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私の最高傑作は冥王です  作者: 屋猫
第一章 出会い
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24 過去の幻影

 オズウェルは手早く朝食を作った。

 豆のスープに、蒸かした芋のサラダ、そして、パン。

 肉も卵も使われていない質素な食事だ。


 「なぁ、肉は入れないのか?」


 エディッツはスープの鍋を覗きこみながら呟いた。

 辺境の地とはいえ、体力が無いと話しにならない騎士たちが生活しているのだ。

 食事には肉料理が必ずといって良い程出てくる。


 「食べたいなら、自分で作れ」


 オズウェルは素っ気無く答えると、テーブルの一角に食器を設置して、二階へとあがって行った。

 並べられている食器は、どう見ても二人分しかない。


 「・・・なんか、むかつく」


 エディッツは顔を顰めながらも、自分の食事の用意を始めた。


 そして、時はさかのぼる。

 ほんの少しだけ。


 オズウェルが執務室に向い、エディッツがその姿を追いかけて行った後。

 一人、二匹の魔獣に挟まれ寝室で眠っていたジュラは、夢を見ていた。


 懐かしい夢だ。


 自分が幼く、無邪気で、無知で、未熟で、愚かだったころ。


 ――子どもが遊んでいる。長い黒い髪を緩く三つ編みにした、幼い少女だ。 


 恵まれた環境に気付くことも無く、与えられる恩寵を当然だと思っていた。


 ――少女は花畑に座り、夢中で花輪を作っている。赤、青、白、黄、紫、色とりどりの花々で作られた花輪は、もう直ぐ完成しそうだ。 


 自身の愚かさに気付かず、毎日を浪費していたように思う。


 ――突然、少女が振り返る。振り返った少女の瞳は、黒だ。満面の笑みで、誰かに呼びかけている。


 ああ、そして。自分はあまりにも無知だったのだ。


 ――少女は両手に持った花輪を、誇らしげに誰かに掲げて見せた。


 無知である事は罪ではないのかもしれない。しかし、私は知っておかなければならなかったのだ。


 ――少女の桜色の唇が動き、何か呟いている。


 もし、そうであったなら。あの平凡で穏やかな世界は、未だに続いていたかもしれないのに。


 「!」


 場面が突然切り替わる。

 様々な動物や種族の人々が入り混じり、互いに殺しあっている。

 どこかの戦場のようだ。

 弓矢や、魔術の炎や礫が飛びかい、色々なものを傷つけていく。

 生きている者だけではない。

 水も、大気も、大地も、草木も、日の光でさえ、血と死に汚れている。


 ああ、消えていく。

 仲間の命が、傷つき、ひび割れ、粉々に砕けていく。

 周囲には怨嗟の声が渦巻き、絶望が木霊している。

 

 ふと、下を向くと。

 傷ついた獣が倒れていた。無残にも所々の皮が剥がされている。前足が半ばまでちぎれ、尾は切り落とされている。おまけに顎が砕かれているのか、だらりと舌がこぼれ落ちている。

 それでも息があるのか、むき出しの肋骨が浮き沈みしていた。

 

 その獣に縋りついて、泣いている者がいた。

 治療をしようとしているのか、しきりに右手で魔法印を描こうとしている。

 しかし、指先が震えて、まともに印が描けていない。獣の呼吸は徐々に弱くなって行く。


 「だめ、だめ!死んじゃだめ、死んじゃだめだってぇ」


 泣き声は叫び声になり、そして啜り泣きになった。

 

 「ひっく、・・・死なないで、・・・うっ、く、・・・」


 もはや、どうする事も出来ず、横たわる獣の体に縋りついていた。


 ――そうだ。あのときも、こんな風に。私は、何も出来なかった


 目の前で、骸にすがり付いてすすり泣いている者を、呆然と見下ろしながらジュラは呟いた。


 「あのとき、私も死んでしまうはずだったのに」


 その呟きと共に、ジュラは夢の世界から引き戻された。

 右側に寝そべっているヴァスが、心配そうにジュラを見ている。ジュラは安心させるように微笑みかけ、ヴァスの頭を撫でてやった。


 「平気だよ。何とも無い。大丈夫」


 しかし、その笑みはあまりにも弱々しい。

 ジュラの足元で何かが動いている。カチカチと何か硬質なものが触れ合う音と、泣き声のようなものが聞こえる。


 きゅい きゅい

 

 ジュラが足元を見ると、アプドゥラの子どもが口元の二本の触覚でジュラの足に触れていた。

 

 きゅい きゅい


 様子から察するに、おそらく心配しているのだろう。


 ――・・・ああ、そういば


 「君も、一人ぼっちになっちゃったね」


 ジュラは体を起こす、足元にいたアプドゥラの子どもを手招いた。アプドゥラの子どもは大人しくジュラの左側にやって来た。

 ジュラはアプドゥラの子どもを抱えて、膝に乗せると、傷一つ無くなった体を撫でる。


 「何処から連れてこられたか分かれば、群れに返してあげられるけど・・・」


 アプドゥラは基本的に生まれた群れを離れることなく、一生を終える。繁殖期に限り、複数の群れが集まることがあるが、基本的には群れから逸れてしまうことはないのだ。


 「ごめんね、他の子も助けてあげられなくて・・・」


 ジュラは、アプドゥラの子どもの額にある、一握りぐらいの緑の魔石をそっと撫でた。

 これは同じ魔獣同士とはいえ、複数の別の生命体を複合したために、激しい拒絶反応が起きないように緩和剤として植え込んだものだった。


 アプドゥラの子どもは大人しく撫でられている。

 

 ――どうしようかな?この子。ここに置いていくわけにも行かないし・・・。連れて帰るしか、ないよね?


 アプドゥラの子どもは、心なしか気持ちよさそうである。尾の部分が機嫌よさそうに左右に揺れていた。


 ――牧場は・・・。無理だなぁ、ちょっと狭いし、餌がなぁ・・・


 アプドゥラの子どもは、目の前に寝そべるヴァスに興味を引かれたのか、触覚を伸ばして触れようとしている。

 ヴァスは特に気にする様子もなく、チラリと視線を向けただけで寝てしまった。


 ――うーん。あそこしか、ないかなぁ・・・。まぁ、なんとかなる、かなぁ?


 アプドゥラの子どもはジュラの視線に気付いたのか、此方に頭を向けた。

 紫の六つの複眼が、ジュラの事を見つめている。


 「そうだなぁ、とりあえず、名前がないとね。うーん、そうだなぁ・・・ノーストにしよう!」


 ジュラはアプドゥラの子ども、ノーストの頭を撫でながら呟いた。

 アプドゥラは知能の高い魔獣なので、理解できているのだろう。

 きゅっと小さく、返事のように鳴くと尾を嬉しそうに振っていた。




 

 

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