4 ダリアの宝石店
中央大陸とも呼ばれる、エルド大陸。
その最も西にあるリジュアと呼ばれる地域は、険しいキール山脈に囲われているため、ソルスト帝国の侵略を免れていた。
リジュアは様々な部族や民族、種族が生活している地帯である。複数の部族長達が存在し、それぞれの部族がお互いに協力しながら生活していた。
リジュアにある、アサージュの港。そこは多くの傭兵で賑わっていた。元々、リジュアは傭兵が最も多いダスタリアン大陸に近く、傭兵の出入りが元々多い。
しかし、現在、アサージュの港は何時も三倍近くの傭兵でごった返していた。
「お久しいねぇ、魔女殿」
「あ、うん。一年振り?ですかね」
ジュラはアサージュの港にある、〈ダリアの宝石店〉を訪れていた。
アサージュの港はエルド大陸の西部で、唯一ソルスト帝国の支配を受けていない港である。
それ以外の港は帝国の支配下にあるために、物資も人の移動も厳しく制限されていた。
「今は、帝国の事で、あっちゃも、こっちゃもピリピリしてるのぉ。あんまり、いい魔石はないですよ」
〈ダリアの宝石店〉の店主ダリアは、美しい緑色の髪を持つ美女である。緑色の髪は磨き上げられた床にまで達し、とぐろをまいてる。
白い肌に青いドレスを身に付け、気だるげに長い椅子に寝そべっている。両足は髪に埋もれている為に見る事ができない。
「うーん。とりあえず、あるものだけ見せてくれるかな?」
「ええ、もちろん。カンツォート、持っておいでですの」
店の方に呼びかけたダリアの声に反応して、小柄な影が、ワゴンが現れた。
良く見るとワゴンを押している、小さな影が見える。
「お持ちしましたー、ダリアしゃま!」
ワゴンの陰から顔を出したのは、犬耳を生やした小柄少年だ。
「そこに、置いてちょうだいな」
「あいです!」
どこか、舌足らずな喋り方をする少年カンツォートは、ワゴンを二人の間に置くと、ペコリとお辞儀をして部屋から出た行った。
残されたワゴンの上には幾つかの宝石が置かれていた。しかし、普通の宝石とは違い光を当てずとも、揺ら揺らと輝いている。
「どれも、帝国の南部から流れてきたものだけどね」
「帝国の?」
ジュラは魔石を手にとり、状態を確認していたが、ダリアの言葉にその手を止めた。
ダリアは煙管を口にくわえ、色っぽく煙を吐き出した。
「そうですのよ。今、ソルスト帝国は奴隷の反乱で、火の海ですのよ」
ダリアは気だるそうに髪をかきあげた。その首筋はキラキラと輝いている。良く見ると、薄緑の透明なウロコが首筋を覆っている。
「そうですのん。帝国の動向にどの国も神経質になっていて、魔石も出回らないわぁ」
ダリアは右手に持っている煙管で、こつんと軽くワゴンを叩く。ワゴンの上には魔石が並べられている。
「出回っているのは、帝国から流れてくる、傷物ばかりよ」
ジュラは手に持っている魔石を眺めた。確かにどの魔石も傷が多く、蓄積されている魔力も少ない。
「その魔石は、解放された奴隷達が、帝国の騎士や貴族たちから奪い取ったものなのよん」
ダリアは、ジュラが手に持っている赤い魔石を見ながら面倒そうに呟いた。
「ここ最近、手に入るのはその程度の物ばかりなのよん」
「そうですか」
魔石を掌の上で弄りながら、ジュラは何か考えこんでいるようだった。
「まぁ、あの国もいい加減、限界だったのでしょうけどねん」
「・・・帝国の話しは、最近、どこでも聞きますね」
「そうねん。ああ、魔女殿は人間の社会に興味ないものねん」
「あ、うん。まぁ、そうなんだけど」
「なら、こんな話しも知らないのかしらん」
一人の奴隷騎士をソルスト帝国から解放した者がいる。奴隷騎士を解放したものは、何の見返りも求めず。解放されたかつての奴隷騎士は、帝国の呪縛から奴隷達を解放している。
そして、大反乱が引き起こった。
「びっくりしたかしらん?人間社会のことは疎いでしょん?」
ダリアは、驚いた顔で固まったジュラを満足そうに見ていた。
「人間たちと関わらないようにしていても、厄介ごとには巻き込まれるものよん。ちょっとは情報を仕入れておいても、損じゃないわよん」
「そう、ですね」
したり顔のダリアに、ジュラは固い声で返事をした。
「終わりましたか?」
奥の商談室から出てくると、店内には何故か女性客で溢れていた。
「え?ええ?何、これ」
「あら、まぁ。すごいことに、なってるのねん」
ジュラに続いて、加工済みの宝石が置いてある店内に入ってきたダリアも驚いたように声を上げた。
〈ダリアの宝石店〉はそんなに大きな部屋ではない。
店を訪れる客も、かなり限られておりる。魔術師や冒険者などが使用する、加護や魔法効果のある魔石や金属の装飾品を売っているのだ。
宝石や貴金属とはいえ、戦闘で使うものばかりなので普段は若い女性などは訪れない店なのだが。
「あーダリア様ぁ!」
ダリアの姿を見つけてカンツォートが走ってきた。
犬耳がぷるぷると震えて、茶色い大きな目も涙目になっている。
「なんだか、急に、おきゃくしゃまが、たくしゃん!」
「落ち着きなさぁい、カンツォート」
ダリアは軽い混乱状態にあるカンツォートを、落ち着いた声で宥めた。
店内は華やかな香水の匂いと、若々しい女性達の声で満ちていた。
女性達の中央もには、一人の美丈夫が無表情に立っている。
「あららぁ、随分ともてもてねぇ、あなたのお連れは」
「いや、えっと。うん、そうですね」
ジュラは弱々しく答えて、ダリアの視線から逃れるように、女性達の中央に立つ美丈夫に視線を向けた。
その視線に気付いた美丈夫、オズウェルは、女性達の壁をするりと抜けてジュラの元まで近づいた。
「終わりましたか?」
「う、うん」
移動するオズウェルを追いかけて、女性達の視線が移動する。やがて、女性達の視線はジュラへと辿り着いた。
ジュラは一斉に多くの視線を受けて青ざめた。女性達の視線が、刺々しく非常に攻撃的だったからだ。
女性達の視線はジュラの事を値踏みするようだ。どの女性も確かに美人である。自分を美しく見せるにはどうしたらよいのか、良く理解しているようだ。誰もが、自身に満ちた挑戦的な視線を向けてきている。
「・・・うっ」
「どうしました?」
思わず後ずさってしまったジュラに、オズウェルは不思議そうに尋ねた。しかし、何かに気付いたのか、軽く右手を降った。
「・・・あ、あれ?」
女性達は突然、青ざめ店から慌てて出て行ってしまった。
「何だったんでしゅかね?」
「何だったんだろうね?」
ジュラはカンツォートと一緒に首を傾げていたが、何が起こったのかさっぱり分からなかった。
「んねぇ、あなた。何したのん?」
ダリアはオズウェルの側まで寄ると、異色の瞳を覗き込みながら尋ねた。
「何も、ただ、少し威嚇しただけです」
ダリアは、美しいが何処か無機質なオズウェルの顔をみてふうんを気の無い返事をした。
そして、ジュラとカンツォートの二人はまだ首を捻っていた。
「それじゃ、また、来ます」
「はぁい、お待ちしてるわん」
ジュラは黒い大虎と、異常なほど美しい男を連れて、店を後にした。
ダリアは店の入り口で二人と一頭を見送っている。ジュラは一切気付いていないが、実はかなり人目を引いていた。
ダリアとジュラの付き合いは、そこそこ長い。蛇の獣人のダリアは百歳を越えているが、ジュラとの付き合いは五十年ほどになる。
しかしその間、ジュラがヴァス以外の連れを連れてきたこは無かった。
――それが、いきなりこんな色男連れてくるから、びっくりしちゃんたわん
溜息をつきながら、店内に入ろうとしたダリアを誰かが呼びとめた。
「なぁに?魔術師さん」
振り返ったダリアの目の前には、若草色のローブを纏った人物が立っていた。
「先ほど、店から出てきた人について聞きたいのですが?」
おそらく人間の魔術師だろう。
灰色の髪に、くすんだ青い瞳をした冴えない男だ。




