閑話 「とある少女剣士の恋」
あたしは森エルフの女の子。
人間族の父、ヘルマン・エリアス・ブルーナと森エルフの母、ペネロペ・ガルシア・アモロスの娘。
リリアの町のとあるアパートメントに住んでいる。
父と母は冒険者。
でもあたしが生まれてしばらくして、父は魔獣との戦いで死んでしまった。
母は冒険者を引退して、女手ひとつで私を育ててくれた。
あたしの名前はソフィア。
ソフィア・エリアス・ガルシア。
今年であたしは10歳なった。
いつものように、森エルフの友達カルメーラとつるんで日曜学校に向かう。
教会の学習室で勉強が始まるまでお喋りする。
カルメーラが私に聞いてくる。
「日曜学校って12歳までだっけ、ソフィアは何するか決めてるの?」
「別に決めてないけど、多分働くかなぁ。カルメーラは?」
「私は今精霊魔法の訓練してるの、将来は領軍に入れたらいいかなって……」
「すごいじゃん。今度見せてよ精霊魔法」
こんなことを喋ってると、
横を派手な翼魔族の娘が通り過ぎて席に着いた。
あたし達は声を潜めて話す。
「カルメーラ。見てあの娘、貴族みたいな派手な服着てる」
「あの娘いっつも人形もってるのよ。変わった娘よねぇ」
学校が終わってから、
あたし達はさっそく町の外へ出て、カルメーラの精霊魔法を見せてもらうことにした。
カルメーラはわたしと同じ属性、精霊赤魔法が使えるのだ。
「――――精霊赤魔法」
カルメーラの突き出した手から、
火の玉が飛んで木にぶつかって爆発した。
「カルメーラすごーい。これが精霊魔法なのね」
「たいしたことないわよ。最近できるようになった所だし」
「ねぇカルメーラ。私にも使えるかなぁ?」
「きっと使えると思うわ。一緒に訓練しよっか」
というわけで、カルメーラに精霊魔法のやり方を教えてもらい、1ヶ月ほど訓練して、私も精霊赤魔法が使えるようになった。
でも……
「やっぱりダメー。1発撃ったら魔力切れになるー」
「そ、そうね。体が成長すればもっと撃てるようになるわよ」
あたしには魔法の才能がなかった。
あたしは魔法を1回使うだけで魔力が枯渇したのだ。
カルメーラは最低でも10回は使える。
さすがにあたしは諦めざるえなかった。
あたしの普段の生活は結構忙しい。
お母さんが働きに出ているので、
勉強しながら掃除、洗濯、買い物など、家事のすべてをこなしている。
そんな12歳の夏、事件は起こった。
掃除を終わらせて野菜の皮をむいている時に、玄関扉をノックする音が聞こえた。
「ソフィアちゃんいるか? 私だ、ホセ・アントニオだ!」
ホセさんは、総合ギルドのギルドマスターだ。
なんでも昔、亡くなった父と同期の冒険者だったそうで、何かと私達親子の世話をしてくれる。
私が扉を開けると、ホセさんは衝撃的な知らせを告げる。
「いいかソフィアちゃん。落ち着いて聞いてくれ。お母さんが仕事中に倒れた。今治療院にいる。一緒にいこう」
私は大急ぎでホセさんと治療院に向かった。
「ごめんなさいソフィア、心配かけたわね……」
とりあえずお母さんは無事だ。
でも顔色は悪いし、熱もあるようだった。
治療師の話によれば、命に別状はないが、悪寒、熱、関節炎などの症状があり、継続的な薬の投与が必要とのことだった。
「大丈夫よお母さん。すぐに良くなるよ」
あたしはそう言ったけれど、内心はすごく不安だった。
数日後、薬を貰って治療院からお母さんが戻ってきた。
あたしは毎日つきっきりで看病した。
だが1ヶ月たってもお母さんは回復しない。
分かっていた。
このままだと貯金も底をつく。
「お母さん、あたし働くよ」
13歳になったばかりのあたしは働くことを決意する。
ホセさんに頼んで仕事を紹介してもらうことになった。仕事はリリア闘牛場での清掃だ。
闘牛場に行くと、中年のおじさんと偉そうなおじさんがいた。
「最初に自己紹介だ。俺はウーゴ・バスケス。闘牛ギルドの教官である。後ろにいるダンディな男が、闘牛ギルドのマスター、ゴンサレス・スルバラン様だ。」
「よろしくお願いします」
「うむ。ではしっかり働いてくれ。分からないことはアマラに聞くといい」
というわけで、
この闘牛場で日常清掃をしている、アマラという気のいいおばさんと一緒に仕事をすることになった。
初めての仕事だけど、体が馴れない内はしんどかった。
普段は6時間労働で週休2日。月の給金は金貨10枚。
闘牛祭の時は、労働時間8時間で週休1日。給金は金貨13枚
これに家事や看病もあるから、あたしは色々な用事に追いまくられることになった。
加えて、お薬代も結構高いので、自分の食費をギリギリに抑えて薬代にまわす。
正直生活は苦しい。
おなかすいた。
ホセさんが気を使って、
なにかと食べ物を持ってきてくれるので、それで何とか持っている。
ダメだ。
このままだとジリ貧だ。
あたしがどうにかしないと。
どうすればいいのか。
普通の仕事への転職だと、どこも給金は似たようなものだ。
もっと稼げる仕事は……
私は自分の家の壁に飾ってある、レイピアと剣士の服を見た。
これは冒険者をしていたお父さんの形見。
「ホセさん。お願いします。私に剣術を教えてください」
あたしは仕事の合間に、ホセさんに無料で総合剣術を教えてもらうことになった。
誰でもなることができて、大金が稼げる可能性のある職業は冒険者や探索者だ。
だからあたしも探索者を目指すことにした。
仕事の合間に必死に剣の訓練をする。
多くの冒険者や探索者達は、難易度の低いレイピアと盾で訓練するのが一般的なのだそうだが、あたしは経済的な理由で、難易度の高い短剣とレイピアの組み合わせにする。
理由は簡単、盾は攻撃を受けるので壊れやすいのだ。
冒険や探索で使用した場合は、だいたい1ヶ月で盾が破損する。
木の盾1枚で金貨1枚もするので、今の私では厳しい。
だけど短剣や湾曲短剣ならば、研ぎ代だけで済むので、盾に比べて格段に安く済むのだ。
そうじの仕事と家事と介護。それに剣術の訓練が重なって、
私はフラフラだ。
お腹がすいたなぁ……
何で私だけこんな苦労しなくちゃいけないんだろう。
そう思いながら闘牛場の事務所の床をモップしていると、アマラおばちゃんがやって来た。
「ちょっとソフィアちゃん。闘牛ギルドの試験、2年ぶりに合格した人が出たんですってよ。闘牛士希望ですって」
「へぇ、そうなんですか」
私は気の無い返事を返す。
闘牛士の仕事は儲からない。
夢のある仕事だけど、家庭に経済的な余裕がないとなれない職種。
ようは金持ちの道楽だ。
いいわよねぇお金がある人は。
私には関係ないな。
「あら、噂をすれば。あの子達が合格者よ」
事務所で何か手続きがあるのか、
あたしと同い年ぐらいの男の子2人が、職員と何か話している。
一人は青毛の人間族で、もう一人は黒髪の6本角の魔族。
6本角? 見たこと無い魔族ね。
まああたしも、魔族を全種類知ってるわけじゃないけど。
あたしは一人で闘牛場の観客席を掃除する。
闘牛祭がなくとも、ほこりやら葉っぱなんかが結構たまるんだ。
海風が吹きあたしは上を向く、そこには沢山の翼がついた種が飛んでいた。
翼の種子アルソミトラだ。
透明な翼をつけた小さな種達は、ふわふわ浮きながら山側に飛んでいく。
もうこんな季節か。
下を見るとグランドで新人2人が闘牛技の訓練をしていた。
例の6本角の魔族も赤布を振っている。
あたしはしばしその姿を見つめる。
「あらぁソフィアちゃん。あの魔族の子を見てるの? ああいうのがタイプなんだ?」
「ち、違います!」
いつのまにか近づいていたアマラおばちゃんが、あたしをからかう。
あたしは掃除を再開した。
闘牛祭の期間。
毎日沢山の人が来るので、私の仕事も忙しい。
この期間の時だけ、応援で掃除人の数も4人増える。
あたしがホウキで待機場を掃いていると、
向こうから6本角のあいつが歩いてくる。
あいつは綺麗な光のドレスを着て凄く凛々しい。
思わず見惚れていると、反対側から狼娘が走ってくる。
「ソールかっこいい!」
狼娘はそう言うとあいつとくっついてイチャイチャする。
あの娘はたしかグラナドス牧場の関係者。
何アレ、胸糞悪いわね。
いいわよねお金持っていれば、好きな仕事だってできるし、恋愛だって楽しめる。
最高にムカつくわ。
あたしは背をむけてホウキを掃き続ける。
闘牛祭が終わって、再び闘牛場はヒマになる。
あたしは土、日、月と休みを取った。
ホセさんからは剣の腕前はまだまだだから、迷宮に行くならパーティーを組め、と言われているが、こんな田舎町ではなかなか組める相手が見つからない。
なのであたしは一人で雑貨迷宮に行くことにした。
ホセさんがいない時に、ギルドで探索者登録は済ませてある。
サイズ調整したお父さんの形見の装備を身に着け、お母さんに気づかれないようにして外に出た。
雑貨迷宮なら魔獣は弱いし、
浅い階層だったら大丈夫、楽勝、楽勝。
そう自分に言い聞かせて迷宮に来たが、いざ入ろうとすると、なかなか踏ん切りがつかない。
一人じゃ心細いよ……
なんて考えていると後ろから声がかかった。
「あのー……」
「きゃあ!」
あたしが振り向くと、そこに探索者らしき男がいた。
最初は誰か分からなかったけど、よく見ると6本角のあいつだと分かった。
名前はたしかソールヴァルド……
あいつはあたしのことなんか全然知らなかった。
そうよね。
あたしは掃除しか能のない出来損ないの貧乏エルフ、あいつとは住む世界が違う。
だからこそ、こんな金持ちの男や狼娘なんかには負けていられない。
あたし一人で雑貨迷宮ぐらい、十分活躍できるのを証明してやるんだ!
と思っていた時期があたしにもありました。
はあっ……
失敗、失敗したわ。
挙句の果てに、ソールヴァルドに助けて貰ってしまった。
フフ、分かってたことじゃない。
あたしが頑張って何かいい結果が出たことあった?
あたしはどうせ、魔法も使えない出来損ない。
貧乏がお似合いなのよ。
と落ち込んでいると、
ソールヴァルドから思わぬ提案を受けた。
「なあソフィア。一緒にパーティー組まないか?」
意外だった。
どうしてあたしなんかとパーティー組もうと思ったのか。
でも探索者になれるチャンスだ。
私は了承して、お母さんに許可を貰う。
その際お母さんに、次の日はホセさんにお小言を貰うことになった。
初めてパーティーを組んで、
あたしとソールヴァルド君は迷宮に潜る。
そして信じられないことが起きた。
私のレベルが1日で11まで上がったのだ。
半信半疑だったけど、ソールヴァルド君の神様の加護ってホントだったのね。
これで探索者としてやっていける。
歓喜したあたしはソールヴァルド君の目の前で泣いてしまった。
「そんなに泣くなよ。それから俺のことはソールと呼んでくれ」
ソールヴァルド君は私に優しい言葉を掛けてくれる。
その優しい声は不思議で、頭の芯がしびれて、あたしの心を甘く溶かしてくれる。
そしてあたしの涙をハンカチで拭いてくれた。
あたしはなんだか胸がキュンとする。
火曜日は迷宮探索は休みの日。
あたしは闘牛場に働きに行く。
教官のウーゴさんに仕事を辞めることを告げる。
辞めるのに1ヶ月はかかると思っていたけど、闘牛祭の時にスポット増援で入っていたおばちゃんが、こちらで働きたいと希望を出していたので、あっさり交代して辞めることができた。
運がいい。
仕事帰り、あたしは仕事着からワンピースに着替え、帽子をかぶって中央通で買い物をする。
買い物が終わって帰ろうとした時、向こうからソールが歩いてくるのが見えた。
おおー。
すごい偶然。今日は運がいい日だわ。
そしてソールに声をかけようとして気がついた。
横に狼娘がいることに。
狼娘はソールと腕を組んで、楽しそうに歩いていた。
あたしは立ち止まり、そして逃げた。
別に、別にソールは彼氏じゃないし、付き合っているわけでもない。
ただのパーティーメンバーよ。
なんで逃げるの。
そうよ、ソールに声をかければいい。
あらぁソール、デート中なんだ。お熱いわね。
ソール元気。その娘が彼女なの? よろしくね。
そう何気なく声をかければいいじゃない。
なんなのこのショック。
まるで、まるで見たくなかった現実を突きつけられたみたい。
裏道に入ったあたしに海風が吹く
頭から飛ぶ帽子
それを掴もうとするけれど、あたしの手ではとどかない
あたしの想いはとどかない
分かっていたわよ、こんなこと
どうせ私はダメエルフ、あいつの隣は彼女のもの
だから
だから気づきたくなかったの……
この胸の痛みがなんなのか……
****
今日は迷宮探索の日。
ギルドに向かう途中。
冷たい海風が吹いて私はふと空を見上げる。
空には翼果がひとつだけ、
寂しく空を飛んでいた。
あたしもどこかに飛びたいな……
気を取り直して迷宮4層を探索する。
今日はソールがお弁当をくれた。
お礼にソールの家に行って両親にお礼を伝えた。
その後にソールが衝撃的な事実を告白した。
ソールは捨て子だったのだ。
本当のお父さんもお母さんも知らずに育ったのだ。
こんなに酷いことがあっても、ソールは明るく毎日を生きている。
それなのにあたしは、ソールのことを苦労知らずの金持ちのボンボンくらいにしか思ってなかった。
あたしは、あたしは自分のことしか考えてなかったんだ。
そんなヒネくれたあたしでも、ソールは優しくしてくれた。
あたしも、あたしも彼を助けてあげたい。
ごまかそうとしたけれど、
やっぱり気持ちを止めることなんてできないよ。
だって「ソールが好きです」って体中が言ってるもの。
あんな狼娘に負けるわけにはいかないわ。
そして直接対決の時はすぐに来た。
牧場襲撃を退けたあたしは、ソールが好きだと狼娘の前で宣言する。
正直怖かったけれど、強気で突っ張った。
ここで引っ込むと、多分一生後悔すると思うから。
彼女もあたしも1歩も引かず、ひたすら押し合って、結果は狼娘も加わっての3人パーティーになった。
あれ、なんでこうなったんだろ?
3人パーティーで迷宮を探索。
その初日、ギルド前で解散の時にパッツィが声をかけてきた。
「少し話がある。来な」
「……うん」
正直来たなと思ったわよ。
なに?
決闘でもするの?
かかってこいよパッツィ。
あたしのレイピアの錆にしてくれる。
連れてこられたのは「メルルーサ」という居酒屋だ。
あれ、こんな所で決闘するの?
変わった娘ね。
「今回は私のおごりよ」
そういうとパッツィは店の中に入る。
あたしも後を追ってパッツィについて行き、奥の席についてから、パッツィが赤茶を2人分注文した。
彼女は口火を切る
「で、話なんだけど、あんたソールにどこまで本気なの? それとも遊び?」
「遊びなわけないじゃん。本気よ!」
「覚悟はあるの?」
「覚悟って……」
「決まってるわ。結婚まで考えてるかどうかよ」
まさかこんな所で、こんな話が出るとは思わなかった。
もし肯定したらこの女はどう反応するのか、きっと激怒して私を殴りつけるだろう。
でも、でも、もうあたしの中で答えは出てる。
多分ソールを初めて遠目で見てた時から、こうなることは決まっていたんだ。
あたしはコブシを握り締めて答える。
「ソールと結婚したいと思ってるわ。覚悟はできてる」
あたしはパッツィの目を見る。
パッツィの鋭く蒼い目線があたしを捉える。
これは殴られる。
「フッ、それを聞いて安心したわ」
「えっ?」
パッツィの返答を聞いてあたしは混乱した。
意外な答え、一体何を考えてるの?
「あなたもソールと付き合うことを認めるわ。ただし条件がある。私を本妻だと認めること。あなたは妾。この条件でいいならだけど」
「妾……、つまり重婚……」
「まあ普通なら男女一対で結婚するんだろうけど、ソールは普通じゃないわ。あなたも分かるでしょう? あの声……」
「うっ、確かに不思議な声。あれはヤバイ」
「ソールの妹やお母さんも分かってるだろうけど、ソールには知らせてない。賢明ね。あの声なら女10人中7人は落とせるわね。」
「うーん……」
「私とあんたが争うと、横から他の女に掻っ攫われる。ソールから聞いたけど、あんたなら金のありがたみは分かんでしょ。まさか私だけを見て欲しいとか『子供じみた』考えは無いわよね。そんなのは暇な貴族様にでもくれてやれ。私達に『娯楽』で恋愛する余裕なんてないのよ」
「それで重婚制度を活用しようと……狙いは重婚寄合」
「ほう、分かってるじゃない。やっぱりバカじゃないようね。」
重婚寄合は、夫と本妻、妾が経済的にスムーズに生活するための、法律的に認められた制度。
一種の保険でもあり、夫の財産だけでお金が不足する場合、妾と本妻が稼いだ金の一部をプールする。
プールした金は共有され、急な出産や病気、家の購入時の資金等に当てられる。
パッツィが本妻にこだわるのは、そのプール資金の執行権が本妻にあるから。
これにより、妾達を統率することができる。か。
「分かるでしょ。これからもソールには色々な女が近づいてくる。あんたがいいと思うことは他人から見てもいいものよ。なら本妻と妾で、数は4人くらいかしら。結束してソールを24時間見守り、つまり監視して、寄ってくる害虫の駆除と制裁を行なう」
「今の状況じゃそれがベストか……」
まあねぇ。
洗練された容姿とあの魔法の声。
おまけに闘牛士だと女に相当モテることになる。
その前に私達でソールを確保するか。
あの声をソールに指摘するバカな女が出てくる可能性もあるし、やっかみも出てくる。
それに一人で対抗するのは不可能。
ならばあえて重婚して、か……
「それでどう?」
「うーん……」
「まあすぐに答えを出す必要はない。人生の重要な決断だからね。ただ分かってるだろうけど、私達は出産で死ぬ可能性があるわ。あんたが死んだら母親が路頭に迷うわよ。私の味方になるなら最低限の世話はしてあげてもいい。それも踏まえてよく考えて」
「わ、分かった」
「じゃ、ややこしい話はここまでにして、パーティーメンバー同士の懇親会としましょう。」
「えっ……」
そう言うとパッツィは、給士を呼んで料理を次々に注文する。
テーブルの上に乗ったのは、とんでもない豪勢な食事。
白身魚のフライ・タルタルソース添え、粗挽きソーセージの鉄板焼
チョリソ-と肉の串焼、フレッシュム-ル貝のシェリ-蒸し。
小土鍋料理のミ-トボ-ルのデミグラス煮込み、漁師自慢の魚介パエリア。
生ハムとフレッシュサラダ、ガ-リックト-スト。
タパスは、レオン王国風オムレツ、ミニトマトのマリネ、オリ-ブのマリネ、緑豆。
スイーツは、焼きプリンのクレマ・カタラナ、焼きりんごハチミツ添えなど。
くっ、くくっ、パッツィめ、さてはあたしを食べ物で釣るつもりだな。
このソフィア、いくら貧乏でもそこまでは、お、落ちぶれてないわ!
「この白身フライ、この店の看板メニューよ。タルタルソースつけると凄くおいしいの」
そう言うとパッツィは実に旨そうに、フライにかぶりつく。
ムグググググ……
「あら食べないの、今ならホクホクよ。冷めるとおいしくないわ」
次にパッツィはチョリソ-と肉の串焼を豪快にかじる。
さすが狼娘、肉を食う姿が様になってる。
ムガガガガガ……
「ほらこれ、エルフの好物の緑豆よ。早くしないと全部私がたべちゃうわよ」
パッツィは目の前で、私の大好きな緑豆をパリポリ食べる。
クソッ! クソッ! クソッ!
「ソフィア、無理しなくてもいいのよ。あなたがこれを食べれば今日の食費も浮くし、ソフィアも丈夫になるの。そしたらお母さんもその分楽になるのよ。これはお母さんの為でもあるの。あっ、お母さんにも後でお土産ね」
……そ、そうよね。
これは、これはお母さんの為でもあるのよ。
それだったら仕方ないよね。
「い、いただきまーす!!」
「一杯食べてね」
お、おいしー。外食なんて久しぶりだから止まらない。
ああぁ、パエリア、白身魚のフライ、ム-ル貝。
たまんない。たまんないよコレ!
パッツィはニコニコしながら、赤ワインをオレンジジュースで割ったサングリアをあたしに渡す。
お酒なんか飲んだこと無いわ、これは甘くておいしいのね。
サングリア3杯目
「い、いいわよ。とりあえず妾前提で、本妻はパッツィでも、で、でも完全に信用したわけじゃないんだからね」
「分かってるわ。大丈夫、けっしてソフィアに悪いことにはならないわ」
サングリア6杯目
「……それで掃除の仕事だからってバカにするのよ。酷いよねー」
「酷いよねー。そんな男気にしちゃだめよ。ソフィアは頑張ってるんだから」
サングリア9杯目
「ヒック……、それでね、それでね、あたひ心細かったけど働くことに決めたのよぉ、うぅううぅ……」
「そう、頑張ったのねソフィア。あなたは偉い子だわ。泣かないで、もう大丈夫よ。私とソールであなたを守ってあげるから」
パッツィさんは、優しい蒼い目であたしを見ながら、頭を慈しむように撫でてくれる。
あたし誤解してたよ。
本当はパッツィさん、すごく優しい人だったんだー。




