3 帝国左翼騎士団執務室にて
ソルスト帝国の騎士団は、大きく三つに分かれている。城と皇族の守護が任務の近衛騎士団。帝都クリスタバルを中心に、帝国の本領土の守護が任務の聖騎士団。
そして、属領と他国への侵攻が主任務となる、翼騎士団。翼騎士団はさらに二つに分かれ、右翼騎士団と左翼騎士団に分かれる。
各騎士団はそれぞれ詰め所がある。人数的に言えば翼騎士団が最も多いが、帝都にいることが殆ど無いため、その詰め所は他の二つの騎士団に比べて、小さく粗末なものだ。
カミーユは、大して利用したことのない執務室で部下の報告を聞いてた。
「聖剣は儀式の最中、といっても、殆ど終わりの時に姿を消したようです」
報告をしているのは、若草色のローブに灰色の髪、くすんだ青い瞳の冴えない印象を受ける魔術師だ。
「その後聖剣の気配は、ゾルウェストの森で微かに感じられましたが、その気配も直ぐに消え、その消息は完全に不明になりました」
魔術師は、地図に書き込まれているゾルウェストの森という文字の上に、青い石で出来た三角の駒を置いた。
「しかし、その一ヵ月後。ゾルウェストの森近くにある遺跡に、聖剣の反応が現れます。」
喋りながら魔術師は駒を置いていく。今度は、森の直ぐ近くに置かれた。
「そして、遺跡近くの砦に、魔獣の入ったイノスの箱を輸送し、砦の騎士達に遺跡に向うように指示をした」
今度は、魔術師とは違う人物が赤い石を、砦の位置と遺跡の場所に置く。
「そうだ。兄上とドゥーバ卿は、ゾルウェストの森に住む魔獣が、聖剣を取りこんだと考えたんだろうね。」
カミーユは森から遠く離れた帝都クリスタバルに紫の石を置く。
「儀式を行ったのは帝都だ。魔術印の暴発で、ゾルウェストの森まで転移した、ドゥーバ卿はそう話しているが」
カミーユはそこで言葉を切ると、魔術師に視線を向けた。
「ありえること?ワスト」
ワストと呼ばれた魔術師は、両肩を軽く竦めると呆れたように呟いた。
「分かりませんよ。私は、あのような大規模な魔術に参加したことはありませんから」
カミーユは、その言葉を聞くと子どものように口を尖らせた。
「なんだよー、使えないなー」
その様子を苦笑しながら見ていたワストだったが、但しと付け加えた。
「ただ、魔獣が聖剣を取りこむというのは、ありえないと思いますよ」
「確かに、それはありえないよねー」
ワストの指摘に、カミーユは天井を仰ぎながら呟いた。
「それにしても、証拠隠滅のためとは言っても、アプドゥラの子どもを五匹も使用したことに驚きです」
「ああ、確かに、それもありえないよねー」
二人の会話に、今まで沈黙していたもう一人の男が口を挟んだ。
「その魔獣は、そんなに強いのか?」
騎士の装備をしているその男は、不思議そうに尋ねてきた。
「強いっていうより、厄介ですね」
「ああ、うん。質が悪いのよぉ」
もし、あのままグラジオラスの作戦が遂行されていた場合、ゾルウェストの砦は消滅し、周辺も百年近く死の大地になっただろう。
その話しを聞いて、騎士は顔を顰めた。
「・・・そのような状態で、聖剣は破損しないのですか?」
その言葉を聞いて、カミーユは面白そうに笑い出した。
「聖剣は、その程度じゃビクともしませんよ。スーク」
「・・・そうか。しかし、聖剣が無傷でも、そのような環境になってしまったら、回収など出来ないだろ」
スークと呼ばれた騎士の疑問に答えたのは、笑い転げていたカミーユだった。
「それはね、問題ないんだよ。聖剣は所有者がいなくなった場合、元の場所、封印されていた場所に自動的に戻るんだ」
「自動的に?」
「そう。但し、多少の時間のずれが起こるから、その間に誰かが所有してしまったら、戻ってこないけどねぇ」
カミーユが喋っていることは、ソルスト帝国の機密事項の中でも最も秘匿されてきていることである。
「・・・殿下。殿下の言い方では、聖剣は誰にでも所有でるように聞こえるのですが?」
スークの指摘にカミーユは、華やかな笑みを浮かべた。
「ふふふ、察しがいいね!その通りだよ。帝国が所有している聖剣レーヴァティンは、実は誰でも使えるのさ」
カミーユの言葉にワストもスークも目を見開いて絶句した。
ソルスト帝国が所有する聖剣レーヴァティンは、光の女神シャンターナの力を宿していると言われる剣だ。
光は調和を司り、全てを統べる力を生み出すと云われている。
レーヴァティンは帝国を築いたと云われる、英雄ティベリオスが所有していた剣で、その後二百年近くソルスト帝国の皇帝に引き継がれてきた。
レーヴァティンは、英雄ティベリオスの血を引いている者にしか扱えないと云われている。
聖剣レーヴァティンは、帝国を統べる者の証と言ってもよいものなのだ。
「・・・だからこそ、兄上もドゥーバ卿も焦ってたのさ」
カミーユは面白くなさそうに告げた。そして、地図に赤い線を引いてく。
「まぁ、聖剣の事はいいよ。今の現状じゃあ、どうしようもないからね。それより、スーク。コスタの様子は?」
「・・・駄目ですね。完全に、分断されました。コスタ以南の領地の状況は、現在は全く分かりません」
「連絡用の魔水晶も破壊されています。魔術のでの干渉も出来ません」
スークとワストの話しを聞きながら、カミーユは地図に線を引いていく。
「それから、北西の主要な港でも、連絡が途絶えました」
「ああ、そして・・・」
二人の報告を聞き終わった後には、周辺を真っ赤に塗りたくられた、帝国の地図が出来上がっていた。
カミーユはその地図を眺めて、しみじみと眺めた。
「あーあ、あっちこっちに戦争吹っかけてきた、ツケだねぇ」
二週間ほど前、ソルスト帝国は南部で引き起こった奴隷達の反乱によって、コスタを中心に大乱戦になっていた。
本来であれば、帝国の騎士達に反抗できないはずの奴隷達が、武器を手に帝国騎士団に立ち向かってきたのだ。
なぜか、奴隷達の魔術印は発動せず、全く予想していない急襲に、南部の騎士団の拠点は次々と壊滅して行った。
結果、帝国騎士は本領土までの撤退を余儀なくされた。戦地になった地帯は、南部でも本領土に近い地帯ばかりで、末端の地域は戦場にはならなかった。しかし、同時多発的に発生した反乱が、末端の地域を完全に中央から分断してしまった。
孤立した南部の騎士団の拠点とは、一週間ほど前から、一切連絡が取れなくなっている。
「我々、左翼騎士団は完全に撤退していたため、被害はありません。ですか」
「右翼は、半分持っていかれたね。おまけに、残りの半分は鎮後兵。戦力は期待できないもんねぇ」
「団長のカラク殿は、帝都に帰還できたようですがね」
ワストの言葉に、カミーユは面白くなさそうに呟いた。
「自分の隊を、全滅させてね」
カミーユはテーブルに広げられていた地図をワストに片付けさせ、新しく、何も書き込まれていない地図をスークに広げさせた。
「さぁてと、今後の事を決めてみようかなぁ」
危機的状況にあるはずの、帝国左翼騎士団団長カミーユは、何故か楽しそうにそう呟いた。




