2 黒い森〈ミリロコウ〉にて
森で半死半生の男を見つけてから13日目。ジュラは黒い森にある、自宅に篭っていた。
ジュラは一年の半分を素材集めの旅、残りの半分を練成に費やしている。数ヶ月旅に出る事もあれば、同じく家に篭る事もある。
ジュラの自宅は、生活区間と錬金術を行う工房、そして、騎獣を飼育している小さな牧場で構成されている。
生活区間は千年を超える霊樹と融合しており、その地下は、試験的な魔法を行使する特殊な空間となっていた。
地下は霊樹の根があちこちから顔を出している。その根が、魔法の暴発を防ぐのだ。
地下の一番奥、根が絡みつくように白い塊を支えていた。3メートル以上はありそうな巨大な塊である。表面が細かい糸で覆われ、虫の繭の様だ。
白い繭は鼓動のように淡い明滅を繰返している。ジュラは繭にそっと手を触れ、目を閉じて瞑想しているようだった。
「今晩、あたりかな」
繭から手を放すと、ジュラは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
そして視線を地下にある棚に移す。
地下の棚には、様々な魔具が置かれている。ローブ、楯、鎧などの防具。剣、弓、斧、杖などの武具。聖気、邪気を帯びているものなど様々であるが、その中にガラス瓶に入った剣があった。
魔の森で男を貫いていた剣だ。折れた剣は赤黒く血に濡れたままで、本来の色は分からない。
そして、剣の先には脈打つ心臓が突き刺さっていた。
ジュラは男を家に連れ帰り、剣と男の肉体を分離させようとした。霊樹の根が守る地下でなら、多少強引でも問題ないだろうと判断したからだ。
しかし、予想外の問題が発生したのだ。中途半端に魔剣と化していた剣は、これまた中途半端に男の肉体と融合していた。
行使された魔術と魔の森の瘴気、そして辺りに満ちていた無念の怨念が重なり、男の肉体を人ならざるものへと変えてしまっていた。
男の体は半分魔剣となっていたのだ。折れたように見えた剣は、その半分が男の体に溶け込んでしまっていた。
ジュラは当初、男と剣を分離し、剣は浄化して無に返し、男も人間として葬るつもりだった。
そもそも、剣が分離してしまえばその力で生きながらえている男は、死んでしまうはずだった。
しかし、計画的に起きた魔剣化ではないので、融合の仕方が複雑でなおかつ不完全なため、分離が不可能な状態になっていた。
男と剣を滅する方法もあるが、ジュラの魔力では魂までは滅ぼせない。深い恨みを抱えた魂は世界にとって、厄災にしかならないだろう。
残る選択肢は男も剣も一緒に封印してしまうことだ。
それを霊樹の根元に埋めてしまえば、半永久的に見つかる事もないだろう。
そして、男も死地の境を半永久的に彷徨うことになるのだ。
ジュラはこの男が何処の誰なのか、善人か、悪人か、名前すら知らない。
だが、ジュラは赤の他人であるこの男の境遇が、とてつもなく憐れになった。
だから、助ける事にしたのだ。人間でも無く、魔剣でもなくなってしまったこの男を。
失われた四肢の代わりを生成し、男の肉体と繋げた。
欠損していたのは他に、左目、臓器が幾つか、それらも全て入れ替えた。
脳が無傷だったのは幸いだった。脳の再生は骨が折れるし、失敗しやすい。
おそらく、再生されなかった箇所は、魔剣が男を貫く前に負った傷だろうと思われた。ゆえに、魔剣は男の完全な状態を知らない、よって完全な再生が行われなかったのだ。
「止めを刺すために使われた剣が、その命を繋ぐなんてねぇ。」
男の肉体を改造しながら、ジュラはぽつりと呟いた。
だが、そこである考えが胸をよぎる。
――この剣が、男を殺すための物ではなく、この状態で生かし続けるためのものだったら?
その考えにジュラはぞっとする。人間は愛情深い者いるが、同じくらい残酷で冷酷な者もいることを、ジュラはよく知っていたからだ。
あらかた肉体の差し替えが終わると、元の肉体と馴染ませるために、男の体を妖天の繭の中に入れ特殊な羊水で満たした。
その作業に三日ほど掛かったが。その間も男と魔剣の融合は少しずつ進んでいた。男の体から出ていた部分は、当初の半分もない。
男を繭に入れてから10日。魔剣は殆ど男の心臓と融合していた。棚に置いてある瓶は、魔剣の様子を見るための魔具だ。
今夜は満月、月が真上に来る頃には男と魔剣は完全に融合するだろう。そして妖天の繭は破れるはずである。
「結構無茶な繋げかたしたからな、ちゃんと人の形になってるかなぁ?」