22 無人の砦
オズウェルはジュラを抱えて砦の二階に来ていた。
二階に上がって右側に、エディッツの言っていたとおり寝室らしき部屋があった。
部屋の中には、大きいがあまり上等ではない寝台があった。
オズウェルは僅かに迷うそぶりを見せたが、部屋の中を見渡して分からない程度に嘆息をつくと、ジュラをその寝台にそっと寝かした。
ヴァスも我が者顔で部屋の中に入り、寝台の上に上がりこんだ。
質素というよりも粗末な寝台は、それだけで悲鳴を上げていたが、ヴァスはあまり気にしていないようだった。
そのとき、寝室の外がにわかに騒がしくなった。
エディッツが悪態をつく声と、なにか物音がしている
びったん ばったん
「くっそ!大人しくしろよっ、地面に叩きつけるぞ!?」
ばったん びったん
悪態と物音はやがて寝室の直ぐ前までやってきて、扉を足で蹴り開けながらエディッツが現れた。
「くっそたれ!なんだ、こい、うおっ」
エディッツは両腕に白い物体を抱えて寝室に入ってきた。
白い物体は腕の中でもがいているようだ。びちびちと激しく暴れている。
「だ、から、暴れるなって、いって、る、だろうがっ」
ばっちん
一際大きな音がしたと思うと、エディッツは頬を強かに打たれ、白い塊を放り出した。
白い塊、アプドゥラの幼体は床で暫らく暴れていたが、もそもそと床を這い出すと、寝台の側まで辿り着き、何かを探すような仕草を始めた。
やがて、寝台の上に登りだしジュラの足元に丸まった。
「あー、・・・いってぇ。何なんだよ、その芋虫」
律儀にアプドゥラの幼体を運んできたエディッツは、疲れ果てたのか床に座りこんでしまった。
「魔獣の檻に入っていた、魔獣だ」
「はぁ?この、白い芋虫が?」
エディッツは虚をつかれたような顔をした。
「この一匹だけか?その虎も入ってたんじゃないのか?つーか、そこに寝てる奴、だれだよ?」
オズウェルはエディッツの質問には一切答えず、無造作に首元を掴むと部屋から引きずり出し扉を閉めた。
「いって、なんだよ一体!・・・はぁ、本当に一体何が起こってるんだ」
今までの勢いが嘘のように、エディッツは床に倒れ込んだ。
碌な手入れのされていない砦の石床は、砂利や石がそこかしこに転がっている。
「討伐に行った団員は帰ってこねぇし、帰ってきた団長は部屋から出てこねぇ。残っていた騎士もみんな死んだ」
そこでエディッツは急に体を起こすと、オズウェルに詰め寄った。
「つーか、おまえなんか知ってるんじゃないか?遺跡の方とか行ってないか?昨日の朝、討伐に十人くらい向って、だれも帰ってきてねぇんだ。隊長以外は・・・」
「そう、だろうな」
「なんだ、知ってるのか」
「ああ、遺跡の近くで、全員死んだ」
「ああ、通りで・・・って、は?ちょっとまて、どう言うことだ!?」
エディッツはオズウェルに詰め寄ったが、扉に寄りかかったまま目を閉じ、微動だにしない。
痺れを気らして、エディッツは掴みかかろうとしたが、
「今、この砦には、ここにいる者以外、誰もいないぞ」
「は?そりゃ、騎士はいねぇし、隊長も部屋から出て来ねぇけど。砦には、トムスク族の奴隷もいるんだぜ」
エディッツは戸惑うような視線ををオズウェルに向けた。
確かに砦の異変に怖気づいているのか、全く気配を感じない。
全く気配を感じない?もう、朝日は登りきっているというのに。
「信じられないのなら、自分の目で、確かめるといい」
オズウェルはそれだけ言うと、扉に寄りかかり目を閉じてしまった。
それ以降はエディッツが何を言っても反応せず、彫像のように動かなくなってしまった。
****
「どうなってんだ。本当に、だれもいねぇ」
結局、エディッツはオズウェルが言った事を確かめるために、トムスク族が寝泊りしている小屋に来ていた。
小屋には50人のトムスク族が、むき出しの床に粗末な布だけを敷いて、雑魚寝をして生活している。
それだけの人数が居れば、物音一つしないなどありえない。たとえ、どれほど息を潜めていたとしても。
エディッツが小屋の前に来た時、あまりにも辺りは静かだった。
不自然なほどに。
中に入って見ると、人の気配どころか誰もいなかった。
「・・・見張りも居なくなっている」
エディッツは小屋の中央ら辺に座りこんでいた。
小屋の中は無人で、50人が生活していたとは思えないほど閑散としている。
小屋の中には誰も居らず、エディッツだけが胡坐を掻いて座っているだけだった。
小屋に来る前にエディッツは砦の中を調べて回っていた。
日が上り、奴隷達が仕事を始める時間にも関わらず、砦の中には人気がない。見張りに立てていた奴隷たちも姿が見えず、念の為に砦の外も確認したが、人の出入りした痕跡は見られなかった。
「どうなってる。隠れたわけでも、逃げたわけでもない。突然、消えた?」
結局、そこで考えても仕方ないと、エディッツは砦に戻る事にした。




