27 奴隷の魔術印
昼前に砦を離れるということで、ジュラは出発するために荷物の点検をしていた。
とはいっても、元々荷物は少ないので直ぐに終わってしまう。
なので、そう言えばオズウェルの用事は終わったのかと尋ねると、問題ないと言われたので、直ぐにでも出発できるようになってしまった。
出発まで時間のゆとりができたジュラは、エディッツに奴隷騎士や帝国の事について、色々と聞いていた。
反対にエディッツも、ジュラにさまざまなことを尋ねていた。
オズウェルは調理場で、昼に食べる軽食を作っている。
「へぇー、人間とはあんまり関わらないようにしてんのか」
「ええ、面倒ごとに巻き込まれて、拗れたりする事が多いので・・・。他の魔女の方がどうしているのかは、知りませんが」
「ふうん、なるほどね」
ジュラの何とも言えない顔を見て、エディッツも思うところがあったのか、納得したように頷いている。
「エディッツは、この後、どうするのですか?」
「どうも、しねぇよ。・・・つーか、できねぇしな。これがある限り」
エディッツは鎧を脱いで、下に着ていた皮鎧だけになっている。
そして、着ている皮鎧の右肩部分の留め具を外し、右肩が見えるようにした。右肩の鎖骨の下辺りに、黒い円形の魔術印が刻まれている。
ジュラからすると随分と歪なものだが、人間に対しての拘束力は十分のようだ。
「・・・もし、この砦から離れようとすると、どうなるんですか?」
ジュラは呪印を見つめながら、不思議そうに尋ねた。人間の魔術に詳しくないジュラは、細かい作用までは見抜けない。
「個人差があるけどな、自力で外に出る事はできねぇから・・・。もし、仮に無理やり、この場所を離れたとして」
エディッツは、かつて故郷で見た光景を思い出しながら喋っていた。
「魔術印が作動する。四肢が千切れて、内蔵が腐りだす。ちなみに絶命するまで、10分から15分くらい掛かるが、その間は魔術印は対象の意識を無理矢理に保つから、俺はその間、足をもがれた蟲みたいにもがき続けることになるな」
エディッツの話しを聞いて、ジュラは僅かに考え込んだ。
「・・・まるで、見た事があるように話しますね」
「あるさ、魔術印を刻まれて直ぐにな。・・・一緒に奴隷騎士にされた仲間が、無理やり魔術印の作動する場所に放りだされたからな」
話すエディッツの目には不自然なほど何の色も浮かんでいない。
「どこでも、やるらしい。逃げるとどうなるかって、な」
ジュラはエディッツの魔術印を見つめながら、初めてオズウェルを発見したときの事を思い出していた。
エディッツの話しと、発見した時のオズウェルの状態は一致するところが多い。つまり、オズウェルのあの状態は、魔法印が作動した後だったのだろう。
「エディッツとオズは、一緒に奴隷騎士に?」
「いや、俺は七年前に占領されたコスタの兵だ。コスタが帝国に占領されて、奴隷騎士になったが、オズウェルとあったのは二年後、五年前だな。それに・・・」
エディッツはそこで言葉を切ると、迷うような素振りを見せた。何か引っかかる事があるらしい。
ジュラは特に声をかける事も無く、その様子を見守っている。
「それに、多分あいつは、堕ち騎士だ」
「おち、騎士?」
「ああ、殆どいないが。奴隷騎士の中には、元は正規の帝国の騎士だった者、もいる」
エディッツは外しておいた、皮鎧の留め具を留め直しながら話している。
「帝国の騎士は、罰として正規の騎士の座を剥奪されて、奴隷騎士に落されることがあるらしい」
「それが、堕ち騎士?」
ジュラの声にエディッツは軽く頷く。
「でも、何で、オズウェルがそうだと、思ったんですか?」
不思議そうなジュラに対して、エディッツは左肩を叩きながら答えた。
「あいつの魔法印が、左右両方にあったからだよ」
「え?」
「奴隷にしろ、奴隷騎士にしろ、魔法印は一つだ。複数あるのは、堕ち騎士だけだ」
エディッツはそう言うと、ジュラの方を向いて逆に不思議そうに尋ねた。
「そうだ、あいつには確かに魔術印があった。なのに、どうして帝国領外の、ゾルウェストの森で生活できてるんだ?」
「ああ、それは。おそらく、治療の過程で魔術印も解除されたからだと思います。」
「・・・・・・は?解除された?」
「ええ。そもそも、オズは魔術印が判別出来ないほどの、重態でした。そのため、魔術印の効果も薄れていたのかもしれません」
ジュラの説明にエディッツは怪訝そうな顔をした。
「俺達は、魔法印に手を加えることも、行動制限にはいってる。そんなこと、」
「でも、奴隷の人でなければ、出来るのでしょう?」
ジュラの言葉に、エディッツは目を見開くと、勢い良く立ち上がった。
「そうか!その手があった!!」
エディッツは、急に皮鎧を脱ぎ始め、テーブルの上に放り投げていた短剣を手に取ると、それをジュラに放り投げた。
「うっわぁ!な、何です?どうしたんですか?」
目を白黒させているジュラに、エディッツが鬼気迫る様子で短剣を抜くように指示した。
不穏な気配に足元に蹲っていたヴァスと、丸まっていたノーストが体を起こす。
「それで、俺の魔術印のところを刺せ!」
「え、ええ!!」
「あんたは、帝国と全く関係がないだろう。なら、何の制約のもねぇだろ」
「そ、そりゃあ、そうですけど」
しり込みするジュラに、鞘から抜いた短剣を無理やり持たせると、その手を握り自分の方に引き寄せようとした。
ジュラは勢いで椅子から滑り落ち、バランスを崩したエディッツが、その上に覆いかぶさる形で倒れこむ。
ジュラの手には短剣が握られたままである。ジュラはとっさにそれを放り出そうとしたが、エディッツの手が上から握りこんでいるために、短剣を手放すことができない。
――刺さるっ!
思わず目を閉じたジュラだったが、短剣がエディッツに刺さることも、エディッツの下敷きになる事も無かった。
「・・・何を、している」
「うっ、・・・ぐ・・・」
身が凍るような恐ろしい声が響いた方と思うと、ジュラに接近していたエディッツの気配が急速に遠ざかった。
驚いてジュラが目を開けると、エディッツの襟首を掴んだオズウェルが、右腕一本でその体をぶら下げているのが目に入った。
左手に持っているのは、出来上がった軽食のようだ。
ジュラは右手に抜き身の短剣を握り、座りこんだまま呆然とその様子を見上げていた。
「・・・ぐっ・・・うぅ・・・」
エディッツは何故か抵抗せずに、手足を硬直させている。
しかし、良く見ると指先が不自然に刻みに震えている。
ジュラが、素早く足元に視線を向けると。
「ノースト!」
ノーストがエディッツの足に、触覚を突き刺していた。
一騒動あった食堂は、なんとも言えない沈黙が降りている。
誰も椅子には座っておらず、全員が床に円を描くように直接座っていた。
「くっそ、ひでぇめにあった・・・。うぅ、気持ち悪ぅ」
エディッツは酷い顔色で、飲み物の入った器を両手で持っている。
ノーストが触覚を突き刺したところから、即効性の神経毒が注入され、それにより何の抵抗もする事が出来なかったうえに、オズウェルが容赦なく掴んだ首の部分も、実は頚椎に若干の損傷が見られた。
ジュラはノーストの神経毒が効いている間に、頚椎の損傷を魔法で直し、その後、神経毒の解毒を行った。
エディッツは殆ど記憶が無いのか、自分が転倒して気絶したと思っているようだった。
「あー、何で首が痛ぇんだ?」
「捻ったんだろ」
オズウェルは非常に冷たい目で、エディッツの事を見ている。そして、ノーストはジュラの膝の上に丸まっていた。
「えっと、まぁ。大怪我にならなくて、よかったじゃないですかぁ」
ジュラは誤魔化すように、乾いた笑みを浮かべた。
「ああ、まぁ。俺が、悪かったしな。」
エディッツも気まずそうに顔を顰めた。
「この魔術印から、解放されるかも知らないと思ったら、ついな」
謝罪するエディッツに、ジュラは苦笑を浮かべた。
「必死になる気持ちは分かるから、気にしないでですよ。それに、魔術印は解除しておきましたから」
「そうか、悪いな。・・・・・・はぁっ!?うっぐ、いってぇ」
エディッツは中々収まらない頭痛、治療と解毒による副作用に顔を顰めていたが、ジュラの言葉を聞いて大声を出し、そして自分の声で痛手を受けていた。
「・・・気絶している間に、ついでに解除しておきました」
――また、こんな事になったら、嫌だし
ジュラはなんとも言えない表情でエディッツの事を見ていたが、エディッツはその視線に気付くとことはなく、慌てて魔術印の刻まれていた場所を確認した。
「・・・ない。本当に、消えてる」
エディッツは呆然と、かつて魔術印が刻まれていた場所を左手で撫でた。
今回のサブタイトル候補
「人の話しを聞こう」
「思い立ったら」




