19 不明の種
嬌然と微笑むオズウェルをジュラは呆然と見つめていた。
濡れたような漆黒の髪に異色の瞳。確かにオズウェルの特徴を備えた美丈夫である。年の頃は20代後半に見える。
――・・・え?オズウェル?・・・そりゃ確かに成長は早かったけど
この一ヶ月の成長速度を考えれば、明らかに異常である。
それとも。
「私、物凄く、寝てた?」
ジュラはオズウェルの顔を見つめながら呟いた。
三ヶ月ほど自分が寝こけていたとしたら、ありえそうであるが。
オズウェルはジュラの呟きを聞いて笑みを深めると、すっかり低くなってしまった色っぽい声で喋りだした。
「いいえ、寝ていたのは三時間くらいですよ」
――さ、三時間?え?三時間で成長しすぎじゃない?・・・てか、寝ている間に何が?
原因不明の事態が起こりすぎて、ジュラの思考回路は混乱していた。
そのせいで、自分の体を拘束しているオズウェルの両腕が、自分の体を抱え直したのに気付かなかった。
――おかしいよねぇ、三時間って。それに・・・
「ね、ねぇ、ここは・・・あっ、えぇ?・・・ちょ、ん、ふぅ・・」
ジュラは、ここは何処?と聞こうとして、突然太ももにに感じた手の感触に、あらぬ声をだしてしまった。
「寝台から、転落するところでしたよ。足首を痛めていないか調べないと」
「え?ん、んん?・・・そ、そうだけど、ちょ、ちょっと、・・・あっ、ま、まって」
オズウェルの左腕が、ジュラの下肢を微妙なタッチで触っている。
足首の具合を確かめると言いながら、何故か足全体に触れてくる。
「え、ちょっと、オ、オズ?聞いて・・・あっ、・・・ちょ、そ、そこは」
ジュラは何とかオズウェルから距離を取ろうとするが、右腕がしっかりと上半身を抱きしめているため、ろくな抵抗が出来ずにいた。
ジュラは顔を真っ赤にして、息も絶え絶えになってしまっていた。
――え、ええぇ、何この状況ぉ。・・・ああ、なんだか頭がぼうっとして来た・・・
そのとき、ドンと言う音共に衝撃が伝わり、オズウェルの腕の拘束が緩んだ。
その隙を逃さず、ジュラは慌てて体をオズウェルから離し、寝台に背がぶつかるまで後ずさった。
オズウェルの背後では、ヴァスが不機嫌そうな唸り声を上げていた。ベルベットのような漆黒の毛が逆立ち、何時もより二倍ほど大きく見える。
しかし、恐ろしい形相のヴァスを見てもオズウェルは動じることはなく、むしろ負けないくらい剣呑な目つきでヴァスを睨んでいる。
オズウェルの両目、紫眼の右目は何時もと変わり無いが、琥珀色の左目はキラキラと輝き、眼底に赤い魔力渦が渦巻いているように見える。
――・・・え、あれ?
寝台に背を預けながら、ジュラはオズウェルの左目を注視していた。
「オズ?」
ジュラの呼びかけに、オズウェルは視線を此方に向けた。
琥珀の輝きの奥で、紅い魔力の渦が揺ら揺らと炎のようにチラついている。
「何ですか?」
深く響く声は、磨き上げられた黒玉のように柔らかい艶を持っている。
「私、一体、何が起こっているのか、わからなくて」
オズウェルはジュラの手をそっと右手で掬い取ると、親指で優しくその表面を撫でる。
手を握られているわけでも、強く捕まれているわけでもないのに、何故かジュラは手を動かすことができなかった。
「不安に思うようなことは、何もありませんよ」
心配そうな表情を浮かべるジュラを安心させるように、空いている左手でそっと頬を撫でる。
オズウェルの両目には、慈愛に満ちた輝きが煌いている。
「あなたは、私の腕の中で寝ていればいい。心配する事は何もありませんよ、私の宝珠」
「え?」
ジュラは、オズウェルのある一言を聞いて、思考が完全に止まった。
――どうして、なぜ、その言葉、を
知っているの?
『心配要らないよ。きっと全て上手く。何もかもね』
――ああ、声がする。懐かしい、あの人の、声が
『だから、ゆっくりおやすみ、私の宝珠』
ジュラの混沌とした意識は、底の見えない暗い闇に引き込まれていた。
****
気を失ったジュラを、オズウェルは寝台に寝かせた。
ジュラの顔色は少し悪い。
オズウェルは、暫らくジュラの顔を眺めていたが、扉を叩く音に視線を上げ、寝台から離れた。
ヴァスがオズウェルの事を警戒するように睨んでいる。
オズウェルはヴァスに視線を向けると、どこか呆れた視線を向けた。
「そんなに、警戒しなくても、意に沿わずに襲ったりしません」
しかし、その言葉を聞いてもヴァスは警戒を解かない。
その様子にオズウェルは肩眉を上げ、異色の目を細めたが何も言わずに、扉へとむかった。
だが、扉を空けすり抜けるように外に出るその瞬間、ぼそりと小さく呟いた。
その声はあまりに小さく、人間であれば聞き取る事は出来なかっただろうが、魔獣であるヴァスの耳にはしっかりと届いた。
「獣に身を堕とした程度で、お前の罪が消えるとでも、思っているのか」
その声には、凍てつくような怒りが込められていた。
ヴァスは暫らくの間、オズウェルが消えていった扉を見ていたが、ふと視線をずらすと、ジュラの寝ている寝台の上にのり、寄り添うようにそっとその巨体を横たえた。




