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私の最高傑作は冥王です  作者: 屋猫
第二章 変動
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10 帝国騎士団中央通信室にて

 「んっもう!何なのよ一体」


 帝国騎士団、近衛騎士団の医務室を預かるバーバラは、患者の前で堂々と悪態を吐いていた。


 医務室には通常六つの寝台があるが、現在は四つ増やされている。

 寝台にも騎士と思われる男達が寝ていて、その顔色はみな青白い。だが、特に外傷があるわけではないようだ。

 その時、医務室の扉が慌しく開かれ騎士達が駆け込んできた。


 「もう一人倒れた、頼む!」


 「ええ、もう寝台は空いてないわよぉ!」


 バーバラは三人の騎士が運び込んできた男を見て、顔を顰めた。男は既に騎士の鎧を脱がされている。他の騎士達と同じように、外傷は見られないがその顔は苦悶に満ちている。


 「仕方ない、布を敷いて床に寝かすぞ」


 そのとき、男達の背後から張りのある声がした。

 マスクート中級騎士だ。彼は部下に指示を出し、倒れた騎士を床に寝かせた。

 バーバラはその様子をどこか呆然と見ていた。


 「原因は分かったか?」


 「え?ああ、駄目ねぇ。みんなただ衰弱してるだけ、それも急激に。暫らく休めば、回復するでしょうけど、どうして衰弱するのか、全く見当がつかないわぁ」


 バーバラ疲れ果てたように呟いた。隙の無い化粧はいつも通りだが、その顔は疲労の為に精彩さを欠いている。


 「そうか」


 「一体、どうなっているのよぉ。通信室の騎士ばっかり、倒れるなんて」


 近衛騎士団にある通信室では、常時十名程度の騎士が駐在していてあちこちと連絡を取っている。

 通信室では魔水晶を使うために、より速く回線を繋ぐことを考えて魔力の値の高い者が選ばれている。

 奴隷の反乱が起きてから、通信室は異常なほど忙しくなった。そのため過労で倒れるものが出てもおかしくはない状況ではあったのだが。


 「すでに、二十人以上の騎士が倒れています。中には一週間以上昏睡状態になっている者まで・・・」


 マスクートの直ぐ後ろにいた騎士が、深刻な声で呟く。その騎士の顔色も悪い。

 通信室の騎士達が衰弱し、倒れてしまう事態は奴隷達の反乱が起きるよりも二週間前ほどから起きていた。

 その数は徐々に増え、そして倒れる騎士達の状態も酷くなる一方だった。


 「もう、まともに動けるのは、六名しかいません」


 後ろの騎士は更に声を暗くして呟く。


 「お前は、以前倒れたことのある。・・・確かナジラだったな」


 「あ、はい、そうです。あのときは、ご迷惑を」


 「いや、いい。それよりも体調は大丈夫なのか?」


 「はい、あれ以降、特に問題はありません」


 ナジラの言う通り、多少顔色が悪いが職務に支障をきたすことはなさそうだ。

 マスクートは他の二名の騎士の様子を見た。多少は疲れが見えるが、まだ動くことは出来そうだ。


 ――だが、通常通りの業務はこなせまい


 「・・・やむ終えないな。通信室の活動を制限する。帝都と主要都市以外は、切り捨てろ。ナジラ、直ぐにその連絡を各地飛ばせ」


 「了解しました」


 マスクートの指令を受けてナジラと他の二人の騎士は医務室を退室した。

 医務室にはマスクートとバーバラ、そして、衰弱している騎士達だけが残った。


 「一体、どうなってるのよぉ」


 疲れ切ったように椅子に座りこむバーバラは、もはや椅子から動く気は無いようだ。


 「・・・本当に、原因は分からないのか?」

 

 マスクートの疑問にバーバラは伏せていた顔を上げた。

その視線には隠し切れない苛立ちが漂っている。


 「分かっていたら、何か対処してるわよ!これでも色々調べたの、倒れた騎士達は以前は健康だったわ。衰弱してしまうのは突然、それも急速に。病気でも薬品の所為でも無いわ、・・・もう、お手上げよ」


 「・・・そうか」


 バーバラのヒステリックな声に、マスクートは感情の篭らない返答を返した。

 

 ――おそらく、原因は何か別のものだろう

 

 マスクートは深く重い溜息をつきながら、医務室から通信室へと向った。


 通信室へと向う途中、マスクートは懐かしい声に呼びとめられた。


 「おや、お久しぶりですね」


 「ワストか、久しぶりだな」


 マスクートとワストは以前同じ左翼騎士団だった。

 マスクートが帝都クリスタバルの近衛騎士として、通信室の責任者に抜擢されてから、一年振りほどの再開だった。


 「通信室に何かようか?」


 マスクートは不思議そうにワストに尋ねた。左翼騎士団の魔術師であるワストが、通信室に用があるとは思えないのだが。


 「ええ、どうもべスツェートの魔水晶の調子が悪いようで、ちょっと具合を見てもらおうと思って」


 そういうワストの手の中には、確かに魔水晶がある。


 「そうか、それじゃ備品の置いてある倉庫へ向うか」


 「ええ、そうですね」


 マスクートは歩く方向を変えて、ワスト共に倉庫へと向った。

 通信室からやや離れたところにある倉庫は、様々な備品が乱雑に置いてある。

 マスクートは何が入っているのか良く分からない箱に腰掛け、ワストも適当にそこら辺の箱に座った。


 「で、どうですか?」


 「近衛と聖騎士は相変わらず腑抜けだな。通信室の異変にも大して関心を持っていないようだ」


 「・・・そうですか。通信室の異変は?」


 ワストの質問にマスクートは顔を顰めた。


 「何故か分からんが、通信室の騎士の殆どが衰弱して寝込んでいる」


 「衰弱?・・・激務のせいですか?」


 「いや、それにしては、異常な状態だし数も多すぎる」


 「一体何時から・・・」


 マスクートは中空を睨み思い出そうとしているようだ。


 「そうだな。・・・反乱が起きる二週間前、くらいか」


 マスクートの返答に、今度はワストが何か考えているようだった。


 「・・・丁度、陛下が臥せってしまわれたときと、時期が被りますね」


 「ああ、言われてみれば、そうだな」


 マスクートは今気付いた、というように頷いた。


 「ふむ。少し、通信室の様子を見せてもらっても良いですか?」


 「ああ、もちろん」


 二人は倉庫から出ると通信室へと向った。


 通信室の中には六名の騎士がいて、設置されている魔水晶に話しかけていた。


 「一番奥に座っているのが、前にも話した騎士だ」

 

 マスクートの耳打ちにワストは軽く頷くと、ナジラの方へと近づいて行った。


 「ナジラ、ちょっといいか?」


 仕事が一段落した所を見計らって、マスクートはナジラに声を掛けた。ナジラは一瞬見慣れないワストに怪訝な視線を向けたが、大人しくマスクートの側へと向う。


 「何でしょうか?」


 「すまないな、仕事中に。こちらは左翼騎士団に所属にしている魔術師のワストだ」


 「始めまして、魔術師のワストです」


 「近衛騎士団、通信室所属のナジラです」


 自己紹介が終わった二人を確認すると、マスクートはナジラに隣の休憩室に来るように言った。

 休憩室に入ると、ワストが魔水晶を取り出して机の上に置く。


 「・・・魔水晶の調子が悪いのですか?」


 「ええ、何度か交換していただきましたが、それでもやはり」


 「回復しない、と・・・」


 「ええ、一時的にはよくなるのですが。そこで、もしかしたら、原因は本部の方にあるのかなと」


 「なるほど、・・・べスツェートですね。確認して見ます」


 「ええ、よろしくお願いします」


 ナジラはワストから魔水晶を受け取ると、休憩室を後にした。

 ナジラが退室してしまうと、マスクートがワストに声を掛けた。


 「何か分かったか?」


 「・・・そうですね。微かに魔力を感じますが、特定は出来ません。通信室でも感じますが・・・」


 ワストは難しい顔をして黙り込んだ。何かを掴み取ろうと考え込んでいるようだ。


 「何か、気になることがあるのか?」


 「いえ、ただちょっと・・・」


 ――・・・聖剣の魔力のような?だが、他の魔力も混ざっている?


 「どういうことだ?一つや二つの気配じゃないぞ」


 「どうした?ワスト・・・おっ?」


 マスクートはぶつぶつと呟いているワストの肩を叩こうとして、それが出来ず体制を崩した。


 「う、・・・ぐ、なんだ?」


 唐突に凄まじい威圧感がマスクートの体を襲い、マスクートは床に膝をついてしまった。ワストの方を見ると、彼も椅子から転げ落ち脂汗を浮かべている。


 「こ、この、魔力は」


 ワストは顔色を真っ青にし、椅子にしがみつきながらも立ち上がろうとしていた。


 そして、異常な威圧感は発生した時と同じように、唐突に消え果た。


 「・・・なんだったんだ、一体」


 マスクートは何とか体を起こすと、ワストが体を起こすのを手伝ってやった。

 ワストは顔色が悪く、今にも卒倒しそうだが何とか自分の足で立つことが出来るようだった。

 

 「マスクート隊長!」


 マスクートがワストに事情を尋ねようとしたとき、激しく休憩室の扉が開かれ、一人の騎士が駆け込んできた。


 「どうした?」


 「それが、何が起こっているのか、・・・と、とにかく来てください!聖騎士団がっ」


 尋常では無い様子の騎士に急かされ、マスクートは慌てて休憩室から飛び出した。

 そのため、マスクートにはワストの口から思わずこぼれた声は、その耳には届かなかった。


 「・・・まさか、そんな、聖剣が、戻ってきた?」



 

 

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