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超弩級超重ゴーレム戦艦 ヒューガ  作者: 藤 まもる
第3章 ヒューガ誕生編
34/75

第30話「コークスクリュー」

エスパーニャ暦5541年 8月1日 8時

バレンシア領北西430キロ海上 バレンシア湾口

バレンシア湾封鎖艦隊


 ここはルシタニア南部とレオン王国バレンシア領のちょうど中間に位置する海域。

 レオン王国側が、バレンシア湾から海上に出るには、どうしても通過しなければならない湾口だ。


 この海域にアルコン帝国海軍は、第182作戦部隊より抽出された、バレンシア湾封鎖艦隊を配置した。

 この艦隊の目的は、バレンシア湾より出撃してくるレオン海軍の撃退だ。


「現在、作戦は順調に推移しております。奇襲成功といったところですな」


 副官ロジェ・クロード・ベルトランが、今までの状況を確認。楽観的な意見を述べる。

 アルコン海軍始まって以来の大作戦に、副官は興奮気味だ。


「ハッ、帝国議会の連中も底が知れてる。こんな博打じみた作戦をやらせるとはな。これで大きな損害が出たらどうするつもりだ」


 この作戦に内心では同意しかねる男が手を振る。

 その男は、金髪、碧眼の渋い中年紳士であり、鋭い視線を海上に向けていた。

 この男の名はドラクロワ・ギャバン・アバック。


 アルコン海軍、三大提督の一人、鉄爪アイアン・クローの異名を持つ提督だ。

 砲撃戦のエキスパートであり、冷静沈着、堅実な部隊運用をこなす実力派と評される。


「結果は出ているので問題は無いかと。バレンシア湾に関しては予想通り手薄でした。」


「そうは言うがな。バレンシア攻略にこちらの手持ちの半分以上をつぎ込んでいるのだ。この湾を封鎖するには戦力的にギリギリだぞ」


 ドラクロワ提督の言うとおり、第182作戦部隊の3分の2は、現在領都バレンシアに向かっており、残存する3分の1の戦力で、バレンシア湾口を封鎖し続けなければならない。

 時間が経てば経つほど、自らの艦隊の危険が高まるので、ドラクロワ提督は気が気ではなかった。


 元来、堅実な部隊運用を好む彼としては、今回のような、ハイリスク、ハイリターンの博打のような作戦には嫌悪感を感じる。

 とはいえ、命令であるので従わなければならないのが軍人の性なのだが。

 仕方が無いので、ドラクロワ提督はブリッジの隅で、あまり人に聞かれないように副官に愚痴を聞いてもらうしかない。

 

「東方向2万メートルにレオン海軍の竜騎が接近。現在迎撃中。我が方が優勢の模様!」


「パルマ島付近で、バレンシア攻略支援艦隊が、レオン海軍パトロール艦隊と遭遇。これを撃破。作戦には支障無しとのことです」


 進行中の部隊から、次々と報告がもたらされる。

 頼むからこれ以上出てくるなよ。

 と、ドラクロワ提督は祈ったが、その祈りは通じなかったらしい。


「南東40キロに敵艦隊発見! 44門艦2隻 24門艦4隻。こちらに向かってきます」


「こちらから、スパルシアトとリベルテ、エーレット級2隻を行かせろ。可能なら竜騎母艦で支援するんだ。深追いはするなよ」


 ドラクロワ提督の命令により、104門艦1隻、64門艦1隻、24門艦2隻が南東へ出撃する。

 これ以上来れば封鎖は困難になるとドラクロワ提督は考えたが、その敵艦隊を撃退して以降、バレンシア湾より敵艦が出てくることはなくなった。



 15時、ついにバレンシア攻略艦隊とバレンシア攻略支援艦隊が、領都バレンシアを攻撃範囲に捉えた。

 艦隊の接近を察知した、領都バレンシアの竜騎基地は、戦闘騎15機 爆撃騎10機をもって迎撃したが、迎え撃つアルコン海軍戦闘騎22騎との激しい空中戦の末全滅した。


 逃げ出すフローリカ達が、竜騎から攻撃を受けなかったのは、アルコン帝国がほとんどワイバーンしか用意していなかった為である。


 アルコン側の被害は、戦闘騎12騎損失、24門艦1隻大破炎上、44門艦1隻大破炎上、64門艦1隻損傷に止まった。

 司令官は上陸作戦に支障無しと判断。

 領都バレンシアへの強襲上陸を実行。


 対地攻撃用の高価な臼砲艦4隻、及び64門艦、44門艦にて港を砲撃。

 大型強襲揚陸艦、高速輸送艦にて兵800名が上陸。

 領都になだれ込んだ。


 領都バレンシア残存陸兵320名との激しい市街戦ののち、バレンシア陸兵は壊滅。

 バレンシア領領主、ルイス・ペドロ伯爵は、この戦闘で重症を負い、領主館でろう城ののち火を放ち家族共々亡くなった。


 こうしてアルコン帝国の奇襲により、たった1日で領都バレンシアは陥落したのだった。





    超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ

   ⇒第3章 ヒューガ誕生編





 十年前、アルコン帝国軍に何の前触れもなく、技術革新の波が訪れた。

 まず開発されたのは船舶用内燃機関であり、舷側に水車のような推進器をつけて、石炭で蒸気を起こし、その力で推進器を回す、いわゆる外輪式蒸気船パドル・スチーマーが開発されたのだった。


 当然、こういった新技術を使った新型船は、様々な技術的問題点が発生するものであり、波や船体の傾きにより、左右の推進力にムラが生じたり、ボイラーの効率が低かったりした。

 このような問題を解決するのに、当時は10年かかると思われたが、何故かわずか2年で、外洋で航行可能な機走船が開発されてしまったのだ。


 当時、艦長だったドラクロワ提督も、あまりの技術開発の早さに不審に思ったが、海軍技術部はすべての情報を機密扱いし、その開発経緯については軍の上層部だけが把握しており、ドラクロワは情報を手に入れることはできなかった。


 実用的な機走船が開発成功し、アルコン海軍は軍艦の機走船への更新を開始。

 海軍の予算も3割アップした。また、それまでに考えられなかった新兵器も次々開発されていった。


 アルコン帝国はもともと陸軍国であり、海軍は小さなものだったので、規模の拡大と発言力の増大はドラクロワも望むものだったが、国家戦略として、海軍に何をさせるかは聞かされていなかった為、心理的な不安は常につきまとった。




 そして10年後、提督に出世していたドラクロワは、青天の霹靂を味わうことになる。

 その第1段階がオペレーション・コークスクリューであった。


 コークスクリュー作戦。

 事前協議も無く突如決定された作戦であり、その骨子は、バアルの風にまぎれて、レオン王国バレンシア領に新動力艦隊で接近、バレンシアを占領し、レオン王国北半分の制海権を奪うことにその目的がある。

 

 主力は機走船であり、その自走能力によりバアルの風を高速で突破して、バレンシア領に奇襲をかける。

 この作戦を聞いて、ドラクロワは驚く。

 上層部の連中、機走船を万能戦艦かなんかと勘違いしてるんじゃないか。

 

 第1~3等戦列艦までは、大型なので30時間以上機走することが可能だ。

 これならバアルの風も突破できるだろうが、1000トン以下なら、機走は8時間しか継続できないんだぞ。

 下手すればバアルの風のど真ん中で立ち往生だ。


 おまけに数が不足している。 

 機走改装は大型艦から行っているため、44門艦、24門艦、14門艦の機走改装や新造艦が間に合っていない。

 また、輸送艦や補給艦は、まだ布帆の帆走艦も沢山あるのだ。

 開戦は時期尚早、どんなに急いでもあと2年は必要とドラクロワは訴えた。


 

 だが海軍本部からは、

「だったら、バアルの風の中では、帆走船にワイヤーを繋いで、機走船で引っ張ればいい」

 という、実に本末転倒な提案がなされた。


 つまり上層部としては、何が何でも今、戦端を開かねばならないらしい。

 その自信がどこから来るかさっぱり分からないが、ドラクロワとしては、不承不承受け入れるしか仕方なかった。


「それで決定後に海軍本部からは、バアルの風を本当に素早く突破できるのか? とこっちに聞いてくる始末だ。頭のネジが10本ほど飛んでるんじゃないか?」


 ドラクロワの不満はそれだけでは無い。

 人事にも不安があった。


 ドラクロワ・ギャバン提督自身は43歳。

 海軍一筋にやってきたので、提督の地位についても存分に実力を発揮できるだろうと思っている。


 最近提督に抜擢された、リュック・ヴァルタン・バルテス提督は38歳。

 少々経験不足の感は否めないが、竜騎戦のエキスパートであり、高い竜騎母艦運用能力を示しているので提督になったのはまあ分かる。


 分からんのが3人目の提督だ。

 3人目は若干18歳の美少女提督、アンジェリーク・キャンデロロ・オージェだ。

 黒髪の大層美しい少女らしく、巷では戦列乙女とか言われているらしい。


 聞くところによれば、なんでもアルコンの英雄、覇王様の直系の子孫だとか。

 血筋が立派なのはいいが、それで提督業が出来るとは思えなかった。



 まあとりあえず、海軍本部の意向に沿わなければならないので、3大提督で来るべき戦争に向けて、大規模演習を数度行なった。

 リュック・ヴァルタン提督の指揮は、予想通り及第点。

 そして問題の戦列乙女アンジェリーク提督だが、こちらも意外なことに見事な指揮を見せた。

 砲撃戦でも竜騎戦でも護衛戦でも、バランスの良い指揮で成果を出せるのだ。


 ドラクロワの見たところ、優秀な副官の存在もあるが、アンジェリーク本人の直感が鋭く、それが経験不足を補っているので、毎回結果が出るのではないかと思える。


 この演習結果から、ドラクロワはアンジェリーク提督を認めざる得なくなったが、何が悲しくて、自分の娘と同い年の少女を提督として扱わなければならないか、ドラクロワとしては納得することはできなかった。



 実のところ、この3人が提督が選ばれたのには理由があった。

 それは3人が「覇王の加護」を受けていることである。


 魔王のスキル「魔王軍団」は、大量の配下に魔王の加護を与えて、スキルポイント増加とレベルアップのスピードを上げることができる。


 だが、「覇王の加護」は、3名の配下にしか与えられない。

 そのかわり、その加護は「魔王軍団」より遥かに強力な能力を、その3人に与えることができるのだ。


 ただ「魔王軍団」と同じく、本人に自覚症状やステータス表示の変化が無いので、ドラクロワ、リュック、アンジェリーク共に「覇王の加護」を受けているのに気がついてはいなかった。

 また帝国内では覇王が復活したという話もないので、

 覇王の伝説は、帝国民にとっては大昔の神話程度の認識でしかなかったのだ。



 ドラクロワ提督は、過去に不思議な経験をしている。

 17歳の頃、暴走した馬車に巻き込まれ、死んだ経験があるのだ。

 が、気がつくとドラクロワは30分前に逆戻りしていた。


 本人は意識が途切れた瞬間、30分前に戻ってしまったので分けがわからず混乱したが、

 暴走馬車が通ることを思い出し、道を渡らず待っていると、目の前を暴走馬車が通り過ぎていった。

 ドラクロワ本人には怪我一つなかった。


 これがドラクロワ提督にかけられた覇王の加護「死に戻り」である。

 死んでも30分前からやり直せる加護なのだ。

 ただ本人は予知夢か幻覚だと思い込んではいるが。




 話を戻そう。

 半年をかけ海軍は密かに物資を集結。

 コークスクリュー作戦実施の為、7月17日に艦隊を演習目的で出動させた。

 間者がいることを想定し、各艦は五月雨式に港を出発し、沖で集結した。


 艦隊編成は、バレンシア湾封鎖と領都バレンシア攻略を目的とした第182作戦部隊。ドラクロワ・ギャバン提督が指揮する。

 パルマ島攻略とロルカ攻略支援は第183作戦部隊。リュック・ヴァルタン提督が指揮。

 ネルピオ・ロルカ攻略を行なう第184作戦部隊。アンジェリーク・キャンデロロ提督が指揮を行なう。



 艦隊が出動して1日後、運良く7月18日に大型のバアルの風が発生。 

 艦隊は南下を開始、パルマ島北西1200キロの位置で、台風の勢力圏に突入。

 事前に司令部へゴーレム鳩で「これよりバアルの風に突入する」と連絡を入れておいた。


 石炭を節約するため、各艦は最小限の機走で台風の中を南下した。

 だが機走艦は、帆走艦をワイヤーに繋いで引っ張っていたので、台風を突破するのに予想以上の時間がかかった。


 そのため、台風に耐えられなかった小型の補給艦や輸送艦が何隻が沈んだ。

 懸命な操船の末、7月29日に大型艦が台風の突破に成功。

 遅れて中型艦、小型艦が損害を出しつつ、台風を突破した。


 損害は補給艦9隻沈没、輸送艦4隻沈没、3隻小破。

 予想範囲内の損害だったので、作戦はなんとか実行できそうだった。

 が、台風を突破後、司令部との通信でとんでもない事態が発覚する。



 アルコン帝国は、第2王女キュテリアを密かに支援。

 ルシタニア王国でのクーデターを画策していたのだが、28日にクーデターが発生してしまったのだ。


 当初の計画では、艦隊が台風を突破してからクーデターを発生させ、24時間以内にレオン王国に奇襲をかけるつもりだったが、すでにクーデター発生から30時間以上が経過してしまっていた。

 どうやらアルコンの工作員が、西部諸侯を抑え切れなかったようなのだ。


 工作員はすぐにクーデター発生の報を乗せたゴーレム鳩を艦隊に送ったが、その頃艦隊は台風の中を進んでおり、当然ながらゴーレム鳩は行方不明になり、艦隊に届くことはなかった。



 以上の情報を知るのに、ゴーレム鳩の往復でさらに20時間が経過。

 雁首を揃えた3人の提督は、しばしの議論と紛糾の末、奇襲ではなく強襲を決意。

 ただちに艦隊をパルマ島方面に向けたのだった。


 大騒ぎしたあげくの実にグドグドな「珍道中」の上での作戦実行ではあったが、8月1日早朝、荒波が収まってすぐに竜騎が出撃。

 艦隊自体も最大速度で南下したので、なんとかギリギリで奇襲が成功した。

 これがもう1日遅れれば、レオン艦隊の迎撃を受けていただろう。


 ともかくも、戦端はすでに開かれたのだ。

 あとはアルコン帝国とレオン王国、どちらかが敗れるまで戦いは続く。

 ドラクロワ提督は気を引き締め、バレンシア湾封鎖を継続する。





エスパーニャ暦5541年 8月1日 8時

パルマ島西300キロ海上 

パルマ島・ロルカ攻略支援艦隊


「ウエアリング完了。竜騎発艦開始します!」


 パルマ島・ロルカ攻略支援のため、第183作戦部隊はパルマ島に西側から接近、パルマ島竜騎基地を攻撃のするため、次々に竜騎母艦から竜騎が出撃する。


 第183作戦部隊を率いるのは、赤髪赤髭、緑目の貫禄のある中年。

 赤獅子レッドライオンの異名を持つ、リュック・ヴァルタン・バルテス提督である。


 第183作戦部隊の旗艦、104門艦スパルシアト級、2番艦マジェンタに乗る彼は竜騎戦のエキスパートであり、高い竜騎母艦運用能力を持つ、アルコン海軍の3大提督の1人である。


「とりあえず奇襲は成功か。運が良かったな……」


「はい。クーデターが早く起きた時にはどうなるかと思いましたが……」


 リュック提督の呟きに、副官ギデオン・アルボー・ベルクソンが答える。


「ともかく、ギリギリの奇襲だったのだ。偵察騎の騎数を増やして警戒を厳にせよ。攻略艦隊はパルマ島に向けて前進させろ」


「了解しました」



 ドラクロワ提督の場合と同じく、リュック提督もまた「覇王の加護」を受けていた。

 加護の内容は「ご都合主義の女神の守り」だ。


 この守りにより、リュック提督にとって有利な出来事が次々に発生するのだ。

 もっとも、加護を受けている本人は無自覚で、せいぜい「自分は運がいい」ぐらいにしか思っていないが。


 そして見えざる世界で、ご都合主義の女神は手を伸ばし、この一帯の、パルマ島の人々の運命に干渉する。


 リュック提督は、ドラクロワ提督の艦隊と連携しているわけでは無かったが、ドラクロワ艦隊が南下してバレンシアに向かう時に、必然的に艦隊のエアカバーを行なう戦闘騎と、パルマ島竜騎基地の迎撃騎との間に交戦が発生。


 パルマ島竜騎基地が北に注意を引き付けられている間に、リュック提督の攻撃隊は「たまたま」抜群のタイミングで、西からパルマ島基地に攻撃をすることに成功した。


 パルマ島方面防衛軍の海軍基地、陸軍基地は、40騎の竜騎の猛攻を受ける。

 パルマ島基地が攻撃を受ける10分前、海軍基地司令官は猛烈な腹痛に襲われた。

 昨日食べた魚が「たまたま」当たったのだ。

 司令官はトイレに駆け込んだ。


 司令官がトイレでうんうん唸っている時に「たまたま」アルコン竜騎が攻撃を開始した。

 基地上空を飛ぶアルコンのドラゴンドライバーは、基地のどこを攻撃しようか考えていた。

 そこへ「ご都合主義の女神」の啓示が舞い降りた。


 ドラゴンドライバーは何となく、司令部建物の東側に爆弾を落とした。

 それが「たまたま」トイレに直撃し、司令官を爆殺したのだった。

 海軍基地が混乱している間に、次々にアルコン竜騎が爆撃を成功させ、海軍・陸軍基地は破壊された。


 その間にパルマ島攻略艦隊は島に接近、小型強襲揚陸艦と高速輸送艦により、アルコン兵300名がパルマ島に上陸。

 パルマ島陸軍基地の生き残り20名を制圧し、パルマ島を占領した。


 リュック提督は、パルマ島に艦載騎14騎を着陸配置させ、そのままパルマ島南海上を通り、バレンシア領南部に向かった。

 そのすぐ背後には、アンジェリーク提督率いる第184作戦部隊が、リュック艦隊を追いかける形で同じくバレンシア領南部に向かう。


 8月2日。

 バレンシア領南部の町を射程に入れたリュック艦隊は、竜騎で町を次々に攻撃し、エルチェの町とネルピオの町は炎に包まれる。

 これでリュック提督の支援作戦は終了。西に後退し、後のことはアンジェリーク提督に任せることになる。

 なおリリアの町は、偵察騎10騎と小規模な基地があるだけなので、空襲は行なわず、後で兵と陸に配置した艦載騎で制圧する予定だ。





エスパーニャ暦5541年 8月3日 9時

バレンシア領 ネルピオ大海岸

ネルピオ・ロルカ攻略支援艦隊


 ここバレンシア領の半島と大陸との繋ぎ目部分に、長さ数十キロのネルピオ大海岸がある。

 この海岸に第184作戦部隊所属の小型強襲揚陸艦のアルコン兵200名が上陸。

 速やかに南のネルピオの町と港を占領。


 その港に補給艦と輸送艦が横付けされ、物資と兵が次々揚陸され、総勢1000名となったアルコン兵は、一路、ロルカの町を制圧するため、900名が街道を北上する。



 第184作戦部隊を指揮するのは、旗艦104門艦ベルキューズ級、1番艦ベルキューズに座乗する、戦列乙女アンジェリーク・キャンデロロ・オージェ提督である。


「ようやく着いたわね。明日にはロルカを攻撃できるかしら?」


 ブリッジの席に、提督服に身を包んだ、黒髪の美しい美少女が座っていた。

 彼女は神経質そうな琥珀色の目で副官を見つめる。 


「はい、すべて順調です。明日夜が明けしだい竜騎を発艦させます」


 副官のダンディ・ピカール・ベネックスが答える。

 彼は、頭が禿げているチョイ悪オヤジ風の外見だ。

 つねに冷静沈着に物事を処理し、アンジェリークを支える姿から、まわりの軍人からは、お嬢様に仕える「執事」と密かに呼ばれている。


「そう。でも予定は遅れているから、44門艦4隻と竜騎母艦デストレ級のダブー、フォルバンを南の哨戒線に貼り付けておいて。嫌な感じがするわ」


「はっ、了解しました」



 3大提督の内で、もっとも艦隊の規模が大きいのが、この第184作戦部隊だ。

 この部隊はバレンシア領と大陸の遮断を目的としており、極めて重要な役目を担っている。


 当然危険も大きく、2500キロ南のアルボラン海にはレオン艦隊の主力が存在している。

 この艦隊が北上すれば、こちらもかなりの被害を受けることが予想される。

 その前に、作戦を終了させ撤退しなければならない。


 ただ、この攻撃とほぼ同時に、アルコン陸軍も部隊を国境線まで前進させるので、

 ルシタニアのクーデターと合わせて、向こうもそうそう迂闊にはこちらに反撃は出来ないだろうと思われる。

 無論、戦場では何が起きるか分からないので、油断は禁物だが。 



 そもそも、この作戦が若輩の女提督に任されたのは、反撃を受ける危険性が高いからだろう。

 もし失敗しても、自分なら簡単に捨て駒とすることができるのだ。


「だから、この作戦は絶対に成功させなければならないのよ……」


 由緒正しき覇王の血筋をそのようなことで汚したくない。

 アンジェリークは密かに闘志を燃やす。


 そんなアンジェリークだが、彼女も他の提督と同様に、覇王の加護を受けている。

 その加護の内容はヴァイタル内の体力の増加だ。

 実に地味だが、その数値が半端なかった。

 元の体力に加え、実に1兆ポイントの体力が追加されているのだ。


 事実上の不死身の体だが、やはりステータスにも表示されないので、本人は気がついてはいない。




 8月4日の朝。

 アンジェリークは魔導通信機と伝声管で訓示を行なうことになった。

 通信士官が告げる。


「提督。準備完了です」


「分かりました。ご苦労」


 アンジェリーク提督の声を聞き、通信士官の頭は痺れた。

 彼女はカリスマ性があり、その声は不思議な力を持っているのだ。


「諸君! いよいよコークスクリュー作戦は大詰めを迎える。ここまでの戦いは完璧な勝利で終わった。この勢いでレオン王国軍を蹂躙し、バレンシア領が我々の領土であることを、奴らに知らしめるのだ!!」


「「「オオー!!」」」


 魔導通信機や伝声管で、彼女の声を聞いた兵士たちの士気が大幅に上昇した。

 彼女の魔法のような声は、通信機や伝声管を通しても効果があるのだ。

 兵士の能力も2割ほどアップする。


「竜騎部隊は直ちに発艦。攻撃を開始せよ!」



 アンジェリーク艦隊はロルカの町に攻撃を開始。

 艦載騎40騎でロルカを襲う。


 レオン領軍側は、基地の全戦力、戦闘騎10、爆撃騎10で反撃するも、短時間の空戦の末全滅。

 ロルカは爆撃を受け火の海となった。


 そこへアルコン兵900名がなだれ込む。

 ロルカの町を守っていた、生き残ったバレンシア領陸軍110名との激しい市街戦の末、ロルカは陥落。

 アルコン軍は領境の街道を遮断。

 ここで事実上、バレンシア領全土はアルコン帝国の占領下になったのだ。



 あとは物資の揚陸だけだが、これには2日ほどかかった。

 その間に、アンジェリーク艦隊はレオン王国の偵察艦隊と数度交戦。

 地上基地から飛んでくる竜騎とも交戦した。


「ここらが限界のようね。ルシタニアの港まで撤退する。後は陸軍に任せるわ」


 アンジェリーク提督は撤退を下令。

 第184作戦部隊は速やかに西に引き上げた。

 これにてアルコン海軍のコークスクリュー作戦は成功のうちに終了したのだ。


 残されたアルコン陸軍兵士の数は少ないが、もちろん、後からルシタニアとのピストン輸送で陸兵も増強させるし、アンジェリーク艦隊の竜騎のうち、45騎はロルカに地上配置している。

 これでしばらくは持つだろう。


 



****


「というわけだ……」


 マリオ司令の説明に俺達は凍りついた。

 バレンシア領南部のエルチェ、ネルピオが爆撃を受け、ネルピオ大海岸にアルコン艦隊が迫っているのだ。


「領都バレンシアも陥落した。領主のルイス・ペドロ伯爵を死亡したようだ。これで俺達も失業だな……」


 続くマリオ司令の言葉に、パッツィやホセさんも血の気が引き、青白い顔になる。

 俺はマリオ司令に質問した。


「ここを脱出する方法は? 陸路や海路で脱出できないんですか?」


「まず無理だろうな。海にはアルコンの艦隊がひしめいている。制空権もアルコン側にある。ロルカも陥落するだろう。彼らの狙いは、ここバレンシア領を陸の孤島にすることだろうからな」


 聞く限り絶望的な状況だ。

 いや、影移動が出来る俺だけなら逃げられるだろう。

 だが俺は、家族やパッツィたちを置いて逃げたりしたくない。

 

「何か方法は無いんですか?」


 マリオ司令は出された黒茶を一口飲み。

 ティーカップを置き、息を吐いた。


「1つだけ、1つだけ方法がある。この手なら、町の住民を全員避難させることもできるし、アルコン艦隊を蹴散らして脱出することができるだろう」


「まさか……」


「そう、魔王船だ。魔王船を動かすことができれば、脱出できる」


「しかし、あれは7つ星以上の魔力結晶が無ければ動きません。ウソはついていないですよ」


「ああ、そうだな……」


 そう言うと、マリオ司令はこちらを見てニヤリと笑った。


「だがもし、我が領軍が8つ星魔力結晶を保管しているとしたら、ソールヴァルド君。君はどうする?」


「えっ……?」



    第30話「コークスクリュー」

   ⇒第31話「魔王船出航準備! ヒューガ鳴動」




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