第16話「牧場襲撃」
「そ、それは一体どういうことですか!?」
ギルドに来た俺とソフィアは、
飛び出して来たギルドマスターから
グラナドス牧場の襲撃を知った。
「ゴブリンの襲撃だ。昼頃、山からゴブリンが大量に降りてきたんだ。今も断続的にグラナドス牧場にゴブリンがやって来てる。」
大丈夫なのかパッツィ?
いや、まて落ち着け。
こういう時は焦ってはダメだ。
「それで被害は?」
「幸いなことにまだ出てない。今、うちの冒険者と街の領兵、グラナドス家が総出で迎撃に出てる」
とりあえず被害は出てないのでホッとした。
いきなりゴブリンが山から降りてきた理由だが、
ギルドマスターの推測によれば、
山の中に新たな迷宮が出現したのが原因らしい。
通常、迷宮が発生すれば、
探索者が内部に入り、迷宮の魔獣を定期的に討伐する。
そうすれば、迷宮の魔獣は一定数を保ち、
地上には出てこない。
しかし、魔獣討伐ができるのは、あくまで人間が行ける所に限られる。
迷宮は水中以外どこにでも出現するので、
山頂や砂漠のど真ん中だと討伐は難しい。
なので魔獣討伐ができない迷宮では、魔獣が増えすぎて、
一定量を越えれば地上に魔獣が出てしまうのだ。
主に迷宮の1~10階層の魔獣が外に出てくることになる。
リリアの北にある山には、
山頂付近に雑貨迷宮があるらしく、
探索者は到達困難だ。
山にはあふれ出たゴブリンが沢山いたそうだが、
最近新たに迷宮ができたらしい。
その新しい迷宮は、資材系以上と思われ、
そこから強い魔獣が溢れ出したために、
弱いゴブリンが押し出される形で
山を降りてきたのだろうと思われる。
「今のところ被害は出てないが、何が起こるか分からん。襲撃も断続的に継続している。というわけでギルドに来た冒険者、探索者には緊急依頼としてグラナドス牧場に行ってもらう。受けてくれるか?」
俺はソフィアを見た。
ソフィアは頷いてくれたので、
グラナドス牧場へ向かうことが決定した。
「それではすぐに向かいます」
「よろしく頼む。現場では『紅姫と疾風従者』という冒険者パーティーのリーダー、フローリカ・マリスカル・マッソという一角魔族が指揮をとっている。現場に着いたら彼女の指揮に従ってくれ」
「分かりました」
現在グラナドス牧場には、領兵4名とグラナドス家、
それに冒険者パーティーの
「紅姫と疾風従者」6名
「鋼鉄サークル」7名
が展開しているそうだ。
俺達はグラナドス牧場に向かって走った。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第2章 迷宮探索編
町から出て北にしばらく進むと
激しい戦闘音が聞こえてきた。
300メートル先の丘で爆発音も聞こえる。
近づくと複数の人影とゴブリンが見えた。
ゴブリンは多い。50匹はいるな。
一番手前で戦っている冒険者達の中に、
真っ赤なロングヘアーの一角魔族の女がいる。
彼女がフローリカ・マリスカル。
通称「紅姫」なのだろう。
その奥には全員が鉄の鎧で揃えた冒険者パーティがいる。
「鋼鉄サークル」7名だろう。
さらに奥には4人の領兵と男女の弓士がいた。
あれはパッツィの両親だな。
俺はフローリカに大声で叫ぶ
「フローリカさん! 俺達はギルドの応援です。どこへ行けばいいですか?」
フローリカはこちらを向いて
大声で返事をする。
「こっちはいい、牧場の入り口を守ってくれ!」
「わかりました!!」
俺達は現場を通り抜け牧場へ向かう。
牧場入り口にはパッツィがいた。
良かった、無事だ。
パッツィの周辺に2匹の犬が走り回っている。
パッツィは北西方向を見ていた。
目線の先を追うと、
ゴブリンが6匹と12匹のグループに分かれて、
パッツィの方に向かっていた。
前衛はナイフゴブリン6匹。
後続はファイターゴブリン8匹と
ハンマーゴブリン1匹、
ソードゴブリン1匹、
スピアゴブリン2匹か。
不味いな。
ボスクラスが複数か。
単体ならたいしたことがない相手でも
複数同時ならかなりの脅威だ。
「ソフィア、急ぐぞ!」
「うん!」
パッツィに前衛ゴブリンが急速に近づく。
パッツィはやや上向きに弓を構え矢を放つ。
放たれた矢は放物線を描き、
150メートル先のナイフゴブリン1匹に命中。
矢の命中したゴブリンは力尽きて倒れる。
凄いな。
矢を曲射で当てやがった。
あれは命中させるのがかなり難しいはずだ。
パッツィはさらに矢を曲射気味で3本放ち、
ナイフゴブリン2匹を打ち抜く。
ゴブリン前衛との距離50メートル。
パッツィの大きな声が響いた。
「エスパルダ、体当たり攻撃! パシオン、爪攻撃!」
周辺を走っていた犬2匹は、
脱兎のごとくゴブリンに向かう。
この犬達は対魔獣用の装甲狩猟犬だ。
頭から背中にかけて硬い皮膚に覆われている。
重装甲狩猟犬エスパルダは猛然と突進。
体を光らせながら、ゴブリンに体当たり。
ゴブリンは吹き飛ぶ。
おそらく体内の魔力を使用して、
スキルを使用したのだろう。
もう一方の軽装甲狩猟犬パシオンは、
ジグザクに接近、飛び上がってゴブリンの頭を
爪で打ち抜く。
こちらもスキルを使用したのか、爪が光っていた。
最後の1匹はパッツィが弓で倒した。
前衛6匹は全滅。
が、すぐ背後からゴブリン12匹が来る。
パッツィとの距離30メートル。
かなり危険な状況だが問題ない。
何故なら俺達が追いついたからだ。
俺は背中から投擲槍を引き抜く。
パッツィは2本連続で矢を放つ。
1本は盾で弾かれたが、
もう1本はファイターゴブリンの太ももを打ち、
脱落させることに成功した。
俺は槍を投擲。ソフィアは精霊魔法で火の玉を放つ。
槍は横からゴブリンを打ち抜き、
火の玉はもう1匹を火達磨にした。
パッツィはこちらを見て笑顔を浮かべる、
「ソール!」
挨拶代わりにもう一度槍と火の玉を放ち、
再びファイターゴブリン2体を倒す。
残り7匹。
「ソフィア、ソードとハンマーを殺れ、俺はスピアを片づける!」
「分かった!」
俺はスピアゴブリン2匹に突進。
ソフィアはソードとハンマーゴブリンへ。
残りのファイターゴブリンは、
パッツィと犬2匹が相手をする。
左のスピアゴブリンが槍を振り回すが、
俺は攻撃を回避して腕に切りつける。
痛みで動きを止めた瞬間。
俺の手甲剣がゴブリンの首を引き裂く。
傷を負わせたスピアゴブリンは倒れる。
そのまま俺はもう一匹に突っ込む。
スピアゴブリンは槍を突き立てるが、
盾でいなしつつ、懐に飛び込む。
俺は渾身の力で手甲剣で突きを入れ、
スピアゴブリンの胸を打ち抜く。
剣を引き抜き、
そのままクルリと反転して、
傷を受けて倒れているスピアゴブリンにも
止めを刺した。
2匹の制圧を終わらせた俺はソフィアのほうを見る。
ソフィアは突きを放ち、
ハンマーゴブリンの右腕を打ち抜く。
「シャッ!」
ハンマーを落としたゴブリンの頭部を
ソフィアが2連続で打ち抜く。
横からソードゴブリンが斬りかかってきたが、
ソフィアは後退しつつレイピアで攻撃をカットする。
「ハッ!」
俺はソードゴブリンに突撃。
背中から一気に剣で胸を貫く。
ソードゴブリンは苦しみつつその場に倒れる。
残りのファイターゴブリン3体だが、
すでに決着はついていた。
2匹は装甲狩猟犬に打ち倒され、
パッツィも海賊刀で打ち合っていたが、
剣術、腕力で上回っているパッツィが、
優勢を維持しつつファイターゴブリンを倒した。
周囲に生きているゴブリンはいないようだ。
「助けてくれてありがとう。ソール!」
パッツィは尻尾をブンブン振りながら俺に抱きつく。
なんかすごく犬ぽい仕草だ。狼だけど。
思わず頭をなでなでしてしまう。
「無事でよかったパッツィ。心配した……」
と言いきる前に、俺は右手はグイッと引っ張られ、
パッツィと引き離された。
気がつくと右腕にソフィアが絡んでいた。
「あんたがパッチーね?」
「パッチーじゃない。パッツィよ。」
ソフィアの問いかけに返事をするパッツィだが、
その目は冷酷で、目線が合うと呪い殺されそうな雰囲気を醸しだしている。怖えー。
ソフィアも負けじと睨み返すが、
その睨みあいの中心点で物理的に火花が散った。
うそぉ、魔力を感じるわ。
目から魔力が出るなんて知らなかったぞ。
パッツィの凍えるような声が
ソフィアに投げかけられる。
「ちょっとあんた。人の彼氏に馴れなれしく引っ付かないでよ」
「嫌よ、私だってソールが好きだもん!」
おおおい。ちょっと待て!
今さらっと重大発言したよな?
「ソールは捨て子でかわいそうな人だもん。私が支えてあげるの」
「ハッ、知ってるわよそのくらい。でもソールが好きなのは私で、あんたじゃないわ」
「違うもん。きっとソールも私を好きになってくれるもん」
「かわいそうに、いい年して頭の中お花畑なのね、耕し直したほうがいいんじゃない?」
「あたしの頭は賢いです~」
「それに何、そのひょろっちい貧相な体。私の方が遥かに頑丈だわ」
「あたしだって頑丈よ。健康優良女子なの!」
でたよ頑丈自慢。
女の武器は肉体と言うけど、
この世界でもっとも強力な女の武器は「頑丈・健康」だ。
なぜなら出産時の死亡率がかなり高いからだ。
10人に3人は確実に死ぬ。
なので、頑丈・健康はこの世界の女にとって一番の魅力になる。
いくら顔が綺麗でも、死んだら意味がない。
プロポーションに関しては、
この世界でも胸や尻が大きいのはアピールポイントになるが、
日本とは意味合いが少し異なる。
「そのマナ板なんなの。そんな貧乳で子供にまともに母乳あげれると思うの?」
「まだ成長するの。発展途上なの。大器晩成型なのよ」
「出産は私みたいな安産型が一番だわ。あんたお尻も小さいし、お産の時に確実にくたばるわね」
「エルフはみんなこんな感じです。今までこれでやってきました~」
「ところでソール。前に聞いたけど、この娘はただのパーティーメンバーよね」
うっ、
こっちに話が振られた。
ど、どう答えればいいのだ。
この黒パッツィ状態の彼女はマジ怖いんだぞ。
ここは正直に言わないとヤバイ。
「う……うん……」
「て言ってるわよソフィアさん?」
「い、今はそうでも、これから愛を育んでいくのよ」
「ハッ、じゃあソールとペロチューしたことあるの? 私たちは毎日してるわよ」
「ペ、ペロチュー……」
ソフィアは顔を真っ赤にしつつ俯く。
今までそういう経験全然無いんだろうな。
パッツィは冷酷な笑みを浮かべる。
「分かったかしら子供のソフィアちゃん、私とあんたでは、これまでの愛の積み重ねが違うのよ。」
と再び北西方向からゴブリンが12匹現れた。
ナイスだゴブリン。
このまま戦闘に入って今の状況をうやむやにしてくれ。
俺には解決するための時間が必要なんだ。
「みんな、ゴブリンがまた来たぞ。今はその対応を……」
ゴブリンのほうを見ると
付近に3人の人影が見えた。
人影はゴブリンの方へ向かっている。
先頭は青毛の男……
「こんばんはソールヴァルドさん。あいつらは任せてください!」
エヴァートンじゃねえか、余計なことを。
エヴァートンの両サイドには、
戦闘魔法師と神聖魔法師がついている。
一人は金髪、もう一人は赤毛の美少女だ。
エヴァートンハーレムを初めて見た。
やっぱ闘牛士ってモテるんだな。
エヴァートンハーレムは300メートル離れた場所で、ゴブリンと戦闘を開始した。
ソフィアはまなじりを決し、顔を上げる。
「ペロチューぐらい何よ、私だって今すぐ出来るわ!」
ソフィアは素早い踏み込みで、
俺の顔に猛然と迫る。
俺は最小回転で顔を回す。
ソフィアの唇は俺のホッペに命中した。
「なんで避けるのよ!」
「あのなソフィア。ここは戦場だ。こんなムードのないところでキスしたくない」
「あんたは女の子か!」
何を言われようがこれは譲れない。
ほら見ろ。
300メートル先では、エヴァートンハーレムの攻撃で
ゴブリンが火達磨になって転げまわっている。
こんな所でするキスは、マウス・トゥー・マウス。
ただの口吸いだ。
気持ちの入らないキスなどキスと認めない。
黒パッツィはそれを見て嘲笑する。
「プッ、ぶざまね」
「うっさい。いいわよ。でも私たちは探索者よ。ソールとは長時間二人きりだもんね。そのうちソールも私になびく様になるわ」
ソフィアは自信満々に話す。
パッツィはしばらくソフィアを眺め、
ため息をつく。
「はあっ、しょうがないわね。私もソールのパーティーに参加するわ」
「いいのかよパッツィ、家の仕事に影響ないか?」
そりゃあのバットに対抗するには、
パッツィの弓が抜群の効果がありそうだが。
「いいのよ。弟達も仕事を任せられるほど成長したしね。やっぱソールを一人にはできない。悪い虫がつかないように監視しなくちゃ」
そう言うとパッツィはソフィアを見てニヤリと笑う。
ソフィアは身構えて俺にくっついてくる。
結局、その後21時まで俺達とエヴァートンハーレムは、
牧場入り口に待機しつつ警戒。
その間に再び襲撃してきたゴブリン20匹を制圧。
21時ごろに前線にいた冒険者と
パッツィの両親が戻ってきた。
冒険者は引き続き牧場の警戒。
俺達探索者組は、町に帰還となった。
翌日もゴブリンは現れたが、
断続的に20匹程度に済んだ。
2日後にはリリアの町周辺は平穏になった。
だが念の為、あと1週間ほどは、
「紅姫と疾風従者」の冒険者の面々が、
グラナドス牧場の警備を担うことになった。
総括するとゴブリンの襲来は2日に渡り、
のべ250匹のゴブリンを討伐。
こちらの損害は軽傷者8名で済んだ。
被害がほとんどなかったのは、
ゴブリンが一気に来たのではなく、
バラバラに攻撃をかけてきて、
各個撃破出来たからだった。
ゴブリンにそんな知能はないが、
戦力を一気に投入されるとヤバかったろう。
襲撃から1週間後、グラナドス牧場が落ち着いてきたので、
パッツィも俺達に合流。
3人で雑貨迷宮を攻略することになった。
第16話 「牧場襲撃」
⇒第17話 「好調な進撃」




