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地平線から太陽が顔を覗かせた
夜の間に冷えきっていた空気があたためられていく
時々砂嵐が吹くそこは砂漠に囲まれた国だった
レンガでできた家々が並ぶ
その中の小さな家で市場で働く少女ルーネは目を覚ました
子どもではないが大人でもない、まだまだ未来は見えず将来性のある10代を生きる、そんな年頃だ
部屋の中は机やベッド、棚などシンプルなものばかりだ
身なりを正しマントを羽織り、フードを浅く被って早速市場へ向かう
「今日は新しい果物が入るんだよね」
楽しみで自然と駆け足になっていた
この国は他国と貿易をして食料などを得る
代わりに材料を加工して衣装や装飾品などを作って売っている
ほかにこの国唯一のオアシスの水や砂に埋まる金を売り、成り立っている
人々は裕福ではないが充実した生活を送っていた
「おはようルーネ」
「あ、おじさんおはよう!」
この市場で働く者の中でルーネは一番若い
「今日も早いねルーネ」
「うん!おはようおばさん」
しかし、ずっと真面目に働いてきたルーネは大人たちからの信頼を得ていた
市場の人とともに店の準備をする
「おじさん、新しい果物はいつ届くの?」
「たぶん夕方ごろだよ」
「私も荷を降ろすの手伝っていい?」
今回の果物は他の荷と一緒にラクダに乗って市場の男が持って帰ってくることになっている
数日前から若い男たちが出払っていた
「ああ、いいよ
それなら昼の店番はいいから、また夕方ごろにおいで」
「え、いいの?」
いつもなら昼休憩があってすぐに仕事だった
「お前は最近働きすぎだ
ゆっくり恋人にでも会ってこい」
真剣な声からからかい混じりの声になっていった
ルーネは頬を真っ赤に染め上げる
「なっ、ちが…フィンは!た、ただの…幼なじみ、ですっ」
やっとそれだけの言葉を紡いだ
この世界では1日2食が普通だ
ほぼ毎日この昼休憩の間にルーネはオアシスを離れることができないフィンに昼食を届けていた
「お昼の配給はじまってたよ
行かなくていいのかい、ルーネ?」
そこにタイミングよくおばさんがやって来た
「あ!い、行ってきます」
おじさんとおばさんにそう告げて市場の入口へ駆けていった
ここは人々みんなが助け合い、それぞれが自分の役割をきちんと果たして生活している、そんな国
主に働いている者が利用できるようにお金を払えば昼食を配給してくれる便利なシステムがある
ルーネとフィンもこのシステムを利用していた
今日はフランスパンのように長いパンとそれに添えられた少しのチーズとひょうたんのような瓜科の植物から作った水筒に入ったミルクと梨が配られた
お昼を受け取ったルーネはフィンの元へ向かった
市場を離れ砂漠を歩くと とても大きなオアシスが見えてくる
それだけで涼しくなったような気になる
そのオアシスのとなりに目的の一軒家がある
ルーネはその家の扉を叩いた
するとゆっくりと扉は開いた
しかしこの家の主は奥のベッドの中で丸くなっていた
ルーネにはすぐわかった
「魔力の無駄遣いしちゃだめだよ」
フィンが魔法を使って扉を開けたことが
「俺はそんなにヤワじゃない」
こういうやり取りにはもう慣れたものだったが最近会うことが少なかったせいか、そんな言葉でも返ってくることが嬉しかった
「ごはん持ってきたよ」
もそもそとフィンはベッドから起き上がってくる
「お仕事は休みなの?」
袋から二人分の昼食を取り出してテーブルに並べながら話しかける
「一段落ついたからしばらく休憩」
あくびをひとつしてからそう言い席についた
「今日は昼の店番がなくなって、新しい果物が届くから夕方の荷降ろしだけになったの」
台所からカップをふたつ取ってルーネはテーブルに戻ってきた
薄い黄色はフィンで桃色はルーネのカップだ
フィンがオアシスを守るようになってからルーネはこの家に来ることが増えた
それは夕食を作ったりなどしてフィンを支えるためだった
すると二人で夕食をとってそのまま家に泊まるということも増えていった
それは自然に、フィンの家にルーネの物が置かれていくようになった
カップにしてもそれひとつで生活感のある部屋になっていくことが、それが当たり前になることが二人の関係をよく表していた
「だから、その仕事が終わったらオアシスに来るよ」
「ああ、今日で3年か」
ルーネは幼い頃に両親を亡くし、祖父と暮らしていた
物心ついたときから市場で働く祖父の手伝いをしていたのだが、その祖父も3年前に亡くなった
だから今は市場で働きながらひとり暮らしをしている
そして命日の夜はこの広いオアシスに来て手を合わせるのだった
「うん…」
ルーネの視線は窓から見えるオアシスに向いていた
まわりには植物が生えているのだが、太陽の光を受けて水面が輝いているのがわかる
「おじいさんにはずいぶん世話になった、感謝してもしきれないくらい」
昔、ふたり暮らしだったルーネと祖父にフィンは拾われた
「あと…お、お前にも」
目を合わさず照れくさそうにフィンはいった
そんなことをいってもらえるとは思ってもみなかったのでルーネは驚きでいっぱいだった
嬉しくてあたたかい気持ちが胸に広がっていく
確かに今のフィンがあるのは二人のおかげといってもいい
「ううん、私もフィンにはすごく感謝してる」
当時を思い出すように目を閉じて話した
「家族が減ってしばらく経っても悲しくて、寂しくて…でも」
そこで言葉を切り、ルーネは目を開けてしっかりとフィンを見つめた
「フィンと出会って一緒に過ごして…なんだか生きる勇気をもらってた気がするよ」
向けられた優しい笑顔にどう応えればいいのかわからなくてフィンはルーネの額を人差し指で少し弾いた
「いたっ」
両手で額を押さえ抗議しようとしたルーネだが、頬杖をついて横を向いたフィンの耳が赤くなっているのを見逃さなかった
「そんなに痛くないだろ」
照れ隠しとわかっていても口からはそんな言葉しか出てこない
幼なじみだから通じるこのやり取り
気持ちを素直に言葉にできたらいえるんだろうか
守る、絶対に…