25 三人と二匹の朝食
暫らくの間、ノーストと戯れていたジュラだが、扉を叩く音で我に返った。
「起きていますか?朝食が出来ました、食べませんか?」
「へ?あ、ああ!はい!」
ジュラは扉から姿を現した美丈夫に見とれてしまい、返事が遅れてしまった。
寝室に入ってきた美丈夫、オズウェルは、一瞬眉を顰めると、ジュラが座りこんでいる寝台に腰掛、彼女の頬に手を当てた。
「顔色が少し悪い。もう少し寝ていますか?」
ジュラは呆然と眼前に迫る秀麗な顔を見ていた。
――・・・わぁ、夢じゃなかったぁ。いや、もしかして、まだ夢見てる?
「オズ、・・・大きくなったねぇ」
ジュラはしみじみと呟いた。目の前の現実味の無い美形を、ぼうっと見つめてしまう。
「・・・そうですね。しかし、大きくなったというよりは、小さくなっていたのですが」
オズウェルはジュラにそう答えると、起きれるかどうか尋ねた。
ジュラが寝台から降りると、それに続くようにヴァスとノーストも寝台から降りる。
「・・・随分、懐いていますね」
オズウェルはジュラの足元をついてくるノーストを見ると、不思議そうに尋ねた。
ヴァスがジュラの傍らに寄り添っているのは何時ものことだが、更にやや後方に白い塊がもそもそと動いている。
あまり俊敏に動くことは出来ないうようだが、やや遅れながら懸命に追いかけて来ているようだ。
「ん?うん。かわいいよねぇ」
ジュラはオズウェルに笑顔で答えたが、オズウェルは不思議そうな顔をしていた。
「・・・かわいい?」
二階から一階の食堂に降りると、朝食の良い匂いが漂ってきた。
その中には、普段では嗅ぐ事の無い匂いが混ざっている。
――あれ?肉料理の匂いがするような?
ジュラは肉を食べない。それは種族的な問題であって、肉を食べる必要がないのだ。
そして、複数の生物と合成されているオズウェルも基本的に食事は必要ないようで、自身も空腹を感じる事はないと言っていた。
しかし、ジュラが食事を一人でするのは寂しいので、一緒に食事をするようにしている。
もちろん、食事が必要なジュラに合わせて食事が作られるので、肉が材料に使われる事は無い。
ジュラが不思議に思いながら食堂に降りると、見知らぬ人物が不機嫌そうな顔で皿をテーブルに並べていた。
「あ」
二人はほぼ同時にお互いに気付き、同時に声を出した。
ジュラの視界に入ってきたのは、すらりというよりは、ひょろりとした男だ。両手に篭手を嵌めていないが、胴体には鎧を装備している。
肉の匂いは男の前に置かれている皿からしているようだ。
オズウェルは、ジュラを椅子に座らせると、調理場があると思われる場所へ行ってしまった。
ジュラの足元にはヴァスとノーストが大人しく座っている。
「えっと、・・・どうも、はじめまして」
ジュラは右斜め前方に座っている男に軽くお辞儀をした。
ジュラの目の前には、自宅で良く見る、蒸かした芋のサラダとパンが置いてある。もう一つ空の器があるが、おそらくスープだろう。
久々にあう人間に、ジュラはかなり緊張していた。
目の前に置かれているサラダの入った皿を見ていたのだが、どうも視線が気になる。
「ええーと、私は黒い森に住んでる、土の魔女です」
ジュラは、そっと視線を上げて挨拶をしてみた。細面の男は不審そうな顔をして、ジュラの事を見ている。
「魔女?魔女って、あれか?世界の調和を、保ってるとかいう・・・」
「えっと、・・・たぶん、そう、です」
ジュラは、相手の不機嫌な雰囲気にすっかり萎縮してしまっていた。
「いってぇ!?」
そのとき、男の背後にある調理場から現れたオズウェルが、男の頭に鍋を落した。
ゴンという鈍い音を響かせたあと、男は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「自分の名前くらい、名乗れ」
オズウェルは唸っている男を無視して、テーブルに置いた鍋からスープを注ぎ始めた。
「くっそ、いってぇなっ!」
男は顔を真っ赤にして立ち上がったが、オズウェルは一切気にしていない。
「おれは、この砦の騎士だ。ここではザックって名前だったが、本当はエディッツていう名前だ」
「ここでは?」
ジュラは不思議そうに尋ねた。騎士であることはその装いから判断できるが、名前はどういうことなのだろう。
「ああ、俺は騎士っつても奴隷騎士だからな。名前の自由はない」
「へ?」
「なんだ、知らないのか?あんた」
不思議そうなジュラの顔をみて、今度はエディッツが不思議そうな顔をした。
「あんた、オズウェルの知り合いじゃないのか?そいつも奴隷騎士だぜ?」
「へ?」
ジュラは、今度はオズウェルの方を向いて不思議そうな顔をした。
オズウェルは肯定するように軽く頷いた。
「正確に言えば、私の場合は、元奴隷騎士、と言う事になりますが」
「えっと、ちょ、ちょっとまって。その、そもそも奴隷騎士って何?」
ジュラはオズウェルとエディッツの二人を交互に見比べながら、途方に暮れたような顔をしていた。
「つまり、奴隷騎士っていうのは、帝国に占領された地域の兵士で」
ジュラは二人から受けた説明を、頭の中で纏めながら喋っていた。
「帝国に占領後、戦闘能力の高い者たちは、騎士として帝国の騎士団に組み込まれるけど・・・」
「死ぬまで帝国の命令に逆らえない、騎士って言うより消耗品の兵器としての扱いだな。奴隷からは下級兵士も徴兵されるが、そいつらは戦闘じゃなくて荷物運搬が主体だ」
「そして、奴隷騎士に施されている隷属の魔法は、他の奴隷とは違う」
「他の奴隷達は場所の移動が出来ません。しかし、奴隷騎士に施されている隷属の魔法は、所属する部隊の隊長に隷属するようになっています」
「隊長が先に戦死、若しくは事故死した場合。その土地、或いは戦地に縛られて死ぬまで動くことができない。」
ジュラはすっかりと殺伐とした雰囲気になった食堂で、あたたかいスープを飲みながら二人から説明を受けていた。
足元では、ヴァスとノーストものんびりと食事を取っている。
「で、エディッツはこの砦に配属されてた隊長の隷属に入っていたんだけど」
「いつの間にかその隊長が死んじまって、俺はここから動けなくなったってわけです」
「え?そうなんですか?」
エディッツは、不機嫌そうな顔で料理を口に運んでいる。オズウェルは説明に時々付け加えをしながら、淡々と食事をしていた。
「そうだよ。つーか、何食ってんだ?その芋虫」
エディッツは机の下を覗き込み、ジュラの足元で食事をしてるノーストを観察した。
ノーストは濃い緑色の物体を食べている。
反対側にいるヴァスは既に食べ終わったのか、寝転がって寛いでいるようだ。
「え?えーと。ノーストが食べてるのは、ガンジュラの実とアギュストの体液を混ぜたものです」
「・・・食えんのか?それ」
「人間だと、触っただけで、死にますねぇ。猛毒ですから」
「・・・・・・」
エディッツは何とも言えない顔でノーストを見ると、テーブルの上に視線を戻した。
視線の先には、小柄な女性が少し困惑したような表情を浮かべて座っている。
十人に聞けば、十人とも美人だと答えそうな整った顔立ちをしていた。だが、その隣に座っている男、オズウェルが人並み外れた美形であるために、霞んで見えてしまう。
「ええっと、その。エディッツとオズは、知り合い、なんだよね?」
ジュラは困惑した視線を向けながらエディッツに質問した。
「知り合い・・・、まぁ、そうだな。そいつが、俺の知ってるオズウェルと同じならな」




