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私の最高傑作は冥王です  作者: 屋猫
第三章 魔女と人
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1 暴動

 ソルスト帝国では、突如現れた魔獣の群れによって帝都クリスタバルが壊滅的被害を受け、奴隷達の魔術印がその効力をなぜか失い始めた。


 最も酷かったのは帝国の中心部である。計画的に反乱が起きていた南部は、ある程度の秩序が生まれ始めていたが、中央は突然奴隷から解放された人々によって大混乱に陥ったのだ。


 混乱は暴動となり、暴動は加熱し、やがて一方的な暴力へと姿を変えていく。

 自由を取り戻すための戦いは、積年の恨みと怒りを晴らすための復讐へと変貌していった。


 帝国は奴隷であった者達と、虐げていた者達の立場が急速に逆転し始めることになる。


 故郷から引き離され見知らぬ土地で奴隷とされていた者たちは、帝国に対する恨みだけで結束していた。

 彼らの行動には帝国が滅んだ後の展望など無く、帝国のすべてを破壊していった。


 帝国の南部はコスタとナスタを中心に反乱軍が組織されていた。そのため、突然の魔術印の消失や帝都での混乱後も、中央とは違いある程度の落ち着きを見せていた。

 

 「だめだな。中央はもう収拾がつかないほど混乱している」


 「突然の魔術印の解放だけならば、暴動はここまで広がらなかったかもしれないな」


 「事前に広まっていた魔女の噂の所為か」


 「ああ、暴動を起こしている者達は魔女のことをユミルの魔女と呼んでいる。自分達を導く者だと言っていた」


 「・・・まずいな、このままでは」


 「帝国全土が、焦土になりかねん」


 コスタの砦では反乱軍の構成員が深刻な顔で話していた。そこにはエディッツとカザムの姿も見える。


 「エディッツ、今回の件に魔女は関係しているのか?」


 一人の兵士がエディッツに尋ねる。エディッツはその質問に面倒そうな視線を向けた。


 「分かるわけねぇだろ。俺が魔女に会ったのは一度だけだ」


 「では、魔女が関係していない、とも言い切れないな」


 「・・・・・・」


 暴動が起きている中央では、噂の魔女はユミルの魔女と呼ばれ帝国からの解放の象徴となっていた。


 「このままでは、帝国が滅亡したとしても、後に残るのは死人と焦土だけだ」


 姿の見えない魔女が中央で称えれる一方で、南部の反乱軍では帝国どころか全てを破滅に導いているのでは、という考えが生まれ始めていた。


 「とにかく、現段階では中央に接触する事は危険だ。南部でも、中央の暴動に触発されている者もいる」


 集まっている者たちの顔色が深刻になってきた所で、カザムが口を開いた。


 「暫らくの間、中央との接触は最低限にする。中央から入ってくる者達にも気を抜くな。暴動を扇動するものがいるかもしれん。状況の悪化によっては、傭兵達を雇うことになるだろう」


 カザムの発言に集まった者達は重々しく頷いた。

 帝国の南部は暴動で荒れる中央と非戦闘員の人々が接触することにより、彼らが触発される事を恐れていた。


 「エディッツ」


 話し合いが終わり、部屋から出て行くエディッツをカザムが呼びとめた。

 

 「・・・なんだよ」


 「おそらく、今回の件には魔女は関わっていないだろう」


 カザムの断言するような言葉にエディッツが怪訝そうな顔をした。


 「どうして、そう思うんだ」


 「どの魔女もそうだが、土の魔女はあまり人と関わりを持とうとしない。土の魔女も、製作された武器防具は有名だが、その姿についての情報は殆ど無い。今回の件に関しても魔女の目撃情報は皆無だ」


 カザムは険しい顔をしている。


 「正確な情報は入ってこないが、帝都では暴動以外でも甚大な被害を受けたようだ」


 「暴動以外でも?」

 

 「ああ、それの影響もあり、魔女が帝国を滅ぼそうとしてるという噂が急速に広がっている」


 一度そこで言葉を切ると、カザムは視線をエディッツに向けた。


 「今、この国は何か人智を超えた事象が起きているとしか思えん」


 カザムの声は底の見えない井戸のように酷く暗かった。


 「・・・判断を間違えれば、我々も帝国と一緒に滅ぶぞ」


 

****



 帝国は奴隷達の暴動により大混乱に陥っていたが、南部ともう一箇所だけがその被害を受けていなかった。


 帝国北部の属領、べスツェートの地域だ。

 ベスツェートの領内は若干浮ついた雰囲気はあるものの、驚くほど落ち着いていた。一般市民も、そして奴隷達もである。


 「今の所、領民に混乱は見られません。少し途惑っている様子は見られますが」


 「領内の防護魔術も正常に働いています」


 「帝都への連絡はつきませんね。部隊を派遣して、様子を探りますか?」


 「いや、危険だ。無駄に戦力を失うわけにはいかん」


 「しかし、全く情報が無いのも危険だ。何が起こっているのか把握しておかなければ」


 「その通りだが、危険すぎるのでは」


 領主館の会議室では左翼騎士たちが討議をしていた。ワストやスーク、マスクートの姿も見える。円卓を囲む彼らは、何時でも戦闘が出来るように武装している。しかし、彼らは不思議な事に帝国の騎士団の装備を着用していない。その姿は騎士というよりは傭兵のようである。


 「暫らくは暴徒の襲撃に備える。帝都は・・・捨てて置け」


 それまで沈黙して話を聞いているだけだったカミーユが口を開いた。紫の視線は円卓の中央を睨んでいる。

 

 「よろしいのですか?帝都に侵入することは、いずれ不可能になると予想されますが」


 「構わん。予定は狂ったが、奴隷の解放は進んでいる。もう、帝都に大した重要性はない。」


 「了解しました」


 カミーユの指示に討議に参加している者は軽く頷いた。すると、今度は違う方向から声が上がった。


 「暴徒以外にも、逃げ場を求めて貴族が此方の城壁に押し寄せています。どうしますか?」


 その報告に、カミーユは軽く首を傾げた。その顔は今思い出したと言うような感じである。


 「ああ、そうね。適当に追い払っといて」


 カミーユは面倒そうにそれだけ言うと、椅子から立ち上がった。


 「討議は終わりだ。ワスト、スーク、マスクート以外は持ち場にもどれ」

 

 「はっ」


 切れのある返事を響かせ、カミーユと他三名を残し、討議に参加していた者たちが会議室から退出して行く。

 やがて広い会議室には四人だけが残る形となった。カミーユは腕組をして机に寄りかかっている。何か考え込んでいるようだ。


 「どうしました?」


 一番近くにいるワストがカミーユにそっと尋ねた。


 「覚えているか、あの時の事を」


 「・・・聖騎士団の鍛練場での事ですか?」


 質問に答えたのはワストではなく、反対側にいたマスクートだった。


 「そうだ、僕が辿り着くまでに、何があった」


 カミーユの質問に二人が顔を見合わせる。二人はカミーユよりも早く鍛練場に辿り着いていたが、その時すでに鍛練場には魔獣が跋扈していた。


 「何か覚えている事は無いか?」


 カミーユの言葉にワストが口を開いた。


 「あのとき、六体の魔獣が共鳴するように吠え始め、魔法陣が浮かび上がり始めました」


 ワストの言葉にマスクートも思い出したというように顔を上げた。

 

 「そうだったな、確か焔竜王、とか言っていなかったか?」


 「焔竜王?・・・焔竜王、ディアストか?」


 焔竜王と言う単語に、今まで会話を聞いていたスークが驚きの声を上げた。


 「・・・あれは、伝説上のものだぞ」


 「ええ、ですが。あれは確かに焔竜王の魔法陣でした」


 焔竜王ディアストとは、強大な力を持つ竜の王の一人である。その炎は魂さえも燃やし尽くすと云われている。ディアストは自身の強大な力が世界に異常な影響を及ぼすことを恐れ、自ら地獄の底に堕ち、救いようの無い穢れた魂をその炎で消滅させていると云われている。

 また、ディアストは無類の戦闘好きでも知られていて。地上に存在していたときには、世界中の戦地で活躍し数百の国を滅ぼしたと云われている。そして、地獄にその住みかを変えた後も、地獄に堕ちてくる罪人たちに魂をかけた勝負を持ちかけると信じられていた。


 勝てば、罪だけを炎で浄化され転生できるが、負ければ魂の全てを燃やし尽くされてしまう。


 そのような逸話から、人々の間では焔竜王ディアストは地獄の覇者や神の一人として信仰されていた。


 「・・・なぜ、焔竜王の魔法陣が?」


 スークは怪訝そうに眉を顰めた。焔竜王ディアストはソルスト帝国でも知られているが、むしろその存在を知らない国の方が珍しいだろう。帝国内でも、とりわけ特別な神というわけではない。 


 「・・・そう言えば」


 突然、ぽつりとマスクートが呟いた。

 助けようとした騎士が、何か口走っていたと。

 

 「冥王、ハディリオン?」


 「冥王ハディリオンというと、神話に出てくる奈落の王のことか?」


 「さぁ、わからん。だが、確かに冥王ハディリオンと言っていた。ただ」


 マスクートはそこで顔を顰めると、既に正気を失っていたようだったがな、と付け加えた。


 「地獄の覇者に、奈落の冥王か。まるで死の世界に目を付けられているようだな、この国は」


 マスクートの話を聞いてスークがうんざりしたように呟いた。確かに今の帝国の現状は、そのように思えるほどに混迷している。


 「・・・あまり、驚かれないのですね。団長」


 3人の話を聞くだけで、一切口出しをしないカミーユにワストがそっと尋ねた。


 「まぁね。・・・あれを見た後だとね」


 「・・・あれ?」


 普段の明るさからは考えられないほど重く話すカミーユに、スークが不思議そうに尋ねた。

 

 「あの人に、・・・会われたのですよね?」


 ワストの一言にスークとマスクートがそっと息を詰めた。

 カミーユはどこか暗い表情で、溜息のように声を漏らした。


 「・・・会うと言えば、会ったけどね」


 カミーユは腕組をしている自分の右腕を見つめている。


 「あの人と対峙している間。僕は、目の前にいるのが人とは思えなかった」


 組んでいた腕を解き、カミーユは右手だけを強く握り締めた。


 「あの人を、兄さんを見た瞬間。まるで、あらゆる魔法具が寄り集まって、人の姿をとっているように感じたんだ」




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