閑話 「おにいちゃん大好き」
私はマリベル・ローズブローク・カリオン。
リリアの町に住んでる。
今年で15歳になる人間族の女の子だ。
私にはお兄ちゃんがいる。
なんか悔しいけどカッコイイお兄ちゃんだ。
最近色気づいてるのが不安になる。
私の心の中でのお兄ちゃん。
最近はその存在感が、だんだん大きくなっている。
だから不安。
少し昔の話をしよう。
私の記憶を限界までさかのぼる。
小さい時の場面は断片的だ。
だけどハッキリ覚えている箇所もある。
あれはいつだったか、バアルの風が来た時だと思う。
皆騒々しく大工仕事をしていた。
夜になって、雨がザーザー降って、雷が鳴り出した。
ピカッてお外が光って。
ドドンと大きな音が鳴り響く。
最初は大丈夫だったけど、しだいに雷は大きくなる。
そのうち雷の音が鳴るたびに、家が少し揺れ、音が体に響く。
私は毛布をかぶって怖いのを我慢する。
でも私は今にも泣きだしそうだった。
するとお兄ちゃんが隣に座って、黙って私の手を握ってくれた。
お兄ちゃんはいつもそう。
私が怖いと思っていると、近くにやって来て手を握ってくれる。
その手が暖かくて、私はいつのまにか安心する。
母がなにかしら言って、お兄ちゃんは私から離れてベッドの準備をする。
私は不安になってお兄ちゃんに抱きついた。
「ここなら平気だよ。今日は一緒に寝ような」
お兄ちゃんは私を一緒にベッドに入れてくれた。
私はお兄ちゃんにしがみつく。
お兄ちゃんは、優しく私の頭を撫でてくれて、手も握ってくれた。
あいかわらず雷は酷かったけれど、私はなんとか眠れた。
ソールヴァルド。
それがお兄ちゃんの名前。
綺麗な金色の目で、白い肌に黒い髪。
頭には6本の角が生えている。
そして私を見る目はいつも優しげだった。
これが私のお兄ちゃん
その時の私はそう信じて疑わなかった。
それから1年ぐらいが経った頃か。
私は教会の日曜学校に通うことになった。
ここで文字や算術を習うのだ。
だけどお兄ちゃんはいない。
お兄ちゃんは子供の頃からなんでも出来た。
算術も文字の勉強もすでに終わって、
今は父と剣の訓練をしている。
だから日曜学校で習うことは何もないのだ。
一人で寂しかったけど、すぐに気の合う友達が出来た。
ジェマちゃんとヌリアちゃんという人間族の女の子だ。
そしてしばらくしてジェマちゃんの幼馴染を紹介された。
それが後に私の親友になるマルガリータちゃんだった。
マルガリータ・アイスコレッタ・リベラ。
華美な服を着て、いつも人形を持っている。翼魔族の変わった女の子だ。
すごく顔が綺麗な子だったけど、最初私はどう接すればいいか分からなかった。
なんでもお金持ちの子らしいし、表情は乏しく、話し方も静かだったので、凄くとっつきにくかったのだ。
だけど、うちとけて来ると不思議とウマがあった。
私がペチャクチャ喋って、彼女がウンウン聞いてくれる。
乏しいと思った表情も、慣れてくると小さな違いが分かってきた。
感情の起伏が少ないということは、逆に言えば滅多に怒らないということであり、むしろ普通の人よりも付き合いやすかったのだ。
それに頭も良くて、計算も文字の勉強も教えて貰うことが多かった。
さらにこの歳で、スキル【人形作成】【人形操作】まで持っていて、人形を作ったり、操ったりできるのだ。
なんでも代々人形魔法師の家系で、貴族に人形を売ったりしてお金持ちになったらしい。
彼女はお兄ちゃんと同じくらい凄い子だった。
凄いマルガリータちゃんに置いていかれないように、私は家でも勉強するようになった。
お兄ちゃんもたまに来て、勉強方法や文字など色々教えてくれた。
でもそんな時は、大抵私の頭の中に知識が入ってこなかった。
原因はお兄ちゃんの声。
まるで魔法が込められているような声。
近くで聞いていると、頭の奥が痺れてきてボーッとなってしまう。
気がつくと、言葉の内容より声そのものを聞いている。
頭の中に凄く残る声で、耳元で話されると体の力が入らなくなる。
なので勉強の時はお兄ちゃんが邪魔なのだ。
ジェマちゃん、ヌリアちゃん、マルガリータちゃん。
3人と一緒に遊ぶようになって、よくお互いの家にいった。
よく行くのはマルガリータちゃんの所だ。
あそこは家が大きいし、おいしいお菓子も出してくれる。
そしてある時、私はついに気づいてしまったのだ。
ジェマちゃんとヌリアちゃんは人間族。
だからお父さんとお母さんも人間族。
マルガリータちゃんは翼魔族。
だからお父さんとお母さんも翼魔族。
魔族と人間が結婚すると。
その子供は魔族か人間、どっちかになる。
ハーフは生まれにくいらしい。
と、マルガリータちゃんは言っていた。
私のお母さんとお父さんは人間族。
私は人間族。
お兄ちゃんは魔族。
あれ? あれれ?
じゃあお兄ちゃんは?
お兄ちゃんはお父さんとお母さんの子供?
ひょっとして、お兄ちゃんじゃないの?
それに気づいてから、そのことから頭が離れなくなった。
ぐるぐるぐるぐる渦を巻く。
そして考えて考えて。
お母さんに思い切って聞いてみることにした。
午前中の家。
お父さんとお兄ちゃんがいないのを確認。
台所にいるお母さんと所へ行く。
「お母さん……」
「あらマリベル、どうしたの?」
「あ、あの、聞きたいことがあるの……」
私たちは居間に移動する。
お母さんはお茶を入れてくれた。
「あの……あのね。お兄ちゃんは、本当のお兄ちゃんなの?」
それを聞いたお母さんは、優しく微笑みかける、
「どうして、そう思ったの?」
それから、私は自分で考えたことを、全部お母さんに話した。
「うん。マリベルもそこまで気づくようになったか。子供の成長って早いものね」
「じゃあ、お兄ちゃんは?」
「そうね。血は繋がっていない。いいわ。全部教えてあげる」
その後、お兄ちゃんとの出会いから今までのことを、お母さんは説明してくれた。
驚いた。本当に驚いた。
カプセルで漂流していたこと。
その中には金や宝石が沢山入っていたこと。
未知の魔族の種族。
そして私が生まれた時の話。
お母さんに案内されて、物置に置いてあるカプセル。
ゆりかごのようなカプセルも見せてもらった。
読めない文字が書いてあって、ピカピカ光ったカプセル。
お兄ちゃんはこれに乗ってきたんだ。
さらに驚いたのは、お兄ちゃんが流された時の記憶を持っていること。
お兄ちゃんは、私達と血が繋がっていない。
それを昔から知っていたのだ。
そう言われれば、お兄ちゃんはいつも1歩引いていたように思う。
私がお父さんやお母さんに甘えている時も、
お兄ちゃんは少し離れて、見守っていた。
なんか悪いことしちゃったかな。
お兄ちゃんの本当のお父さんやお母さんは、どこにいるか分からない。
きっと寂しくて悲しい時もあったんだろう。
それでもお兄ちゃんは、私に優しくしてくれた。
私が兄と同じ立場だったらどうしただろう?
とても耐えられなかったかも。
妹をいじめていたかも知れない。
一通り話した母はしゃがんで、私の両肩に両手を乗せる。
「それでね。マリベルにお願いがあるの。これからもお兄ちゃんと仲良くして欲しいの」
「うん……。血が繋がってなくても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「ありがとうマリベル。あなたは優しい娘だわ」
お母さんは私を抱きしめてくれる。
少し目に涙が溜まっていた。
私もお母さんをギュッと抱く。
その後、夕食の準備をお母さんとしていると、お父さんとお兄ちゃんが帰ってきた。
何故だか私はお兄ちゃんを真っ直ぐ見れなかった。
「ん、どうしたんだマリベル?」
お兄ちゃんは無意識に私の手を握る。
私の胸は高鳴って、体が熱くなる。
私は手を振りほどいた。
「やめてよお兄ちゃん。私はもう子供じゃないんだから」
「ガーン。妹に拒否られるとは。思春期か? もう思春期なのか? セキハンか、セキハン炊くべきなのか?」
お兄ちゃんは分からないことを言う。
たまにお兄ちゃんはよく分からない言葉を使うのだ。
セキハンって何?
私はお兄ちゃんが好き。
血が繋がっていなくても好き。
それは兄妹としての好きだったと思う。
でもこの日から、私の心の中で何かが変わった。
***
「はあっ」
私はため息をついた。
最近の私はなんか変。
お兄ちゃんを見ていると、
とっても胸が苦しくなる。
なんだか熱くてキュッとする。
なんとも無いフリするけれど、
気づくと胸がせつないよ。
「他の人には内緒にして、お願いね」
思い余って私は、ジェマちゃん、ヌリアちゃん、マルガリータちゃんに相談してみた。
兄の話を聞いたマルガリータちゃんは、キラーンと目を光らせた。
「それは……、恋ね」
「恋……」
「うん。お兄ちゃんと血が繋がっていない。……だから恋の対象になった」
さすがマルガリータちゃんは賢い。
そうか、これが恋というものなんだ。
「えー、恋なの? 私もマリベルのお兄ちゃんが見たいなぁ」
「わたしもー」
ジェマちゃんとヌリアちゃんがお兄ちゃんに興味を持ってしまった。
なんとか断ろうとしたけど、結局押し切られて、今度の私の7歳の誕生日の時に、お兄ちゃんに会わせる約束をしてしまった。
はあっ。
日曜学校が終わって、私は家に帰る。
夕方、まだ誰も帰ってきてない。
お兄ちゃんはまだ図書館にいるのだろう。
私は2階に上がり、お兄ちゃんの部屋に入る。
お兄ちゃんのベッドに倒れこんだ。
お兄ちゃんのベッド。
お兄ちゃんの香りがする。
私は頬を赤らめて、
そっとベッドで眼をつぶる。
こんな静かな時間には、
昔の自分を思い出す。
あなたはずっと知っていた、
ずっと前から知っていた。
とても悲しく苦しくて、
それでも笑顔を絶やさずに、
私を守っていてくれた。
私が不安で泣いてるとき、
あなたは黙って手を握る。
思えばずっとそうだった、
ずっと前からそうだった。
何も知らない私でも、
気づけばそばで見てくれて、
私を優しく包んでた。
初めて全てを知ったとき、
あなたの想いに気がついた。
もうあの頃には戻らない、
私の気持ちは戻らない。
いつか時間が来たのなら、
私の気持ちをうちあけよう。
いつも支えてくれていた、
お兄ちゃんにうちあけよう。
だけど気持ちを持て余す。
私の想いはせつなくて、
とっても苦くて悲しくて
私はシーツを握りこむ。
「「「お誕生日おめでとー」」」
私の家で誕生会が開かれた。
ジェマちゃん、ヌリアちゃん、マルガリータちゃんがお祝いしてくれる。
それぞれ用意してくれたプレゼントを、お礼を言って貰う。
しばらくお話してたけど、私は緊張していた。
事前にお兄ちゃんから、プレゼントを持ってくると言われたからだ。
その時に皆にお兄ちゃんを会わせることになる。
もうそろそろかな……
するとお兄ちゃんがドアをノックして、顔を見せる。
「おめでとうマリベル。今、いいかな?」
お兄ちゃんが部屋に入ってきた。
持ってきたプレゼントの小さな銅像を受け取った。
「マリベル、俺からのプレゼントだよ。お前の銅像を作ってみた」
「あ…、ありがとう。ソールお兄ちゃん」
私は顔を火照らせながら、なんとか答える。
プレゼントをゆっくり見る余裕が無い。
だって……
「あれがお兄さんだって、なるほど……」
「凄くカッコイイね。それはやっぱりねぇ」
「……6本角。未知の種族……」
とか後ろでコソコソ話してるんだもん。
やめてよね。
お兄ちゃんに聞こえるじゃない。
注意しようと後ろを振り返って、私はギョッとした。
マルガリータちゃんが目を輝かせて、こっちにやって来る。
マルガリータちゃんは、お兄ちゃんが作った銅像を凝視してつぶやく。
「……すごい。こんな精巧な人形、みたことない…」
突然やって来たマルガリータちゃんを、お兄ちゃんは不思議そうな顔をして見ていた。
あっ、紹介しなくちゃ。
「あっ、この子はマルガリータ・アイスコレッタ。人形魔法師の見習いよ。人形も作るわ」
「なるほど、それで銅像に興味があるんだね。じゃあその手に持ってる人形も自分で作ったの?」
「……はい。よろしくお願いします。……お兄様……」
マルガリータちゃんの顔を見て、私はムカついた。
何、あの満面の笑顔?
私たちと一緒の時はあんな顔見せないクセに!
「そうだマルガリータ。お兄ちゃんにも魔法を見せてあげて」
彼女とお兄ちゃんの会話が続きそうだったので、私はとっさに話題を変えた。
魔法を見終わったお兄ちゃんは、気を使ったのか、すぐに部屋を出てくれた。
マルガリータちゃんが、ドアまでついていこうとしたので、私は体を間に挟んでドアを閉めた。
それからマルガリータちゃんは、
事あるごとにお兄ちゃんの様子を聞いてきた。
ひょっとしてマルガリータちゃんも、
お兄ちゃんのことが好きになったのかな?
嫌だなぁ。
マルガリータちゃんの顔は美形。
なんていうか気品のある顔だ。
頭もいいし才能もある。
凄くムカつく!!
私に勝ち目なんかないじゃない。
私は自分の中に、こんなに激しくて汚い感情があるのに驚いた。
マルガリータちゃんには色々世話されているのに。自己嫌悪。
ふいにマルガリータちゃんは私を見つめる。な、何?
「マリベル。お兄さんの声……。私の頭の中にずっと残ってる……」
「そう。やっぱりそう感じる……よね」
マルガリータちゃんもお兄ちゃんの声に気づいたか。
「マリベル。お兄さんに想い、早く伝えたほうが良い。……他の女に取られる」
「そ、そんなこと、できるわけないじゃない」
「じゃあ私が告白する。お兄さんを私のものにする」
「やめて!!」
マルガリータちゃんはフッと笑う。
「だったら……。取られないように、繋がりを深くすればいい……」
てアレ?
ひょっとしてマルガリータちゃんは、私にエールを送ってくれてるのかな?
うーん。でもなぁ。
お兄ちゃんの話を聞く時の嬉しそうな顔を見るとね。
油断はできないな。
その後、マルガリータちゃんはほとんど姿を見せることが無くなった。
ジェマちゃんに聞いてみると、最近マルガリータちゃんは、
家庭教師をつけて、人形魔法や剣術の練習を毎日しているそう。
町の外に出て狩りの練習もしているらしい。
お金持ちなのに、何故そんな事をするのか聞いてみると、
一言「……花嫁修業」と言っていたとか。
花嫁修業、たしかに結婚前に最低限身を守れるようにするため、
剣術や魔法を学んだりするけど、マルガリータちゃんの訓練は本格的な様子らしい。
どうして、今そんなことをする必要があるのだろうか?
家で夕食を食べていると、雑貨迷宮の話になった。
来年には母と共に、お兄ちゃんは迷宮に行くのだそうだ。
それを聞いてハッとした。
マルガリータちゃんは探索者になるつもりなのだ。
そういえば、探索者になるためお兄ちゃんが剣術訓練していることを、マルガリータちゃんにも話していた。
探索者になってお兄ちゃんとパーティを組めば、
お兄ちゃんと一緒にいられる時間がたくさんできる。
やっぱりマルガリータちゃんは賢いや。
数年先を読んで、今そのための準備をしてる。
でも私は負けない。
私も戦う技術を身につけて探索者になろう。
そしてお兄ちゃんのパーティに入れて貰うのだ。
だって私は、お兄ちゃんが大好きなんだから。




