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私の最高傑作は冥王です  作者: 屋猫
第二章 変動
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11 イノスの箱

残酷かもしれません

 ソルスト帝国の帝都クリスタバル。その守護が主要な任務である帝国聖騎士団は、出身と見目を重視して選ばれている。

 帝国貴族の中でも最低伯爵以上の地位が無ければ、入団することができない規定になっているのだ。

 それ以下の貴族は、例えどんなに見目が麗しく剣技に長けていようと、聖騎士団には入れず近衛騎士団どまりである。

 

 かつては、聖騎士団は帝国が誇る最強の騎士団だった。しかし、帝国が各地に侵略を始め、侵略のための騎士団、翼騎士団を持つようになり、さらに、兵力を奴隷たちに頼るようになると、その質は急激に低下していった。

 聖騎士団たちは帝国の民と諸外国の人間達に見せ付けるための、張りぼての騎士団となっていった。


 しかし、張りぼての騎士団でありながら、いやだからこそ彼らは絶大な権力を持っていた。

 上位貴族だけで構成されている聖騎士団は、その頂点に皇族を据え、帝国内で最も権力を持っていた。


 そして、彼らの鍛練場や詰め所はその権力を象徴するように、無駄に豪華で広かった。


 「・・・これは、なんだ」


 マスクートは休憩室を飛び出し、呼びに来た騎士と共に聖騎士団の鍛練場に来ていた。


 聖騎士団の鍛練場は、本当にここで剣を振るう気があるのか分からないほど、装飾が施されている。

 普段、鍛練場とは思えないほど煌びやかなそこは、信じられないような光景が広がっていた。


 「やめろ、・・・やめてくれぇ」


  るるるるるるるるる


 「・・・く、くるな・・・こっちへ、くるなぁあああ」


  ぐううううううううううう

 

 「殺して、・・・くれ、・・・ああぁ、あああああああ」


  がああああああ


 「足が、・・・俺の、あ、しが」


  いいいぃぃあああああぁぁぁぁ


 「たすけてくれ、・・・だれか、だれかぁ、・・たすけ、て」


 そこに手があり、あちらに足が落ちている。首が転がり、血と肉と内蔵が飛び散っている。

 肉片と血液の海の中で、時折、悲壮なうめき声が聞こえる。即死していない者が、呻いているようだ。


 「・・・馬鹿な、イノスの箱から、魔獣が」


 マスクートの目の前には、壮絶な光景が広がっていた。

 六つの破壊されたイノスの箱と、檻から解放された魔獣たちが聖騎士団たちを貪り食っている。

 あちらこちらに、人体の一部が転がっているが、未だに生きている者がいるのか、魔獣の唸り声の他に人間のすすり泣く声が混じっている。


 ――・・・一体、何が起こった


 時はさかのぼる。ほんの、僅かだけ。


 帝都クリスタバルで、最も人気のある見世物。

 それは公開処刑だ。

 それは、占領した地域の有力者や、最後まで抵抗し続けた者達と、魔獣を戦わせるというものである。

 処刑対象になったものは、「餌」と呼ばれ深さ六メートルの穴の中に落される。壁には人が這い上がれないように、特殊な石が使われ上に登る事は出来ない。穴の中には武器になりそうなものは、それまでの犠牲者の骨位しかなく、「餌」は魔獣に生きながら喰らわれることになるのだ。

 また、「餌」の人数が多いときや魔獣の一方的な虐殺に観客達が飽きてきたときなどは、穴の中「餌」だけでなく奴隷達を詰め込み、その上から毒虫や毒蛇を投入し、もだえ苦しむ様子を楽しんでいたりしていた。


 現在は帝国の南部で起きた反乱により、この見世物は中止されている。

 魔獣たちが収容されている檻、イノスの箱は「餌」が入れられる穴の地下に設置されている。

 奴隷の反乱が起き、公開処刑が行われなくなって一ヶ月以上が経つ。その間、魔獣たちは餌などを与えられる事は無く、厳重に魔術印の施された檻の中でうずくまっていた。


 ここには、公開処刑が行われるとき以外は人は訪れない。

 死体の片付けさえされていない地下は、死臭と腐臭と、非業の死を遂げた人々の怨嗟の声が満ちている。


  るるうるるうるううるるううるう


 檻の隙間からは、魔獣の唸り声が漏れ聞こえている。長期間の絶食で魔獣たちはみな飢えていたが、強靭な肉体と生命力をもつ彼らは未だに、そこで息を潜めていた。


 やがて、死臭と腐臭を切り裂いて一人の男がそこに現れた。


 漆黒の髪に、秀麗な容貌、異色の瞳が無感情に目の前にある檻を見ている。


 男、オズウェルは六つある檻の一つに手を伸ばす。

 檻から低く流れ続けていた魔獣の声は、そっと静かになる。強敵の存在に気付き、自分の気配を消そうとしているようだ。

 オズウェルはその様子を感じて、その秀麗な顔に笑みを浮かべた。


 「・・・優秀だな、人間よりよほど」


 オズウェルの右手には黒い両刃剣が握られている。刃の部分がオズウェルの腕の長さ程で、刀身も柄も全てが黒い。光すら反射せずに飲み込むその刀身には、魔法印が美しい模様を描いている。


 「解放してやろう、お前達に相応しい場所で」


 オズウェルの言葉と共に、刀身に描かれている魔法印が複雑に輝き始めた。


 ぐるり ぐるり と剣の刀身を炎が包みだした。


 「これだけの、怨念に晒されては」


 炎に包まれた剣は、徐々に刀身を黒から赤へと変えていく。


 「お前達は、もうただの魔獣には戻れないだろう」


 やがて刀身が全て赤くなると、剣を包んでいた炎は刀身に飲み込まれるように消えていった。


 「異形の妖獣となって、狂気に飲まれるか。狂気を飲み込んで、聖魔となるか」


 オズウェルは剣を檻の前の地面に突き刺した。

 剣が刺さると同時に、複雑な魔法陣が地面に展開され、全ての檻を包みこんでいく。


 一瞬の後、その場にはオズウェル以外は何も無い空間になっていた。

 魔獣の入っていた檻も、オズウェルが突き立てた剣も、死臭と腐臭さえ消えていた。



 空間を転移した魔獣たちの檻は、ソルスト帝国内の聖騎士団の鍛練場に突如として現れた。


 出現と同時に檻の中から魔獣が飛び出し、辺りは騒然となった。


 そして、それからは一方的な殺戮が始まった。


 帝国の城上空からその風景を眺めていたオズウェルは、眼下に向ってポツリと呟いた。


 「妖獣に堕ちれば正気を失うが、すべてから開放されるだろう。聖魔となれば、力を得るが理に縛られる」


 大地を走る解放された獣は、一瞬空を振り仰ぎオズウェルの方を鋭い赤い目で見たようだ。


 「どちらを選ぶかは、お前達の自由だ」

 




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