閑話 「グラナドス・ウルフ」
ここはグラナドス牧場の南東5キロの森の入り口付近。
私は林の中に身を潜め、
音がしないように矢をつがえ、東の方向を見た。
森の前には原っぱがあり、そこへ今、一角兎が現れたのだ。
私は弓を引き絞り、一角兎に狙いをつけ、矢を放つ。
一直線に放たれた矢は、見事に一角兎の胴体に命中した。
その直後、やや南から放たれたもう1本の矢が、
私が仕留めた一角兎の胴体に、再び刺さる。
「う~! にゃ~!」
2本目の矢が放たれた林から、叫び声が上がる。
林からガサガサと音がして、獣魔猫族の少女が現れた。
「パッツィにやられたにゃ。あちきのほうが先に見つけたのにぃ」
「はは~ん。ざーんねんタマラ。賭けは私の勝ちね。」
私は獣魔狼族のパッツィ・グラナドス・カランカ。
グラナドス牧場を経営するグラナドス家の長女。
牧場の仕事もするけど、職業は猟師だ。
今日は猟師仲間の獣魔猫族、タマラ・チャピ・ロレンツォと一緒に狩りに出てる。
今日は珍しく、焼くとトロトロとしておいしい肉を持つ「トロトロ鳥」を私とタマラで1匹づつ狩ることができた。
そのトロトロ鳥を賭けて、どちらが先に一角兎を狩れるか競争していたのだ。結果、私が勝ったというわけ。
「しかたないにゃ、これあげるにゃ」
「はい。ありがとう」
トロトロ鳥を受け取り、私達は原っぱで休憩をとることにした。
お湯を沸かして赤茶を作り、しばしぼんやりとする。
空は雲一つない晴天。
森からの涼しい風が、私達の髪をたなびかせる。
「今日はいい天気にゃ。こんないい天気なのに、あちきし達は狩りにゃ。女子力が廃るにゃ」
「いいじゃない。狩りがやりやすい天気で」
「良く無いにゃ。あちきは年頃の娘にゃ。たまには心躍るデートがしたいにゃ」
「あらタマラ、発情期に入ったのかしら?」
「違うにゃ、私は猫じゃないのにゃ」
「猫じゃない」
「猫だけど、猫じゃないのにゃ」
まあこれは冗談。
獣魔人族は、人間族と同じく発情期は存在しない。
もしくは、年中発情期と言える。
「あちきし達はもうすぐ成人にゃ。結婚できるにゃ。金持ちの男を捕まえて、めくるめく恋のロマンス。それで楽に一生くらすにゃ」
「はぁ。タマラの夢は大きいわねぇ。私そのギラギラした欲望に関心しちゃうわ」
「パッツィ、いい男を紹介するにゃ」
「そんな男いるわけないでしょ。いたら私が付き合ってるわよ」
「そうなのにゃ。はぁ、しかたないにゃ。そろそろ帰るかにゃ……」
というわけで、私達は狩りの獲物を抱えて牧場に帰る。
帰ってからもヒマじゃないのよね。
さっそくチーズ工房に入って、弟達と作業をした。
今グラナドス牧場では、ケソ・ テティージャという名前のチーズを作ってる。
テティージャの意味は「尼さんのおっぱい」という意味で、
カット前の形が、おっぱいの形そっくりのチーズだ。
弟達、フェルミンとリベルトは、圧搾したチーズを塩水につけていく。
私はチーズを発酵、成熟している棚に向かい、チーズの様子をチェック。
出来たチーズを木箱に入れる。
「やあパッツィちゃん。チーズ受け取りに来たよ」
リリアに拠点を持つ、髭面商人パコさんに完成したチーズを渡した。
パコさんからチーズ代、金貨15枚を貰った。
今のところ、儲けは1回の取引で金貨4枚程度、もう少し生産効率を上げる必要がある。
チーズは私が主体となって作っているので、儲けはまるまる私のお金になる。
おかげで、この歳にしては私はなかなかの小金持ちだ。
まあ、こんな田舎じゃお金の使い道がないので、貯まってるだけだけど。
取引が終わると、すぐに牛舎の清掃に入る。
毎日こんな調子で私の1日は過ぎていく、なかなか忙しい。
はぁ。それにしても結婚か。
考えないことは無いけれど、なかなか男と出会う機会がないのよね。
一生独身を貫くような強さは私には無い。
だから家族は作ってみたいと思ってる。
でも出産には危険が伴うから、自分の命を賭けても惜しくない。
そういう魅力のある男の子がいたらなぁ……
とか考えるけど、そんな男現実になかなかいないのよねぇ。
次の日、狩猟犬に餌をやり終え、ベンチに座って休憩していると、
急にエスパルダが、放牧場の方へ走り出した。
ん?
どうしたんだろう急に、誰か来たのかな?
私も放牧場に行ってみると、魔族の男の子がいた。
しゃがんでエスパルダの頭を撫でている。
多分お客さんだろうと思って、声をかけてみた。
「あっ、いらっしゃい。何か御用ですか?」
「どうも。勝手に入ってすみません。誰もいなかったもので」
彼の顔を見て、あまりに格好よくて綺麗な姿に、私は一瞬ドキッとした。
輝く笑顔に艶やかな黒髪。
上品な白い肌。
気品のある金色の瞳。
頭に6本角。
見たことの無い未知の魔族だった。
彼の名前は、ソールヴァルド・ローズブローク。
最近、闘牛士見習いになったばかりの新人なのだそうだ。
ああ、そういえば今年は、闘牛ギルドで久しぶりに合格者が2人出たって言ってたわ。
彼がその1人なのね。
「へぇー、闘牛士見習い。ということは今日は魔牛を買いに?」
「そうなんだ。練習用の魔牛が欲しいんだよ」
「魔牛は一番安いのでも金貨10枚するわよ。大丈夫?」
「ああ、お金については大丈夫。貯金はあるから」
会話して驚いた。
何この不思議な声。
不思議って言っても、声はなんてことは無い普通の声質なんだけど、その声を聞いていると頭の芯が痺れてくる。
胸の奥から幸福感が湧き出してくる。
本当なにこの声、魔法でも篭っているのかしら?
私は注意力が散漫になりそうなのを何とか堪え、魔牛の販売をした。
彼は笑顔で手を振り、牧場を出て行く。
明日からさっそく魔牛で訓練するそうだ。
私も手を振り、彼を見送った。
さっきの彼の笑顔を思い出し、私の胸がキュンと締め付けられた。
ああ、これが……
これが噂に聞く「恋」て奴かしら。
私にもついに春がやってくるのか。
悪いわねタマラ。
貴方に彼は紹介できないわ。
これから私がアプローチするからね。
ウフフフ……
「あーらパッツィ、さっきの魔族の子はお客さん?」
背後から突然声をかけられる。
私の母親、セシリータ母さんの声だ。
「ひょえ! あっ、そうよ。ただのお客さん。魔牛を売ったの」
「そう。闘牛士なのね。名前は?」
「ソールヴァルド・ローズブロークって名乗ってた」
「ああ、アベルさん所の息子さんね。話は聞いてるわ。なんでも11歳で魔道具を開発した天才少年だって」
「へえ、頭いいのね」
これは、これは間違いなく優良物件の香りがする。
あの見た目に天才少年ときたか。
歳も同じくらいだし、闘牛士ができるなら世帯年収は高いと予想できる。
少ないチャンスをモノに出来るチャンスだわ。
私の胸は躍る。
「ところでパッツィ。ソールヴァルド君が随分気に入ったようね?」
「別に、なんとも思わないわ」
私はポーカーフェイスを決め込む。
しかし母さんはニヤッと笑う。
「ふーん。そんなに尻尾を振ってるのに?」
「あっ」
しまった。
私は無意識に尻尾を振っていたんだ。
嬉しいことや楽しいことがあると、獣魔狼族の尻尾は勝手に横に振られるのだ。
意識すれば止められるんだけど、無意識の時は気づかずにやってしまう。
バレてしまったのならしかたない。
私は母に釘を刺すことにした。
「お母さん。余計なことはしないでよ」
「分かってるわよ。私も応援するわ」
母はウインクで返すが、どうにも心配。
母さんは余計に世話を焼きすぎる所があるのよね。
翌日、何か母の話し声がするので、放牧場のところへ行くと、ソールヴァルド君と母が話しているところを発見。
私は動物耳を母へと向ける。
獣魔人族は、人間耳と動物耳の両方を持っている。
人間耳は人間族の耳と同じく、まんべんなく音源の方向を探れる。
動物耳のほうは、狭い範囲に集中して音を探ることが出来、より遠距離の音が拾えるのだ。
「お尻も胸も大きいし、安産型だから産後も回復は早い。経営も学んでるから財産管理もバッチリなの」
ああやっぱり。
やると思ったわよ母さん。
私のことになると、いつも先走りし過ぎるのよね。
私は横から乱入して、ソールヴァルド君を強引に引きずりながら、お母さんから離れた。
まったく、これで嫌われたりしたらどう責任取るつもりかしら。
ちょっと性急すぎるわよ。
ソールヴァルド君の練習の為に、魔牛を出して、私は一旦牧場の仕事に戻る。
気になったので、お昼前に再びソールヴァルド君の所へ。
彼は真剣に闘牛技の練習をしていた。
彼の動きはなかなか鋭かった。
真剣な横顔がカッコイイ。
私はしばし彼を見つめた。
練習が終わったソールヴァルド君が、私に気づいたようだ。
私は思い切って彼を昼食に誘った。
ベンチで一緒に昼食を摂る。
よーし。
掴みはなかなかいい感じだわ。
それからソールが練習に来るたびに、私と一緒に昼食をするのが習慣になっていった。
そしてソールと打ち解け、随分と親しくなってから、あの事件は起こったのだ。
その日、ソールに魔牛を出して、私は鶏舎の掃除や世話をしてから、ソールの練習を見ようと練習場に向かった。
そこで練習場の外にソールが倒れているのを発見したのだ。
私は一瞬心臓が止まるかのような衝撃を感じた。
「ソール! ソール!!」
私は走って彼の元へ駆け寄った。
幸いなことにソールの意識はすぐ回復した。
練習場には剣が落ちていた。
きっと一撃刺殺の訓練をやっていたのだ。
私はソールの無謀な練習に思い切り怒ってしまった。
強く注意するだけのつもりが、予想以上に感情が入ってしまったのだ。
あぁ。
私自分で思っていたよりも、ずっとソールのこと好きになってたのね。
そしてソールが捨て子だということを聞かされた。
そうか。
そうなんだ。
それで早く自立したくて無茶な練習をしたのね。
ソールの憂いを秘めた瞳。
私の胸が締めつけられる。
ソールにも人には言えない辛さがあった。
なら私は、苦しさを共に受け止めて、彼を支えてあげたい。
そして彼と添い遂げたい。
その時、私は初めて結婚というものを意識した。
怪我をしたソールを治療院に連れて行き、彼の家まで送った。
母親のイレーネさんが、私に感謝の言葉をかけてくれる。
「ありがとうねパッツィちゃん。このお礼は必ずね」
「いえ、大丈夫です。お心使い感謝します」
後日。
ソールは無事、一撃刺殺のスキルを手に入れた。
そして私達は抱きしめ合い、ファーストキスの祝福をソールに捧げた。
今の私は最高に幸せだわ。
その日から私達は恋人同士。
リリアの町で良くデートするようになった。
だけど私はそこで気がついた。
私には潜在的なライバルが沢山いるのだと。
ソールと腕を組んで歩いていると、町のそこかしこから女の鋭い目線が飛んでくる。
彼の買い物に付き合って八百屋に行った時なんか、その店主の娘に「何この女?」
みたいな目で睨まれたりした。
そりゃ優越感を感じないわけでは無いけど、これだけ多いと心配になる。
あー、やっぱり独り占めは難しいかなぁ。
この国には重婚制度があるから、ソールが私と結婚したとしても、他の娘と結婚することも可能だ。
うーん。
どうすれば正解なのか。
娯楽で恋愛する余裕が無い以上、ここで失敗するわけにはいかない。
ソールのマタドールデビューの日。
ソールの家族や友人と一緒に、闘牛を観戦することになった。
妹のマリベルちゃんに初めて会う。
「どどどどうも。妹のマリベル、です」
可愛らしい妹さんだ。
何故かやたらと緊張している様子。
そんなに私、怖そうに見えるかなぁ?
ソールの出番が来る少し前に、私は彼に会いに行った。
彼は「光のドレス」を身にまとい、実に格好良かった。
抱きついて応援の言葉をかけ、ソールを見送った。
ふと私は後ろを振り返った。
ソールと話している時に、殺気のこもった目線を感じたからだ。
だけど通路には、背中を向けて一心不乱にホウキで掃いている、掃除のお姉さんしかいなかった。
気のせいか……
ソールの闘牛を見てから数日後、グラナドス牧場に訪問者が現れた。
ソールの義理のお母さん、イレーネさんだ。
イレーネさんは私の母、セシリータ母さんとしばらく談笑。
母さんは何故か私の所へやって来て、こう言う。
「パッツィ、イレーネさんから少し話があるみたい。いっといで」
というわけで、牧場のいつもソールと昼食を摂っているテーブルで、イレーネさんとの会話が始まる。
セシリータ母さんは赤茶とお茶請けをテーブルに置いて離れる。
改まって一体何の話なのか?
私は緊張した。
「こんにちはパッツィちゃん。元気にしてた?」
「は、はい。元気です」
「そう緊張しなくていいわよ。まあパッツィちゃんも忙しいだろうから、単刀直入に聞くわ。ソールと付き合ってるわよね」
「はい…… 付き合ってます、けど」
なんなの?
まさか別れてくれとか言うんじゃないでしょうね。
「なるほど。で、どこまで考えてるの? ただの恋人? それとも結婚を前提としたお付き合い?」
一瞬返答に詰まる。
でも、お義母様になる可能性のある人だ。
ここは正直に答えたほうが良いだろう。
「私としては、将来結婚したいと思いますが、まだ、ソールには話していません……」
「ふーん。悪くないわね」
「えっ?」
「もう一つ。私が言うのもなんだけど、ソールはこれから凄くモテると思うのよ。他にも恋人候補が何人か現れると思うけど、あなたはどうするつもり?」
「まだハッキリとは。現実的には重婚制度を使うか、どうか……」
「フフッ、その歳でそこまで考えれば上出来。気に入ったわ」
そう言うとイレーネさんは、赤茶を優雅に一口飲み、ティーカップをテーブルに戻す。
「彼が捨て子だったのは知ってる? そう。私がソールに初めて会った時、彼は私の人差し指を掴んで、あうー。とか言ってた。あの声は不思議ね。胸がジーンと来ちゃって、不覚にも涙が出たわ。可愛かったなぁ」
「はい。たしかに彼の声は不思議です。沢山の女にモテるでしょう。確実に……」
「恋と戦争にルールは無用ってね。もっとも、ライバルを叩き潰すことなんて、私にとっては造作も無いことなんだけどね」
そう言うとイレーネさんは、凄みのある笑みを浮かべる。
私の背筋は凍りついた。
この人は、この人だけは敵に回してはいけないと、私の本能が告げる。
「ソールは子供の頃から優秀だったわ。でもねぇ、女捌きだけは苦手なのよ、あの子。このままいったら、チョロイ男、通称チョロメンになる可能性があるわ」
「チョ、チョロメンですか」
「義理だとしても親としては気になるとこよ。そこでパッツィちゃんにお願い。あなたに本妻になってもらって、妾を統率してソールを守って欲しいのよ」
「私がですか?」
「重婚の寄合制度は知ってるわね。資金執行権はあなたが握るの。だからパッツィちゃんが主導で、妾を追加していく。4人ほどいればいいでしょう」
「私に、出来るでしょうか?」
「してくれたら私、あなたがソールと結婚して本妻になるのを応援しちゃうわよ。悪くない条件でしょ?」
私は考えた。
ソールと結婚するためには、イレーネさんの協力が絶対必要だ。
このまま無秩序にソールの彼女が増えると、混乱するに決まってる。
ならば、イレーネさんの老獪さに頼るのが一番いいか。
「……分かりました。私はお義母様に従いましょう」
「ありがとう。それじゃ協力して『ソールハーレム化計画』を進めていきましょ!」
私達は固い握手をした。
こうして私はイレーネさんの配下となったのだ。
それからしばらくして、さっそく妾候補が現れた。
森エルフでソフィアという名前。
ソールとパーティーを結成するそうだ。
ソールは、ソフィアに恋愛感情は無いと断言したけど、どうだか。
イレーネさんは、ソールをチョロメン認定してたからアテにはできないわね。
でも他の女の子と2人きりか。
胸が苦しいわ。
これが嫉妬という感情か。
私は小声で呟く。
「でもどうせ、ソールの独り占めは無理よね。なんせ声がアレだからねぇ。容姿もいいし」
「ん、何?」
「ううん。なんでもないわ。フフフ……」
話が終わり、私は日曜日にさっそくボスに報告する。
会合場所は最近開店したお店。
フォカッチャ専門店「マリーレスト」だ。
ここで毎週日曜日、イレーネさんに報告することになる。
「ああ、ソフィアちゃんなら家にも来たわよ」
買い物帰りのイレーネさんと黒茶を飲みながら話す。
「そうなんですか」
「ソフィアちゃんは、お母さんが病気で凄く貧乏なんですって、だから私が弁当を作ってあげることにしたの」
「食べ物で手なずける。ということですか」
「言い方はわるいけど、そうなるわね。ソフィアちゃんは根性もあって、裏表がなさそうないい娘だと思う。妾にはいいでしょう。」
「分かりました」
「それとマリベルとマルガリータも怪しい。この前マルガリータがソールに会いに来て、部屋の中に入ったのよ。後から帰ってきたマリベルが、それを聞いてスッ飛んでいったわよ。あの2人もソールを狙ってるかもね」
「ほ、本当ですか!?」
「今はそれは置いときましょう。それでパッツィちゃんもそろそろソールのパーティーに入って欲しい。できるかしら?」
「もう少し時間がかかりますが、仕事は弟達に任せるので、大丈夫です。」
「ならそれで。事態は急変する可能性があるわ。パッツィちゃんはソフィアちゃんを食べ物で懐柔して。とりあえずパーティーを安定させるのよ。でも本妻は死守」
「はい。承知しました」
それから、イレーネさんも予測したわけでは無いだろうが、事態は急変した。
グラナドス牧場にゴブリンが襲来。
これをソール達や冒険者、家族皆で退けた。
その際、私はソフィアと初対面。
ソフィアの本気度を知るために、私はわざと対立した。
それから前に話して準備していた通り、私はソールのパーティーに加入する。
そしてソフィアと2人で会合を持ち、食べ物での懐柔に成功。
最初はどうなるかとヒヤヒヤだったが、ソフィアが素直な娘だったので助かった。
ソールにも本気みたいだし、妾としてもやっていけるだろう。
ということを、マリーレストでイレーネさんに報告した。
「よくやったわ。これで2人。パッツィちゃん。後日でいいからソフィアちゃんと2人で家に遊びに来て。ソフィアちゃんともっとお話したいし、マリベルの気持ちも確かめたい」
「ソールのことを好きかどうかですか?」
「うん。マリベルに揺さぶりをかけてみる。もし本気だったら、私は認めるつもり……」
「その。実の娘をソールにですか。妾になることになりますが、それでお義母様はよろしいのですか?」
「マリベルに覚悟があるのならね。昔からマリベルはお兄ちゃん大好きだから、こんな風になる予感はしてたのよ」
「そうですか……」
「それにマリベルが動けば、マルガリータも引きずり出すことが出来るかも知れない。上手くいけば4人揃うわ」
「なるほど。では、細かい所を詰めましょうか」
迷宮明けの休日。
ソールが私とソフィアに、護拳付き短剣を作ってくれると言ったので、待ち合わせることになった。
中央広場に集い、短剣をもらって、3人でベンチに座ってお喋りする。
と、そこへ、偶然を装ってイレーネさんがやって来た。
首尾よく3人で家にお邪魔することになる。
家ではソフィアメインで色々な話をした。
イレーネさんも熱心にソフィアと話す。
事実上、これが妾採用面接であることは、ソフィアも薄々感づいているようだ。
ソフィアは普段能天気だけれど、意外と賢いのよね。
私とイレーネさんの連携にも気づいただろう。
と、そこへマリベルちゃんが帰ってくる。
マリベルちゃんは、一瞬私を睨んだと思ったら、無視して家の中に入った。
私はイレーネさんと目を合わせる。
間違いない。
マリベルちゃんは相当お兄ちゃんにラブ状態だ。
ソールはマリベルちゃんの反応に不機嫌。
私達は気にしてないとフォローを入れておいた。
帰り際、皆と少し離れて、イレーネさんと話をする。
「お義母様。後日、例の件でマリベルちゃんと話をしたいと思います。」
「分かった。任せるわ」
数日後、マリベルちゃんが働いている治療院で、夕方に待ち伏せすることにした。
この治療院は前に、ソールを運んだ所だ。
仕事が終わって出てきたマリベルちゃんを見つけ、声をかける。
「マリベルちゃん」
「わっ、パッ、パッツィさん。なな、何ですか?」
マリベルちゃんは驚いた表情で硬直する。
そんなに私怖いのかしら?
私は努めて優しげに語り掛ける。
「少しお話があるんだけど、おごるからマリーレストに寄りましょう。大切な話よ」
了承したマリベルちゃんとマリーレストへ
赤茶を注文して、対面で向かい合う。
「一つ聞きたいことがあるわ。マリベルちゃん、あなたソールお兄ちゃんの事好きでしょ、恋人になりたいと思ってる」
「ど、どうして……」
マリベルちゃんは驚愕の表情。
バレてないと思ったのかしら。
「そりゃ、あなたの態度見りゃあね。で、好きだと伝えた? 返事は貰えたの?」
「話したくありません……」
そりゃね。
私が大好きなお兄ちゃんを取ったんだから、話したくはないでしょう。
「私はさぁ、別にマリベルちゃんがソールと付き合ってもいいと思ってるの。本妻を私と認めるなら、重婚制度で妾として結婚もできるし」
「重婚……」
「でもね。今のままだとマリベルちゃんが告白しても、ソールから色よい返事は貰えないよ」
「どうしてですか?」
「やっぱ気づいてないか。それはあなたがやってることが『軽率』だからよ」
「軽率!?」
「ソールはね。家族のことを大切に思ってるのよ。あなたと恋愛すると、お父さんやお母さんとの仲が悪くなることを恐れてるの」
「あっ……」
マリベルちゃんはハッとした表情を見せる。
やっぱりお兄ちゃんのことで頭が一杯で、そこまで考えて無いか。
若いわねぇ。
「だから、マリベルちゃんに相応の覚悟が必要よ。お父さんとお母さんをあなたが説得しなくちゃダメ」
「そ、そうですか……」
マリベルちゃんは先のことを考え、少し気落ちする。
よし、ここだ。
「でも1人で考えるのって大変でしょ。だから私でよければ手伝ってあげるわよ。そうでなくとも相談には乗ってあげるわ」
マリベルちゃんの顔が少し明るくなった。
それからしばらく、マリベルちゃんの悩みを聞いてあげる。
私は解決可能なアドバイスを話した。
「それじゃ、色々ありがとうございます。パッツィさん」
「また何かあったら、私を頼ってきなさいよ」
私はマリベルちゃんと笑顔で別れる。
よし、とりあえず仕込みは成功。
私はあくまで、頼りになるお姉さんを演じればいい。
後はマリベルちゃんが積極的になれば、マリガリータちゃんが自動的に参戦してくる。
というのが私の読みだけど、どうなるかな。
次の日からは再び迷宮攻略。
明けての休日。
ソールがやって来て、魔法矢という新しい武器を持ってきた。
矢の先端を標的に当てると、魔法が発動して爆発するのだ。
こんな小型の魔導武器を作るなんて、ソールはホントに凄いのね。
細かい事は知らないけど、マリベルから再び相談が来た。
マリベルとマルガリータが一緒に私の話を聞く。
マルガリータとしては、重婚に異存はないようだ。
一応読み通りの動きかな。
マルガリータがパーティーに参加。
翼魔族の見事な動きに、人形魔法。
迷宮でも充分に活躍できるだろう。
1週間送れてマリベルが参加。
ソールは心配してるけど、私も様子を見てるから大丈夫。
仲直りするにも時間が必要なのよ。
そんな時にマルガリータが魔獣の攻撃を受けて怪我をする。
ヒヤヒヤしたけど、これをきっかけに2人の関係は改善していく。
これも怪我の功名か。
雑貨迷宮第10層を突破。
そして衝撃の事実が判明した。
ソールが魔王だったのだ。
本当に、私はソールを選んで正解だったわ。
巨大な魔王船を見ながら、早くソールハーレムを完成させなくては。
と私は決意を新たにした。
町に帰り、私とソールはデートの時に結婚の約束をした。
いよいよ私達は結ばれる。
高級宿の1室で、私はソールに初めてを捧げる。
それは熱くてせつなくて、素敵な紡ぎごと……
帰りにソールの家に寄った。
マリベルがいたので、私はそっと耳打ちする。
「私、ソールと結ばれたわよ」
「えっ」
「マリベルちゃんも頑張って」
さて、これでマリベルちゃんも触発されて、ソールとの仲も発展するのか。
私は様子を見ることにする。
今は夏、今年初めてのバアルの風がリリアにやって来る。
幸いに牧場も被害は受けなかった。
まだバアルの風の余波が空に残る。
そんな時にソールがやって来た。
どうやらソールはマリベルとマルガリータを受け入れることにしたようだ。
マリベルちゃんへ発破を掛けたのが、功を奏したか。
とにかくこれで4人まとまった。
マリーレストでイレーネさんに報告する。
「そう。ついに4人揃ったのね。良くやったわパッツィちゃん」
「はい。運がいい部分もありましたが、おおむねお義母様の予想通りでしたね。あの件も順調に進んでいます」
「親への挨拶周りね。マリオ司令には私が許可を取ってるから。パッツィちゃんは各家庭を回って婚約準備を」
「はっ、すべて滞りなく」
「本当、パッツィちゃんが最初の彼女でよかったわ。わが子ながらマリベルは頼りないし、あの娘も成人なんだから、白馬の王子様もいい加減卒業して貰いたいわね」
「ハハ……」
「ソフィアちゃんは、性格はいいけど能天気。マルガリータちゃんは、天才肌だけど直感的だし協調性は余り無さそう。パッツィちゃんがいなかったら危ないところだったわ」
「それでこちらが例に書類になります。どうぞ」
私は調べてきた書類を出す。
そこにはハーレムメンバーの世帯収入が書かれていた。
それぞれ本人に作らせたのだ。
「ふむ。やはり持参金はあなたとマルガリータちゃんが期待できるか。持参金は寄合でキープ。アイスコレッタ家は、ソールの球体関節でかなり儲けてるわね。そこからエンゲージリングの費用を出させなさい。」
「はい。これから交渉に向かいます」
「それからソールには秘密ね。あの子ヘタレだから事前に知ると躊躇しちゃうわ。チョロメンの部分で押し切るしかないわね。アベルの件は夕方にね」
その後、私はアイスコレッタ家に交渉。
魔王の親族になるので、先方は進んで協力を申し出てくれた。
最後はアベルさん攻略。
マリベル泣き落とし役、ソフィア攻撃役、私なだめ役で30分に渡りアベルさんを攻める。
最後にイレーネさんが、
「お父さん。魔王の妻に人間族が入る。マリベルは魔族と人間族の架け橋役になるのよ。観念なさい」
ということでアベルさん撃沈。
これにより、すべての障害は排除された。
最後に私とイレーネさん、ソフィア、マリベル、マルガリータで、婚約発表会の合同リハーサルを行なう。
婚約書類もすべて記入。これで手続きはすべて終了した。
私とイレーネさんは、メルルーサにてささやかな打ち上げを行なう。
イレーネさんはサングリア。
私はエールを手に取る。
「まずは乾杯。あとは婚約発表会を待つだけね」
「はい。全てはお義母様のおかげです。感謝しています」
「それはいいけど、表向きこれまでの準備は、すべてパッツィちゃんが仕切ったことにするのよ。そうすれば本妻の求心力が高まるわ。私が裏で糸を引いてるのは秘密よ」
「はっ、分かっております」
イレーネさんは、サングリアを煽り飲み、魔王の母親にふさわしい邪悪な笑みを浮かべる。
「これで八方丸く収まった。私とアベルの老後も安心プランも成立。お酒がおいしいわね」
老後も安心プランとは、ソールを重婚させ子供を沢山作り、将来を磐石にすること。
また寄合資金も私が執行すれば、見届け人のイレーネさん、アベルさんに譲渡が可能。
年金と合わせて、老後は悠々自適の生活が送れる。
もちろんこれは、ソールの将来性が有望であるからこそ可能なプランだ。
ソールに言いたいわ。
あなたは無償で育ててくれたイレーネさんを尊敬してるみたいだけど、世の中タダより高いものは無いのよ。
「それにしてもソールが魔王。ことと次第によっては山吹色の円盤が乱れ飛びますなぁ。お義母様。フフフフフ……」
「あらぁ、パッツィちゃんも言うようになったわねぇ。そちも悪よのう」
「いえいえー。お義母様にはかないませんよ」
「ウフフフフ」
「オホホホホ」
そしてついに婚約発表会。
多少の混乱はあったものの無事終了。
ついに私の努力が報われたのだ。
まだまだ先は長いけど、皆が幸せになる道筋はつけられたと思う。
私達の未来に万歳!
と思ってたんだけどなぁ。
アルコン帝国の野郎、私のこれまでの努力を叩き潰すつもりかしら。
許せないわね。
「しかたないわね。パッツィちゃん。プランBを実行よ!」
「えっ、お義母様。プランBって何ですか? 私知らないんですけど……」




