第1話「異世界転生、いきなり漂流」
俺は橘健二。地下鉄で清掃作業中。電車に轢かれて死んだ。
はずだったが…
次に気がつくと、俺は光の部屋にいた。
四方の壁が白く輝いていて、その中心に白い光が眩いばかりに光っていた。
それは意思のある存在で、男のような、女のような気配を漂わせる。
神様と呼ぶのなら、こういう存在を言うのかも知れないな。
俺は意識だけの存在なのか、生きているという実感も無く、
ぼんやりとその光を見つめる。
そして俺はこの存在といくつかのやり取りを行なった。
その後、膨大な情報が俺に流し込まれた。
ここまでの出来事が、ほんの数秒で行なわれたのだ。
まるで、自分の魂の中に圧縮された大量の情報を打ち込まれたようだった。
俺の隣には、小さな光が2つ並んでいた。
これは他人の魂なのだろう。
順番を待っていたのか、俺の後に続いて情報を交換しているようだ。
そしていきなり暗転。
次の瞬間。俺は薄暗い中で目覚めた。何か悪い夢を見ていたような。
目覚めた俺は手で顔をさわる。
ぷにぷにした感触がする。
どうやらこの体が俺の体らしい。
異世界への転生に成功したのだ。
俺が何故「異世界への転生」と確信しているかというと
先ほどの膨大な情報の流し込みを、脳がはっきり体感しているからだ。
詳細は今は思い出せないが、あの光の存在が、俺の記憶を保ったままで、異世界へ転生させてくれたのだけは分かる。
いずれ何かを思い出すこともあるだろう。
問題は今の状況だな。
周囲を見回すと、狭い場所に入っていることがわかる。
影の反射から見ると
俺はどうやらカプセル状の入れ物に入れられているっぽい
俺の体には毛布がかけられていた。
そしてこのカプセルは、まるで揺りかごのように揺れている。
耳には、ちゃぷ、ちゃぷ、という水の音
おいおい。普通転生といったら母親から生まれる所からだろ。
どう考えてもこのカプセルは、水に浮いてどこかに流されてるじゃねえか。
いきなり漂流とか洒落にならねえ。
なんとかしようと声を出してみる。
「あー、うあー」
言葉にはならなかった。
すぐに自分の手を眺めて理解する。
やっぱり今の俺の体は赤ん坊だ。
体を動かそうともがくが、今の俺は寝返りすらうてない。
まいった、いきなり絶望的状況か。
1時間ほどあれこれ考えてみたが、不安になるばかりで打開策無し。
水に揺れる揺りかごの震動が電車に似ているのか
俺は急激に眠くなって意識を失った。
夢を見た。
社員旅行でスペインに行った時だ。
マドリッドで初めて闘牛を見て興奮し、
脳内妄想で俺はマタドールになりきっていた。
その後、バルセロナでサクラダファミリアを見物。
立派な建物だったが、まだ完成には12年ほどかかる。
そんな説明を聞きながら、なにげに女神の像を見たら、
女神がこちらを見て微笑んだ気がした。
俺は目の錯覚だと思って、もう一度よく見たが、
女神は真左に向いて無表情。
どう見てもただの石像だった。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第1章 転生、目指せマタドール編
ドンッ
軽い衝撃がカプセルを襲い、俺は目を覚ました。
どうやらどこかに乗り上げたらしい。
あれから何時間経ったのだろう?
あたりを見回すと、カプセルの隙間からわずかに光が漏れていた。
どうやら朝になったようだ。
ザザン、ザザンと波の音が聞こえる。
おそらくどこかの砂浜に乗り上げたのか。
海か川か湖かは分からない。
特にやることも無く、体を色々動かしていたが、
赤ん坊だからか、思うように動かない。
だんだん飽きてきて、眠気が俺を襲う。
俺は波の音を子守唄に、再び眠る。
ふと、話し声が聞こえてきて目が覚める。
それは男と女の声で、こっちに向かって近づいてくる。
チャンス到来だ。
どんな連中かは分からんが、ここから脱出するには彼らが必要だ。
俺は可能な限り大きな声で泣き叫ぶ。
「あぁぁ、うあああぁぁぁぁ!」
俺の泣いている声が聞こえたのか、走り寄る音が聞こえる。
やって来た二人は、何事か会話しながら揺りかごの蓋あたりをガチャガチャ動かしている。
と、蓋が開いて、大きな青空が見えた。
蓋を開けた男女は俺を見てビックリした表情をしている。
面白い顔だ。
二人とも若く20代前半といったところか。
金髪で外人の顔をしている。
外見は平均より上な感じで、美男美女と言えるだろう。
女のほうが手を伸ばして、俺を抱きかかえる。
俺は初めてこの異世界の景色を見た。
ここは砂浜で、向こうは一面海だ。空は抜けるように蒼い。
なるほど、俺は海上を漂流していたわけだ。
よく無事に辿りつけたもんだな。
「****、**********?」
何かしら女が話しかけるが、理解はできなかった。
しかしこの発音は旅行で聞いたことがある。スペイン語だ。
いや、異世界なので、スペイン語によく似た言語なのかも知れない。
なぜなら二人の格好が、現代的では無いからだ。
なんというか、17世紀くらいのヨーロピアンな格好かな。
二人とも大きな帽子をかぶって帯剣し、チョッキを着ている。
「*******?」
「*******、***!」
二人は頷くと、俺を揺りかごに戻し、二人で揺りかごを担いで歩き出した。
どうやら内陸のほうに向かっているらしい。
カプセルの蓋は開けっ放しなので、上限定だが景色が見える。
景色は海とは反対側の方向に流れていく。
休憩しながら1時間ほど歩いただろうか、門らしき所をくぐると、途端に喧騒が耳についた。
どうやら町らしき所についたらしい。
さらに20分ほど歩いて、家の中に運ばれた。
俺はてっきり孤児院とか教会みたいな所に運ばれると思ったが、どうやら二人の家に運ばれたようだ。
家に運ばれると男は走って出て行き、女のほうは俺を揺りかごから出して、お湯で俺の体を拭いてくれた。
綺麗な布で包まれると、俺はベッドに寝かされた。
とりあえず、いきなり奴隷として売り飛ばす感じじゃなさそうでよかった。
しばらくすると男が哺乳瓶とミルクを持ってきた。
女はミルクを温めて俺に飲ませてくれた。
うん。生ぬるいミルクだけどおいしいよ。
泣きすぎて喉が渇いてたところ、感謝。
次の日は女が一人で俺の世話をしてくれる。
男は朝早く出ていったので仕事だろう、多分。
「****、*****?」
女は俺の頭を撫でながら、何かしら質問する。
言葉の内容は分からないが、仕草でなんとなく理解できる。
きっと、あなたはどこから来たの?
みたいなことを言ってるのだろう。
俺だって知らないよ。
女は撫でるのをやめて、人差し指で俺の手を突付く。
俺は彼女の指をギュッと握ってやった。
それにしても、手のひらで指1本しか握れないとは、
赤ん坊の手というのは小さいものだ。
彼女の指を握って「あうー」とか言ってると、彼女は突然涙ぐんだ。
な、なんだい?
俺なにかした?
彼女はハンカチで涙をぬぐうと、俺の隣に寝転んで一緒に眠った。
夕方、男が帰ってきた。
夕食後、2人でなにやら俺のカプセルを調べていた。
俺はあまり体を動かせないので、詳しくは見れなかった。
2人は夜遅くまで何か会話していた。
俺は眠った。
それから3日ほど俺は二人の家で寝泊りした。
夜になって二人は俺を見ながら頭を撫でる。
女は少し潤んだ瞳で男を見て話しかける。
「****、*****……。***」
「****」
何を話したのか、女は笑顔を浮かべて男にキスをする。
おいおい、見せ付けてくれるじゃないか。
おじさん興奮しちゃうよ。
この日の会話の結果か、その後、俺はここにずっと居ることになった。
どうやら俺を自分達の子供として育ててくれるらしい。
結婚して間もない若い夫婦だったようだ。
生活するアテができ。とりあえず俺は安堵した。
感謝してるが、この先俺は一体どうなっていくのか。
今は運命に身をゆだねるのみ…… か。
第1話「異世界転生、いきなり漂流」
⇒第2話「ソールヴァルド」