第28話「ゼロアワー」
エスパーニャ暦5541年 8月1日 7時
レオン王国直轄領 パルマ島方面防衛軍 竜騎基地
カンカン、カンカン、カンカン
竜騎基地に鐘の音が鳴り響く。
竜巣ドーム上部の待機室にいた、ダガー隊、シャルル1等竜騎手、ダビド2等竜騎手は、身にまとった重い竜座鎧を揺らしながら階段を降り、ワイバーン2匹が待つ竜待機所へ走る。
走りながら2人は、クリアシールドがついた竜座兜を装着する。
ワイバーンは、南方産のマッキ・フォルゴーレ種。
南方種独特の黄色い表皮と黒斑点を持つワイバーンだ。
性能が高い割りには価格が安価なので、レオン王国軍ではこのタイプの輸入ワイバーンをよく使用する。
ワイバーンの背中に装着してある竜座に搭乗。
素早く各種点検を行い、ハーネスを装着。
シャルル1等竜騎手は、竜座前部の穴に手を突っ込み内部ハンドルを握る。
そこへ魔力を流すと、内部に仕掛けられた魔法陣が、ワイバーンとの精神シンクロを発生させ、ワイバーンを竜騎手の隷下にすることが可能だ。
「コンタクト!」
シャルル1等竜騎手は、ワイバーンとの精神シンクロを完了したことを宣言する。
2騎のワイバーンは前進し、竜巣ドームの外に出て、発進位置に移動する。
緊急スクランブル発進を示す鐘は鳴り止み、シャルル1等竜騎手はスクランブル旗が揚がっているのを確認。
精神を集中させ、隷下のワイバーンに指示を出す。
(飛べ!)
念じてすぐに、シャルル1等竜騎手はハンドルから手を外し、側面のバーを握りこむ。
ドンッ!
衝撃が発生し、シャルル1等竜騎手は前のめりのGを受けるが、バーで踏ん張り倒れこむのを阻止する。
レオン王国標準離陸方式を正確に再現した、シャルル1等竜騎手操るワイバーン、コールサイン・ダガー2―1は空に舞い上がる。
続けてダビド2等竜騎手、コールサイン・ダガー2―2の操るワイバーンも地面から離れた。
シャルル1等竜騎手は通常座を維持、下を見て、地面がみるみる離れていくことを確認した。
通常座とは、搭乗するワイバーンに対して垂直に座ることで、馬に乗る時と同様の姿勢を保つ。
警戒座は、体を前かがみにする姿勢で、いわゆるオンロード・バイクに乗る時と同様の姿勢。
戦闘座は、さらに体を倒し、竜座に体を密着させる姿勢である。
2騎のワイバーンは、並速で高度2百メートルに上昇、駆速に増速した。
速度を表す表現は、馬から援用したもので、並速は時速100キロ、駆速は時速200キロ、襲速は時速300キロ以上で表記される。
シャルル1等竜騎手に基地から魔導通信が入る。
「こちらパルマベース。基準点パルマベースから針路0―2―0。距離35マイル。高度2千メートルに不明機が確認された。現場に急行、確認されたし」
「ダガー2―1、了解」
この世界に竜騎戦を初めて持ち込んだのは魔族国バルバドスであり、そこの言語が英語風だったため、伝統的に竜騎の通信は英語風で行なわれる。
針路は0―0―0を真北とする。
針路0―2―0は、角度20度という意味であり、北北東を指す。
0―9―0は東、1―8―0は南、2―7―0は西となる。
この表記方法をクロックポジションという。
この世界の軍では、竜騎での魔導通信で0をゼロではなくオーと発音することが多い。
シャルル1等竜騎手は、僚騎を率いて翼を翻し、目標地点に急いだ。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第3章 ヒューガ誕生編
バレンシア領から、海をまたいで西に450キロ進むとパルマ島がある。
住民は6千名ほどで、レオン王国軍の陸軍基地及び海軍基地が存在する。
海軍に所属する「パルマ島竜騎基地」指揮所は混乱していた。
混乱の始まりは、7月28日に突然起こったルシタニアでのクーデターであった。
バアルの風の影響もあり、詳細な情報が手に入らない。
ルシタニア方面への警戒を強化するにも、船も竜騎も出せない状況だ。
1日にやっと天候が回復、パトロール艦隊を出撃させるとともに、偵察騎を複数発進させた。
基地司令は、バアルの風が来たおかげで、アルコン帝国艦隊の動きは鈍いと判断、ルシタニア方面の警戒を強める方針だったが、そこへ偵察騎から不明騎発見の急報が入る。
ただちにスクランブル騎を2騎上げたが、指揮所は全容を把握できずにいた。
「どう思いますか? シャルル殿」
「ふん。ルシタニアのことか、タイミングとしては出来すぎだが、誤報であることを祈るよ」
飛行中の2騎のワイバーン騎手は、駆速で巡航しつつ魔導通信機で会話する。
眼下の島の緑の風景が、みるみる後方に流れていき、砂浜が一瞬見えたと思った時には海に飛び出していた。
美しい朝焼けの海の上空を2騎は疾駆する。
シャルル騎とダビド騎は高度2千メートルを目指し上昇。
そろそろ体が辛くなってきた。
ワイバーンドライバーが装着する竜座鎧は重いものだが、その重さの原因は、背中に魔法陣と4つ星魔力結晶を抱えているからだ。
シャルルが竜座鎧のスイッチを入れると、魔力結晶を原動力に体の周辺に薄い魔力障壁が形成される。
この機構のおかげで、竜騎手は風と寒さから身を守ることができるのだ。
上空2千メートルは、1時間前まで雲量8だったが、雲量4に急速に回復しつつある。
シャルル達は周辺を綿密に探すも、まだ会敵に至っていない。
「近いぞ、警戒座」
シャルル竜騎手とダビド竜騎手は、ハーネスを繋ぎなおし警戒座に移行。
オンロードバイクに乗るライダーのように体を沈める。
「こちらパルマベース。目標を視認できるか?」
「ダガー2―1、視認不可。目標地点近くだが異常なし」
「引き続き探索を続行せよ」
「了解」
基地との通信が終わったシャルル竜騎手は、再び空を2分ほど目で走査。
すると豆粒の大きさで黒い竜騎2騎が雲の間を縫うように飛行しているのを発見した。
その姿を確認して、シャルル竜騎手は息を呑む。
「ダガー2―1、不明騎二騎視認! 距離8マイル。種別は小型の黒いロングテイル・ワイバーン、アルコン騎と確認! 針路1―8―0」
その報告に基地は衝撃を受けた。
人間が使役可能なワイバーンとドラゴンは、中型と小型のみだ。
中型は地上から発進するが、小型を運用するのは「竜騎母艦」のみ。
つまりパルマ島近海に、有力な竜騎母艦を含む艦隊が遊弋していることになる。
小型の黒いロングテイル・ワイバーンはアルコン帝国で「ドラージュ種」と言われる艦載騎だ、
「パルマベース。相手を刺激するな、針路1―6―0に変更」
「了、戦闘座!」
シャルル竜騎手とダビド竜騎手は、再びハーネスを付け替え戦闘座に移行、針路を変更した。
しかしアルコン騎は、想定外の大胆な行動に出た。
「アルコン騎コース変更、向かってきます! 高度2千2百!」
「クソッタレが! あいつらやる気マンマンじゃねえか。ダガー2―1、アルコン騎インターセプトコース!」
シャルルが悪態をつく。
アルコン2騎は、頭をこちらに向け、襲速に増速して向かってきた。
こちらも襲速に増速。飛行コースを西に変更する。
「ダガー2―2、スパイク!」
ダビド竜騎手はスパイクを受けたことを報告。
スパイクとは、精神シンクロしたドライバーが敵騎に攻撃意思、つまり殺気をぶつける行為だ。
殺気をぶつけられた相手は、精神シンクロが一瞬乱される。
先にやったら撃墜されても文句は言えない行為である。
だが先手を取ったのはアルコン騎だった。
「アルコン騎発砲! 発砲! 魔法弾! 左回避。ダガー2―2、防衛機動!」
ダビド竜騎手は攻撃を受け、高速旋回をかけつつ回避。
シャルル竜騎手は、もう1騎が付いてくるのを見てスピードを上げ急降下する。
首を必死に巡らし、追って来るアルコン騎を眼で捕捉し続ける。
一瞬精神シンクロが乱れた。
「ダガー2―1、スパイク! こちらも防衛機動!」
シャルルが操るワイバーンは、降下しつつ竜体を激しく上下左右に動かし、追跡を振り切ろうとする。
高度は千八百、千五百、千二百、どんどん降下していく。
激しい機動の最中、シャルルの右手上方30マイル先に黒い影が2騎通り過ぎたのが見えた。
パルマ島にまっすぐ進行しており、こちらに来る気配は無い。
「新手だ。敵騎2騎視認! 針路1―9―0、パルマ島に向かっている」
遅ればせながら、パルマ基地から交戦許可が出た。
基地から増援のワイバーン2騎が発進したことも知らされる。
だが、もはやシャルルにとっては交戦規定などどうでもよかった。
しなければならないことはシンプルに一つだけ。
殺られる前に殺るだけだ。
高度は千を切ったが、ここで上昇をかけると速度が低下するのでやりたくない。
シャルルは竜体をあらゆる角度にバンクさせ、後方を見て、追跡してくる竜騎との位置関係を把握。
この距離なら攻撃を確実に仕掛けてくるだろうと判断した。
竜座に備えられているバックミラーで後方を確認すると、黒いワイバーンの射程内に入っていることが分かる。
来る!
シャルルの本能が攻撃を予測。
黒いワイバーンに乗るドライバーの腕が一瞬光る。
(まわれ!)
シャルルの命令のまま、搭乗するマッキ・フォルゴーレ種は、2連続垂直旋回を繰り出し、魔法弾を回避。
ワイバーン機動での呼称、ダブル・ロールという空戦機動だ。
続けてシャルルは、間髪を入れず最小半径で右旋回。
高Gがかかるが、ジェット機のように失神するわけではない。
だがシャルルの体に連続して高負荷がかかった。
シャルルはその負荷に耐える。
どうやら相手の意表を突けたようで、アルコン騎の旋回半径の内側を回ることにより、後方につくことに成功した。
相手のパイロットは盛んに首を動かし、こちらの位置を探している。
アルコン騎と攻守が反転する。
「ダガー2―1、ランス1!」
ランスとは攻撃符丁。
ランス1はワイバーンドライバーの魔法弾。
ランス2はウイングカッターである。
ワイバーンはドラゴンと違いブレスが吐けない。
差し出したシャルルの右手から誘導角度30度の魔法弾が発射される。
この魔法弾は魔力結晶により強化されており、通常の魔法より速度、威力が強く、射程が長い。
シャルルは視線誘導で魔法弾を誘導するが、黒いワイバーンは高速ダイブをかけ、側面をこちらに向ける。
この機動によりシャルル騎に対して面積の最小化を行い、被弾を避けるのだ。
シャルルの放った魔法弾は、高速ダイブする黒いワイバーンの上10メートルを通り過ぎる。
魔法弾がかわされることを予期していたシャルルは、かわされた時点で、すでに高速ダイブに入っていた。
ウイングカッター狙いで、黒いワイバーンを追跡するシャルルだったが、速度差から追いつくのは困難と判断。
位置関係を有利にするため上昇することを決意。
再びワイバーン機動、スラストターンを繰り出し、シャルルは反転急上昇を行なう。
首を懸命に巡らし、竜体をバンクさせつつ敵騎の位置を確認。
上昇しながら猛スピードで雲の中に竜体を突入させた。
シャルル竜騎手達が奮闘している間も、パルマ島竜騎基地は次々に入ってくる情報に忙殺された。
念の為西に差し向けた偵察騎が、南に向けて航行する竜騎母艦艦隊を発見したのだ。
北からも艦載騎はやって来ているので、少なくともアルコン艦隊は2群存在することになる。
予想以上の大規模の攻勢だ。
パルマ島竜騎基地は、残存する戦闘騎4、爆撃騎6の出動準備を急がせた。
的確な判断だが、いささかその決断は遅かった。
なぜなら、北と西から40騎以上の竜騎の大編隊が、基地に接近してくるのを見張りの兵が発見したからだ。
エスパーニャ暦5541年 8月1日 8時
パルマ島南東20キロ アルマダ海海上
レオン王国海軍、哨戒パトロール艦隊
「一体どうなっている!?」
「はい。詳細は不明ですが、パルマ島基地が空襲を受けている模様」
怒気を含んだパトロール艦隊司令官、エンリケ・アギーレ・カパロスの言葉に、副官ガスパール・ブレイ・クラベが冷静に応じる。
レオン王国海軍、哨戒パトロール艦隊は、バアルの風によって荒れた波が収まった早朝6時に出航。
南周りで、パルマ島北東沖に展開するべく、哨戒しながら航行していたのだが、20分前に魔導通信機で、基地が空襲を受けたことを知った。
基地に問い合わせをしたが、分かったのはアルコン帝国の竜騎母艦を主軸とする艦隊が、パルマ島の北と西に展開しているということだけだ。
10分前に基地との連絡は途絶えている。
「とにかく、今分かっている情報を王都とバレンシアに送れ、ゴーレム鳩でいけるだろう?」
「ハッ、バレンシアはともかく、この位置なら王都もギリギリ届くと思われます」
ゴーレム鳩は、魔力結晶で飛ぶ、鳩を模した魔道具で伝書鳩と同様の使い方をする。
手紙程度なら運べ、最大飛距離は3千キロに達する。
魔導通信機の有効範囲は500キロなので、この位置からはバレンシア領都にギリギリ届かない。
現在、哨戒パトロール艦隊は向かい風に対して斜めに前進しつつ、単縦陣を形成している。
航海長が報告する。
「タッキング転回点です」
「取り舵一杯」
「取り舵一杯!」
艦長が取り舵一杯を命令。パトロール艦隊は針路を変更、北東方向から北西方向に艦首を向ける。
哨戒パトロール艦隊の陣容は、排水量500トンの24門フリゲート艦3隻に、排水量200トンの14門コルベッド艦2隻だ。
フリゲート 24門艦
(艦首2門・艦尾2門・舷側10門・砲列甲板1)
レカルデ級1番艦 旗艦レカルデ
アソール級1番艦 2番艦
コルベッド 14門艦
(艦首2門・艦尾2門・舷側5門・砲列甲板1)
アルキラ級1番艦 2番艦
いずれも木造の帆走艦だが、旗艦レカルデは要所のみ金属装甲で覆われた「半装甲」艦である。
コルベッド艦は、対艦攻撃も可能だが、基本的には竜騎に対応する艦で、通称「対空帆船」とも呼ばれる。
この世界の帆船は、外観は地球の帆船に類似しているものの、中身はかなり異なっている。
船底周辺は迷宮産の船舶魔法塗料が塗られ、海水の抵抗を大幅に減らすことができる為、船の推進のために使用する帆は、地球の帆船に比べ、3割ほど小さくて済む。
また帆自体もここ10年で大きく変わった。
帆船と言えば、布の帆を張るイメージがあるが、この世界での主流は「伸縮式硬翼帆」に変わりつつある。
炭素繊維強化プラスチックに類似した、迷宮産の謎素材を、三日月形断面形状の硬翼帆として加工。
魔導モーターにより回転するマストに、硬翼帆を折りたたんで収納。
セイリングする時には、マストの巻き上げ機を使って、硬翼帆を展開し風を受ける。
以上の方法により、帆船にとってこれまで問題となっていた、操作性と安全性を高めることを可能にした。
と言っても、故障や荒天時の破損などもありえるので、マスト担当の水兵はまだ必要ではあるが。
操舵輪は、地球の帆船と同じく艦尾側にあるが、艦長がいるブリッジは艦首側に存在する。
見張りからの連絡や、操舵の司令は魔導伝声管を通して行なわれる。
魔導伝声管は鉄の細い管で、内部にミスリルがコーティングされており、魔力と風魔法を通して、どれだけ長い管でも音声が減衰しない仕掛けになっている。
「それにしても、バアルの風が去った直後にパルマ島に空襲をかけるとは、連中も無茶をする」
「はい。バアルの風を突っ切ったとすれば、相当損害を出したのではないでしょうか?」
バアルの風を突破することは不可能ではないが、帆走艦でそれをやれば被害は寛大だ。
たしかにこの方法なら、レオン王国側に気づかれず、パルマ島に接近することは可能だが戦法としてはリスクが高すぎる。
だがエンリケ司令官には腑に落ちない点があった。
「しかし、連中の動きを見ると、作戦通り動いているようにも見える。意外と損害は小さいか、だとすると……」
「アルコンの噂の新型動力艦ですか? それが出てきたと?」
「その可能性が高いだろう。自走可能ならバアルの風を楽に突っ切れる」
様子を見ていた航海長が再び報告する。
「タッキング転回点です」
「面舵一杯」
「面舵一杯!」
パトロール艦隊は針路を再び変更し、北西方向から北東方向に艦首を向ける。
タッキングとは逆風の中を航行する対抗帆走で、日本では上手廻しと言う。
現在、パトロール艦隊に対して風は北から南に向かい吹いている。
パトロール艦隊はジグザグの針路をとり、斜めに風を受けながら北に船を進めているのだ。
このタッキングは、布帆の大型帆船では失敗することが多いが、この世界の軍艦は、マストが回転する硬翼帆なので、大型帆船でも比較的スムーズにタッキングが可能だ。
「いずれにせよ基地は絶望的だろう。我々も竜騎母艦の射程に入っているはずだ。一旦退却するとして、どの方角がいいか」
「北と西には敵艦隊が確認されています。南東、レオン湾に退却するのが最適だと思います」
「竜騎に捕捉される危険はあるが、それが妥当だな。航海長、針路……」
エンリケ司令官は、南東への針路を指示しようとした。
だが、その時魔導伝声官を通して、見張りの声が響く。
「敵艦隊発見! アルコン艦隊です。10時方向、距離8千メートル。島影から出てきました」
「何だと! 確かなのか!?」
「赤天昇竜旗を確認しています!」
赤天昇竜旗はアルコン帝国の国旗だ。
敵艦隊は予想より遥かに速い速度で、パルマ島に迫っていたのだ。
見張りの報告が続く。
「敵艦隊、第2等戦列級64門艦4隻 第3等戦列級44門艦2隻 フリゲート級24門艦4隻!」
予想以上の規模の戦力だ。アルコン艦隊の主力級戦列艦といっていい。
おそらくこの艦隊は、パルマ島占領の支援部隊であろうとエンリケ司令官は当たりをつける。
が、実際にはこれらの艦隊は、領都バレンシア攻略のため、全速力でバレンシア領に向かって進んできた艦隊だった。
このアルコン艦隊の後方には、ドラゴンクルーザー4隻 補給艦16隻、強襲揚陸艦4隻、輸送艦6隻が艦隊を追う形で全速力で南下していた。
レオン王国パトロール艦隊に向かって、アルコン艦隊は針路を変更して急速に接近。
望遠鏡を見ていた見張りが、敵艦の異常を発見する。
「敵艦、デッキ上に煙突のようなもの、両舷に水車のような推進機構あり、新型艦の模様!」
「やはり……か……」
エンリケ司令官と副官も、ブリッジの窓越しに望遠鏡でアルコン艦を観察する。
アルコン艦も通常の軍用帆船と同じく3本マストだが、中央2本目のマストの後方に煙突のようなものがあり、そこから黒煙が上がっている。
艦の側面には、水車のような形状をした推進器があり、回転して船を前進させているようだ。
エンリケ司令官は、これが魔法推進なのか、その他の推進方法なのかは分からなかったが、船を自走させる装置であることは間違いないと判断した。
レオン王国の間者が調査しても全容が掴めなかった、噂のアルコン帝国海軍の新鋭動力艦だ。
エンリケ司令官は、通信士官を呼び、ただちにこの情報をゴーレム鳩で王都とバレンシア領に連絡するよう命令。
敵艦を見つめて、しばし沈黙。
命令を下す。
「砲撃戦準備、艦長。取り舵一杯。アルコン艦隊と並走せよ!」
「取り舵一杯!」
「お待ち下さい司令!」
副官ガスパールは、司令官に意見する。
「戦力が違いすぎます。ここは撤退するべきでは?」
「お前にも分かるだろうが、この距離まで詰められたら逃げ切ることはできん」
哨戒パトロール艦隊の主力は24門艦3隻だ。
軍艦では比較的小型なので、フットワークは大型艦に勝る。
だがトップスピードは、硬翼帆の大きな大型艦に軍配が上がる。
おまけに、自走システムも装備しているアルコンの大型艦では、これだけ距離が近いと逃げ切れないだろう。
だが、副官ガスパールの懸念も分かる。
軍用帆船の側面には、横1列に大砲が並んでいるが、この部分を砲列甲板と呼ぶ。
こちらの主力24門艦は砲列甲板が1列だ。
アルコン側の主力は、64門艦と44門艦。
いずれも砲列甲板は2つ。
甲板1つ分、向こうが一方的に攻撃できる。
一般的には砲列甲板が1つ多いと、攻撃力は1・5倍高くなると言われている。
まともに殴りあって勝てるわけがない。
「全艦、右砲戦用ー意。弾種ブドウ弾!!」
「右砲戦用ー意。ブドウ弾装填!」
ブドウ弾とは小さな弾丸を一つの砲弾にまとめた散弾で、素早い船を攻撃する時や帆を破壊するのに使用する砲弾だ。
他に鉄甲弾も装備している。だがフリゲートには、マスト破壊弾は装備していない。
エンリケ司令官が副官に告げる。
「敵艦隊先頭の64門艦4隻に集中攻撃をかけてプレッシャーを与え、相手にウエアリングを強制させる。その間に俺達は風に乗って南東におさらばする」
ウエアリングとは一旦風下に向かって、風を受けてスピードを上げ風上に向かう走法だ。
日本では下手廻しと言う。
まずアルコンの先頭艦に接近して砲撃、相手の硬帆を傷つけてスピードを落とす。
直後にこちらはタッキングで風上に向かう。
相手は回頭スペースとプレッシャーの問題から、風下に向かってウエアリングしてからこちらを追うだろう。
必然的に距離が開くので、その間に風に乗って南東へ一気に離脱する作戦だ。
かなりの被害を受けるだろうが、こちらが壊滅せずに逃げ切るのは、この手しかないだろう。
副官も了承せざるえなかった。
砲列甲板から魔導伝声管で報告が上がる
「1,2、4、5、8、ブドウ弾装填完了!」
ブドウ弾の装填を終わらせた大砲は前進、右舷の砲撃ハッチが開かれ、次々に大砲が外に突き出る。
「3、6,7、9、10、ブドウ弾装填完了。1番から10番大砲、射撃準備完了!」
「敵艦との距離4500メートル。艦傾斜左舷へ3度から8度以内で安定!」
現在パトロール艦隊は、アルコン艦隊と並走しており、風を右舷後方から受けている。
よって艦は左舷に傾く。この傾斜角度により砲の射程距離や撃ち上がる砲弾角度が変わるので、艦の傾斜角度は重要な情報である。
「艦長、敵艦隊先頭に接近。砲撃を浴びせ、直後に北東方向にタッキングだ。こちらのフットワークでキリキリ舞させてやる!」
エンリケ司令官の命令に、パトロール艦隊は即座に攻撃コースに乗る。
「敵艦との距離4100メートル!」
もうすぐ砲撃戦が始まる。
誰もがそう思ったとき、見張りが急報を叫んだ。
「距離1万。上空千メートルにアルコン艦載竜騎。爆撃騎6、急降下攻撃騎4!」
「なんだと、このタイミングで!!」
副官が焦燥の叫びをあげる。
だが、エンリケ司令官は口を強く結び、顔を上げるのみだ。
まだ生きることを諦めるわけにはいかない。
****
すっかり強風や雨風も収まり、リリアの町にも活気が戻ってきた。
魔王船騒ぎですっかり忘れていたが、パッツィが「ところで私達の探索者ランク上がるんじゃない?」と言ったので、総合ギルドのホセさんにランクの件を尋ねた。
ホセさんはしばしキョトンという顔を見せたが。
「ハハハッ、いやー、すまん。すっかり忘れてたわ」
と笑って誤魔化した。
ギルドマスターも忘れてるじゃねえか。
というわけで、本日ケンタウロ・マキアのメンバー全員の探索者ランクがアップ。
晴れて2つ星探索者となった。
ギルドから出ると、雲が急速に少なくなって、青空も見えるようになった。
昼時だ、おなか空いてきたな。
「そうだ。せっかくだから昼ごはんついでに、ランクアップ記念パーティーでも開かない?」
「ああー、それいいー。だったらあたし食材買いにいくよ」
パッツィとソフィアがパーティー開催を提案した。
「それでしたら、私達の家でしませんか? うちの母も皆にまた来て欲しいと言ってましたから」
「……私も準備手伝う」
マリベルとマルガリータも乗る気になって、俺の家でパーティーが開かれることになった。
家に帰ると母イレーネが、昼ごはんの準備にとりかかる所だった。
「あーら皆いらっしゃい。パーティー? いいわね。じゃあ、おいしい料理沢山作ってあげるわ」
皆は食材を持って台所へ向かい、キャッキャッ騒ぎながら料理を作り始める。
俺も何か手伝おうかと台所を見ると、パッツィが黒茶を持ってきて俺に差し出す。
「ソールは何もしなくていいから、うちのリーダーらしく。どんと構えてて」
というわけで、俺は今の椅子に座って料理ができるのを待つことにする。
そこへ父アベルがやって来た。
「おうソール」
「父さん。今日は仕事休み?」
「ああ、今回のバアルの風はたいした被害がなかったからな、俺もパーティーに参加するぞ」
というわけで、男2人で待つことになった。
さすがに5人で料理を作っているせいか、猛スピードでテーブルに料理が並んでいく。
あっという間にパーティーの準備が終わった。
最初の挨拶は俺が行なう。
「それじゃ、ランクアップを記念して、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
俺達はぶどう酒やジュース、サングリアで乾杯して色々な料理をつまむ。
ワイワイと楽しい雰囲気だ。
隣に座ったパッツィにぶどう酒をついでもらう。
こういう居酒屋みたいな感じは俺も好きだな。
宴もたけなわになった頃、パッツィはおもむろに立ち上がり、皆を見渡す。
全員がパッツィに注目した。
さっきまで騒いでいた皆が静かになり、居間に静寂が訪れる。
「ゴホン、では皆さん。本日のメインイベントを開催したいと思います。このたび私パッツィと、ソフィア、マリベル、マルガリータは全員。ソールと付き合う運びとなりました。拍手!」
パチパチパチパチパチパチ!
紹介された皆は一糸乱れぬ拍手を行なった。
俺は一瞬心臓が止まったような感覚を覚えた。
な、何?
なにがどうなってるの?
慌ててイレーネの方を見ると、イレーネはこちらを見てニヤついており、アベルはウンウンと頷いている。
ええ! なんで納得顔なんだよ!
パッツィは大きな声で宣言する。
「ではこれより、法的根拠に基づいた、ソールとの正式な婚約契約を執り行いたいと思います。全員拍手!」
パチパチパチパチパチパチ!
宣言がされると、俺を除く全員が拍手を行なった。
俺は思わず呟いた。
「な……なんだと……」
俺はさっぱり理解が追いつかない。
なんでマリベルのこともイレーネ達は知ってるんだ?
俺は……
俺は、嵌められた……のか?
第28話「ゼロアワー」
⇒第29話「アイアン・ゲージ」




