20 食堂にて
後半に、残酷かもしれない描写があります
オズウェルが部屋の外に出ると、壁に寄りかかるように、一人の男が腕組をして立っていた。
長身では無いが、細身のため実際以上に背が高く見える。
だらしなく壁に寄りかかり、オズウェルの事をぼんやりと見ている。
「よお、用事は済んだかよ」
薄汚れた下級騎士の装備を身につけた男は、この砦の騎士の一人、ザックだ。
「突然消えて、みんな探してるぜ?たぶんな」
オズウェルは話し掛けられているにも関わらず、返事もせず、歩き出した。
「ま、探してるって言っても、生きてる奴が何人いるのか、俺も知らないけどな」
無視されても気にすることなく話し続ける男を、オズウェルはずっと無視していたのだが、
「・・・良く、生きていたな。エディッツ」
そっけない一言に男、エディツの顔が歪んだ。
「その言葉、そっくりお前に返すぜ。なんで生きてる、オズウェル」
オズウェルが立ち止まったドアは、砦を管理しているディラン・グリアンソン中級騎士の執務室だ。
「死ねなかったからだ」
「は?」
エディッツはオズウェルの返答に、渋面を思わず壊してしまった。
「は?あの状態で?・・・どう見ても死ぬだろう!?」
エディッツは後ろで喚いていたが、オズウェルは気にすることなく扉に手をかけた。
「開かねぇぜ!。そんなにおんぼろなのに、びくともしねぇ!」
後ろから怒鳴るようにエディッツが言うとおり、ドアはびくともしなかった。
オズウェルは取っ手から手を離すと、扉の中央より上辺りに右手をそっと置いた。
次の瞬間。
「どっ、わぁ!?な、何だよ!?」
破壊音と同時に、木造のの扉は木っ端微塵に砕け散っていた。
「何だ、何だ!一体何が起こったんだよ!?」
オズウェルは瓦礫を跨ぎ、悠々と部屋の中に入っていく。
「なんだこりゃ?」
エディッツは破壊された扉を調べていた。まるで戦槌で破壊されたかのうように、木っ端微塵になっている。
「一体どうなってるんだ。砦は無人になってるし、死んだはずの人間が出てくるし」
暗い執務室の中を覗きながら、エディッツは深い溜息を吐いた。
時はさかのぼる。
ジュラが疲れ果て、眠りに落ちてしまった時まで。
バースは一人、一階にある食堂にいた。
ザックが一人で部屋に帰ってしまったあと、バースは暫らく魔法陣の様子を見ていたのだが、何処まで近づくことが出来るのかわからず、結局砦の中に帰ってきていた。
しかし、自分の部屋に帰ることも不安で、直ぐに外に飛び出せる一階の食堂に居座っているのだ。
既に真夜中を越え、あと数時間もすれば、空が白み始めるほどの時間が経っていた。
その間に、二度ほど外の様子を偵察に行ったが、日が沈んでからは魔法陣の中央が白く輝き、何かが発光しているようだった。
その光は二度目に偵察に行ったときも変わらず、魔法陣も同じように存在していた。
隊長の部屋にも何度か行き、呼びかけてみたが一度も返答はなかった。
「一体何が起きているんだ・・・」
バースは緊張と不安から眠ることも出ず、ずっと食堂で外に注意を向けていた。
「だれだ!?」
その時、砦の二階に通じる階段から物音がした。
「んだよ、まだ起きてたのかよ」
「・・・ザックか」
階段から姿を現したのは、鎧を脱いで簡素な寝巻きを身につけたザックだった。
ザックは、腰の剣に手をかけているバースの事など、目にも入らないように通り過ぎ、食堂にある酒棚を物色し始めた。
適当に何本かの果実酒を手にとると、無造作に抜栓し瓶から直接酒を飲み始めた。
「おい、規則違反だぞ」
バースは低い声でザックに注意する。
砦では決められた日以外で、飲酒をすることは厳しく制限されていた。
辺境の地であるため、酒や煙草などの嗜好品は非常に貴重なものだからだ。
「関係ねぇよ。隊長は部屋から出てこねぇし、団員は俺とあんたしかいねぇしな」
ザックは面倒そうに返事をすると、持っていた瓶を一本差し出した。
「あんたも飲めよ。嫌いじゃないだろう」
「ふざけるなっ!?」
バースは腕を振り上げてその瓶を叩き落した。
瓶はむき出しの地面に衝突して、砕けて中身が飛び散り辺りに酒の臭いが広がった。
「あーあ、もったいねぇなぁ」
ザックは一瞬だけ顔を顰めたが、直ぐに無表情になるとバースの血走った目を見返して、馬鹿にするような視線を向けた。
「ふん、好きにしろよ」
冷めた視線を向けると一度も振り返ることなく、二階の階段を上っていた。
一階の食堂にはバースと、割れた瓶、辺りに広がった酒の臭いだけが残っていた。
バースは暫らくの間、無言で割れた瓶を見ていたが、突然椅子を蹴り上げ怒鳴り声をあげた。
「くそっ!!」
理不尽な怒りを受けた、粗末な椅子は半壊しながら入り口の方へと飛んで行った。
椅子は入り口の直ぐ傍で方向を変え、右手側の壁に衝突して砕け散った。
「な、なんだ?」
食堂の入り口に誰かが立っている。
フードを目深に被っているために、人相は分からない。
背格好から男と思われる。
バースは一瞬、討伐に向った団員が帰還したのかと思った。しかし、入り口に立っている人物の深緑色のローブは、下級騎士に下賜される見慣れたものではない。
「だれだ、貴様!?何者だ!!」
緊張し続けていたバースは、血走った目で相手を睨みつけ、腰に差していた剣を勢い良く抜いた。
ぱりん
散乱していた瓶を、男の靴が踏み抜いた。
儚い音を発てて、破片が砕け散る。
「だれだと、訊いているんだ!!」
男は答えず、歩みも止めない。
ぱりん ぱりん
「止まれ!それ以上近づくと、攻撃するぞ!?」
バースは大声で怒鳴りながら、男に剣を突きつけた。
ぱりん
突きつけたはずだった。
「な、なんだ、・・・こ、れは、何が、お、きて」
剣を握ったバースの右腕は、指先から凍りつき二の腕の辺りまで氷の塊のようになっていた。
その腕は、突然の動作に耐えられず肘の辺りから折れ、床に当たり瓶と同じように砕け散ってしまった。
「あ、あ、ああぁ!」
折れた断面は骨が見え、筋肉と脂肪の見分けもつくほどに綺麗だった。凍りついているためか血液は一切出ず、痛みも全くなかった。
「うそだ、うそだぁ!?こんな、こな、ことが」
凍結は止まらず、バースの肩が、胸が、腹が、足が、凍りついていく。
ローブの男はバースの絶叫を聞いても、微動だにせずそこに立っていた。
凍結は迅速に進み、バースはあっという間に右腕の無い騎士の氷像となってしまった。
そのとき、二階に繋がる階段から空気を引き裂いてナイフが飛んできた。
男は首を動かしただけでナイフを避けたが、その弾みでローブが外れ漆黒の髪が零れ落ちた。
「ちっ」
忌々しそうな舌打ちと共に階段を降りて来たのは、ザックだった。
先ほどまでの寝巻き姿とは違い、しっかりと鎧を着込んでいる。
ザックは凍りついているバースにチラリと視線を向けると、油断なく男を見据えた。
男は此方に背を向け立っているだけなのだが、何故かその隙だらけの背中に攻撃する事が、非常に危険な事のようにザックは感じていた。
男はゆっくりとザックの方を振り返ると、階段の途中にいるザックに視線を向けた。
「お前っ、お前、オズウェル!!お前、生きてたのか!?」
砦の外は明るくなり、すっかり日が登ってしまっていた。




