6 大地の女神
ジュラは、一年の半分を素材集めの旅に費やし、残りの半分は家での制作の時間に充てている。
制作するものは、防具、武器、などの魔具が中心だ。薬なども作るが、自分自身が使う程度にしか生成していない。
魔具を制作するときは、家から少し離れた制作工房で制作し、属性などの魔法付加を加える場合は、霊樹の地下で行う。
制作した魔具は、特別に気に入ったものを除いて、人に売ったり材料と交換したりしている。
ジュラと取引をしているのは、エルフ、竜人、獣人などの亜人が中心だ。しかし、材料を求めて地底のドウェルグのところや、人間の街にも出向いたりする。
ジュラの作りだす魔具は、装飾よりも実用重視に作られている。付加されている魔法効果も、武器が持つ本来の長所を伸ばし、或いは短所を補うように施されている。
そうした結果、装飾に重点を置いていないのにも関わらず、削ぎ落とされた実用美を伴うようになった。
それらの魔具は、職人種族であるドウェルグたちにも認められているほどである。
ジュラの魔具には特有の刻印が刻まれているのだが、大地の女神であるユミルを模したその刻印から、ユミルの魔具と呼ばれるようになっている。
制作に没頭してしまうと、寝食を忘れて集中してしまう。好きなことは魔具の制作と昼寝。嫌いなことは面倒事と強すぎる陽射し。そして、魔力を宿した宝石、魔石を蒐集している。
トウヘッドの白金色の髪は、肩につかない程度で切りそろえられている。瞳は凍てつく湖のような薄い青。白い肌は滑らかで真珠のような光沢を僅かに帯びている。身長は150センチを僅かに超えるくらいで、小柄で華奢な体躯である。
容貌は絶世の、と言うほどではないが、多くの人が美しいと判断する顔つきである。
以上が、オズウェルが一ヶ月ほど一緒に生活して分かったジュラについての情報である。
そう、オズウェルが目を覚ましたあの日から、一ヶ月が経とうとしていた。ジュラはオズウェルの処遇について暫らく迷っていたようだが、オズウェルを助けたのは自分だし、人間ではない得体のしれない何かに合成してしまった責任もあると、オズウェルと生活をすることに決めたようだった。
「ソルスト帝国へ、行くのですか?」
「うん、次の旅はね」
夕食の時間。向い合わせに座り、豆のスープと小麦のパンという質素な食事の席のことである。オズウェルはジュラの言葉になんともいえない表情をした。
「オズウェルを魔の森に飛ばしたっていう、魔法陣を確認しておきたいな、てね。魔剣についても、何か分かるかもしれないし」
ソルスト帝国はオズウェルが騎士であったという国だ。中央大陸の西側に位置する巨大な軍事国家である。人間中心主義を推し進めているため、亜人と取引することが多いジュラは、一度も訪れた事のない国だ。
「・・・遺跡を視るだけだから、三日も掛からない予定だけどねぇ」
ジュラの話し振りから察するに、一人で行くつもりなのだろう。
「私も、同行してよろしいですか?」
オズウェルの言葉に、ジュラは僅かに戸惑うような視線を向けた。ジュラは、オズウェルが過去の記憶を刺激する場所を訪れる事で、傷つくことを心配しているようだ。
「大丈夫です。記憶は残っていますが、何処か断片的で曖昧です。今では現実味も薄れています。それに、私も国で確認したい事がありますから」
ジュラは多少迷っているようだったが、オズウェルの故郷でもあるので同行する事を認めた。
出発は三日後の早朝となり、それまでは、旅の準備を整えることになった。
****
空に満月が輝いている。一ヶ月前、自分が生まれ変わったあの日と同じ、満月の夜である。
夜も深まり、森の生き物も牧場の騎獣たちも、そしてジュラも寝静まっている。オズウェルは一人、霊樹の根元に来ていた。オズウェルが産まれ出でる際、多くの魔力を失い枯れかけた霊樹は、何とか持ち直し、新しい葉を芽吹かせ始めている。
オズウェルは、まだ完全に回復していない皹割れた幹を撫でながら、そっと溜息をついた。
ジュラは霊樹の魔力の枯渇は、魔法と魔術の不適切な融合により引き起こされたと考えているようだ。だが、霊樹の魔力の枯渇はオズウェルがその魔力を吸収したために起きたものだ。
あのときジュラが、霊樹が枯れ果ててしまうことを厭わなければ、オズウェルは全ての魔力を吸い取るつもりだった。
そうなっていたなら、このような中途半端に幼い姿ではなく、完全な成体として出てくることが出来たはずだ。
幼く生まれてしまったこの身体は、未だに力を全て使うことができない。
オズウェルは霊樹の根元から離れると、月光の降り注ぐ、家の前へと歩いていった。
月光の中を進むにつれて、オズウェルの身体に変化が現れる。徐々に成長しているようだ。家の前に辿り着くころには、美少年の代わりに美しい男がそこに立っていた。漆黒の髪に異色の瞳、オズウェルの特徴を残しつつ、子どもの可愛らしさや甘やかさが抜け落ち、研ぎ澄まされた刀身のような鋭い気配の男だ。
オズウェルは成長した姿のまま家に入り、二階の寝室へと続く階段を上がる。寝室の寝台の上ではジュラが気持ちよさそうに寝ていた。
ジュラはオズウェルのこの姿の事を知らない。知っていれば、同じ寝具で寝ようなどと、思わないだろう。
オズウェルは寝台を揺らさぬように、そっと腰掛けると、ジュラの頬に優しく触れた。ジュラが起きる様子はない。暫らくの間、ジュラの寝顔を見つめていたオズウェルだが、額に口づけを一つ落とすと、そっと傍を離れた。
次の瞬間には、見慣れた美少年の姿で寝台の横に佇んでいた。
「だめだな、まだ足りない」
オズウェルは幼い顔には不似合いな、険しい声で呟くと、溜息を一つ落としてから、ジュラの横に滑りこんだ。
ジュラは隙間から入ってきた冷気に、僅かに眉根を寄せたが、直ぐに規則正しい寝息をたて始めた。
オズウェルがジュラに伝えていないことは沢山ある。少年の姿が本当の姿ではない事。人間であったころのこと。遺跡と魔の森で起きた事件。そして、魔剣の正体と消えた魔具の行方。
それら全てをオズウェルはジュラに話していない。そのわけは、オズウェルにとって、それらが些末なことだからだ。
過去の自分も、過去に自分の身に起きた事象も、もはやオズウェルにとって何の価値にないものになった。
そう、ジュラの手によって生まれ変わったあの日からに。