第15話「雑貨迷宮第4層」
少し遅い朝が来た。
今日は迷宮探索は休みの日だ。
というわけで、久しぶりにゆっくりとした朝を迎えた。
家から出て、中庭を通って洗面所で洗顔と歯磨きを終え、居間に向かう。
母イレーネは台所で朝食を作ってた。
マリベルは先に食事を終え、買い物に出かけてるらしい。
「おはようソール。朝食食べちゃって」
「うん」
俺はテーブルに置かれた、ホットチョコレートと揚げパンを食べる。
ちょうど食べ終わってボーッとしていると、
鐘が「ガランゴロン」と鳴った。
珍しいな。こんな時間に来客か。
俺は玄関に向かいドアを開けた。
「はーい。どちらさんですかー? とっ……」
玄関には珍しい人物が立っていた。
金髪に赤目、ゴシックロリータ服。
頭に2本の角、背中に黒い翼。
小脇に人形を抱えてる。
たしかマリベルの友達のマルガリータと言ったか。
前会ったのが闘牛士デビューの時だったので、
実に1年ぶりの再開なわけだ。
「やぁ久しぶり。マルガリータちゃん。だったね」
「……おはようございます。お兄様……」
「ああ、今マリベルは買い物行っててね。居間で少し待つかい?」
「いいえ……今日はお兄様に……相談したいことが……」
「えっ、そうなんだ。とりあえず中に……」
なんだろ、俺に話って。
とりあえず俺はマリガリータを居間に案内する。
イレーネが赤茶を出してくれた。
「それで相談というのは?」
「人形の……製作についてです」
なんでもマリガリータが言うには、
スキル【人形操作】を使用して人形を操作するのだそうだが、
その時の魔力のロスが多すぎて、長時間人形を操ることが出来ないのだそうだ。
そこで、俺に節約する方法が何かないか尋ねに来たのだ。
とりあえず人形の構造を見ないと、何が問題なのかが分からんな。
「うーん。とりあえず人形を見せてくれるかな?」
マリガリータが持ってきた人形をテーブルに置き、
服を脱がせて、俺に見せてくれた。
ははーん。なるほど。
体は精巧な木製で、顔は磁器か。
こいつはビスクドールって奴だな。
フィギュアを勉強していた時に、
一般的な人形の歴史についてはかなり勉強していたので、すぐに分かった。
西洋人形は最初オール木製だったのだが、
磁器が出来てから、ヘッドは磁器で作られるようになった。
ただ、磁器をそのまま顔に使うと、人間らしくない。
なので、磁器ヘッド部分に着色してから焼きを入れる。
これを何回も繰り返して、リアルな顔を作るのだ。
ビスクドールのビスクは「二度焼き」という意味で、
お菓子のビスケットも同じ意味だ。
マリガリータによれば、魔力オーブンという道具があり、
比較的簡単に焼きは入れられるそうだが、
かなりの職人的技術が必要なのは確かだ。
ただしこの人形には、地球の西洋人形と決定的に違う部分がある。
それは球体関節だ。この人形にはそれがない。
手足の根元が外れるようになっており、
服を着せる時は、手足を外して着せるようだ。
この世界ではまだ球体関節に辿り着いていないわけか。
「マリガリータちゃん。人形操作でこいつの関節を曲げる方法は?」
「……魔力を使って、……直接間接を変形させます」
なるほど。
つまり鍛冶魔法の「変形」のような効果を使ってるのか、
これじゃ、いくら人形が小さくても、
使用する魔力は大きくなり、短時間しか人形を操れないな。
この魔力のロスを解消するには、
球体関節の導入しかないと言える。
「問題を解決する方法はあるよ。球体関節を作ろう。」
「球体関節……?」
「うん。ちょいとややこしいから、俺の部屋で教える」
俺とマリガリータは、人形を持って俺の部屋に入った。
そこで扇風機を作った時の木材を使って、
鍛冶魔法で木製の球体をいくつか作る。
「いいかいマルガリータ。この球体を関節にはめ込んで、手足が動くようにするんだ」
ここから球体関節の具体的な作り方を伝授する。
まず、胴体と手足の内部を掘って空洞を作る。
それから関節部分にまず木製球体を接着し、
中心を彫りこんで、金属のフックをつける。
そこにゴムを引っ掛けて、
関節を曲げてもスムースに戻るようにする。
試しに右手だけ球体関節を作ってみた。
最初は意味が分からなかったようだが、
試しに作った右手を見せると、目がキラキラ輝きだした。
そうだ。球体関節があれば、素材を曲げなくても
小さな力で関節を曲げることができる。
「お兄様凄い……。これで魔力使用を小さくできる!」
マルガリータは感動して俺に抱きついてきた。
ちょっ、ちょっと顔が近い。
それにやたらに俺に体をひっつけてくる。
別にいいんだけど少し照れるな……。
と、パタパタと2階に誰かが上がって来る音が聞こえて、
俺の部屋のドアがノックされる。
「お兄ちゃん、私よ。入っていい?」
マリベルだ。買い物から帰ってきたんだな。
いいよと返事すると、マリベルが部屋に入って来た。
そしてマルガリータを見て、
ニコリともせず目を細める。
マルガリータはそんな彼女を見て、
俺に抱きつきながら「フッ」と笑った。
あれぇ?
なんか空気固くねぇ?
雰囲気がなんだか怪しいな。
「お兄ちゃん、私は気にしなくていいから話を続けて……」
「う……うん」
後ろで立っているマリベルは気になるが、
マルガリータに疑問に思ったことを質問してみる。
「ところでマルガリータちゃんは、なんで長時間人形を操作しようと思ったんだい?」
「……迷宮での探索や戦闘に使います」
なるほど。
迷宮での探索に使用するのか。
一般的ではないが面白い使用法だな。
マルガリータも探索用に人形を使う話は、他では聞いたことが無いらしい。
しかしマルガリータは探索者になるつもりか、いささか意外ではある。
一応骨格は金属で補強したほうが良いとアドバイスした。
あとは実戦でトライ&エラー及び改良。
誰も試みたことが無いので、俺にも何が正解は分からん。
俺達の話が終わったのを見て、マリベルが抑揚の無い声をかける。
「お兄ちゃん終わったのね。マルガリータ、随分久しぶりね。私の部屋で少し話をしましょう」
「……分かった」
二人はピリピリとした空気を醸し出しながら、マリベルの部屋に向かった。
な、なんだろう?
ケンカでもしたのかな?
でも久しぶりとか言ってたよな。
あっ、今マリベルの部屋で大きな声で口論してる。
何言ってるか分からんけど、俺まで緊張してしまう。
俺のせいじゃないよな?
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第2章 迷宮探索編
「それでさぁ、森エルフは野菜が主食なわけ」
「ふーん」
今日は迷宮探索の日だ。
俺はパーティを組んだソフィアと、
雑貨迷宮へ向かうため、街道を南下している。
徒歩で40分程度かかるので、
その間にエルフの種族について質問していた。
ソフィアの態度も大分砕けてきてる。
エルフは森に住んでいて、野菜しか食べず閉鎖的。
精霊魔法と弓が得意で、寿命が長い。
というイメージが俺にはあるのだが、
ソフィアによれば、それで大体あっているが、
別段森エルフの村はそんなに閉鎖的でも無く、
人間の閉鎖的な村とたいして違いは無いそうだ。
食事では野菜がたしかに主食だが、
肉も少しは食べるし、魚は大好きなのだそう。
「そんでやっぱダークエルフと仲悪いの?」
「ダーク? ああ、黒エルフのことね。別に特別仲が悪いわけじゃないよ。ただ、あの人たち色々暑苦しいから、私は苦手だけどね」
黒エルフ、褐色肌で剣と炎魔法が得意らしい。
荒地、平原、洞窟に住むことが多い。
熱くなりやすい性格なので森エルフとソリが合わないが、
だからといって、敵対してるわけでもないそうだ。
「あと海エルフってのもいるわよ」
「へえ、名前どおりなら泳ぎが上手くて、海沿いに住んでるイメージだなぁ」
「そうそう。でもエルフの偉い人の間ではエルフ種かどうか意見が分かれてんの。元々は人魚で陸に住むところを変えた人達みたい。知り合いにはいないけど」
海エルフは薄褐色肌に緑髪と緑目。
素潜りが得意で、人魚魔法が使えるらしい。
主な武器は銛と矢で、操船も上手いようだ。
「シーエルフかぁ、ドワーフにもそういうのいるの?」
「いるいる。シードワーフがそうね。船大工やってるね」
と、ソフィアとお喋りしてる間に雑貨迷宮に着いた。
今回は初めてとなる第4層に潜るつもりだ。
****
俺とソフィアは魔獣を殲滅しつつ1層と2層を突破。
ドロップ品を回収しつつ第3層に到達した。
1つ星結晶を利用した懐中時計を見ると11時半になっていた。
9時から潜って2時間半で着いたわけだ、
やはり2人だとスピードが早いな。
3層の回廊でファイターゴブリンに遭遇、戦闘になる。
ファイターゴブリンは、片手剣と盾で武装している。
力が弱いのでたいした敵ではないが、
ソフィアは苦戦している。
「もう、盾が邪魔!」
ソフィアのレイピアが盾で防がれているようだ。
盾防御を破るコツを教えておこう。
「ソフィア、そいつの盾の持ち手は縦だ。左右の端を狙え!」
「そっか!」
ソフィアは理解したのか、ファイターゴブリンの盾の左端に突きを放つ。
盾に剣が接触した途端。盾がグルンと内側に回転。
そのまま剣がゴブリンの胴体に深々と突き刺さる。
ソフィアはバックステップしつつ剣を振り下ろし、
ゴブリンの頭を潰す。
ゴブリンの盾は、金属の持ち手が縦に付いてるだけなので、
端打ちすると左右にひっくり返りやすいのだ。
ちなみに俺の盾は、縦の持ち手に皮バンドで腕を挟む方式だ。
左右端打ちではひっくり返らないが、
上下端打ちには弱い。
その後ボス部屋にて、スピアゴブリンと戦闘。
2分で撃破して、いよいよ初の第4層に潜る。
俺は手甲剣を外して、
投擲槍を構えて、回廊を進む。
イレーネの情報によれば、ここの敵は……
「来たわよ。情報どおりバットね」
100メートル先からデカイ蝙蝠が6匹向かってくる。
天井スレスレに5メートルの高度で飛行。
剣は届かないが、バットが体当たり攻撃をしてくる時に反撃する作戦だ。
投擲槍は真上に投げても当てにくい。
果たして上手く行くか。
バットは俺達の上空を旋回しつつ、次々に攻撃してくる。
ソフィアは攻撃を回避しつつ反撃するが、
剣がなかなか当たらない。
俺は降下してくるバットにタイミングを合わせて、
投擲槍を投げ1匹を仕留めた。
「もう、むかつくわね。――――精霊赤魔法!」
ソフィアが右手を突き出すと、
その先に30センチほどの火の玉を形成、バットに向け放った。
火の玉はホーミングミサイルのようにバットを追跡。
見事命中して、1匹が墜落する。
やるじゃん。あれが精霊魔法か。
俺が投擲槍を拾ってるとソフィアが警告する。
「後ろからまた来たわ。バット4匹」
これで8匹か。
バットの攻撃はたいしたことないが、
有効な攻撃手段が無いな。
俺達は攻撃を回避しつつ、投擲槍と精霊魔法で2匹を撃墜。
だが、
「うう、魔力が切れた。」
「へっ、もう終わり?」
ソフィアの魔力が切れて精霊魔法が使えなくなった。
おい、たった2発で終わりかよ。
体力から魔力への変換は時間がかかるからな。
今回の戦闘では使えないか。
「うっさいわね。どうせあたしは魔法が苦手ですよーだ。きゃ!」
「大丈夫か!?」
「うん。これくらい」
ソフィアの背中にバットの体当たりが命中したものの、
ダメージは低そうだ。
俺は正面からくるバットの攻撃を盾でいなしたが、
直後に背中に体当たりを食らって、コケそうになった。
「ソフィア、撤退だ撤退。やってられん」
俺とソフィアは3階層に向かう階段に走る。
追撃を受け、俺達はまた1回づつ攻撃を受けるが、
剣で反撃して2匹を潰した。
「こいつはダメだな。今回はこれで撤退して対策を考えよう。」
「そうねぇ、私も投擲剣でも習おうかしら」
俺達はぶつくさ言いながら地上に出た。
時間は13時半なのでお昼にする。
ソフィアにイレーネに作ってもらった弁当を渡す。
「これ、母に頼んで作ってもらった弁当。遠慮すんなよ」
「ええっ!? あ、ありがとう」
ソフィアは恐縮しつつもサンドイッチをパクつく。
昼食が終わって俺達はリリアの町に帰還したが、
ソフィアがイレーネにどうしても礼が言いたいらしく、
俺の家に連れていった。
「お母様、お弁当どうもありがとうございます」
「あなたがソフィアちゃんね。いいのよそれくらい。病気のお母さんの為だものね」
家にはアベルとイレーネがいた。
ソフィアはしきりに遠慮したものの、
イレーネが毎回ソフィアの弁当も作ると押し切った。
話が終わって両親は家に引っ込む。
ソフィアは首を傾げつつ俺に質問した。
「あの、ソールの両親、両方とも人間族なんだけど?」
「ああ、俺捨て子だったんだ。それで拾われて育ててもらったんだ。居間で休憩しよっか、お茶……飲む?」
俺が捨て子だと伝えると、ソフィアはビクッと反応して、
目にみるみる涙をため、激しく動揺した。
「ご……ごめん。私バカだから気がつかなくて、無神経なこと聞いちゃったね……」
いやいやいや、ちょっと待て。
パッツィにしてもそうだが、
なんでお前らそんなにオーバーリアクションなんだよ。
ソフィアは涙を手でぬぐってニコッと笑顔を見せて、
俺に抱きついて密着してくる。
「色々つらかったと思うけど、あたしでよければ相談にのるよ」
まずい、色々とまずい。
これじゃ捨て子の話が、まるで女を落とす必殺の口説き文句みたいになってる。
どうしてこうなった?
多分だが、この世界の住民はドラマテンプレの免疫が無いのだろう。
例えば不良が捨てられた子猫を飼育して、実は心が優しかったとか、
両親を失って心の傷を隠しつつ、明るくふるまう主人公とか。
テレビで何百回と見るような展開に、現代人は馴れているので、
実際にそんな話を聞いても軽く受け流せるが、
この世界にテレビドラマなどあるはずもない。
演劇はそれに近いけど、こんな田舎町には劇場は無いからな。
ドラマテンプレに免疫がまったくなくて、
俺がふいに「捨て子だった」と告白すると、
心をもろに揺さぶってしまうのだろう。
心が純朴っていうのは悪いことじゃ無いんだろうが。
はぁ……
夕方、俺とソフィアは総合ギルドに向かった。
本日のドロップ品を換金するためだ。
分け前は山分けということになっている。
道すがらソフィアは俺に優しい目を向け、手を握ってくる。
あああ、まずいぞ。
こんな所をパッツィに見られたら、
ナタで襲いかかってくるかも知れん。
でも邪険にするのもなぁ。
前世で少しでも恋愛経験があれば、
どんな風に対処すればいいか分かるのだろうが、
正直どうしたらいいかさっぱり分からん。
ギルドに到着して、俺達が受付に進むと
カウンターからギルドマスターが飛び出して来た。
なんだ?
「ソールヴァルト君、緊急事態だ。グラナドス牧場が襲撃を受けている!」
「えっ!!」
俺の頭は一瞬真っ白になった。
第15話 「雑貨迷宮第4層」
⇒第16話 「牧場襲撃」




