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私の最高傑作は冥王です  作者: 屋猫
第二章 変動
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12 崩壊の足音

 カミーユは目の前に立っているオズウェルをしげしげと観察した。

 最後に見た時と全く同じようにも見えるし、全く違う人物のような気もする。


 「いかすね、その目。かっこいいじゃん」

 

 カミーユは右手に持った剣でオズウェルの左目を指す。


 「僕も目の色変えたいね、この色以外だったら何でもいいけどさ」


 カミーユを見つめるオズウェルの視線には何の感情も篭っていないように見える。

 自分と同じ紫の右目と、金色に輝く左目。カミーユはオズウェルの異色の両目をどこか不貞腐れたように見つめていた。

 オズウェルの視線が僅かに下がり、カミーユの持っている剣へと注がれる。カミーユが右手に持っている剣は、一見すると頼りない細身の剣である。しかし、良く見ると細身の刀身の上を緻密な魔力の模様が覆っている。


 「・・・覚醒したのか」


 「え?ああ、これ?・・・まぁ、つい最近だけどね」


 カミーユはオズウェルが見ている剣を軽く振った。その一瞬で、カミーユの手の中からは剣が消えた。

 剣はカミーユの両手はもちろん、彼の体の何処にも無い。


 「まだ、そんなに使いこなせていないしね」


 カミーユは剣を握っていた右手を開いたり閉じたりして、何かを確認しているようだ。


 「マキシマスは、知っているのか?」


 「マキシマス?・・・ああ、父上のこと?」


 オズウェルの問いかけに、カミーユは一瞬途惑うような顔を見せた。皇帝のことをマキシマスと呼び捨てにするものはまず居ない。なので、誰の事か分からなかったのだ。


 「知らないよ。僕が覚醒したのは奴隷の反乱が起きて、帝国内が混乱し始めたときだからね」


 「・・・そうか」


 カミーユの返答にオズウェルは短く返答した。


 「じゃ、こっちの番ね。訊きたい事は沢山あるんだけど、どうして生きてるのとか、今何してるのかとか、一体何処にいるのか、とか」


 大きな溜息を一つ吐くと、カミーユはオズウェルを見据えた。


 「一体、何になったの?兄さん。人間どころか、人とも思えないよ」


 オズウェルはカミーユの言葉に両目を僅かに細めた。


 「・・・さぁな、私にもわからない」


 「わからない?・・・本気で言ってるの?」


 今度はカミーユが怪訝そうに両目を細めた。


 「カミーユ」


 オズウェルは静かにカミーユの名前を呼んだ。


 「・・・何?」


 「私は、お前が知っているオズウェルとは違う」


 紫と金の両目は何の感情も見せずカミーユを見ている。


 「だろうね。全く同じに見えるのに、全く違うように見える。兄さん、本当に」


 「カミーユ、剣は使うほど強くなる」


 「は?」


 「より鋭く、より強靭に」


 「・・・・・・」


 「そして、やがて、剣は意思さえ持つようになる」

  

 「兄さん?」


 「剣は自身を映す鏡だ。だが、それは鏡に映った虚像にすぎない。偽りの自分に飲み込まれるな、それがお前の全てでは無い」


 オズウェルは一方的に話し終わると、いきなり踵を返した。


 「えぇ!?ちょっと、兄さん!?」


 「・・・お前が剣に飲まれなければ、また会うこともあるだろう」


 カミーユの制止の声が聞こえないのか、オズウェルは一度も振り返ることなく鍛練場から出て行く。カミーユは慌ててその後を追いかけたが、オズウェルの姿は既にどこにも無かった。


 「何にさぁ、また消えるしぃ!!」


 カミーユはぶつぶつと呟きながら鍛練場に戻った。


 「・・・結局、重要なことは分からなかったしなぁ」


 破壊しつくされた鍛練場にはカミーユが一人佇んでいるだけである。鍛練場は、もはやその原型が分からないほど破壊されている。


 そして、破壊されているのは鍛練場だけではない。魔獣が現れたのは聖騎士団の鍛練場だけではなかった。近衛騎士団の詰め所、翼騎士団鍛練場にも出現していた。しかし、聖騎士団の場所以外に出没した魔獣は、下級からぎりぎり中級になるかどうかのもので対抗できなくは無かったのだ。


 しかし、それも戦場に出ている事が多い翼騎士団に限る話で、他の騎士団には碌に抵抗できる者たちは居なかった。


 「・・・これで、帝国の軍事力は完全に崩壊したね」


 おそらく、被害は城だけでなく帝都全体に広がっているだろう。


 「これは、反乱軍も予想していなかっただろうね」


 カミーユは荒れ果てた鍛練場を後にし、騎獣小屋の方へと独り歩いて行った。


 「あれ?何やってんの?」


 騎獣小屋に着くとマスクートとワストがカミーユを出迎えた。

 小屋には殆ど騎獣は残っておらず、人気もない。カミーユは二人の姿を認めると、憮然とした面持ちで二人に近づいて行った。


 「我々以外は、全員脱出しています」


 マスクートはカミーユの様子を気にすることもなく、準備の整っている騎獣をカミーユへと渡した。


 「・・・団長、さきほどの魔獣は?」


 ワストは青白い顔でカミーユに尋ねてきた。カミーユは病人のような魔術師の顔を見て、どこか呆れた風に答えた。


 「ワスト、死人みたいな顔になっているよ。・・・さっきの魔獣はどっかに消えたよ、魔法陣もね。さぁ、ワストが倒れる前に、さっさとべスツェートへ行くよ」


 カミーユはワストの質問に短く答えると騎獣に乗り、飛び発とうとした。ワストとマスクートもそれに続こうと、それぞれの騎獣に跨る。


 「団長?どうしました?」


 しかし、いざ飛び発とうとしたとき、カミーユがその動きを唐突に止めた。動きを唐突に止められて騎獣が不機嫌そうに唸り声を上げている。

 ワストとマスクートは不思議そうに顔を見合わせると、カミーユの側にそれぞれの騎獣を寄せた。


 「どうしました?団長」


 「急いで出発しなければ、中継地点に着くのが夜中になりますよ」


 カミーユは二人の声にも反応しない。しかし、カミーユは突然後ろを振り返り、愕然と呟いた。


 「馬鹿な、中央魔術印が破壊された?」


 「え?」


 その呟きに今度はワストが驚きの声を上げた。


 「そ、それは、まさか。奴隷の魔術印の中枢ですか?」


 カミーユはワストの質問には答えず、厳しい顔つきで破壊された城を睨んでいる。


 「団長、いい加減出発しなければ」


 動こうとしない二人に、マスクートが痺れを切らしたように話しかけた。カミーユは無言で頷くと騎獣をべスツェートへと出発させた。

 

 帝都クリスタバルから十分離れると、カミーユは部下の二人に固い声色で話しかけた。


 「これから反乱は急激に加速する」


 断定するかのような言い草に、マスクートは困惑気味に尋ねた。

 

 「何故ですか?今のところ反乱は南部のみで、他の地域では、奴隷の反乱は見られません」


 その疑問には、カミーユではなくワストが答えた。


 「それは、南部以外では奴隷の魔術印が正常に働いているからです」


 「そうだ。あれだけの反乱が起きながらも、帝国が安寧としていられたのも、他国の侵略を受けなかったのも、南部以外では奴隷の魔術印が正常に働いていたためだ」


 二人の会話を聞いて、マスクートの顔が緊張に強張る。


 「まさか・・・」


 「さっき、城の中央で奥宮にある中央魔術印が、揺らぐ気配を感じた」


 カミーユの顔色はワストと同じくらい悪いものになっていた。


 「完全に破壊されたわけじゃない。だが、おそらく重大な機能不全が起きてるはずだ」


 「では」


 「そうだ、いずれ国中の奴隷達が反抗できるようになるだろうね」



****


 

 帝国南部にあるコスタの砦は、始めて帝国に対して蜂起を起こした時のような興奮に包まれていた。


 「見ろ!俺の魔術印が、消えかけてる!!」


 「私もよ、信じられないわ!?」


 「夢のようだ、きっとユミルの魔女に違いない!」


 「ユミルの魔女が、我々の魔術印を解いてくれているのか!」


 砦のあちこちで戦闘員以外の人々が、自分の魔術印を確認して喜びの声を上げている。どの人々も興奮で顔を赤くしていた。


 「なんだ、何の騒ぎだよ」


 あまりの騒がしさに、砦の二階にある部屋で昼寝をしていたエディッツは、窓から下を覗き込んだ。


 「こいつは、一体・・・」

 

 窓の下では人々が魔術印の施された場所を確認し合い、喜びの声を上げている。


 「エディッツ、いるか」


 呆然と眼下に広がる光景を見ていたエディッツは、扉の外から掛けられた声に我に返った。


 「カザム、何が起きてんだ」


 エディッツは扉の外に居たカザムに詰め寄った。カザムは険しい顔をしてエディッツを見ている。


 「皆の魔術印が、急速に消え始めた。完全に消えてはいないが、全員の魔術印が薄くなり始めている」


 「はぁ?何でだよ」


 「・・・それを、お前に聞こうと思ったんだ」


 カザムは何も知らない様子のエディッツを見て深い溜息を吐いた。


 「お前でも分からないのか?」


 「分かるわけ無いだろ。俺は魔術師じゃねぇんだぞ」


 「・・・そうだったな」


 エディッツとカザムは二人とも深刻な顔をして呟いた。


 「おそらく此処だけじゃねぇぞ。・・まずいな」


 「ああ、帝国全土で奴隷達の魔術印が消えているとなると」


 「いずれ、暴動になるぞ」


 

****



 「おっかしいなぁ。ここにもいないなんて」


 黒い森ミリロコウの自宅近くにある沼にジュラは独りで来ていた。岸辺に退屈そうに座りこんでいる。傍らにはノーストが寝そべり、頭だけを沼地に突っ込んでいた。


 「・・・家には居なかったし、牧場にもいなかったでしょ?」


 ジュラはノーストの背を撫でながらぶつぶつと呟いている。撫でられているノーストは、出会った当初よりもかなり大きく成長していた。ジュラでも抱えきれる程度であったのに、もはやジュラの背丈を越えるほどに成長している。おそらく、ジュラが独りで抱える事は困難だろう。


 ゾルウェストの砦から帰還した後、ジュラはノーストを家から10分ほど離れた沼に放してやった。

 この沼には毒素の強い植物が群生しており、水自体も強い瘴気を帯びているためアプドゥラが棲むには最適の場所だった。

 ノーストはその後すくすくと成長し、既に二度ほど脱皮をしているようだった。本来は群れで行動する種族の為に、ジュラはノーストの事をかなり心配していたのだが、今の所は元気なようである。


 「どこに行ったのかなぁ、オズ。せっかく服が出来上がったのに」


 一週間ほど工房に篭っていたジュラは、やっと出来上がったオズウェルの服を本人に見せようと自宅に戻ったのだが、家の中には誰もいなかった。それならばと牧場に向ったが、久しく構っていなかったヴァスが不貞腐れているだけで、そこにもオズウェルの姿はなかった。

 そして、もしやと思い、ノーストの沼を訪れてのだが、ご機嫌なノーストに出迎えられただけで、そこにもオズウェルの姿はなかった。


 「もー、どこですかー、オズウェルさーん」


 「なんでしょうか?」


 「うっひゃあ!!」


 ピギャァア!


 ジュラは突然背後から聞こえたオズウェルの声に、思わずノーストに強くしがみついてしまった。突然の事に、沼地に頭を突っ込んでいたノーストが驚きの声を上げる。


 「・・・大丈夫ですか?」


 「う、うん。ちょっと、びっくりしただけ」


 「私を、探していたようですけど?」


 「そ、そう!服がね、できたからね」


 オズウェルの言葉に、ジュラは一瞬で出来上がった服の事で頭が一杯になった。

 

 「家に置いてあるからね、着てみてもらいたいんだぁ」


 「わかりました。では、家に戻りましょか」


 オズウェルの提案にジュラは頷くとその場から立ち上がり、家への帰路へとついた。


 「あ、そうだ。ノースト、また来るからねぇ」


 ノーストはジュラの呼びかけに沼地から頭だけを出して、嬉しそうに返事をしていた。


 「きっとね、オズウェルに似合うと思うよ」


 「それは、楽しみです」


 「ふふん、楽しみにしていてねぇ」


 黒い森ミリロコウで日々を過ごすジュラは、帝国で起きている混乱など全く知る由も無かった。


 自分がその混乱の渦に既に巻き込まれている事も。



 第二章はこれで終わりです。

 次からは第三章になります

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