8 ソルスト帝国
短めです
時はさかのぼる。
一ヶ月ほど前、オズウェルがジュラの元で目覚めた満月の日まで。
ソルスト帝国の帝都クリスタバル。その帝国の城の一室に三人の男がいた。
一人は豪奢な椅子に座り、椅子に負けぬ豪華な衣服を身につけた壮年の男だ。もう一人は壮年の男の右手に立ち、純白のロングローブを身につけ、見事な白髭を蓄えた老人である。最後の一人は白銀の鎧を身につけた騎士で、部屋の中央を落ち着き無く歩き回っている。
「落ち着きなされ、グラジオラス殿下」
白髪の老人が、白銀の騎士を宥めるように声をかけた。壮年の男は、瞑想するかのように目を閉じている。
「ドゥーバ卿!この非常事態に、落ち着いてなど、いられるか!」
グラジオラス殿下と呼ばれた騎士は、白髪の老人、ドゥーバ卿に噛み付くように怒鳴り返した。本来で在れば、人目を奪う秀麗な白い顔は高潮し、目は血走り鬼気迫る様相をかもし出している。
「そもそも!このような事態に陥ったのは、貴殿の用いた術に、欠陥があったためではないのか!」
グラジオラスは今にも掴みかかりそうな勢いで、ドゥーバ卿に詰め寄った。
ドゥーバ卿の表情に変化は見られないが、その目は鋭く剣呑な雰囲気をかもし出している。
「私の術に、落ち度があったと?申されるのか」
「そうだ!それ以外に原因は考えられん!!時も場所も、完璧だった。用意した素材にも不足はない!」
グラジオラスは声高にドゥーバ卿を攻める言葉を吐く。
「しかし、私はそちらにも原因が、在った様に思われますなぁ」
「なんだと!」
「私は、素材の状態が完璧ではなかった、という可能性もあると思いますのぉ。それに、最後の仕上げをしたのは、殿下ですからな」
「貴様!」
グラジオラスの顔はますます赤くなり、今にもドゥーバに殴りかかりそうである。ドゥーバ卿も表情こそ変化は見られないが、苛立った雰囲気が隠せなくなっている。
「やめよ」
終わる事がないように思えた2人の諍いを止めたのは、今まで沈黙していた壮年の男だ。
男の声は低く、深みのあるものだった。顔つきは厳しく、顎鬚が威厳と畏怖を与える体格のよい男である。
「見苦しいぞ、グラジオラス」
「っ、陛下!しかし、このままでは」
「分かっている」
陛下と呼ばれた男は、グラジオラスの言葉に短く答えると、椅子から立ち上がった。男はゆっくりと窓辺まで歩いていく。
「この事は、周辺諸国はもちろん、国内の貴族にも洩れさせてはならん。未だに、帝国内は落ち着いていない地域も多い」
眼下に広がるのは、帝都クリスタバルの街並みだ。早朝である今は、人気をあまり感じないが、あと一時間もすれば人々が行き交い、賑やかな一日が始まるであろう。
「だが、三ヶ月後には、聖護天の祭りがある。それまでには、何としてもみつけだせ。良いな、グラジオラス聖騎士団長、ドゥーバ魔道大臣」
男は有無を言わせぬ口調で、2人に命じる。
「全て、秘密裏に行うのだ。決して、知られてはならんぞ。・・・我が国の聖剣レーヴァティンが紛失していることを」
「はっ、承知」
グラジオラスとドゥーバ卿は、短く了解の返答をすると部屋を退室した。2人が部屋がら出ていくと、男は中央に立ち、先ほどまで自分が座っていた椅子の後方に視線を向ける。
そこには、一振りの剣が掲げられていた。美しい鞘に収められた剣は、片手で振るうのは難しそうな大きさである。
「何処へ消えた?」
男の顔は険しい。
「剣だけでなく、死体までも」
そして、男の両目は紫水晶を思わせる、紫眼であった。