21 砦の朝
二階に通じる階段の中ほどで、ザックは呆然と立ちすくんでいた。
一階の食堂で同じ砦の騎士を殺した男は、見覚えのある人物だった。
すらりとした体型だが、貧弱な印象派受けない。
漆黒の髪に色白の顔、紫と金の目が秀麗な顔立ちを更に華やかに見せている。
美しいが無表情なため、生気を感じられない。精巧につくられた人形のようである。
男、オズウェルは感情の伺えない目で此方を見つめていた。
異色の目は無感動で、まるで路傍の石を見ているようだった。
しかし、オズウェルはふと視線をずらすとポツリと呟いた。
「・・・エディッツか」
「!?やっぱり、オズウェルじゃねぇかっ!!」
小さく呟かれた声は聞き取りにくかったが、ザック、エディッツの耳にはしっかりと届いた。
エディッツは慌しく階段を降りると、オズウェルの傍に駆け寄った。
「目の色とか微妙に違うけど、その無駄な無表情、間違いなくオズウェルだ」
オズウェルは話しかけてくるエディッツの話しを聞いていないのか、一切反応しない。
「あー、そのむかつく態度も、間違いなくオズウェルだ」
エディッツはどこか空きれを含んだ口調で、独り呟いた。
ぶつぶつと文句を呟いていたエディッツだったが、氷漬けになったバースが視界に入ると、不貞腐れた顔を無表情にした。
「何で、殺したんだ?」
「殺そうとしてきたからだ」
オズウェルはエディッツの質問に、さも当然と言う風に答えると、右手で軽くバースの氷像に触れた。
氷像は触れたところから皹が入り、粉々に砕け散った。
完全に凍りついているためか、血の臭いは一切しない。
エディッツは砕け散ったバースを無感情に見ていた。
――だから言ったじゃねぇか。さっさと逃げねぇと、皆、死んじまうっつてな
キラキラと輝く氷の欠片は、元が人間だったとは思えない。
「この砦の中で、一番近い寝室はどこだ
?」
「は?寝室?二階に上がって右手に、隊長の寝室があるけどな、それが」
どうした、と聞こうとして、エディッツは出来なかった。
オズウェルが食堂からさっさっと出て行ったからだ。
「あっ!?ちょっと待てよ、おい!何処行くんだよ!?」
エディッツは慌てて、オズウェルを追いかけて外に出た。
外はすっかり明るくなり、朝の清々しい気配に満ちていた。
怪しい靄も無くなり、そして騎士達の鎧や檻の残骸も無くなっていた。
――消えた?溶けて無くなったみたいだ・・・それに
「魔法陣が消えている」
夕方から、ずっと存在していた魔法陣は消えてしまっていた。
そして、魔法陣があったと思われる場所には茶色の布の塊と、そこから、はみ出る謎の白い物体が見える。
「なんだ、こりゃ?」
エディッツはオズウェルに続いて、謎の塊に近づこうとした。
「うお、わぁ、ま、魔獣!?」
そのとき、白い塊の奥から黒い塊が飛び出してきた。
それは力強い前足でエディッツを押さえ込むと、指二本はありそうな鋭い牙でその喉元を食いちぎろうとしてきた。
「くっそ!ふざけんな!?」
エデッィツはとっさに篭手をはめた右腕で牙を遮り、左手に持っていたナイフで獣の目を切りつけようとした。
しかし、獣は危険を察知したのか素早く飛びのき、エディッツから距離をとった。
「虎?」
そこには、漆黒の毛並みが美しい巨大な虎がいた。
「ヴァス、やめろ」
虎は牙を剥き出しにして、エディッツにもう一度飛びかかろうとしていたが、オズウェルの声を聞いて不満そうな唸り声を上げながらも引き下がった。
「いってぇ、なんだその魔獣!?お前の騎獣かよ!」
エディッツは悪態をつきながら立ち上がると、忌々しそうにヴァスをにらみつけた。
「違う、私の騎獣ではない」
オズウェルはそっけなく答えると、茶色の布の塊を抱え上げた。
どうやらそれは人のようだ。
「おい、だれだよ?」
エディッツはオズウェルの腕の中を覗き込もうとしたのだが、
「うっわぁ、あぶねぇ!?」
オズウェルに足払いを掛けられて、無様にこけてしまった。
「何すんだよ!?」
怒鳴り散らすエディッツを置いて、オズウェルは砦の食堂の方に歩いていく。
漆黒の虎のヴァスも
「おい!おい、待てよ!?どうすんだよこれ!!」
エディッツの足元には白い謎の物体が残されていた。
もぞもぞと動くそれば一見すると芋虫のようなのだが、いかんせん大きい。
「何だよこの生き物。普通の生物じゃねぇよな?」




