8 それぞれの場所で
「オズウェル?あいつが、生きているのか」
マキシマスは訝しげに顔を顰めた、カミーユの言っている事が信じられないようだ。
カミーユは無理も無いだろうと思う。
「ええ、五体満足の姿で確認されました、リジュアにあるアサージュの港で」
カミーユの話しを聞いてマキシマスは信じられないと言ったように、目を大きく見開いた。
「そんな、馬鹿な。あいつには奴隷の印が」
「父上」
マキシマスの言葉を遮るように、カミーユは口を開いく。
「今、帝国内では奴隷達の反乱が起きているのですよ?本来であれば、私達に反抗できないはずの奴隷達が?」
「・・・まさか」
マキシマスは呆然と呟いた。
「オズウェルがこの事態を、引き起こしたと?」
「考えられない事では無いでしょう。奴隷の魔術印も、聖剣の力を持ってすれば解除できるかもしれませんしね」
「そんな、馬鹿な事が、あれはただの依り代に過ぎぬ・・・」
「ふふふ、父上。今、帝国内では馬鹿なことばっかりおこっているのですよ?」
マキシマスは美しく笑うカミーユの顔見た。彼は本当に楽しそうに笑っているように見える。
「奴隷の反乱に、聖剣の紛失、揺らぐことが無いと言われていた帝国が、大きく揺さぶられている」
「・・・カミーユ」
「父上、お分かりでしょう?」
――既に、帝国は牙を抜かれ、爪もなくした獅子に過ぎないと
カミーユは父、マキシマスの部屋を退出し自室へと戻っていた。
自室にはスークとワストが待っていた。カミーユの自室は何故かがらんとしている。動かせるものは全て動かし、外に出したと言う感じだ。
「終わった?全部?」
「はい。全て完了しています」
「ワストは?」
「問題ありません。」
カミーユは二人の話しを聞くと、軽く頷く。そして、すっかり寂しくなった自室から出ると、その足を自分の騎士団の方へと向けた。
「出発は?」
「直ぐにでも、かな。早ければ、早いほどいいだろうね」
「分かりました」
カミーユの足取りに迷いは無い。豪華な廊下を歩きながら、何故かそこかしこに置かれてある装飾品を手にとっている。
「あ、これいいね。ついでに、これも」
目に付いたものを片っ端から手にとり、スークに渡していく。スークの両腕はあっという間に一杯になってしまった。
ワストは呆れたようにその様子を見ていたが、ふと、思い出したように口を開いた。
「団長、皇帝陛下は」
「あー、父上はね」
ワストの声にカミーユは一瞬、寝台に寝ていたマキシマスのことを思い出す。
――あれはもう長くないな、香で誤魔化してたけど、・・・死臭がね
「まぁ、元気そうだったよ」
カミーユは肩を竦めて軽く返事した。
****
ソルスト帝国のかつての属領だったコスタ。そこは現在では、帝国からの束縛から解放された人々で、活気に満ちていた。しかし、奴隷の魔術印が完全に解除されているのは数十人しかいない。
だか、帝国の人間が全くいないので土地に縛られていながらも、彼らは仮初の自由を味わっていた。
「エディッツ、奴隷の解放をもっと効率よくすることは出来ないのか?」
コスタの砦にある一室には、帝国の奴隷騎士から解放されたコスタの兵士達が集まっていた。人数は三十人程度。皆一様にエディッツに注目している。
エディッツは仲間の視線を受けて、顔を顰めた。
――そら、来たぞ。
「南部の状況はほぼ落ち着いている。だが、帝国だけではなく、周辺諸国の動きも気になる」
「今の内に、兵士以外の魔術印を解除しておきたいしな」
「故郷に帰りたがっている者も多い」
仲間達の言っていることは、至極もっともなことである。現在、帝国はその体制を完全にたて直せてはいない。だが、帝国が無くなってしまったわけではないのだ。此方が優勢の状態で勝ったとはいえ、解放出来ている兵士の数は、あまりにも少ない。
「俺だって、わかってる。でもなぁ、奴隷から解放できる短剣は、これっきゃねぇんだ」
エディッツは面倒そうにベルトに刺していた短剣を抜き、テーブルの上に置いた。
「・・・何度見ても、ただの短剣にしかみえないな?」
一人が手に取り上げしげしげと見ている。その短剣は、帝国の騎士が極普通に所持している短剣にしか見えない。
「確かにな、だが、この短剣には魔法印が施されてるぞ」
そのとき、一人の老兵が短剣を手に持った。この中では一番歳嵩のようだ。
「魔法印?・・・魔術印、じゃないのか」
「いや、違う。これは人間の魔術師が施せるような代物じゃない」
老兵士は短剣の先をエディッツに向けて、落ち着いた視線と声色で尋ねた。
「エディッツ、お前を奴隷から解放したのは魔女だろう」
「・・・・・・」
エディッツは肯定も否定もせず沈黙している。しかし、老兵士の言葉に周囲はざわつき始めた。
「魔女?」
「魔女って、あの魔女か?」
「カザム、なぜそう思う」
カザムと呼ばれた老兵は、手の中で短剣を弄びながら淡々と答えた。
「・・・以前、これと同じ魔力を宿した剣を見た事がある」
「剣?」
「ああ、お前達も噂くらい聞いた事があるだろう。大地の女神の刻印をもつ剣だ」
「ユミルの魔具か!」
カザムの言葉に兵士達は一斉に沈黙した。ユミルの魔具はその性能から、国を問わず戦う者達の間では非常に有名だった。
しかし、ユミルの魔具は人間たちの町では手に入る事はまず無く、亜人の町でしか見かける事の出来ない代物だった。
「その剣はどうしたんだ?」
「コスタが帝国に占領される前、流れの傭兵が持っていた。ダスタリアンから流れてきた獣人だったがな」
カザムは軽く肩を竦めて答えると、短剣をエディッツの方に向って投げた。
エディッツは短剣を受け止めると、ベルトに刺し直す。
「で、どうなんだ?」
カザムは口では尋ねながら、自分の言った事がほぼ真実だと確信しているようだった。エディッツは疲れたように溜息をつくと、観念したかのように机にうつ伏せた。
「そうだよ。俺の魔術印を解除したのも、短剣に魔法印を付加したのも魔女だ」
「ユミルの魔具の魔女が、俺達に味方してくれているのか!」
「違う!ただ、成り行きでそうなっただけだ。俺は魔女の名前も知らないし、あいつがユミルに魔具を作ってる魔女かどうかも知らねぇ!」
色めき始めた仲間達を遮るように、エディッツが声を上げ立ち上がった。
「それに、あいつが何処にいるのかすら知らねぇしな」
それだけ言い終わると、力尽きたようにまたうつ伏せに倒れた。カザムはエディッツの頭を見下ろしながら尋ねた。
「エディッツ、その魔女は、名前以外では何か言わなかったのか?」
「あ?あー、たしか、土の魔女って言ってたような?」
エディッツの返答を聞くと、カザムは納得したように頷く。
「なら、間違いない。お前を奴隷から解放したのは、ユミルの魔具を作っている魔女だ」
****
素材を集めたジュラは、一度黒い森へと戻っていた。今回はそこまでいい素材が手に入らなかったので、新しく武器武具を作るか、既存の物を強化するかで迷っていた。
「・・・くっしゅん」
「どうしました、風邪、ですか?」
「ううん、ちょっとむずむずしただけ」
ジュラは武器防具を製作する工房に来ていた。工房にある広い机に素材を並べて、どの作業をしようか考えているところだった。
工房にはジュラとオズウェル、そして作業を手伝うゴーレムが三体いる。ゴーレムは、ジュラがいない工房の掃除や管理をしていた。
「工房に来るのは、久々だからね。ちょっと埃っぽいのかな?」
ジュラは鼻を擦りながら、不思議そうに喋っていた。後ろでゴーレムが不満そうにわさわさと動いていたが、ジュラは特に気にしていないようだった。
「彼らの動力は、魔石ですか?」
オズウェルは工房を動き回っているゴーレムを眺めながら、ジュラに話しかけた。
「え?ああ、うん、そうだよ」
ジュラは一瞬きょとんとしたが、オズウェルがゴーレムを見ているのを見ると納得したように頷いた。
「一人で製作するのが難しいものを作るときの手伝いとか、普段使わないときとかに工房の管理を任せてるんだ」
ゴーレムたちは黒い光沢のある石で出来ているようで、表情の変化などは見られないが、どことなく愛嬌のある顔をしている。
大きさは十二、三歳の子ども程度の大きさで、少しぎこちないが工房のあちこちを動き回っている。
「うーん。どうしようかな」
ジュラは目の前にある材料の山を見て悩んでいる。今回は良い質の魔石が手に入らなかったが、その分原材料はそこそこ集まっている。副原料がやや不足しているが、エルド大陸のあちこちで戦争の気配がするので、素材集めにもう一度出て行く気もしないのだ。
「何を作るのか、決まらないのですか?」
オズウェルは悩むジュラの顔を覗き込む。
ジュラはその秀麗は顔立ちを見ていて、はっと目を見開いた。
「そうだ、オズの服を作ろう!!」
「・・・は?」
現在、オズウェルが着ている服は、成長が著しかった彼にジュラが仕立てた最初のものだ。
体型が整っていて姿勢のよいオズウェルは、何を着ても様になる上に、本人からの不満が無いのですっかり失念していたが、オズは数着しかないその服を着まわしていたのだ。
「いいジャドール絹が手に入ったしねっ!きっとオズウェルに似合うと思うよ!!」
「ありがとう、ございます」
何時に無く目を輝かせているジュラに、オズウェルは少し戸惑いながら返事をした。
活動報告におまけを載せています。
本編とは全く関係ありませんが、よかったどうぞ
おまけ「オズウェルの新しい服」




