5 価値のあるもの
リジュアにあるアサージュの港で、ジュラは〈銀の子猫亭〉と呼ばれる宿屋を良く利用している。部屋は最上階、三階の角部屋で、他の部屋より大きくヴァスを室内に入れることも許可して貰っていた。
〈ダリアの宝石店〉を出てから、ジュラは〈銀の子猫亭〉に帰っていた。部屋の中にはオズウェルとヴァスもいる。
ジュラはローブの下から、薄茶色の皮袋を取り出した。〈ダリアの宝石店〉で手に入れた魔石だ。
「・・・傷みが、酷いものばかりですね」
机に並べられた魔石をみてオズウェルが呟いた。確かに机の上の魔石はどれも瑕がつき、魔力の消費も激しいようだ。
「うん。ここ最近は、魔石の流通が激しくて、上物は品薄なんだんって」
ジュラは魔石を手に取りながら、そっと呟いた。その顔色はあまりよくない。
「ソルスト帝国の、奴隷反乱が原因ですか?」
オズウェルの言葉は疑問系だったが、断定するよな強さがあった。オズウェルの言葉を聞いてジュラの顔は強張った。
「コスタという国は、小国ではありましたが、優秀な兵士が多い事で有名な国でした」
オズウェルはジュラの正面にある椅子に腰掛けると、ジュラの手を元を見ながら話し始めた。
「小国であるがゆえに、兵士の数は多くありませんが、一人一人の錬度が非常に高い」
ジュラは、オズウェルの話しを興味深そうに聞いていた。人間社会との関わりが少ないために、話し事態が珍しいかったのだ。
「今回の奴隷の一斉蜂起も、おそらく計画的に始まったものでしょう」
それに、現在ソルスト帝国で起きてる奴隷の反乱は、自分が引き金を引いたようなものだ。
「帝国の南部は完全に分断され、傭兵や元奴隷、それに帝国に帰還できなくなった騎士たちで、血みどろの戦場になっています」
オズウェルの話しを聞いて、ジュラの顔が青ざめた。
「たくさん、人が、死んだかな」
ジュラの弱々しい呟きに、オズウェルが視線を上げた。紫と金の異色の瞳が、ジュラの凍てつく湖のような薄い青
い瞳を捕らえた。
「そうですね、これから、もっと多くの人が死にます」
オズウェルの、目は頼りなく揺れるジュラの目をしっかりと見据えている。
「・・・やっぱり、あのナイフの所為かな」
「あなたが、気に病むことではありません。近いうちに、帝国は内部崩壊をしていたでしょう。それが、少し早くなったに過ぎません。むしろ」
オズウェルはそっと魔石を一つ取り上げた。青い魔石だが、くすんでいて細かい瑕が表面についている。
「計画的に反乱が起きたために、被害は最小限かもしれません」
「・・・でも、やっぱり、私が」
「もし、あなたが、あのナイフを彼に渡さなければ、奴隷達の反乱は起き無かったでしょう。そして、ソルスト帝国は奴隷を虐げ続け、彼らは自由の為に戦うことすら出来なかったでしょう」
ジュラはオズウェルの紫と金の目を見つめながら、彼の話しに耳を傾けていた。
「・・・彼らには名前の自由すらなく。生死すら自由ではなかった」
オズウェルの手の中で、疵ついた魔石がクルクルと回っている。
「いま、彼らは自分の意思で、自分達の自由の為に戦っています。自身の命をかけて」
こつんと硬質な音を立てて魔石は机の上に置かれた。
瑕だらけの魔石は、光を浴びて鈍い光を反射している。
「たくさん、人が死ぬのに?何も、残らないかもしれないのに?」
「例え、全てを失ったとしても。彼らにとっては、手に入れる価値のあるものです」
静謐で重みのあるオズウェルの声は、ジュラの思考に深く染み渡ってくる。
「彼らは、全てを取り返すために、全てを失う覚悟なのでしょう」
****
アサージュの港で最も有名な菓子や、〈銀匙のパスール〉で一組の男女が向き合っていた。
「本当よぉ、絶対に!オズウェルって言っていたわ」
目の前にあるチョコレートケーキを食べながら、アネッサは不機嫌そうに口を尖らせた。
「本当に?間違いありませんか?」
アネッサの正面には、冴えない若草色のローブを着た魔術師が腰掛けている。
彼の前にも、チョコレートケーキが置かれているが、一切手が付けられていない。
「んーもー、しつこいなぁ」
アネッサは先ほどまでいた〈ダリアの宝石店〉で見た人物について、目の前の冴えない魔術師ワストに尋ねられていた。
――〈銀匙のパスール〉のケーキが食べたくて、ついてきたけど・・・。もう、本当にしつこいんですけどぉ
アネッサの不機嫌そうな気配に、ワストは苦笑を浮かべながら謝った。
「何度も同じ事を聞いてしまって、すみません。しかし、俄かには信じられない名前を聞いた者で」
ワストの言葉に、アネッサはきょとんと首を傾げた。
「さっきの色男さん、あなたの知り合いじゃないの?」
不思議そうなアネッサに、ワストは曖昧な笑みを浮かべた。
「そう、ですね。知り合いです」
「ふーん?」
アネッサは少し疑わしそうな視線をワストに向けている。
ワストは、自分の前に置かれたままのケーキをアネッサのほうに押し出した。
「よかったら、どうぞ?」
「えっ!やったぁ、ラッキー」
アネッサは直ぐに目の前のケーキに夢中になり、おいしそうに食べている。ワストがそのケーキに薬をかけていたことには、一全く気付いていないようだった。
ワストが〈ダリアの宝石店〉を訪れたのは、全くの偶然である。カミーユに命じられて、リジュアの様子を探りについでに、何かよい魔具はないかとふらりと立ち寄ったのだ。
〈ダリアの宝石店〉と書かれた看板が見えてきたとき、その下に三人の人物と一匹の獣が見えた。
一人は扉から半身を出しているところを見ると、おそらく店の者だろう。距離があるのではっきりとは分からないが、おそらく蛇系の獣人だろう。
問題は獣連れの二人だ。
漆黒の大きな虎を連れた二人は、男と女の二人連れである。男の方が長身なために、傍らの女がかなり小柄に見える。
トウヘッドの白金色の髪の女には見覚えはないが、漆黒の髪を持つ男には見覚えがあった。
「そんな、馬鹿な」
ワストが呆然と立ちすくんでいる間に、二人は漆黒の虎を連れてさっさと移動してしまった。
その後、店の店主に話しを聞こうと思ったが、相手にされずさっさと追い出されてしまった。
その後、店で男の事を見たという少女から話しを聞いていたのだが、その口から出た言葉は予想はしていたがやはりワストを驚かせた。
――・・・どういうことだ、オズウェルが生きている?
ワストはアネッサと別れた後、傭兵達で賑わうアサージュの港を歩きながら、ワストは考え込んでいた。
「これは早急に、報告したほうがよさそうですね」




