じゃない」


「猫だけど、猫じゃないのにゃ」


 まあこれは冗談。

 獣魔人族は、人間族と同じく発情期は存在しない。

 もしくは、年中発情期と言える。


「あちきし達はもうすぐ成人にゃ。結婚できるにゃ。金持ちの男を捕まえて、めくるめく恋のロマンス。それで楽に一生くらすにゃ」


「はぁ。タマラの夢は大きいわねぇ。私そのギラギラした欲望に関心しちゃうわ」


「パッツィ、いい男を紹介するにゃ」


「そんな男いるわけないでしょ。いたら私が付き合ってるわよ」


「そうなのにゃ。はぁ、しかたないにゃ。そろそろ帰るかにゃ……」


 というわけで、私達は狩りの獲物を抱えて牧場に帰る。

 帰ってからもヒマじゃないのよね。

 さっそくチーズ工房に入って、弟達と作業をした。

 

 今グラナドス牧場では、ケソ・ テティージャという名前のチーズを作ってる。

 テティージャの意味は「尼さんのおっぱい」という意味で、

 カット前の形が、おっぱいの形そっくりのチーズだ。


 弟達、フェルミンとリベルトは、圧搾したチーズを塩水につけていく。

 私はチーズを発酵、成熟している棚に向かい、チーズの様子をチェック。

 出来たチーズを木箱に入れる。


「やあパッツィちゃん。チーズ受け取りに来たよ」


 リリアに拠点を持つ、髭面商人パコさんに完成したチーズを渡した。

 パコさんからチーズ代、金貨15枚を貰った。

 今のところ、儲けは1回の取引で金貨4枚程度、もう少し生産効率を上げる必要がある。


 チーズは私が主体となって作っているので、儲けはまるまる私のお金になる。

 おかげで、この歳にしては私はなかなかの小金持ちだ。

 まあ、こんな田舎じゃお金の使い道がないので、貯まってるだけだけど。

 


 取引が終わると、すぐに牛舎の清掃に入る。

 毎日こんな調子で私の1日は過ぎていく、なかなか忙しい。


 はぁ。それにしても結婚か。


 考えないことは無いけれど、なかなか男と出会う機会がないのよね。

 一生独身を貫くような強さは私には無い。

 だから家族は作ってみたいと思ってる。


 でも出産には危険が伴うから、自分の命を賭けても惜しくない。

 そういう魅力のある男の子がいたらなぁ……

 とか考えるけど、そんな男現実になかなかいないのよねぇ。





 次の日、狩猟犬に餌をやり終え、ベンチに座って休憩していると、

 急にエスパルダが、放牧場の方へ走り出した。

 ん? 

 どうしたんだろう急に、誰か来たのかな?


 私も放牧場に行ってみると、魔族の男の子がいた。

 しゃがんでエスパルダの頭を撫でている。

 多分お客さんだろうと思って、声をかけてみた。


「あっ、いらっしゃい。何か御用ですか?」


「どうも。勝手に入ってすみません。誰もいなかったもので」


 彼の顔を見て、あまりに格好よくて綺麗な姿に、私は一瞬ドキッとした。


 輝く笑顔に艶やかな黒髪。

 上品な白い肌。

 気品のある金色の瞳。

 頭に6本角。


 見たことの無い未知の魔族だった。

 彼の名前は、ソールヴァルド・ローズブローク。

 最近、闘牛士見習いになったばかりの新人なのだそうだ。


 ああ、そういえば今年は、闘牛ギルドで久しぶりに合格者が2人出たって言ってたわ。

 彼がその1人なのね。


「へぇー、闘牛士見習い。ということは今日は魔牛を買いに?」


「そうなんだ。練習用の魔牛が欲しいんだよ」


「魔牛は一番安いのでも金貨10枚するわよ。大丈夫?」


「ああ、お金については大丈夫。貯金はあるから」


 会話して驚いた。

 何この不思議な声。


 不思議って言っても、声はなんてことは無い普通の声質なんだけど、その声を聞いていると頭の芯が痺れてくる。

 胸の奥から幸福感が湧き出してくる。

 本当なにこの声、魔法でも篭っているのかしら?


 私は注意力が散漫になりそうなのを何とか堪え、魔牛の販売をした。

 彼は笑顔で手を振り、牧場を出て行く。

 明日からさっそく魔牛で訓練するそうだ。


 私も手を振り、彼を見送った。

 さっきの彼の笑顔を思い出し、私の胸がキュンと締め付けられた。


 ああ、これが……

 これが噂に聞く「恋」て奴かしら。

 私にもついに春がやってくるのか。

 悪いわねタマラ。

 貴方に彼は紹介できないわ。

 これから私がアプローチするからね。

 ウフフフ……


「あーらパッツィ、さっきの魔族の子はお客さん?」


 背後から突然声をかけられる。

 私の母親、セシリータ母さんの声だ。


「ひょえ! あっ、そうよ。ただのお客さん。魔牛を売ったの」


「そう。闘牛士なのね。名前は?」


「ソールヴァルド・ローズブロークって名乗ってた」


「ああ、アベルさん所の息子さんね。話は聞いてるわ。なんでも11歳で魔道具を開発した天才少年だって」


「へえ、頭いいのね」


 これは、これは間違いなく優良物件の香りがする。

 あの見た目に天才少年ときたか。

 歳も同じくらいだし、闘牛士ができるなら世帯年収は高いと予想できる。

 少ないチャンスをモノに出来るチャンスだわ。

 私の胸は躍る。


「ところでパッツィ。ソールヴァルド君が随分気に入ったようね?」


「別に、なんとも思わないわ」


 私はポーカーフェイスを決め込む。

 しかし母さんはニヤッと笑う。


「ふーん。そんなに尻尾を振ってるのに?」


「あっ」


 しまった。

 私は無意識に尻尾を振っていたんだ。

 嬉しいことや楽しいことがあると、獣魔狼族の尻尾は勝手に横に振られるのだ。

 意識すれば止められるんだけど、無意識の時は気づかずにやってしまう。


 バレてしまったのならしかたない。

 私は母に釘を刺すことにした。


「お母さん。余計なことはしないでよ」


「分かってるわよ。私も応援するわ」


 母はウインクで返すが、どうにも心配。

 母さんは余計に世話を焼きすぎる所があるのよね。




 翌日、何か母の話し声がするので、放牧場のところへ行くと、ソールヴァルド君と母が話しているところを発見。

 私は動物耳を母へと向ける。


 獣魔人族は、人間耳と動物耳の両方を持っている。

 人間耳は人間族の耳と同じく、まんべんなく音源の方向を探れる。

 動物耳のほうは、狭い範囲に集中して音を探ることが出来、より遠距離の音が拾えるのだ。


「お尻も胸も大きいし、安産型だから産後も回復は早い。経営も学んでるから財産管理もバッチリなの」


 ああやっぱり。

 やると思ったわよ母さん。

 私のことになると、いつも先走りし過ぎるのよね。


 私は横から乱入して、ソールヴァルド君を強引に引きずりながら、お母さんから離れた。

 まったく、これで嫌われたりしたらどう責任取るつもりかしら。

 ちょっと性急すぎるわよ。


 ソールヴァルド君の練習の為に、魔牛を出して、私は一旦牧場の仕事に戻る。

 気になったので、お昼前に再びソールヴァルド君の所へ。

 彼は真剣に闘牛技ランセの練習をしていた。


 彼の動きはなかなか鋭かった。

 真剣な横顔がカッコイイ。

 私はしばし彼を見つめた。


 練習が終わったソールヴァルド君が、私に気づいたようだ。

 私は思い切って彼を昼食に誘った。

 ベンチで一緒に昼食を摂る。

 よーし。

 掴みはなかなかいい感じだわ。




 それからソールが練習に来るたびに、私と一緒に昼食をするのが習慣になっていった。

 そしてソールと打ち解け、随分と親しくなってから、あの事件は起こったのだ。


 その日、ソールに魔牛を出して、私は鶏舎の掃除や世話をしてから、ソールの練習を見ようと練習場に向かった。

 そこで練習場の外にソールが倒れているのを発見したのだ。

 私は一瞬心臓が止まるかのような衝撃を感じた。


「ソール! ソール!!」


 私は走って彼の元へ駆け寄った。

 幸いなことにソールの意識はすぐ回復した。

 練習場には剣が落ちていた。

 きっと一撃刺殺エストカダの訓練をやっていたのだ。


 私はソールの無謀な練習に思い切り怒ってしまった。

 強く注意するだけのつもりが、予想以上に感情が入ってしまったのだ。

 あぁ。

 私自分で思っていたよりも、ずっとソールのこと好きになってたのね。


 そしてソールが捨て子だということを聞かされた。

 そうか。

 そうなんだ。

 それで早く自立したくて無茶な練習をしたのね。


 ソールの憂いを秘めた瞳。

 私の胸が締めつけられる。

 ソールにも人には言えない辛さがあった。

 なら私は、苦しさを共に受け止めて、彼を支えてあげたい。

 そして彼と添い遂げたい。


 その時、私は初めて結婚というものを意識した。





 怪我をしたソールを治療院に連れて行き、彼の家まで送った。

 母親のイレーネさんが、私に感謝の言葉をかけてくれる。


「ありがとうねパッツィちゃん。このお礼は必ずね」


「いえ、大丈夫です。お心使い感謝します」


 後日。

 ソールは無事、一撃刺殺エストカダのスキルを手に入れた。

 そして私達は抱きしめ合い、ファーストキスの祝福をソールに捧げた。

 今の私は最高に幸せだわ。

 

 その日から私達は恋人同士。

 リリアの町で良くデートするようになった。

 だけど私はそこで気がついた。

 私には潜在的なライバルが沢山いるのだと。


 ソールと腕を組んで歩いていると、町のそこかしこから女の鋭い目線が飛んでくる。

 彼の買い物に付き合って八百屋に行った時なんか、その店主の娘に「何この女?」

 みたいな目で睨まれたりした。


 そりゃ優越感を感じないわけでは無いけど、これだけ多いと心配になる。

 あー、やっぱり独り占めは難しいかなぁ。


 この国には重婚制度があるから、ソールが私と結婚したとしても、他の娘と結婚することも可能だ。

 うーん。

 どうすれば正解なのか。

 娯楽で恋愛する余裕が無い以上、ここで失敗するわけにはいかない。



 ソールのマタドールデビューの日。

 ソールの家族や友人と一緒に、闘牛を観戦することになった。

 妹のマリベルちゃんに初めて会う。


「どどどどうも。妹のマリベル、です」


 可愛らしい妹さんだ。

 何故かやたらと緊張している様子。

 そんなに私、怖そうに見えるかなぁ?


 ソールの出番が来る少し前に、私は彼に会いに行った。

 彼は「光のドレス」を身にまとい、実に格好良かった。 

 抱きついて応援の言葉をかけ、ソールを見送った。


 ふと私は後ろを振り返った。

 ソールと話している時に、殺気のこもった目線を感じたからだ。

 だけど通路には、背中を向けて一心不乱にホウキで掃いている、掃除のお姉さんしかいなかった。

 気のせいか……



 ソールの闘牛を見てから数日後、グラナドス牧場に訪問者が現れた。

 ソールの義理のお母さん、イレーネさんだ。

 イレーネさんは私の母、セシリータ母さんとしばらく談笑。

 母さんは何故か私の所へやって来て、こう言う。


「パッツィ、イレーネさんから少し話があるみたい。いっといで」


 というわけで、牧場のいつもソールと昼食を摂っているテーブルで、イレーネさんとの会話が始まる。

 セシリータ母さんは赤茶とお茶請けをテーブルに置いて離れる。

 改まって一体何の話なのか?

 私は緊張した。


「こんにちはパッツィちゃん。元気にしてた?」


「は、はい。元気です」


「そう緊張しなくていいわよ。まあパッツィちゃんも忙しいだろうから、単刀直入に聞くわ。ソールと付き合ってるわよね」


「はい…… 付き合ってます、けど」


 なんなの?

 まさか別れてくれとか言うんじゃないでしょうね。


「なるほど。で、どこまで考えてるの? ただの恋人? それとも結婚を前提としたお付き合い?」


 一瞬返答に詰まる。

 でも、お義母様になる可能性のある人だ。

 ここは正直に答えたほうが良いだろう。


「私としては、将来結婚したいと思いますが、まだ、ソールには話していません……」


「ふーん。悪くないわね」


「えっ?」


「もう一つ。私が言うのもなんだけど、ソールはこれから凄くモテると思うのよ。他にも恋人候補が何人か現れると思うけど、あなたはどうするつもり?」


「まだハッキリとは。現実的には重婚制度を使うか、どうか……」


「フフッ、その歳でそこまで考えれば上出来。気に入ったわ」


 そう言うとイレーネさんは、赤茶を優雅に一口飲み、ティーカップをテーブルに戻す。


「彼が捨て子だったのは知ってる? そう。私がソールに初めて会った時、彼は私の人差し指を掴んで、あうー。とか言ってた。あの声は不思議ね。胸がジーンと来ちゃって、不覚にも涙が出たわ。可愛かったなぁ」


「はい。たしかに彼の声は不思議です。沢山の女にモテるでしょう。確実に……」


「恋と戦争にルールは無用ってね。もっとも、ライバルを叩き潰すことなんて、私にとっては造作も無いことなんだけどね」


 そう言うとイレーネさんは、凄みのある笑みを浮かべる。

 私の背筋は凍りついた。

 この人は、この人だけは敵に回してはいけないと、私の本能が告げる。


「ソールは子供の頃から優秀だったわ。でもねぇ、女捌きだけは苦手なのよ、あの子。このままいったら、チョロイ男、通称チョロメンになる可能性があるわ」


「チョ、チョロメンですか」


「義理だとしても親としては気になるとこよ。そこでパッツィちゃんにお願い。あなたに本妻になってもらって、妾を統率してソールを守って欲しいのよ」


「私がですか?」


「重婚の寄合制度は知ってるわね。資金執行権はあなたが握るの。だからパッツィちゃんが主導で、妾を追加していく。4人ほどいればいいでしょう」


「私に、出来るでしょうか?」


「してくれたら私、あなたがソールと結婚して本妻になるのを応援しちゃうわよ。悪くない条件でしょ?」


 私は考えた。

 ソールと結婚するためには、イレーネさんの協力が絶対必要だ。

 このまま無秩序にソールの彼女が増えると、混乱するに決まってる。

 ならば、イレーネさんの老獪さに頼るのが一番いいか。


「……分かりました。私はお義母様に従いましょう」


「ありがとう。それじゃ協力して『ソールハーレム化計画』を進めていきましょ!」


 私達は固い握手をした。

 こうして私はイレーネさんの配下となったのだ。





 それからしばらくして、さっそく妾候補が現れた。

 森エルフでソフィアという名前。

 ソールとパーティーを結成するそうだ。


 ソールは、ソフィアに恋愛感情は無いと断言したけど、どうだか。

 イレーネさんは、ソールをチョロメン認定してたからアテにはできないわね。

 でも他の女の子と2人きりか。

 胸が苦しいわ。

 これが嫉妬という感情か。

 私は小声で呟く。


「でもどうせ、ソールの独り占めは無理よね。なんせ声がアレだからねぇ。容姿もいいし」


「ん、何?」


「ううん。なんでもないわ。フフフ……」




 話が終わり、私は日曜日にさっそくボスに報告する。

 会合場所は最近開店したお店。

 フォカッチャ専門店「マリーレスト」だ。

 ここで毎週日曜日、イレーネさんに報告することになる。


「ああ、ソフィアちゃんなら家にも来たわよ」


 買い物帰りのイレーネさんと黒茶を飲みながら話す。


「そうなんですか」


「ソフィアちゃんは、お母さんが病気で凄く貧乏なんですって、だから私が弁当を作ってあげることにしたの」


「食べ物で手なずける。ということですか」


「言い方はわるいけど、そうなるわね。ソフィアちゃんは根性もあって、裏表がなさそうないい娘だと思う。妾にはいいでしょう。」


「分かりました」


「それとマリベルとマルガリータも怪しい。この前マルガリータがソールに会いに来て、部屋の中に入ったのよ。後から帰ってきたマリベルが、それを聞いてスッ飛んでいったわよ。あの2人もソールを狙ってるかもね」


「ほ、本当ですか!?」


「今はそれは置いときましょう。それでパッツィちゃんもそろそろソールのパーティーに入って欲しい。できるかしら?」


「もう少し時間がかかりますが、仕事は弟達に任せるので、大丈夫です。」


「ならそれで。事態は急変する可能性があるわ。パッツィちゃんはソフィアちゃんを食べ物で懐柔して。とりあえずパーティーを安定させるのよ。でも本妻は死守」


「はい。承知しました」



 それから、イレーネさんも予測したわけでは無いだろうが、事態は急変した。

 グラナドス牧場にゴブリンが襲来。

 これをソール達や冒険者、家族皆で退けた。


 その際、私はソフィアと初対面。

 ソフィアの本気度を知るために、私はわざと対立した。

 それから前に話して準備していた通り、私はソールのパーティーに加入する。


 そしてソフィアと2人で会合を持ち、食べ物での懐柔に成功。

 最初はどうなるかとヒヤヒヤだったが、ソフィアが素直な娘だったので助かった。

 ソールにも本気みたいだし、妾としてもやっていけるだろう。


 ということを、マリーレストでイレーネさんに報告した。



「よくやったわ。これで2人。パッツィちゃん。後日でいいからソフィアちゃんと2人で家に遊びに来て。ソフィアちゃんともっとお話したいし、マリベルの気持ちも確かめたい」


「ソールのことを好きかどうかですか?」


「うん。マリベルに揺さぶりをかけてみる。もし本気だったら、私は認めるつもり……」


「その。実の娘をソールにですか。妾になることになりますが、それでお義母様はよろしいのですか?」


「マリベルに覚悟があるのならね。昔からマリベルはお兄ちゃん大好きだから、こんな風になる予感はしてたのよ」


「そうですか……」


「それにマリベルが動けば、マルガリータも引きずり出すことが出来るかも知れない。上手くいけば4人揃うわ」


「なるほど。では、細かい所を詰めましょうか」



 迷宮明けの休日。

 ソールが私とソフィアに、護拳付き短剣を作ってくれると言ったので、待ち合わせることになった。

 中央広場に集い、短剣をもらって、3人でベンチに座ってお喋りする。


 と、そこへ、偶然を装ってイレーネさんがやって来た。

 首尾よく3人で家にお邪魔することになる。


 家ではソフィアメインで色々な話をした。

 イレーネさんも熱心にソフィアと話す。

 事実上、これが妾採用面接であることは、ソフィアも薄々感づいているようだ。

 ソフィアは普段能天気だけれど、意外と賢いのよね。

 私とイレーネさんの連携にも気づいただろう。


 と、そこへマリベルちゃんが帰ってくる。

 マリベルちゃんは、一瞬私を睨んだと思ったら、無視して家の中に入った。

 私はイレーネさんと目を合わせる。


 間違いない。

 マリベルちゃんは相当お兄ちゃんにラブ状態だ。

 ソールはマリベルちゃんの反応に不機嫌。

 私達は気にしてないとフォローを入れておいた。


 帰り際、皆と少し離れて、イレーネさんと話をする。


「お義母様。後日、例の件でマリベルちゃんと話をしたいと思います。」


「分かった。任せるわ」



 数日後、マリベルちゃんが働いている治療院で、夕方に待ち伏せすることにした。

 この治療院は前に、ソールを運んだ所だ。

 仕事が終わって出てきたマリベルちゃんを見つけ、声をかける。


「マリベルちゃん」


「わっ、パッ、パッツィさん。なな、何ですか?」


 マリベルちゃんは驚いた表情で硬直する。

 そんなに私怖いのかしら?

 私は努めて優しげに語り掛ける。


「少しお話があるんだけど、おごるからマリーレストに寄りましょう。大切な話よ」


 了承したマリベルちゃんとマリーレストへ

 赤茶を注文して、対面で向かい合う。


「一つ聞きたいことがあるわ。マリベルちゃん、あなたソールお兄ちゃんの事好きでしょ、恋人になりたいと思ってる」


「ど、どうして……」


 マリベルちゃんは驚愕の表情。

 バレてないと思ったのかしら。


「そりゃ、あなたの態度見りゃあね。で、好きだと伝えた? 返事は貰えたの?」


「話したくありません……」


 そりゃね。

 私が大好きなお兄ちゃんを取ったんだから、話したくはないでしょう。


「私はさぁ、別にマリベルちゃんがソールと付き合ってもいいと思ってるの。本妻を私と認めるなら、重婚制度で妾として結婚もできるし」


「重婚……」


「でもね。今のままだとマリベルちゃんが告白しても、ソールから色よい返事は貰えないよ」


「どうしてですか?」


「やっぱ気づいてないか。それはあなたがやってることが『軽率』だからよ」


「軽率!?」


「ソールはね。家族のことを大切に思ってるのよ。あなたと恋愛すると、お父さんやお母さんとの仲が悪くなることを恐れてるの」


「あっ……」


 マリベルちゃんはハッとした表情を見せる。

 やっぱりお兄ちゃんのことで頭が一杯で、そこまで考えて無いか。

 若いわねぇ。


「だから、マリベルちゃんに相応の覚悟が必要よ。お父さんとお母さんをあなたが説得しなくちゃダメ」


「そ、そうですか……」


 マリベルちゃんは先のことを考え、少し気落ちする。

 よし、ここだ。


「でも1人で考えるのって大変でしょ。だから私でよければ手伝ってあげるわよ。そうでなくとも相談には乗ってあげるわ」


 マリベルちゃんの顔が少し明るくなった。

 それからしばらく、マリベルちゃんの悩みを聞いてあげる。

 私は解決可能なアドバイスを話した。


「それじゃ、色々ありがとうございます。パッツィさん」


「また何かあったら、私を頼ってきなさいよ」


 私はマリベルちゃんと笑顔で別れる。

 よし、とりあえず仕込みは成功。

 私はあくまで、頼りになるお姉さんを演じればいい。


 後はマリベルちゃんが積極的になれば、マリガリータちゃんが自動的に参戦してくる。

 というのが私の読みだけど、どうなるかな。





 次の日からは再び迷宮攻略。

 明けての休日。

 ソールがやって来て、魔法矢マジカル・フレッチャという新しい武器を持ってきた。

 矢の先端を標的に当てると、魔法が発動して爆発するのだ。

 こんな小型の魔導武器を作るなんて、ソールはホントに凄いのね。 


 

 細かい事は知らないけど、マリベルから再び相談が来た。

 マリベルとマルガリータが一緒に私の話を聞く。

 マルガリータとしては、重婚に異存はないようだ。

 一応読み通りの動きかな。


 マルガリータがパーティーに参加。

 翼魔族の見事な動きに、人形魔法。

 迷宮でも充分に活躍できるだろう。


 1週間送れてマリベルが参加。

 ソールは心配してるけど、私も様子を見てるから大丈夫。

 仲直りするにも時間が必要なのよ。


 そんな時にマルガリータが魔獣の攻撃を受けて怪我をする。

 ヒヤヒヤしたけど、これをきっかけに2人の関係は改善していく。

 これも怪我の功名か。


 雑貨迷宮第10層を突破。

 そして衝撃の事実が判明した。

 ソールが魔王だったのだ。


 本当に、私はソールを選んで正解だったわ。

 巨大な魔王船を見ながら、早くソールハーレムを完成させなくては。

 と私は決意を新たにした。



 町に帰り、私とソールはデートの時に結婚の約束をした。

 いよいよ私達は結ばれる。

 高級宿の1室で、私はソールに初めてを捧げる。

 それは熱くてせつなくて、素敵な紡ぎごと……



 帰りにソールの家に寄った。

 マリベルがいたので、私はそっと耳打ちする。


「私、ソールと結ばれたわよ」


「えっ」


「マリベルちゃんも頑張って」


 さて、これでマリベルちゃんも触発されて、ソールとの仲も発展するのか。

 私は様子を見ることにする。


 今は夏、今年初めてのバアルの風がリリアにやって来る。

 幸いに牧場も被害は受けなかった。


 まだバアルの風の余波が空に残る。

 そんな時にソールがやって来た。

 どうやらソールはマリベルとマルガリータを受け入れることにしたようだ。

 マリベルちゃんへ発破を掛けたのが、功を奏したか。

 とにかくこれで4人まとまった。



 マリーレストでイレーネさんに報告する。


「そう。ついに4人揃ったのね。良くやったわパッツィちゃん」


「はい。運がいい部分もありましたが、おおむねお義母様の予想通りでしたね。あの件も順調に進んでいます」


「親への挨拶周りね。マリオ司令には私が許可を取ってるから。パッツィちゃんは各家庭を回って婚約準備を」


「はっ、すべて滞りなく」


「本当、パッツィちゃんが最初の彼女でよかったわ。わが子ながらマリベルは頼りないし、あの娘も成人なんだから、白馬の王子様もいい加減卒業して貰いたいわね」


「ハハ……」


「ソフィアちゃんは、性格はいいけど能天気。マルガリータちゃんは、天才肌だけど直感的だし協調性は余り無さそう。パッツィちゃんがいなかったら危ないところだったわ」


「それでこちらが例に書類になります。どうぞ」


 私は調べてきた書類を出す。

 そこにはハーレムメンバーの世帯収入が書かれていた。

 それぞれ本人に作らせたのだ。


「ふむ。やはり持参金はあなたとマルガリータちゃんが期待できるか。持参金は寄合でキープ。アイスコレッタ家は、ソールの球体関節でかなり儲けてるわね。そこからエンゲージリングの費用を出させなさい。」


「はい。これから交渉に向かいます」


「それからソールには秘密ね。あの子ヘタレだから事前に知ると躊躇しちゃうわ。チョロメンの部分で押し切るしかないわね。アベルの件は夕方にね」


 その後、私はアイスコレッタ家に交渉。

 魔王の親族になるので、先方は進んで協力を申し出てくれた。

 最後はアベルさん攻略。


 マリベル泣き落とし役、ソフィア攻撃役、私なだめ役で30分に渡りアベルさんを攻める。

 最後にイレーネさんが、


「お父さん。魔王の妻に人間族が入る。マリベルは魔族と人間族の架け橋役になるのよ。観念なさい」


 ということでアベルさん撃沈。

 これにより、すべての障害は排除された。


 最後に私とイレーネさん、ソフィア、マリベル、マルガリータで、婚約発表会の合同リハーサルを行なう。

 婚約書類もすべて記入。これで手続きはすべて終了した。


 私とイレーネさんは、メルルーサにてささやかな打ち上げを行なう。

 イレーネさんはサングリア。

 私はエールを手に取る。


「まずは乾杯。あとは婚約発表会を待つだけね」


「はい。全てはお義母様のおかげです。感謝しています」


「それはいいけど、表向きこれまでの準備は、すべてパッツィちゃんが仕切ったことにするのよ。そうすれば本妻の求心力が高まるわ。私が裏で糸を引いてるのは秘密よ」


「はっ、分かっております」


 イレーネさんは、サングリアを煽り飲み、魔王の母親にふさわしい邪悪な笑みを浮かべる。


「これで八方丸く収まった。私とアベルの老後も安心プランも成立。お酒がおいしいわね」


 老後も安心プランとは、ソールを重婚させ子供を沢山作り、将来を磐石にすること。

 また寄合資金も私が執行すれば、見届け人のイレーネさん、アベルさんに譲渡が可能。

 年金と合わせて、老後は悠々自適の生活が送れる。

 もちろんこれは、ソールの将来性が有望であるからこそ可能なプランだ。


 ソールに言いたいわ。

 あなたは無償で育ててくれたイレーネさんを尊敬してるみたいだけど、世の中タダより高いものは無いのよ。



「それにしてもソールが魔王。ことと次第によっては山吹色の円盤が乱れ飛びますなぁ。お義母様。フフフフフ……」


「あらぁ、パッツィちゃんも言うようになったわねぇ。そちも悪よのう」


「いえいえー。お義母様にはかないませんよ」


「ウフフフフ」


「オホホホホ」



 そしてついに婚約発表会。

 多少の混乱はあったものの無事終了。

 ついに私の努力が報われたのだ。

 まだまだ先は長いけど、皆が幸せになる道筋はつけられたと思う。


 私達の未来に万歳!





 と思ってたんだけどなぁ。

 アルコン帝国の野郎、私のこれまでの努力を叩き潰すつもりかしら。

 許せないわね。



「しかたないわね。パッツィちゃん。プランBを実行よ!」


「えっ、お義母様。プランBって何ですか? 私知らないんですけど……」





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