4 魔女の家にて
漆黒の髪は艶やかな輝きを放ち、肌は傷一つない白磁の陶器のようである。黒い睫毛に彩られた目の中には、紫水晶と琥珀色の宝石が輝いているが、今は目蓋に覆われて見ることはできない。
形の良い眉に、すっと筋の通った高い鼻梁。唇は薄く、引き締まった印象を与える。それらのパーツは絶妙に配置され、少年を絶世の美少年にしていた。
――・・・おかしい。子どもになる要素も、美形になる要素もいれていない、・・・はず
ジュラは寝台に横たわる少年、オズウェルを見下ろしながら困惑していた。
地下でオズウェルは自分の名前を告げると、力尽きたのか気絶してしまった。気絶したオズウェルを地下から運び出し、二階の寝室にある寝台に寝かせたのだが。
「繋げた四肢も、入れ替えた器官も正常に馴染んでる。」
左手で魔法を展開し、右手に持った魔具の筆で記録をつけていく。オズウェルの経過は、実に順調だった。順調過ぎて異常なほどに。
「精神的な異常も・・・現時点では、なしと」
一通りの診断を終えると、ジュラはオズウェルに毛布と布団を掛け、一階の居間へと降りた。台所でお茶を入れると、それを手に一階にある書斎に入っていった。
棚だけでなく床にも本が積まれた、本だらけの書斎に入る。本に埋もれるように鎮座している机に茶器を置き、机の上にある赤い革表紙を手にとる。表紙には円を描く大蛇が描かれている。最初の合成獣と言われている、大地を喰らう蛇だ。
ジュラがオズウェルを再生する際に用いたのは合成の魔法。つまり、欠損部分を他の動物の部分と合成させることによって、補おうとしたのだ。補う部分は人間のものと比べても見分けがつかないように、副原料を合成したりして加工していた。
「ええと、合成に使ったのは、と。竜の血、トルワの涙、燃えさかる羽、竜の息、絶望の溜息、黒檀、ヴァスト隕石の粉・・・」
ぶつぶつと呟きながら、ジュラは使用した素材を整理していく。この本は合成獣を生成する際に、使用した材料、魔力などを記載した記録ノートである。
「副原料が58、っと。主原料は6個。・・・んん?6?」
オズウェルは四肢と左目が欠損していた。臓器も幾つか損傷していたが、臓器の生成には副原料しか使用していない、主原料にはオズウェルの臓器を利用した。
なので主原料は両腕、両脚、左目の計5個のはずなのだが。
「んん?六個使用したって書いてあるけど、五個しか材料名が書いてないなぁ、書き忘れか、書き間違いかな?・・・あぁ、駄目だ、この記録すら正確じゃないなんて」
ジュラはぐったりと机にうつ伏せた。目視でも魔法でも、オズウェルに異常なところは見られない。健康そのものである。しかし、それは本来であればおかしな事だった。
ジュラはオズウェルが魔剣に貫かれた状態しか知らない。それ以前どのような容貌をしていたかは全く知らないが、魔剣と融合していることを除けば、完全な人間だった。
そして、欠損していた四肢は人間以外の物で補っている。ということは、少なからず拒否反応が出るはずだった。
合成獣は合成する数が増えるほど能力が増え、反対に完成体の知能が落ちるという副作用が存在する。最初の合成獣、大地を喰らう蛇は数百の動植物を合成して誕生したと云われているが、破壊の本能しか残っていなかったという。
レスプリスカは、五つの山々を喰らい、三つの湖を飲み干して、最期はゾルディア山の溶岩を飲み干さんとして燃え尽きたと云われている。
オズウェルの合成に使用した数は、知能を保てるかぎりぎりの数だった。ジュラは人型の合成獣を造った事はないので、副作用の予測も出来なかったのだが。
「これは、あれか。子供化と美形化が、副作用か。・・・そんなの、聞いた事ないわぁ」
不思議な点はそれだけではない。オズウェルと融合したはずの魔剣、そして、消えた多くの魔具。
無機物と生物を融合させると、生物に何らかの奇形が現れるはずなのだが、オズウェルの身体は人の肉体そのもである。欠損している箇所も、異常な箇所もない。つまり、融合したはずの魔剣の影響が現れていない。
消えた魔具については、皆目見当もつかない状態であった。
「まぁ、・・・いいかぁ。なるようになるさねぇ」
ひとしきり項垂れたあと、ジュラは観念したかのように席を立った。
――子供用の服を制作しないとな。・・・確か、キール綿が残ってたはず。
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