第13話「少女剣士」
俺は今、右手に海を見つつ、街道を南下している。
向かう先は雑貨迷宮だ。
朝の潮風が、俺の頬を撫でる。
最近お金を使いすぎてるので、しばらくは雑貨迷宮でお金を稼がないとね。
いささかパッツィとも遊びすぎた。
デート代もバカにはできん。
しかし日本の記憶がぶっ飛んだ時はビックリした。
幸い全ての記憶がぶっ飛んだ訳じゃないんだけどね。
幼児の間から中学生の間の記憶がかなり飛んでった。
その当時の親や友達の顔もまるで浮かばない。
日本語も難しい漢字は忘れてる。木とか森とか川なんかの簡単な物しか書けなくなった。
ひらがな、カタカナも半分程度しか分からない。
計算のほうは何故か大丈夫だ。
そこから原因究明。
俺は転生で日本から来たので、魂がこの肉体に順応したせいで、過去の記憶の一部が消失した。単に酒を飲んだせい。
みたいな可能性もあるとは思うが、一番の原因はコレだろう。
特殊種族魔法 【封印中】
が、
特殊種族魔法 【ルーン魔法レベル1】
になっていた。
封印が開放された影響で、記憶の一部が消えたと考えるのが妥当だろう。
しかし、ルーン魔法ってなんだ?
魔王専門の魔法なのかね。
さっそく残っていたスキルポイント20Pで、
ルーン魔法をレベル3まで取ってみた。
レベル1 闇移動 闇化して壁の透過移動。飛行が行なえる。
レベル2 思考加速 思考を消費した魔力の分だけ加速させる。
レベル3 威圧 自分よりレベルの低い相手の行動を抑制させる。
うーんなるほど……。
なんか地味な魔法が並んでるねぇ。
俺としてはもっと闇のなんたらとか、凄い攻撃魔法を期待してたのだが。
闇移動は魔王らしい感じの魔法だな。
使いようによってはかなり便利だ。
思考加速もまあいい。
あっ、ひょっとしてこれ使って魔法練習すれば、習得速度上がるかもな。
でも魔法覚えてもスキルポイント稼げるかなぁ。
と、一人でブツブツ呟きながら、街道を歩いていると、向こうから何かやってきた。
木造のボディに4つのタイヤ。
こっちに向かってノロノロ走ってる。
おお、珍しい。
車じゃないか。
実はこの世界には車があったりする。
迷宮産の魔導モーターとタイヤを組み合わせ、
4つ星魔力結晶を使って走行するのだ。
にも関わらず、リリアの町では馬車が走り回っているし、
冒険者が警護する商隊も馬車で荷物を運ぶ。
民間では車はほぼ使われないのだ。
何故かというと、この世界の「車」には、致命的な欠点があるからだ。
その欠点とは「ものすごく遅い」というもの。
最大速度でも時速10キロしか出ないんだぜ。
それも特に障害が無い、街道や平地で出せる速度だ。
上り坂だと時速4~2キロ。下りでも木造ボディがヤバイので、10キロに抑えるそうな。
平均して時速8キロ程度が、この世界の車の最高速度だ。
ちなみに馬だと、ゆっくり走って時速40キロ。最大で時速60キロで走れる。
この世界の車は、馬より遅いわけだ。
おまけにこの車は重くて幅もあるので、
小さな木造橋は渡れず、鉄橋か、鉄で補強された木造橋しか渡れない。
なので、コスト重視の民間では、ほとんど使われないのだ。
だが反面、トルクはそこそこあるので重い荷物が運べる。
というわけで、主に軍や民間の建設ギルドは車を使用することが多い。
近づいてくる車を見ると、屋根にレオン王国の国旗「青天角獅子旗」
乗ってる人は領軍の鎧を着ているので、やはり軍隊に所属する車だ。
荷台にたくさん荷物が載ってるので、
リリアの基地に資材だか補給物資だかを運んでいるのだろう。
「ご苦労様です」
「どーも」
通り過ぎる車に挨拶を送ると、中の兵士がだるそうに返事を返す。
車はノロノロとリリアの町に向かっていった。
それにしても結婚か……
俺は車を見送ってから再び歩き出した。
16歳で結婚は早いとか言ったが、日本では36歳まで生きたのだから、
合計すれば年齢は52歳になる。
思えばちっとも早くないな。
日本では果たせなかった結婚に手が届く。
うーん。
思い切って結婚しちゃおうかな。
なんて言ったらパッツィはどう反応するだろう。
パッツィと結婚したら、
俺は間違いなくグラナドス牧場で働くことになるか。
牧場でスローライフ生活。
というのは幻想で、実際の牧場の仕事は結構忙しい。
パッツィの母ちゃんが「うちの娘は頑丈」とか言ってたが、
言葉どおり、まさにパッツィは頑丈だ。
毎日俺の倍の時間は働いてるぜ、あの娘。
家畜の世話や道具の整備に加えて、
パッツィはソーセージ、干し肉、燻製肉、
牛乳、チーズの製造なんかもやってる。
おまけに下に弟が2人いるから、
その子達にも仕事を教えながら、
商人との交渉や簿記までやっている。
パッツィは本当しっかりしてるわ。
反面、料理や裁縫、家事は全然出来ないらしいが。
なら俺は牧場の仕事を手伝いながら、主夫でもしますかね。
そして昼は牛の乳搾り、夜はパッツィの乳搾りってやかましいわ。
でもグラナドス牧場って夜怖いんだよな。
前一度、あそこで夕食を食べてから帰ったことあるけど、
家の外は漆黒の闇だったんだ。
リリアの町には魔法の光の街灯があるんだけど、
夜6時から8時くらいまでは灯っている。
それ以降は魔力節約のために、最小限の街灯しかついてない。
20時以降にうろついてるのは、酔っぱらいか夜回りの憲兵隊くらいか。
蛍光灯とは違う明るさなので、
薄ボンヤリしてるけど、明かりが有るだけましだ。
グラナドス牧場は、町の外にあって照明の類が一切ないんだよな。
だから夜中は本当の漆黒の闇。
そしてまったく音がしない完璧な静寂。
ビビリながら町に帰ったわ。
日本人でこの状況を体験する奴はあまりいないだろう。
日本なら夜はどこかが光ってるし、光がなくとも車の音ぐらい聞こえる。
こういう電気が無い環境だと、なんかなぁ。
思わず誰かにすがりつきたくなるな。
それに猛烈に家族とか恋人が欲しくなるんだよなぁ。
女の子なら余計そうかも知れない。
本能的なものかもね。
この世界の環境に長く住んでると、
日本は音が出すぎだし、夜が明るすぎる。と思うようになった。
それが安心感に繋がって、俺も一人でも不安感が出なかったのだろう。
こっちでは夜一人だと、家の中でもかなり不安になる。
というわけで、日本にいた頃には想像もしなかったが、今の俺は結婚したい気はある。
結婚するならキチンと安定した仕事に就かないとなぁ。
パッツィともおいおい相談してみるか。
などと考えていると、
いつの間にやら雑貨迷宮についた。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第2章 迷宮探索編
雑貨迷宮の入り口を見ると人が立っているのが見えた。
おや珍しい。
探索者かな?
格好から見ると剣士スタイルだな。
入り口付近まで来たが、その剣士はまだ俺に気がつかない。
そこに立たれると入れないんだが……
「あのー……」
「きゃあ!」
その剣士はビックリしてこっちを見る。
女の子だ。悲鳴上げなくてもいいじゃないか。
俺は不審者か。
「な、な、なによ!」
「いや俺迷宮に入りたいんだけど、そこにいると入れないんだけど」
その娘はエルフだった。
黄白色の髪に、黒目。色白。
レイピアを装備して、
黒い大きな帽子とチョッキ、マントを着けてる。
やはり剣士のようだ。
「あんたは探索者なわけ? というかどっかで見たことあるような……」
娘は少し考えてハッとする。
「そうだ。あんた闘牛士ね。闘牛場にいたわ。たしかソールヴァルド……?」
「そう、ソールヴァルドだ。君の名前は?」
「フン。私はソフィア。ソフィア・エリアス」
とその娘はふんぞり返って答える。
なんだ、偉くケンカ腰だな。
俺、お前と会ったことないんだけど。
とりあえず鑑定。
名前 ソフィア・エリアス・ガルシア
種族 森エルフ
職業 剣士
レベル6
ヴァイタル 41/41
スキルポイント 10P
種族スキル 精霊赤魔法
スキル(4/9)
【剣術レベル2】【短剣術レベル2】
【家事レベル1】【裁縫レベル1】
ふむ。剣術の訓練はしてるわけか。
でも俺と接点はなさそうだ。
「まあ自己紹介も終わったし通してくれるかな。それとも君も入るの?」
「むう。あたしのこと全然知らないのね。いいわよ、別に……」
ソフィアは何かブツブツ呟いてる。
何なんだこの娘は。
迷宮入るならさっさっと入ればいいのに。
あっ、そうか。
「ソフィア、君迷宮初めてなのか?」
「そ、そうよ。何か文句でもあるの? 悪い?」
「いや別に、でも迷宮入ったこと無いなら、色々教えてあげるけど」
そう、初心者を見かけたら色々教えてあげろって、イレーネも言ってたしね。
しかしソフィアはその提案がお気に召さなかったらしい。
「い、いいわよ。私だって1人でできるもん!」
そう言うとソフィアは迷宮入り口の扉を開けて、ズンズンと中に入っていった。
なんかややこしい感じの女だなぁ。
おっと、俺もさっさと迷宮に降りようっと。
「何よ、ついてこないでよ」
回廊に出て、後ろから俺がやって来るのに気がついたソフィアが、
振り返って俺に文句をいう。
「ついて来るなって、ここ1本道だよ。俺だって探索するんだから。それより回廊で大声上げると……。あっ、来た」
予想通り、声で存在に気がついたのか、回廊から3匹のゴブリンが叫びながら近づいてきた。
「私がやる。手は出さないでよ!」
そういうとソフィアはレイピアと湾曲短剣を引き抜く。
おっ、二刀流か。
ソフィアは左手の湾曲短剣を前面に突き出し、レイピアを胸の前で立てる。
剣術では、二刀流の技術があるが、
それは日本の二刀流とは微妙に違う。
左手の短剣を突き出してけん制、右手のレイピアの突きで攻撃する。
左手の短剣はあくまでカット専門で、敵の攻撃を防ぐために使う。
いわば、盾の代わりだな。
短剣での攻撃はあまりしないが、シールドバッシュのように、
敵にダメージやかく乱を狙っての突き攻撃はある。
とはいえ、盾とレイピアに比べると難易度は高いのだが。
できれば湾曲短剣じゃなくて、
護拳付きの短剣のがいいんだがな。
湾曲短剣だと攻撃は弾くのがメインで受けられん。
と考えているとソフィアにゴブリンが間近に迫ってきた。
俺も剣を抜いて、ソフィアと後方を警戒する。
ゴブリンは個人の速度差があるので、ほぼ3匹が縦に並ぶ。
ソフィアはフットワークを用い、自分の正面やや右の攻撃最適ポイントに1匹目を捉える。
ソフィアが短剣を突き出すと、ゴブリンは一瞬動きを止める。
「ハッ」
その隙にソフィアは本命のレイピアで突き入れる。
突きはゴブリンの左肩に命中。しかし打ち抜けない。
ゴブリンが棍棒で反撃するも、ソフィアは2歩後退してかわす。
いや、今のは後退する必要はない。棍棒は届かない。
続けて2発目を出せば良かったのに。
棍棒が空振りしてから、ソフィアは突きを繰り出し、ゴブリンの頭部を打ち抜いた。
こいつは致命傷だ。1匹目のゴブリンを倒した。
上手い……のか?
どうもイレーネに比べると、動きがぎこちないな。
ほとんど実戦経験が無いのだろう。
2匹目がやってくる。3匹目はすぐ後ろだ。
ソフィアは2匹目のゴブリンの足をレイピアで攻撃。
突き刺したが打ち抜けてない。
ゴブリンは棍棒を振るも、ソフィアは回避。
左手の短剣で棍棒を持つ腕を突き刺す。
ゴブリンは棍棒を落とす。
チャンスと見たソフィアは接近してレイピアで連続攻撃。
って、この状況だとバックジャンプしながら打ち落としのマッシュだろう。
連続攻撃もスピードが無いし、後ろに3匹目が控えてるんだが。
予想通りソフィアが2発目の突きを放っている時に、3匹目が前に出て棍棒を振るう。
あぶねぇー。ゴブリンは焦って攻撃したせいか、ギリギリでソフィアに当たらない。
あれは単に運が良かっただけだな。
もう少し前進して棍棒を振るえば、ソフィアの左腕に当たっていただろう。
どうもソフィアの注意力が前に集中しすぎだな。
2匹目のゴブリンを倒したソフィアは、3匹目を相手にする。
今度は危なげなく3匹目を倒す。
「フン。どんなもんよ!」
ソフィアは自慢げにこっちを見てから、ドロップ品を背中のバックパックにしまう。
「もうついてこないでよね!」
「あっ、ちょっ……」
そう言うとソフィアは、回廊から部屋に入っていった。
ああ、まあいいけどさぁ。
先に回廊の敵を潰してから部屋に入らないと、危ねえだろうが。
後ろから奇襲を受けるぞ。
そういうのを生き埋め現象って言うんだ。
まあソフィアの腕なら、危なっかしいけど、
ゴブリン6匹ぐらいなら戦えるか。
でもなぁ、凄い気になるんだけど。
経験上こんな風に心配してる時は、
大抵何も起きないんだがな。
それにあいつが来るなって言ってるんだから、
ほっといていいだろう…………。
…………。
しゃあねえな。
ソフィアの近所で回廊の敵を始末するか。
まったく、何で俺がそんな気を回さなきゃいけないんだ。
と、ゴブリンの叫び声と剣を振る音が聞こえる。
どうやらソフィアは戦闘に入ったようだ。
む。
先の回廊からもゴブリンが6匹やって来た。
俺に向かって走ってくる。
戦闘音に引き寄せられたな。
俺は手甲剣を構え、
ゴブリンにこっちから突っ込んだ。
俺は走りながら突きを繰り出し、1匹目の胸を打ち抜く。
引き抜いて、2匹目の腹を突き刺す。
バックステップで3匹目の頭をかち割り、
横なぎで4匹目の首を飛ばす。
再び突進し、5匹目の顔面を打ち抜き、
横に飛んで6匹目の胸を、横から貫く。
敵は全滅。6匹潰すのに1分しか経過してない。
スキル【一撃刺殺】を手に入れてから、
どうも敵に致命傷を与える場所が分かるようになってきた。
今の俺ならゴブリン程度、鼻くそをほじりながらでも倒せるな。
実際にはやらんが。
あっ、ドロップ品拾わないと。
しばらくすると、少し離れた所で戦闘音が聞こえた。
ソフィアは、前進して別の部屋へ移動したようだ。
俺も回廊を前進する。
しかしな。俺が回廊の敵を潰すのはいいんだが、
自由に移動可能な敵を、全て潰しているか確認ができんのだ。
部屋の中を移動している敵はこっちからは見えん。
回廊は大丈夫だが、ソフィアのいる場所に、部屋伝いに回られると危険だ。
俺がソフィアがいる部屋への最短ルートを考えてると……
「きゃああああっ!!」
ソフィアの大きな叫び声が聞こえた。
「ちっ!」
俺はソフィアのいると思われる部屋に走った。
第13話 「少女剣士」
⇒第14話 「パーティ結成」




