28 別れと予感
「じゃあな、死ななかったら、どこかで合うさ」
ゾルウェストの砦の食堂内、エディッツは帝国騎士の鎧ではなく、皮鎧だけを身につけた軽装備で冒険者のような装いになっていた。
下級騎士に支給される剣は持っておらず、見張りが持つ弓矢を装備している。
「そう、ですね」
ジュラとオズウェルも出発する準備を完了していた。
ヴァスにある程度の荷物を載せて、ノーストは暫らくの間だけ小型化の魔法をかけ運ぶことにした。
ノーストは猫程度の大きさになり、ジュラが抱えている。
「ああ、まぁ、二度と会わないかもしれないけどな」
エディッツはつまらなそうに呟くと、食料や旅に必要な小物を入れた皮袋を背負い、テーブルに置いてあった短剣を胸元の皮ベルトに差し込んだ。
「これ、本当に貰って良いのか?」
差し込んだ短剣を右手で触りながら、エディッツは呟いた。
「え?ああ、構いませんよ?・・・そんな、大した物じゃないですし。元々、あなたの物ですしね」
ジュラは不思議そうに呟く。
その様子を見て、エディッツは何とも言えない顔をいした。
「・・・ソルスト帝国からしたら、とんでもなく、恐ろしいものだけどな」
「そうですか?その、短剣が?」
ジュラは本当に不思議そうな顔をしている。
エディッツは深く溜息をつくと、疲れたようにジュラに話しかけた。
「・・・あんた、その内。気付かないうちに、面倒ごとに巻き込まれるぜ」
「ええっ?」
エディッツは驚いた声を上げるジュラから、その隣に佇むオズウェルに視線を移した。
オズウェルは二人の会話に興味がないのか、全く口を挟んでこなかった。
「知り合いにあったら、お前のことを伝えてもいいのか?」
「・・・好きにしろ」
オズウェルの返事はそっけないものだった。
「あっそ、じゃ、好きにさせてもらうわ」
エディッツとの別れは、あっさりと終わってしまった。装備を軽く確認すると、さっさと食堂から出て行ってしまった。
「私達も、行きましょう」
ジュラはエディッツが食堂の外へ出て行くのを見ていたが、オズウェルに促されて出発する事にした。
「う、うん。その、さぁ」
――オズウェルは、エディッツと一緒に行かないの?
ジュラはよく考えれば、オズウェルとの付き合いが長いのはエディッツのほうなのだから、二人が一緒に行動するほうが自然なのでは、と考えていた。
しかし、二人の間に既知の者同士の気安さはあっても、親しい雰囲気は一切無く、会話もエディッツが一方的に的に話しかけている状態だった。
「どうしました?何か忘れ物でも?」
オズウェルは、今も当然のようにジュラの隣にいる。
――・・・まぁ、いいか
ジュラは、オズウェルとヴァス、ノーストと一緒に黒い森にある自身の家へと帰って行った。
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「どうなってる!!話しと全く違うぞ!!」
ソルスト帝国のある一室で、二人の人物が睨みあっていた。
「・・・反応があったのは、間違いないことですぞ」
二人の雰囲気は非常に険悪だ。
白銀の鎧を着た騎士と、純白のローブを着た老人である。
グラジオラスとドゥーバ卿だ。
二人は、豪奢だがどこか薄暗い、窓の全くない部屋で対峙していた。
グラジオラスは殺気だっており、ドゥーバ卿は随分と顔い色が悪い。
「貴殿が、聖剣の気配がするというから、砦を一つ潰したのだぞ!!」
グラジオラスの怒鳴り声に、ドゥーバ卿はあからさまに顔を顰めた。
「それは間違いないことです。むしろ、グラジオラス殿下の手配に、不備があったのでは?」
ドゥーバ卿の不機嫌そうな声に、グラジオラスは柳眉を逆立てた。
「なんだと!私は、報告を受けてから迅速に対応したぞ!!」
グラジオラスは顔を真っ赤にして怒鳴りはじめた。
「そもそも!貴殿の、報告が、誤っていたのではないか!?」
「何ですと?」
「ふんっ!この一ヶ月間、貴殿は碌に聖剣の気配を探れていない。それが急に、あのような辺境の地に、聖剣の気配を感じるなどと言いだして、どう考えても怪しいではないかっ!!」
「・・・この一ヶ月間、私は聖剣の気配を探るのに、不眠不休で魔術を行使しておりました」
ドゥーバ卿は努めて冷静に語ろうとしているのか、しきりに髭を撫でながら、憮然と喋りだした。
「それに比べて、・・・殿下は、奴隷のものたちを無意味に、甚振っていただけではありませんか」
「貴様!!」
とうとう、グラジオラスは腰に佩いていた剣を抜き、ドゥーバ卿の枯れ枝のような喉元に突きつけた。
「・・・そのような態度で、騎士団の団長が務まるとは、思えませんな」
しかし、ドゥーバ卿は全く怯むこともなく、むしろ冷めた目でグラジオラスの事を見ていた。
一触即発の二人だったが、重苦しい空気を破って、扉が開かれたことにより緊張していた空気が緩んだ。
「なーんですかー、急に呼び出しなんてぇ。ちょー眠いんですけどー」
扉から入ってきたのは、煌びやかな騎士服を纏った、美少年である。
豪奢な金髪が華やかな顔立ちを縁取り、随分と派手な印象を受ける。少年は気だるそうに部屋に入ってくると、険悪な雰囲気の二人をみて形のよい眉を顰めた。
「なーにぃ?その辛気臭い顔。あーあ、やだやだ。おっさんと、じじしかいない部屋なーんてぇ」
少年は中央付近で言い争っていた二人を、押しのけるように部屋の奥に進み、そこに用意されていた椅子に座った。
「カミーユ!どうして、お前がこの部屋に来たんだ!!」
グラジオラスは抜いていた剣を慌てて下ろし、カミーユを問い詰めた。さっきまで、激昂していたはずなのに、グラジオラスの顔色は白くなっている。ドゥーバ卿の顔も強張っていた。
カミーユと呼ばれた少年は、グラジオラスの大声に一瞬顔を顰めたが、直ぐに華やかな笑顔をその顔に浮かべた。
「そんなの、父上に言われたからに、決まってるよ」
カミーユの勝ち誇ったような表情に、グラジオラスの顔が歪み、ドゥーバ卿が息を呑んだ。
「・・・馬鹿な」
呆然と呟くグラジオラスを、カミーユは冷めた目でチラリと見ると、視線をドゥーバ卿へと移した。
「ドゥーバ魔道大臣。あなたは、そろそろ引退なされたほうが良いのではないですか?」
カミーユは小馬鹿にしたような態度で、ドゥーバ卿へと話しかけた。
「ここ最近、心労が多くて、御自慢の魔術精度も落ちてるそうですし?」
ドゥーバ卿は一切の反論をしなかったが、見開かれた両目は血走りカミーユを睨みつけている。
「グラジオラス兄上」
カミーユは反応のないドゥーバ卿をつまらなそうに見た後、視線をグラジオラスへと移した。
「僕が、帝都にいない間に、随分と面白いことになってるねぇー?」
「・・・カミーユ、何時、帰還したのだ」
カミーユは双眸を細めた。たっぷりとした睫毛に彩られているのは紫眼の瞳である。
「・・・半日前かなぁ?出征していたウォードから、飛んで帰ってきたよ。お蔭で、上等な騎獣を5頭も潰しちゃったけどね」
グラジオラスを見つめるカミーユの視線は、ドゥーバ卿を見ていたときとは、比べ物にならないほど冷たい。
「聖護天の祭りまで、一ヶ月を切ってるのに、聖剣レーヴァティンが帝都どころか、この帝国から紛失してるなんてね」
「・・・・・・」
強張った表情で沈黙しているグラジオラスに、カミーユは淡々と話し続ける。
「おまけに、その消息に関して、全くと言っていいほど、情報を手に入れられていないなんて」
カミーユは座っていた椅子から立ち上がると、グラジオラスに近づく。
グラジオラスとカミーユの身長は頭一つ分ほどある。
「今日、この部屋に、僕が来たって事が、どういうことか分かるよね」
カミーユは、下からグラジオラスの青い目を見つめながら、努めて優しく話している。
「・・・詳しくは、父上に聞くといいよ。執務室でね」
そして、ドゥーバ卿の方を振り返るドゥーバ卿にも執務室に行くように告げる。
二人が部屋から退室すると、カミーユは椅子に座り直した。
カミーユは足を組むと二人が出て行った、扉を睨みつけながら、凍てつく声で呟いた。
「グズどもめ」
ソルスト帝国で大きな変革が起きる。
聖騎士団団長であったグラジオラス殿下と、魔道大臣であったドゥーバ卿が、突如として帝国の中枢から姿を消したのだ。




