9 遺跡での朝
「・・・おはよう、オズ」
「おはよう、良く眠れましたか?」
朝、家で起きるのと同じ時間に起きたジュラを、既に起床していたオズウェルが出向えた。遅れて起きたうえに、朝食すら用意されていた。
――・・・おかしいなぁ、全然気付かなかった
用意されているのは、携帯食料の固めのパン。長期間保存の出来る果物。
「朝食にしますか?」
オズウェルが差し出す器からは、良い匂いのする湯気が立ち登っている。受け取ると、器の中は暖かいスープが満たされている。
――んー、朝から目が潰れそうなほど神々しい美形だねぇ。・・・流石に、もう慣れたけどもさぁ
ジュラは、どこか寝ぼけた思考でオズウェルの動向を見守っていた。両手で持つ器が左右に揺れ、中身のスープが波打っている。
――んー、美少年なのは昨日と同じで変化なし。変化がみられるのは・・・
寝ぼけた頭のまま、ジュラはオズウェルの様子を観察していた。
「・・・オズ」
「なんですか?・・・スープが零れますよ」
「オズ、また大きく、なってるよねぇ」
「・・・そうですね」
オズウェルが妖天の繭から出た直後、その姿は10歳前後の少年だった。三日間眠り続け、覚醒したあともそのままの姿だったのだが。覚醒から三日ほどたったころ、ジュラがある変化に気付いた。
オズウェル自身ではなく、彼が身に着けている衣服だ。丈が短くなり、手首足首が僅かに覗いていた。 そう、オズウェルは急激に成長していたのだ。
オズウェルは目覚めたあと一週間ほどで、数年分の成長をとげた。その後ややゆっくりになったが、それでも通常よりも遥かに早い成長速度だった。
急激な成長、或いは老化は合成獣では稀に見られる、副作用の一つである。オズウェルの肉体に起きている変化も、その副作用である可能性が高い。しかし、オズウェルの合成自体が解明していない点が多く、対処は殆ど出来ていない状態だった。
唯一している対処は、服に特殊な魔法を織り込み、着用者の身体に合わせて変化するようにしていることだ。
「服が、自動で身体に合わせてくれるので、あまり気にならなくなりましたけどね」
「・・・そう」
あまりにも成長が急激なために、それに合わせて服を製作するのが困難なためだった。
この一ヶ月ほどで、オズウェルは15、6歳に成長していた。少年と青年の境にいるオズウェルは、幼さと甘さが抜け落ち、変わりに逞しさと男らしい色気が見え始めていた。
――・・・なぜだろう、美しさでも、色気でも負けている気がする
どことなく釈然としない気持ちを抱えながら、ジュラはスープを一口啜った。携帯用の即席スープだったが、寝起きのジュラには十分おいしく感じる。
「ところで、オズウェルの用事って、こんなにのんびりしていても大丈夫?」
朝食が終わり、食後のお茶をのんびりと飲みながら、ジュラはふと思い出した。家にいるのと同じように寛いでしまっていたが、この遺跡に来たのはオズウェルの用事も含まれている。
「ええ、問題在りません。もう、暫らくゆっくりしていましょう」
「ん?そう?・・・まぁ、オズがそういうのなら、構わないけど」
オズウェルの言葉に、若干の疑問を感じながらも、彼自身がそう言うのであれば構わないのだろうと、ジュラも深く追求しなかった。
その後、ジュラはもう一度遺跡の調査をする事にした。昨日、一通りの調査は終えていたが、念のためにもう一度屋根の部分を調べることにしたのだ。
ジュラは屋根の頂上に辿り着くとそこに座り、昨日苔を取り除き剥き出しにした岩の部分に手を当てた。
指先に魔力を集め、岩に意識を集中する。
ジュラの魔力を糧に、岩に刻まれた記憶が再生されていく。魔力を調整して、再生される記憶を選別していく。
「んー?これは、転移の魔法陣ではあるけど、行き先は魔の森では、ないなぁ」
無生物である岩の記憶は断片的で、曖昧なものだった。その中から、魔法陣についての情報を選び出していく。描かれていた魔法陣は、転移のためのもののようであったが、行き先は魔の森ではないようだ。行き先の特定は、不鮮明な記憶からは出来そうもない。
「・・・一体どうなっているんだ?」
遺跡の屋根の上で、ジュラは腕組をして考えていた。
オズウェルが話していないことは沢山ある。それは、オズウェルが目覚めてからジュラがずっと感じていたことだ。その事に関しては不満はない。必要になれば彼も話してくれるだろうと、ジュラはそう感じていた。
「んー、まぁいいか。ここでは、これ以上何も分かりそうもないし」
ジュラが遺跡の調査に見切りをつけ、オズウェルとヴァスがいる野営地に戻ろうとしたとき、身に突き刺さるような殺気を感じた。
方角は彼らがいる方向である。
「え、ええ!何ごと」
ジュラは肩に背負っていた弓を手に持ち、矢筒を確認しながら、素早く遺跡から駆け下り彼らの元へ向う。
野営地は、走れば五分も掛からない場所に確保してある。
「ヴァス!」
遺跡から降りたところで、野営地の方向からヴァスが駆けて来た。だが、その背にオズウェルの姿はない。
ジュラはヴァスの背に乗り、野営地へと急いだ。
たどり着いたそこには、
血の海が広がっていた。
オズウェルを見つけた魔の森での惨状を思い出させるような、凄惨な光景が広がっている。
違うところと言えば、あの時は魔剣にその身を貫かれていたオズウェルが、血の海の中で返り血一つ浴びずに、佇んでいるところである。
「・・・一体、どうなっているんだ?」